343.デート・下
賑やかな音の中、正也と日和は機械にまみれた遊園地の中を歩く。
特に目的も無く、しかし筐体自体に興味はあるものの手を出す勇気が中々出ないのか日和はきょろきょろと見回すだけ。
今の時間を楽しめてるだろうか?本当は無理してるんじゃないか?何なら雑貨屋や本屋の方が日和が楽しめるんじゃないだろうか。
旧友と先に楽しんでしまった正也の中でそんな不安が渦巻く。
「じゃあ…あれが気になります!」
そんな中で日和が指差したのはクレーンゲームだった。
ゲームセンター内を見回っていた時、確かに箱の中にぬいぐるみと謎の機械が釣り下がっているのを気にしている雰囲気はあった。
「あー…クレーンゲーム…」
「どんなものですか?」
「手元のボタンを押して上に吊り下がったクレーンを動かして、下の景品を取る。取れたら穴に落ちて、下から落ちた景品を貰える」
さっき通った時は適当に見ていたので何があるかは詳しく見ていなかった。
日和が興味を示したのに合わせて近くまで寄るとお菓子やぬいぐるみが並んでいる。
ほとんど何のキャラクターなのかよく分からないけど、見るだけでも十分楽しい。
隣で子供のように目を輝かせる日和もそれは同じだったようだ。
「わあ、色んなものがあります。面白いですね!正也はこういうの、したことありますか?」
「ううん。そもそもあまり来た事もないし…」
「そ、そうですよね…!すみません…」
「…――うぎゃーーー!!!」
見慣れないものに日和が喜んでいるの、可愛い。
…じゃなかった。大したことが言えなくて明らかにしょげてしまった日和に申し訳ない気持ちで居ると、突如悲鳴が聞こえた。
「……っ!?待ってて、行ってくる」
「私も行きます!」
「……うん、一緒に行こう」
日和はちゃんと術士になったのだ、過保護になってしまい少し反省をして急いで悲鳴のあった場所に移動する。
こんな場所に妖が現れるのだろうか?
一瞬湧いた疑問に不安になっていると、見つけた先で寺島が項垂れていた。
これは絶対安全なやつだ、そう確信して日和を止めようとしたが遅かった。
「あっ、日和…――」
「――て、寺島さん…!大丈夫ですか!?」
「あ…?ああ、うん…えっと…」
「一体何が…」
寺島が指さした先、日和は顔を上げて覗いた。
クレーンゲームの中の景品の箱には『絶対天使エンジェリオン』と可愛らしいフォントで書かれ、箱の中身では桃色の髪に背中に天使のような翼の生えた女の子がポーズを取っていた。
「……」(何してるんだ…)
「……」(ごめん、ちょっと、ホントごめん…)
術士活動していたから、その行動が裏目に出たのだろうか。
欲しいものが取れなかったからって悲鳴を上げた寺島には呆れて見下すしかない。
状況を分かっているらしく、寺島も項垂れたままだ。
微妙な空気が流れるまま、日和は口を開いた。
「えっと…取るのを失敗したんですか?」
「まあ…うん…。えっと、邪魔するつもりはなかったんだけど…すみません…」
素直に謝罪を吐く寺島の前で日和はクレーンゲームの中を覗く。
じっと観察して、その目が寺島に向いた。
「んー……取り方にルールはありますか?」
「取れれば問題は……え?取るの?」
「ひ、日和?」
日和の様子に落ち込んだ翔吾の顔が持ち上がって、俺は多分意外な日和の姿に顔を歪めてた。
ごくりと二人で唾を呑む中、日和は100円玉を手に取ると徐に機械へと投入した。
「あ、手を離したら止まるんですね。えっ、クレーンが半分までしか動きません!わ、勝手に降りて…なるほど、こうやって動くんですね…」
操作の説明なんて当然一切してない。
だから仕様を知らない日和は当然のようにあたふたとしながらクレーンゲームをしている。
その間に寺島が近づいて来た。
「あのさ…大丈夫なの…?すっごい初心者っぽそう…」
「寧ろ、ゲームセンター自体初めてみたい」
「まじで!?」
あんなにもやる気満々の日和の動きがアレなので、翔吾が声を荒らげるのは仕方ないと思う。
だけど一回分を終えて固まっていた日和が動いた。
「……よし、いきますね」
再び100円玉を手にし、機械に投入する。
お金が入る音と共にぴろろん、と軽快な音が鳴って、日和は手元のボタンを押した。
「左に1・2・3秒、指を離してから止まるまでに0.7秒のラグタイム、奥側に1.3秒、アームの曲がりが箱の端に来るので…どうでしょうか?」
日和の操作はなんというか機械的で緊張感が溢れている。
クレーンは箱よりも若干左に移動してアームを広げ、ゆっくりと真っ直ぐに落ちて…右側アームが箱の蓋の隙間に見事に刺さった。
「突き刺した!?」
寺島が声を上げて驚くのを他所にクレーンはそのままズルズルと滑り、穴に吸い込まれていく。
「スキマフック!?」
クレーンゲームに技の名前があるのか。
隣で翔吾が叫ぶ中、ゴト、と音を立てて景品のフィギュアを入れた箱は穴に吸い込まれて落ちていった。
屈んだ日和は取り出し口から回収し、そのまま寺島に差し出す。
「取れました、どうぞ!」
「う、うおぉぉ……うおぉぉぉ…!?」
「クレーンゲーム、なかなか面白いですね!」
「こっちの方が…断然天使…っ!」
まるで一仕事終えたように清々しい日和の笑顔に翔吾は震え上がり、なんだか拝んでる気配さえする。
技術的にはすごいんだろうけど新たなファンが増えてしまい、頭を抱えた。
「正也、クレーンゲーム楽しいですね!欲しいものはありませんか!?」
水を得た魚のように日和は明らかに活き活きしている。
……可愛い。折れそう。
「えっと…じゃあ、そこのタオルケットでも」
辺りを適当に見回した先、袋に包まれたタオルケットが置かれた台を指差す。
突っ張り棒が3本渡った上に乗っかっている景品を見て、寺島はあからさまにつまらないように口先を尖らせた。
「そいつにアーム制限はないけど、景品の下にゴムマットが敷かれてる。あとこのアームめちゃ弱い」
「んー…この本体はどこまで下がりますか?」
「アームの根本が景品に当たるくらい?」
変なやつ選んじゃったかな…、と思う間もなく日和は筐体の周りをぐるりと見回し、しゃがんで見上げ、立ち上がる。
そして絶対に取る、と言わんばかりにお金を投入した。
「観察タイム短ッ!?」
翔吾の突っ込みはなんのその。
日和はもう手慣れたようにクレーンを操り、再び景品から少しずれた位置でクレーンを落とす。
アームに押された景品は立ち上がってはバランスを崩して倒れると初期位置から半分以上ずれた。
そこへ追い打ちのようにすかさず100円を投入し、更にアームで景品を押し出す。
――ガサッ。
「あっ…」
「わあ、取れました!」
隣の寺島は驚きで声を漏らす。
日和の輝く笑顔に合わせてまた景品が取り出し口に落ちていった。
空間認識能力がしっかりしているのか、物理演算の賜物か、日和は浮かれ気分だが店員が素通りしているように見えて日和の操作をじっと見ているのが見えた。
流石にまずい。
笑顔でほくほくと嬉しそうにしているが、これは日和を止めた方がよさそうだ。
「……日和、この辺でやめとこう。ゲームセンターが潰れる」
「えっ…あ……そう、ですよね。えへへ…」
「この彼女さんも…何者…っ!」
「物理学と計算があれば、向かうところ敵なしです!」
日和が賢女であることをすっかり失念していた。
こんなところで効力が発揮されるとは、と心の中で呟かない訳にはいかない。
一先ずこれで寺島は満足するだろう。
続きにせめて服身に行けたらな…と思っていたのだが…現実は簡単に行かなかった。
「……正也、やっぱりもう一戦してくれぇ!」
「なんで!?」
「正也、頑張ってくださいっ」
「……」
再び勝負を吹っ掛けられ、渋々寺島と勝負することになった。
逃げようと思ったけど、日和の目は輝いている。断れない。
結局レースゲームをする事になり、俺が勝った。
ここで諦めるかと思ったけど、体験型のバスケットボールをゴールに入れるゲームで対戦もした。
一応勝ったけど、日和がうずうずしていたのでさせてあげた。
日和の運動神経は以前よりも上がっている。
結果日和が勝って、翔吾がまた項垂れた。
ちなみにゾンビを倒す射的ゲームは日和の好みではなかったらしい。
『仮にも人間に銃口は向けられない』というのが日和の主張で「妖だ」とか「もう人じゃないよ」と伝えても受け入れられることはなかった。
勝負の方は寺島が勝ち。
後で悔しくなって「槍とか大剣なら勝てたのに…」と口から出たのを日和に拾われて「それは妖相手でも流石に可哀想です」と笑われてしまった。
結局三人で散々遊んだ後、「俺は勝ち逃げする!また遊ぼうぜ!」とにこやかに笑って寺島翔吾は今度こそ退散していった。
ついでに携帯番号を教えて貰ったけど…連絡する未来は来るだろうか。
「だめですよ、正也。折角のお友達なんですから、大事にしてあげてください」
「……うん、たまになら…連絡する」
日和は時々察しが良い。
というか、再び一緒に住むようになってから人の考えを読んだように答えている。
……実際に読んでる?
「そろそろ帰りましょうか」
「ん……あ、ちょっと待ってて」
ゲームセンターを出ようとすると特大のくまのぬいぐるみが鎮座しているのが見えた。
なんとなく日和が好きそうな気がしてクレーンゲームに向かう。
大きくてあまり動かず、でもコツを掴めば何とか動いて…日和の応援を聞きながら結局5回かけて落とした。
落としたというか、大きすぎて穴に嵌ったのをさっきの店員に取ってもらった。
「……はい、これ」
「わわ…とってもおっきいくまです…」
「帰りに寄り道、できるかな…」
大きなぬいぐるみは日和が抱きかかえると頭から太腿まで埋まり、なんだかちょっと歩きづらそうだ。
ゲームの中じゃそんなにかなと思ったけど、大きさは想像以上だった。
「服とか見る時間なかった。ごめん」
「とっても楽しかったので大丈夫です!」
「それならよかった」
時刻は既に16時半を回ってる。
あっという間に時間が経っていた。
まだ日和を連れていきたい場所があるんだけどな。
「正也、寄り道ってなんですか?」
「それよりも、持つよ」
「えっと…じゃあ…お願いします…」
気に入ったようにぬいぐるみを抱き締める日和は少し残念そうだけど、今からだと邪魔になると思うから。
施設を出て徒歩一分ほど、目的地の前に着いて足を止める。
「……?」
「……前に行こうって話した、でしょ?」
日和は「あっ」と声を漏らす。
驚いた表情は綻んで、「ありがとうございます…!」と嬉しそうな表情に変わった。
目の前にあるのは手芸屋、日和が術士になる為に宮川のりあの元へ向かった時の約束をちゃんと果たせた。
「ここで待ってるよ」
「それは…だめです!正也も来ましょう!」
「えっ…」
ぬいぐるみを抱える腕を引かれ、店内に連れ込まれた。
「いらっしゃいませ。随分と大きなくまのお客様ですね。よかったらそこの椅子に座って待ってもらってもいいですよ」
大きな手荷物を見て声をかける店員は入口横に置かれた椅子を指差す。
アンティーク調の飾り椅子にぬいぐるみを置くとまるで店内のインテリアだと主張してるように違和感がない。
「じゃあ…すみません」
「ふふ、とっても可愛らしいです」
なんだか日和も満足げだ。
「あっ、そうだ!」
妙案が浮んだらしい日和はレースのコーナーへ移動する。
どうしたんだろう。
日和は刺繍、布、リボン、糸を手に取っているけど…部活をしているからか、以前よりも色々な物に興味を持っている。
何をするのかは言わないままいくつか購入すると、しっかりぬいぐるみも回収して店を出た。
「結構買ったね」
「はい、買っちゃいました」
買い物を終えた日和はどこか満足げだ。
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「あ、正也!見てください!」
風呂から上がり、部屋に戻ろうとすると日和に呼び止められた。
一体なんだろうか。
やけに上機嫌な日和の部屋を覗くと、ベッドを背もたれに昼間落とした大きなくまのぬいぐるみが鎮座していた。
何も装飾もなかったその首には、可愛らしいリボンが結ばれている。
「お洒落になってる」
「先程購入したリボンで、少しおめかししてみました。正也、ありがとうございました」
「……夏休みの最終日、満足できた?」
「はい、とっても楽しかったです」
「それなら良かった」
本当に楽しかったようで、日和はにっこりと笑顔を向ける。
どうか、次の誕生日までその笑顔でいてほしい。
なんとなく分かるんだ。
もうすぐ大きなものがやってくる。
苦しくて辛い、何かが起こる。そんな予感がした。
それまでは、少しでも落ち着いた日々が過ごせたらいいな。
あまーいお話はここまで。振り幅強めですがお察しください。




