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神命迷宮  作者: 雪鐘
5章

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373.曇り時々…大雪

 私が世話人となって4年、今までで一番激しい戦いが起こっているのではないだろうか。

市内ほぼ全域の何処で誰がどのように戦っているのかが、目で見えなくとも良く分かる。

しかし理解はできるだけで、何もできない自分は足手まといだ。

今こうして失った力に、使いすぎてしまった力に、体一つ動かせずにいる。

誰もが悩み、苦しみ、思考を巡らせ、最善を目指して行動しているのを感じているのに、何もできない。

心苦しい。

いっそ自分が()()になってしまえば、終わるのかもしれないのに。


「――師隼様っ!」


 今、私は眠っているというのに誰かが自分の声を呼ぶ。

いや、今部屋に入って来られるのは妻の麗那と既に()()()の領域に繋がれた風琉だけだ。

神宮寺の家を一人で守っている麗那がこちらに来ることはないだろう。

ならば…


「風琉、か…?」

「よかった、師隼様起きて――…えっ?」


 眠り続けていた体を起こし、来客を部屋へと招き入れる。

扉を開いて中を覗いた風琉は驚いた事だろう。

だけど仕方がない。

不足してしまった力が落ち着くまでは、()()()()だ。


「……町を見回るのは大変だろう、私たちの力も無限ではない。少しは休んでいけ」

「で、でも、あの…その姿…っ」


 目を開き、風琉の表情を見るつめる。

驚き戸惑う風琉は不安に塗れた顔をしていた。


「……小鳥遊家の文献は覗いていないのか?てっきり夏樹と一緒に見ているのかと思ったが」

「そもそも、今の時期に自分が居る事自体想定していませんし…。でも、あの、それ…お姿は、大丈夫なんですか?」

「一切の食事も必要なくなった。お前の体とは変わらん状態だ」


 自嘲を溢しながらじっと自身の手を見つめる。

そこには既に人の姿はなく、金と橙の混じった立派な鳥の翼がある。

昨年はまだ人の体のまま倒れるだけで良かったのに、今は完全なる鳥の姿となった。

逅国神使(アグニミツカヤ)の元々の姿だ。


「…そんな顔をするな。予定よりも早く臥してしまった。その分そろそろ…遅くても明日には自身の体に戻れる。そこから最短で目覚めて…紫苑が頑張った分の後始末をしてやらんとな」

「すみません、私のせいで…」

「……風琉だけでなく、日和や紫苑にも力を使ってしまっている。枕坂を消した時もだ。これはまた、あと3,4回転生しなければ刑期が終わりそうにないな」


 少しの(おそ)れを混ぜた風琉の表情は重い。

重い話をしているので、仕方のないことだとは思うのだが。


「ただまあ、残念なことに私はこの生活を気に入っている。だから…正直に言えば刑期が終わる事の方がもっと恐いよ。私が次代に継いだ未来が次の転生でどうなるのかが、気になっているんだ。刑期が終わってしまえば、それも分からなくなってしまうだろう?」

「それは…そうかもしれませんけど…」

「とにかく私を気にする必要はない。それに…風琉、私は今年いっぱいで今の地位を引く心算(つもり)なんだ。忙しくて大変だが、順風満帆な生だった。

 今が一番楽しい…――日和が頑張って生きている今の時代は特に、な。…以前の生を知らんが、これでも私は…満足しているんだ」


 過去を振り返りながら物思いに(ふけ)っていると、心の奥底で力が満ちる感覚がした。

見れば風琉の手が自身の細く長くなった首に触れている。

人だった者がこんな鶴のような大きな鳥に触れるのは怖くないだろうか、と思わなくもない。


「……風琉、何をしている?」

「師隼様に私の力を送っています」


 以前、竜牙が日和のことを愚痴っていたのを思い出す。

調子悪そうに見えれば直ぐに力を取るように言う『自己犠牲の塊だ』と。

風琉も今や那壌神使(ナヅチミツカヤ)の神域となった金詰家の聖域に繋がれ、神宮寺家が纏う神気を糧に生きる逅国神使の巫女、双極を繋ぐ特別な存在に書き換えられた生命だ。

風琉も随分と深切だ。

これも那壌神使の影響だろうか、それとも風琉の本質なのだろうか?

日和にしても、風琉にしても、私にしても、互いがこの世にとって異質な存在であることは同じなのかもしれないが。


「…助かってはいるが、風琉の体に影響が出るだろう。まるで日和のようだ、無理はするな」

「日和ちゃん…ですか?」

「処刑台の女王の呪いを受けていた竜牙によく力を分け与えていた。竜牙の力が不足していなくても分けたこともあったらしい」


 日和としては相手を気にしてしまう、或いは"元気でいて欲しい"というささやかな願いかもしれない。

だが日和が持つ感情は一般人が感じ、抱えるものよりも深く、重い。

出会った時から心優しい雰囲気はあったが、既にそれだけではないことは目に見えていた。

人を平等に愛そうとし、自分を犠牲にしてまで認め助けようとし、知らないものは知ろうとする。

日和は一人の人間として生きているが、その根底には一般的な生を受けられなかった人の神が人の生を理解しようとする意志が見えている。

日和は――先の未来を無事に生きられるだろうか。


「ふふっ」


 いつの間にか不安そうだった風琉がくすりと可笑しそうに笑っていた。


「…どうした?」

「師隼様、心配そうな顔してます。日和ちゃんのことでしょ?」

「こんな鳥の姿で、心配な顔もなにもあるか」

「だって、いつもの師隼様って雰囲気が出てます。安心しました。……本当は、記憶操作について知ってしまって心が重たかったんですけど…大丈夫ですよね?」

「日和の記憶か。……だが、あの様子だ。そんな事で心が壊れる訳はあるまい。風琉の日和を思う気持ちはちゃんと日和を守れる。そのまま…見守ってやってくれ」

「はぁい、分かりました」


 百鬼夜行に乗せられてきた術士達を救う手立ては上手くいっているらしい。

その成り行きで式神として知りもしなかった狐面の術について知ったようだが…風琉は優しい表情をしている。

もう一人の主でもある日和の事が心配なのだろう。

仕方がない。

これは日和がこの未来を生きる為の戦いなのだから。

…この百鬼夜行が終わればもしかしたら日和はまた少し変わるかもしれない。

せめて自分の命が燃え尽きるまでは…日和が無事に生きていられる未来を守りたい。




***

「――っ!!」

「日和!?どうした?」


 突然酷い悪寒と吐き気に襲われた日和は膝をついて倒れた。

商店街から漏れて襲ってきた妖を斬り払った正也が日和の元へ駆け寄れば、自分の体を抱えて大きく震えている。

その表情は真っ青だ。

慌てて抱き上げた正也だったが、日和はすでに高熱を出したように体は熱く、ぐったりとしている。


「はぁ…っ、はぁ…っ!」

「日和、日和!」


 呼びかけても荒い呼吸を繰り返す日和は意識が朦朧としているのか、薄っすらと目を開けては正也を見てまた目を瞑る。


(やっぱり連れて行くべきじゃなかったんだ)


 撤退を余儀なくされた正也は日和を庵へと運んだ。

数馬すらも前線に駆り出されている為に庵には誰もいない…――と思ったが、三台あるベッドの端に誰かが眠っている。

正也は知人のように思えたが、今はそれどころじゃなかった。


「日和、大丈夫か?日和…っ」

「――慌ただしく戻ってきたと思えば、酷い熱ね…」


 日和に声を掛けるものの様子は変わらない。

そこへ姿を現したのは、やはり麗那だ。


「学校区で戦っていたら突然倒れて…」

「こうなるのも仕方が無いわね、このまま夜まで寝かせるわよ。さっき風琉から()()を受けたわ。多分来るのは明日になるでしょう…それまでに容態が落ち着けばいいけど…」


 麗那はベッドに寝かされた日和の額に冷たいタオルを乗せる。

麗那が何を危惧しているのかは分からない。

だが、この先何が起こるのか…ある程度予測が立っているのだろう。

正也は耐え切れず、麗那に疑問を投げた。


「予感って…何?何が来るの?」

「……最大級の女王が二体、明日侵攻してくるわ。術士も狐面も疲弊した頃を狙ってやってくるのでしょうね」

「最大級の…」


 過去の最大級といえば処刑台の女王だろう。

それを超えた妖の女王とすると、一体どんな姿をしているかも正也には想像がつかない。


「私は気配は読めても相手の能力までは判断できないわ。せいぜい女王の姿を見て、元の人間が誰かわかる程度よ。だから次に現れる女王が誰かは分からない。だけど風琉は…何かを予感している。さっきも言ったけど、日和によくないものが近づいているわ…それを貴方と日和、動けるなら紫苑と3人で倒すことになるわ」

「3人で…?」


 殆どの術士・狐面は戦力となり得る人材を前線に出している。

今の状況が落ち着いたとしても神宮寺家(ここ)まで戻って来られる確証はない。

しかし麗那の言葉では、商店街にいる波音が足りないことに正也は危惧した。


()()()はね、最大限でこちらの戦力を削ぐつもりよ。負けてなんていられない。そのためにも今は…貴方はここでしっかりと休んでおきなさい。もちろん日和も、ね」


 まるで相手が誰か分かっているかの物言いをする麗那は、ゆっくりとベッドに臥す日和に視線を移す。

寝かせてから少しずつ落ち着いてきた日和はまだ、大きく息を切らせて苦しそうに眠っていた。




***

 狐面の記憶操作により動ける術士が増えてからは形勢逆転したように状況は楽になった。

夕方にはほぼ妖のみとなり、夜にはほぼ沈静化された。

狐面と洗脳を解かれた術士は有栖家が運営する学園に退避し、人の状態によって場所を分ける形で現状の確認がされている。


「兄上、報告します。狐面の負傷者は19名、全て高峰数馬様と小鳥遊夏樹様の手で回復されました。保護した術士は総勢で38名、内15名の意識が戻っていません」


 様子を見に来た紫苑に飛雷が近づいて報告をし、狐面がまとめていた書面を手渡す。

紫苑は受け取った書類を見て飛雷に視線を向けた。


「ん、お疲れ様。だけどこれで終わったとは思わない。次を想定して今の内に休んで」

「分かりました」

「他に気になること、なかった?」


 紫苑が問うと、飛雷は頭に手を当てて首を傾げる。

何か思い出しそうな顔だ、と思ったら「あ」と小さな声が漏れた。


「確か以前授業で教えてくださいましたね。全国の術士には5人の宗家がいると」

「うん?それは…多分師隼かな。それで?」

「術士の中に一人、宗家の一人である鷲埜芽(わしのめ)家を名乗る方が居ました」

「ふうん…?」


 紫苑はすっきりしない表情で頷く。

正直に言うと紫苑は宗家周辺についてはまだ詳しくない。

紫苑が首を傾げているともう一人、師隼の影となる男の気配がした。


「――鷲埜芽采紫朗(さいしろう)なら以前、連絡を取ったことがある。最近やっと意識を取り戻して、娘がいないと暴れていたところだ」

「招明…」

「兄さん…!」


 姿を現した黒い狐を想定していた紫苑とは対照的に、飛雷は驚いた声を上げる。


「もしかして、その宗家を名乗る子がその娘ってこと?」

「可能性はある。必要なら後で応対するが」

「じゃあお願いしていい?僕は一度麗那さんのところに行かなきゃいけないし、ついでにここ任せるよ」

「分かった」


 紫苑は素早い動きで借りている校舎を出ていく。

残った飛雷は腕に包帯を巻いた招明に向き直った。


「黒い狐…本当に師隼様の付き人をしてるんですね。ここにいていいんですか?」

「今は術士として配属されている。途中からは狐面として術士の洗脳を解いていた。何かあるか?」

「いえ、何も。…兄さんは、お仕事優秀そうですね」

「…(ひが)んでいる時間があるなら、先に目を向けた方がいい」


 羨望の目を向ける飛雷に背中を向けて、招明は息を吐いて歩き出す。


「……それも、そうですね」


 その背中に複雑な気持ちを抱えたまま、飛雷は電伝の元へと向かう。

そのまま不安定な一日を終えて、篠崎は朝を迎えた。

だけど迎えた朝は異質だ。

眠っている間に気温は徐々に下がっていき、朝を迎える頃には誰もがその異常に目を覚ました。


「なんだ!?」「外が真っ白だ!」「一体何故?何が起こった!?」


 平和な朝が訪れることはなかった。

校舎では混乱と異常な寒さによって苦しみの声が響き渡る。

窓の外は真っ白で何も見えず、窓から空を見上げれば灰色の何かがゆっくりと舞って落ちていく。

外は既に一面の雪が篠崎を覆いつくしていた。


「おい、雪だ」「嘘だろ!?まだ10月になったばかりだぞ」


 誰もが声を上げ、慌ただしく動く。


「このままじゃこっちが冷凍庫になる!教室の暖房を入れろ!」

「外へ通じない!窓や扉が凍ってるんだ!」

「まずいな、この校舎じゃ食べ物がないぞ!」


 少しの混乱が新たな悲鳴を呼び、パニックを起こす。

誰も予測出来なかった事態が起こっている。


「これは…」

「女王の仕業だな」

「随分と大型ですね…安月大原も埋まってるみたいです」


 校舎に残っていた飛雷と招明、戦いつつも治療に明け暮れていた夏樹は新たな問題を抱えていた。

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