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神命迷宮  作者: 雪鐘
5章

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344.孤高の猫

波音さんパート入ります。

少し鬱々してます。

 初恋は、師隼だった。

といっても5歳の頃なんて優しくされればすぐに好きになる。好きに区別なんてない。

それでも師隼に対しての気持ちは憧れでもあったし、恋だとも思った。

だけど師隼には麗那さんが居て、この『好き』という気持ちが尊敬だと知る前に無理だと分かっていたから諦めも早かった。

 幼稚園だろうが小学校だろうが恋に生きる女の子は何処にでも居て、クラスでは男子を見て誰がカッコいいとか、誰が良いかとかで盛り上がっているのをよく見た。

クラスの男子に好きだと思える人は居なくて、私はその輪に入れなかった。

仲良くできるのは再従兄(はとこ)でずっと一緒に居た正也だけ。

正也は自分から話すタイプじゃなかったから喋るのは私だけだし、術士以外のことなら私のほうが得意だったから色んなこと教えてあげたりしてたくらいで本当に親戚、幼なじみ程度でしかなかった。

 一時期たまにしか巡回に顔を出さない玲に憧れたこともある。

会う度に優しくしてくれたせいだ。

だけどそれよりも目を奪われたのは……小学4年くらいで初めて会った夏樹の存在だった。

自信満々で自由に地面も空も駆けて楽しそうで。

それでいて真っ先に飛び出して攻撃を繰り出す姿に惹かれない理由がない。

あの時、皆の中で妖との戦闘が一番得意だった夏樹は一つ下なのにかっこいい。

風の力でどんな妖をも潰してしまう姿は術士としても絶対的な強さを見せていた。

まだ力を安定して出せない自分が堕ちるのは容易くて、簡単に好きになってしまった。


『……ねぇ、どうしたら強くなれる?』

『えー?うーん…自分の力を信用したら…かなあ?思い通りに動いてくれると、楽しいよね』

『た、楽しい…!?』


 笑顔で答えてくれたあの時の言葉は印象が強かった。

術士の訓練が苦手な自分には初めての感覚だった。

こんなの、楽しい訳ないじゃない。

うまく点かない火すらも暴発させた自分には術に対しての自信も信用もなくて、だからこそ夏樹の言葉が深く刺さった。

同時に憧れは更に強くなって、夏樹の背中ばかりを追いかけていた。


『私も夏樹の隣に並びたい』


 それが当時の私の願いであり希望だった。

それなのに夏樹の父は他の術士との交流を拒否する人間で、だからこそ商店街の奥にある学校を選んでわざわざ遠い場所を行かされて、巡回も一人だけ駅の方ばかりで中々会えなかった。

だから会えた日は特別。

憧れを間近で見られる貴重な時間のようにも感じてしまっていた。


「波音、夏樹はだめだよ」

「わかってる」

「波音は術士の力に引っ張られやすいだけ」

「わかってるわよ!」


 そう、引っ張られやすいだけ。

自分よりも強い力に引き寄せられて視界に止まってしまうだけ。

言われれば確かに焔の言う通りで、納得して、それでも…強気で自信満々に笑って戦う夏樹への憧れは止まらない。止められない。

だから罰が下ったのだろうか。

その気持ちは、中学に入って踏み(にじ)られた。

 最初に報告を聞いて、放心した。

夏樹が倒れたらしい。

その理由は妖ではない、という事だけで霜鷹さんは詳しく話さなかった。

なんでそうなったのか、何が原因だったのか、心配になった私は隠れて夏樹の家まで様子を見に行った。

でもそこに夏樹はいなくて。

どこに行ったのかを探して、感じ取れない術士の気配を焔に読んでもらって、やっと分かって行った場所は優さんの家だった。

まだ出来たばかりの新築の匂い、とりあえず最低限…といったように家具が揃えられた部屋のベッドに、夏樹は横たわっていた。


「な…つき…」


 そこに風琉の姿はなく、蒼白な顔で倒れている夏樹は見ただけでは死んでるのか死んでいないのかも判別できない。

ただ立っているだけの私は寄り添って、冷たい手を両手に挟んで力を込めた。

違う術士の力を分け与えるとどうなるかなんて知らない。

それでも、目の前の夏樹を助けてあげなきゃ…そんな一心で私は夏樹の手を握って、力を送り込んだ。

3時間かけて、夏樹は少しだけ生気を取り戻しただろうか。

その日は、目覚めなかった。

次の日も、そのまた次の日も、夏樹は目覚めない。

私は無理矢理で強引な力の受け渡しに、頭痛と吐き気に(さいな)まれた。


「波音さん、大丈夫かい…?」

「心配には及ばないわ…。何が、原因なのかは知らないけど…私が、助けて、あげなくちゃ…」

「……原因はね、分かってるんだ。夏樹は…――」


 優さんの口から初めて家の内情を聞いてしまった。

姉の呪いを受けた夏樹は倒れてしまったのだと、一番に信頼のあった姉に裏切られたのだと聞いた。

どうして夏樹がこんな目に合わないといけないんだろう。

理不尽で可哀想で、お腹に異常を(きた)しても、私は夏樹に毎日力を送り続けた。

 3ヶ月経つと夏樹の代わりに和音みこが現れた。

私は術士の活動に明け暮れながら、みこと一緒に回ったりもしながら、それでも…夏樹に力を送る事は忘れない。

そんな毎日が続いて、更に3ヶ月ほどが経ったある日、夏樹の式神である風琉が目を覚ました。

幸か不幸か、その日に和音みこは女王により殺害されてしまって、私が夏樹の家に向かう途中で初めて地獄のような暑さを感じた日の事だった。

夏樹もみこも、どうして倒れてしまったの…?

 11月から3月、冬の寒さに冬眠状態だった。

眠くて体は重くて息苦しくて、布団からも出られない。

夏樹は、風琉は大丈夫だろうか。

そんな心配ばかりが溢れる。

気が気でなかった。

私は…重たい体を引きずって、夏樹に会いに行った。


「……」

「お、はよう…夏樹。よかった、目を覚ましたのね…!」


 様子を見に行ったら、夏樹は体を起こして窓の外を見ていた。

その姿に声をかけて、夏樹の顔がこっちを向いて、血の気が引いた。


「波、音…」


 そこに(たたず)んでいたのは爽やかさもない、笑顔もない。

この世に絶望したような、死んだような顔をする夏樹。

それでも、声を掛けずにはいられない。


「あんた、ずっと眠ってたのよ?私、ずっと心配で――」

「――なんで、助けたの?」


 か細い声が聞こえた。


「え…?」

「なんで、僕を助けたの?」


 夏樹の視線が自分の目に届いて、(うら)まれたような錯覚を覚える。

いや、実際恨んでいるかもしれない。


「なんでって、そんなの…――」

「――僕は死にたかったのに!」

「…!」

「僕が生きたって価値はない!この家には不要で、邪魔で、だったら…僕は死んでしまいたかったのに!!」


 夏樹の悲痛な叫び声。

見たこともない酷い形相、夏樹の手が伸びて、広げた手が握られる。

同時に突然息苦しくなって、体が死を察知した。

夏樹が何をしたのかはわからない。

ただ、理科の授業で気圧が低い時の話を思い出した。


「夏樹、だめ!」「やめろ夏樹!」


 気付いたら私は床に(うずくま)っていた。

意識が朦朧として目の前も陰っていく中、風琉と焔が揃って夏樹を止めていた。

押さえつけられた夏樹は…


「ぐ…ううぅ…っ、うあああああっ!!!!」


 頭を抱えて泣き叫んでいた。

酷く、悲しそうな声で。




 それから私は、毎日夏樹の許へ通うことにした。

夏樹を戻すことに、没頭した。


「別に来なくていいよ」

「そんなこと言わないでよ」


 だけど、どうにも邪険にされている。

結局夏樹は中学になって…私が夏樹の元へ通っていたのはバレていて、夏樹はまた遠い中学校へ通うことになっていた。

戻すことを諦めた訳じゃない。

私はただ、もう一度自信に溢れて戦う夏樹が見たかっただけ。

大きく揺れ動く心に術が落ち着いて安定することはなく、目に見えて自分自身が不安になっている私は…それからはもう会いに行けなかった。

 6月、夏樹は無事術士として復帰し、その報告を聞いた霜鷹さんは…その後直ぐに蒸発した。

多分術士の中では一番仲が良かった正也が珍しく顔を歪ませていて、夏樹も申し訳無さそうにしていて。

私はただ立ち尽くしたまま…玲が一番早くに現実を受け入れていた。

世話係も霜鷹さんから師隼に変わって、曖昧だった術士体制も師隼によってしっかりと指標を決められる。

師隼は夏樹の心もしっかりと配慮していた。

だからだろうか。

それからしばらく経ってからやっと、私は復帰した夏樹と初めて組むことになった。


「よろしくお願いします、波音さん」


 一瞬、誰だろうと思う他ない。

にこにこ笑ってる顔は見たことない顔で、話し方は敬語だし、さん付けもされて。

目の前に立ってる夏樹は私の知ってる夏樹ではなかった。

きっと優さんと夢さんが頑張ったんだろうと思う。

だからその差を口に出すことはできなくて。


「サポート、頑張りますね」


 夏樹はにっこりと笑って愛嬌を見せる。

でもその姿の夏樹は自分にとっては毒だ。


「は…サポート?私よりあんたの方が、戦うの得意でしょ?」

「……僕、できなくなったんです」

「……何が?」


 夏樹は「見ててください」と手を出す。

手の平で流れる風は刃の形をした途端、分散して消えてしまった。


「……っ!」

「僕、風は操れますが…あとは傷を癒やす程度です」


 にこりと、残酷な程に明るい笑顔で言う夏樹。

それは私の知っている夏樹は死んでしまって、もう二度と会うことは無いのだと認識するには十分だった。


「……ふざけないで……私は…私は…ッ!」

「…っ!波音さん、近くに妖来てます!」


 夏樹が叫んでるのなんて遅い。

近くまで迫った妖を両手に火を携えて殴った。


「絶対に許さない…ふざけんな!!…うあああああっ!!!」


 ほぼ八つ当たりだった。

怒りに任せて殴って殴って殴って、初めてまともに妖を倒した。


「……今までで、一番良かったよ」


 焔にも褒められて、なんて酷い皮肉だろう。

それからはもう、何が楽しいのかなんて分からなくなった。

でも怒るのはとても楽で、便利で、多分私は、それから性格が歪んでいたのかもしれない。

何度も妖を殴って、やっと夏樹の言う『楽しい』が嫌な形で理解できてしまった。

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