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神命迷宮  作者: 雪鐘
5章

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337.内部潜入

 日和と招明が目を開けると、そこは明らかな異空間だった。

壁という壁はなく、床は金属のようなぎらりと重々しい質感をしている。

空中には床と同じ材質の立方体に回路のようなもの書かれ、その路を光学的な光が走っている訳の分からない物体がいくつも空間に浮いている…まるで近未来的な空間が広がっていた。

足元もひやりと冷たく、硬く、それでいて謎の光が足の先から先の道の無い道へ進んでいく。


「……これが『翼』の中か?」

「プログラムの中、って事でしょうか?」


 招明は低い声で(いぶか)しんだ表情をしている。

同じく目の前に広がる不思議な空間に対して抵抗感を持っているようにも見えた。

何処までも続く機械的な空間、辺りを見回しても何をどうしたらいいのかさっぱり分からない。

足を踏み出そうとすると唐突に「ぐっ…」と招明が苦しみだして膝をついた。


「だ、大丈夫ですか?」


 慌てて招明の体に触れてやっと、日和は周りの様子について一つ気づいた。

空気、或いは生気が限りなく少ない。

この息苦しいこの空間を、日和はよく知っている。


「……日和、これはお前の力か?」

「この場所、幽世に近いです。招明さんは耐性が無いと思うので、手を握っててもらえますか?」


 招明から何かが奪われるように抜けていくのが見えた。

小さく舌打ちをする招明は日和の手を握り、立ち上がる。

その顔は若干青みがかっていて、多分そのままだと死にかけていただろう。


「内部の事はお前に任せる。行くぞ」

「あ、はい…!」


 招明に手を引かれて日和も足を進める。

目印もないまま日和と招明は歩を進め、たまに招明が床に手を当てて目を瞑り、「こっちだ」と進んでいく。

一体何を手掛かりに進んでいるのだろうか。

しばらく同じような光景が続く場所を進んで、「ここらしい」とついに足を止めた。


「……!」


 不釣り合いに切り取られたような緑の茂る庭園、その中心にガーデンテーブルとチェアーのセットが置かれている。

テーブルには洋菓子と紅茶が入ったカップが並んで置かれた、懐かしい光景がそこにあった。

忘れもしない、『天空の女王』の空間だ。


「おや、ここまでたどり着くとは…やはり電気を使う術士は恐ろしいな」


 ただ、そこにはあの女王の姿も面影も無い。

居たのは見知らぬ高身長の男性だった。


「誰だ」


 敵意を増して招明は男性を睨む。

見たところ大学生ほどだろうか。

にこりと微笑むと手を伸ばし、2脚の空いたガーデンチェアを指差した。


「とりあえず座りなよ。自己紹介ならそのあとでも、問題ないだろう?」

「……」


 互いに目配せをして、日和と招明はガーデンチェアに腰を下ろす。

何の変哲もない椅子ではあるが、何処か居心地の悪さを感じた。


「私の名前は岡田真。この『翼』の管理責任者…ってところかな」


 朋貴が口にしていた名だ。

女王、笹川裕子はのりあを見ながらどこか違う場所を見ていた。

最後に死んだ岡田真の後追いをして死んだという、きっとこの男にも依存していたのだろう。


「私は――」

「金詰日和」

「…!」


 真と名乗る男は口を開こうとした日和を遮り、名前を当てる。

名前を呼ばれるとも思ってもみなかった。

日和の喉の奥から引き攣った声が出た。


那壌神使(ナヅチミツカヤ)の魂、麻生真朱…別名四術妃の転生体で解呪師・置野から分家された金詰の血族。

 10月2日生まれで3歳に当主候補だった父が他界、それから半年後にそれまで虐待をしていた母親も国外へ行くようになり君を棄てた。昨年、それまで育ててくれた祖父も他界し戻ってきた母親も妖に殺されたね。

それから今は置野家に引き取られて生活、そのまま結婚予定の現在婚約状態。難儀な人生だ、とても面白いね」


 自分よりも自分の事に詳しい男に日和は得も知れぬ不安を感じる。

隣に座る招明の睨む視線が更に厳しくなった。

真は余裕の表情を見せると口を閉じることは無く、視線は招明へと流れる。


「君は金詰千景。出生すぐに比宝香織によって連れられた、金詰燈芙香と比宝澄の息子だね。比宝家には次男坊として育てられているが…へえ、8月12日が誕生日なのか。つい最近じゃないか、おめでとう」

「……」


 にこりと笑う真とは対照的に更に苛立たしさを前面に出した招明が居る。

繋いでいる手が少しだけ締め付けられて、多分口に出された事に対して腹を立てているのだろう、と推測した。

今まで本人からは一言も肯定がなかった、招明が日和の従兄であるという件についてだ。


「君たちの事だけではないよ。僕は何でも知っている。この力のデータベースだからね。羅奴威敬迦(ラヌニアツカヤ)…森羅万象、全知全能の神から生み出された力だからこそ、この『目』で見れば何でもわかるよ。現在と過去…そして、未来もね」


 真が見せる笑顔はどす黒く、逆らえない空気を感じて息苦しさに襲われた。

その目で見られたくない、嫌な気配だ。


「いくら那壌神使でも羅奴威敬迦の権威の下の存在だからね、"母さん"の気さえも君は委縮してしまうだろう。僕に恐怖し、敵視さえしなければ体に影響は出ないはずだよ。召使いを受け入れてくれたよしみだ、まずその紅茶をお飲みよ」


 真はにこりと邪悪に微笑む。

招明には『飲むな』というような視線を感じたが、日和は蒼白な顔で紅茶を口に含み喉に流す。

少しだけ気分が楽になって気が紛れた気がした。


「君は召使いに会ってから、かなり神の気が強くなったようだね。人間でいることを望んでいるのに、望めば望むほど人からかけ離れていくなんて…運命はなんて面白いものだろうね」


 紛れた気がしただけだった。

真の笑顔は猛毒だ。

視線を受けただけで気持ち悪さが口から出そうになる。


「ああごめん、からかうのは趣味なんだよ。…それで?何から聞きたい?」


 笑顔が薄れて首を傾げる真に降り積もる苦しさが薄れていく。

恐怖すれば体に影響が出る、とはこの事かと理解はするが簡単に落ち着けそうにない。


「召使いとは…ラニアの事ですか…?あなたの見える未来とは、ラニアやのりあさんの言う"演算"ですか?」

「そう、君たちの言う"選択の結果"…いくつもの枝分かれした未来を読み、統計したものが"演算"。君たちがここへ来るのもわかっていたよ。のりあが引き起こした暴走を止めに来たのだろう?」

「…分かっているなら、止めろ。なぜ宮川のりあは日和を狙う?」


 にんまりと笑う真に招明は冷たく言い放つ。

まるで対照的な相手に真はくすくすと笑うと肩を(すく)めた。


「『女王をこの手で仕留めたい』というのりあの心と、実際に仕留められるのは『純正なる術士の力』という矛盾した結末、そして問題の女王を倒したのが那壌神使の意識を持った金詰日和という少女…矛盾と相反の結果によって生み出された、間違えた認識が原因だね。

 志も意志も強く研ぎ澄まされたような少女だからと買って組み替えても、こうなってしまうのは仕方がない。君の目測通りだよ、招明君」


 招明は(いきどお)った目を向けていた。

併せて自分も真の物言いに、まるで機械的な扱いを受けているように感じるのは気のせいだろうかと嫌疑な目を向けてしまった。


「この『翼』の力を使うにはね、適格者が必要なんだよ。周りからは聞いているだろう?僕が引き起こした継承戦争…最後まで生き残ったのが彼女、宮川のりあだ。

 生憎、まだ調整中でね…完全には至っていないんだよ。だからこそ気持ちと行動の行き違いによって暴走してしまった。試験体が迷惑をかけたことは謝ろう」

「調整中…?試験体って…のりあさんは人間ですよ!?何を考えてるんですか!」


 やはり真の物言いに納得が出来ず、感情に任せて日和は立ち上がり声を上げる。

もやもやとした苛立ちと人を冒涜するような言動、許したくない気持ちがせめぎ合って嫌悪感が生まれていく。

同時に気持ち悪さと強い頭痛に襲われて立ち眩みを感じた。


「日和、落ち着け」


 招明に腕を引かれるが、それでも引き下がれない。

この人は踏み越えてはいけないラインを越えている。


「のりあさんはその戦争に突然巻き込まれて戦うことしか出来なかった、ただの被害者です!一緒に戦っていた仲間を心配して最後まで残ってしまっただけの、普通の人間です!

 自分が神様だからとか、使命だとかで勝手に巻き込んで、変えてしまわないでください!勝手な理由で普通に生活してきた人達を苦しめないでください!」


 岡田真がしたことは、星龍という名の昔の師隼と同じだ。

相手を同意もなく無理矢理巻き込んで、苦しめた。

そうして麻生真朱という女性は人ではなくなり、竜牙の前世と共にナヅチミツカヤになった。

その最期は竜牙の前世によって殺されて終わった。

術士が生まれる発端となった神話が繰り返されている事に深い憤りを感じる。

力を持つ存在は、いつだって自分勝手だ。


「う…ぐっ、おえ…っ」


 同時に岡田真に向けた敵意に自分がやられて吐き気を催す。

目からは涙が浮かんで胃の中をひっくり返すような嘔吐を感じた。


「ふふ…さすが人の神、確かに私の行為は君の領分を越えている。それは、素直に謝罪しよう。体は大丈夫かい?」


 岡田真はクスクスと笑いながら頭を下げる。それでもまだ、怒りは冷め止まない。


「そんなものは関係ありません。これは…私の感情によるものです!心配も、必要ない…です…!」

「日和っ」


 目の前の男を強く睨めば酷い眩暈に襲われた。

招明に名を呼ばれて、初めて落ち着く気になって椅子に腰かける。


「……すみ、ません…」


 まだ煮え切らない思いが心の奥底で沸々と湧いていた。

許したくない気持ちが渦を巻いて、嫌悪感で溢れ返っていく。

それを見かねたように招明が口を開いた。


「…これ以上は、流石に俺も看過できない。師隼に報告する義務がある。アグニミツカヤの力に頼らざるを得ない」

「……ああそうか、逅国神使(アグニミツカヤ)が近くにいるのか…確かにこちらは羅奴威敬迦の眷属でしかないから、そちらの方が上になってしまうね。彼の逆鱗に触れるのは良くないな」


 ふむ、と真は頷くと空間に手を広げる。

青い板状のホログラフィーが現れて指で操作を始めた。


「のりあを直す方法はただ一つ、記憶を消してしまうことだ。女王と対峙した記憶を消して、矛盾を無かったことにしてしまえばいい。これにより新たな選択が生まれ未来が変わってしまうが…起こり得る事実は変わらない。あとは君たちの行動次第だ」

「……」


 真の手が止まり、視線がこちらに向く。


「さあ、これでのりあが目覚めれば事態は変化しているだろう。金詰日和、君の見る未来を…僕は楽しみにしているよ」


 にこりとまた邪悪な笑みを真は浮かべた。

吐き捨てたい。

今までに感じた事のない程に、この男の全てを拒否したくなった。


「落ち着いたか?…行くぞ日和。やることは終えた」

「……はい…」


 招明に手を引かれ、日和は煮え切らない思いのまま立ち上がる。

このままでよかったのだろうか。

もっとできることがあったんじゃないだろうか。

心はまだもやもやとして、これで良かったのか全く分からない。

それでももう、招明に腕を引かれて歩き始めた日和は現実に帰るしか方法が無かった。

……。




***

「…なんとか、直してもらったと思う。正直、宮川のりあが目を覚ますまではどうなるか分からない」


 気づけば朋貴の家に戻っていた。

目の前では依然のりあは眠ったままで、日和は招明から手を放す。


「すまない、あとは…のりあが目を覚ましてから、だな。…助かる」


 朋貴ののりあを見る目は心配の色が映っている。

竜牙や正也がよく見せる目のようにも感じた。

のりあにとっては、朋貴がそういう存在なのかもしれない。


「俺は役目を終えた。波音、帰るぞ」

「あ、うん…そうね…」


 招明は波音と共に帰っていく。

その姿を見ていると、正也も声をかけてきた。


「日和、俺達も帰ろう」

「あ…はい…。…あの、朋貴さん」


 だけどこのまま帰ってしまってはいけない気がして、日和は朋貴へ振り返る。


「…ん?」

「あの…のりあさんの事、よろしくお願いします。傍に居てあげてください…」


 自分が使える言葉の少なさを痛感した。

しっかり伝わったかは分からないまま、逃げるように朋貴の家を出てしまった。


「……日和、向こうで…何かあった?」


 外に出ると街灯や店、車の明かりに包まれた夜の町が広がっている。

時刻は22時、いつの間にか普段あまり感じない空気に染まっていた。

()()()()()よりも、この世界の方が幾分綺麗だ。

そんな中で正也に呼び止められて、余計に我慢できない気持ちが溢れる。


「正也……私、神様という存在が許せません…。ラヌニアツカヤは何も悪くないのに…どうして皆、人を苦しめるんですか…?こんな事をしたって、同じことを繰り返してしまうだけなのに…」

「……何があったか知らないけど、とりあえず…帰って休もう」

「……はい」

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― 新着の感想 ―
[一言] 復讐が果たせない辛さって、ありますよね…のりあもそれだったわけで…辛そうです…。
2022/09/05 10:44 退会済み
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