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神命迷宮  作者: 雪鐘
5章

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327.誤解

 金詰日和が術士になった。

人が結婚やら仕来りなどでてんやわんやとしている間に力を操れるようになっていた。

正直周りを見ている暇も無くて、準備することも多くて、そんな予兆など一切気付かなかった。

相手を選んだ日和だって婚姻で家に保護されていた、その準備の期間もあったというのに一体どこにそんな余裕があったのだろうか。

術士として動く為に訓練していたのは期間として1,2週間程しかなかっただろうに…そんな事は分からない程に動きは自然だった。

 正直狐面をしていたくらいでは動きは追いつけても技術が追いつかないだろう。

正也が居てもしっかり動ける訳がない、そんなくらいにしか思っていなかったのに…初めて組んで動きを見た日和は、立派な術士だった。

紫苑や招明と同じ雷の属性を持つ術士として速度はやはりついて行けない。

それは仕方ない。

怖気づくこともなければ夏樹が作ったであろう武器を振り回して妖にダメージを確実に当てていたし、倒してもいた。

狐面でも頑張っていたのだ、それくらいは出来るだろう。

波音が誤算だったのは、日和は意外にも妖に対してすんなりと動き、力を我が物にして術士として戦っていたことだ。


「波音、どうした?」

「ん…、なんでもないわ」


 この頃夫となった招明とずっとくっついていた。

術士を捨てて、狐面として師隼の命で私の側についている。


「何かあれば言えばいい。その為に俺がいる」

「……じゃあ聞きたいことだけ」

「なんだ?」

「日和に術士として動けるようにしたの、手伝ったでしょ?」

「ああ」


 案外招明はあっさりと返事をした。

日和に対して歪んだ価値感を持ってるこの男は、もう少し言葉を詰まらせるなり苦い顔をするのかと思っていた。


「今、紫苑が解呪されたことにより動けない。だから日和を動かせるようにと紫苑に頼まれた」


 なるほど。

そういえば日和が置野家に行った時、紫苑も合せて連れられたらしい。

佐艮のおじ様もずっと手を(こまね)いていたようだし随分とお人が悪い。

だけど身体の不調を出すようなあんな呪いをずっと持ってる方も悪いと思うので、この件に関しては何も言わないことにする。


「まあ…ちゃんと日和を術士にしてくれたのは感謝するわ」

「する気はなかったがな。覚悟がなければ振り落とすつもりでいた」


 招明はむすくれていた。

本当、素直じゃない。

いや、日和を守ると言う点では本心なのかもしれないけど…。


「……術士になるくらいなら、そのまま家を継いでほしかった?」

「…どうなのだろう。俺は…あの家がどうなってもいいと思っている。薄情なのかもしれない」

「それでも日和を術士にしてやろうと思ったのは?」


 じっと、いつの間にか招明の視線が自分に向いていた。

真っ直ぐな眼で少しだけ照れくさそうな顔をしている。


「波音が言ったんだろ?日和が困っていたら、助けてやれと」

「ん、そう…ね。覚えてくれていたの…」


 日和と繋がりたがらないこの男に、私は約束をした。

だけどまさかここでその約束の為に動いてくれているとは思わなかった。


「勿論だ。俺はただの水鏡千景(ちかげ)として波音の隣に来た訳じゃない」


 水鏡千景、それは招明の水鏡家の者として在籍する名だ。

『千景』は元々金詰家が招明に与えるつもりの名だったが、比宝家に拐われてしまった事で名付けられず放置されていたらしい。

金詰千景として水鏡家に移った招明は水鏡千景となったのだ。


「…そうね。ありがとう、招明」


 それでも波音が招明として呼ぶのは、単純に招明が拒否したからだ。

あくまで気持ちは比宝招明らしい。

拗らせた同年代は簡単には治らないみたいだ。


「何かあれば言って欲しい」

「正也みたいな事を言うのね?」

「…俺がどうしたら良いのか分からない」

「…大丈夫、居てくれるだけで十分よ」


 困ったような表情をする招明が珍しく思えて、くすくすと笑う。

わざわざ人の約束を守ってまで日和の様子を見てくれたのだから多分きっと大丈夫だろう。

不安な気持ちを押し込めて波音は気にしないようにすることを選んだ。




***

「波音っ!今日は巡回に行きますか?」


 部活終わりに日和は明るい声で声をかけてきた。


「ええ…行くわ。でも貴女、正也と組むんじゃないの?」

「どうなんでしょうか?一応連絡はしていますが…」

「そうなの。…ねえ」

「はい、どうしました?」


 思わず口ごもる。

口に出してしまった手前「やっぱりなんでもないわ」とも言えず、だからといって聞いてしまう勇気を持てない。


「……波音?」


 正面の日和はにこにことしつつも首を傾げている。

何も気にしていないようなその姿に頭を抱えてため息を吐きそうになった。

だめだ、聞かなくても一生後悔するかもしれない。

口に出してしまおう。


「…日和は、その……なんで術士になろうと思ったの?正也(アイツ)が狐面でいるのを許さなかったから?」

「えっと…そう、なんでしょうか…。私は私のできることを探していたんです。術士の力を出せないのでなれませんし、他に身近な存在なのが狐面だったので選びましたが…でも師隼に『今は頼めない』って言われてしまったので、多分正也は関係なく術士を目指していたと思います」

「……大人しく守られるって選択肢は無かったの?」


 付け加えた質問を投げると、躊躇いがちに呟くように答える日和から突然表情が突然なくなって、視線を落とした。

本心で聞いた事だったけれど、間違えた質問の仕方をしただろうか。


「それは…だめです。何も出来ないのは…苦しいですから…」


 俯いた日和から畏怖のような、何かを許せないような目が覗いた。

『これだけは譲れない』

声を震わせながらそう、訴えている気がする。


「そう、それが貴女の選択ならばもう何も言わないわ。…日和はやっぱり優秀な力を持っていたわね」

「え?」

「貴女に初めて会った時からずっと思ってた。術士になっていればきっと立派に戦える優秀な人間だろうなって。その通りだったわね」

「全然…そんなことありませんよ」


 あんなに冷たかった日和の表情が一瞬で掻き消え、謙虚に微笑む。

だけど私はこの力を見る為に、見たいが為に日和を屋上から突き落としたのだ。

……今となっては、無駄な行動だったけど。


「謙遜しすぎよ。普通、力の使い方もわからないような子が短期間でこの地で戦えるレベルになれる訳ないでしょ?」

「それは…」


 たった1,2週間で術士になんてなれる筈がない。

日和が狐面で多少動けるようになったとはいえ術士はそれ以上に酷い訓練をしたし、簡単な気持ちで戦えないのを経験している。

その事実を知らない波音の心には大きな(わだかま)りがあった。

 

日和は謙遜をしているとしか思えない。


 この娘は多少の助力が周囲からあったとはいえ、いとも簡単に自分達と同等の術士になってしまった。

あれだけこの子を守ってあげようと思っていたのに、先の戦いで守られたのは私の方だった。

じゃあ、私は必要ないのではないだろうか?


「……?」


 唐突に、胸がちくりと痛くなった。


「波音、どうかしましたか?」

「……ううん、なんでもないわ。今日は私、招明か一人だと思うし…貴女は正也と組めばいいと思うわ」

「えっ…そう、ですか…」


 何だろう、気持ち悪い。

どうしてか、距離を置きたくなる。

そうだ、自分も一人で問題ないって事を証明しよう。

この心に引っ掛かったような感覚はさっさと取り除いてしまわねば。



***

 波音は誤解している。

何もたった一週間ほどで立派な術士なんかなれないことを日和は理解している。

そもそもたった一週間で簡単に術士になれる訳ではないことも理解している。

宮川のりあの結界で何度も倒れて何度も立ち上がり、這い上がって努力してきたつもりだ。

弥生と戦ったのは無駄ではないと思うし、その後に正也が立ちはだかってきたのは結果的に強い覚悟を持つこととなった。


もう、中途半端ではいられない。


 普通の術士で居るようには言われたけれど、やっぱり皆と並んで立ちたい。

その気持ちで今の今まで日和は頑張ってきた筈だ。

自分が優秀じゃないのは身を以って知っている。

父が最強だと言ってくれたのは力があるというだけで、それを上手く使えるかは二の次だ。

それを証明するように経験不足は足を引っ張っている。

どうあがいてもその差を埋める事はできない。

日和が出来るのは、その差を少しでも縮められるよう努力を怠らない事…ただそれだけだ。


「…日和、どうしたの?」

「え?」

「顔が硬い」

「そう…ですか?」


 一緒に歩くことになった正也は隣で心配そうな表情をしていた。


「…なんかあった?」

「えっと…」

「…相談できないこと?」


 ぐっ、と顔を覗かれて日和は心臓を鳴らす。

ちゃんと正也を頼ると決めたのだった、と日和は控えめに切り出した。


「波音と上手くいってない…かも、しれません…」

「……波音は気難しいから。今年は暑いから余計滅入ってるのかもしれない」

「気温に影響すると大変そうですね。そっか…あまり気にしないようにします」

「…あと、波音は勘違いをしやすい。誤解は早めに解いた方がいいと思う。何かあったら、すぐに言って」

「はい、ありがとうございます」


 にこりと微笑んで頭を下げる日和だが、正也の表情はまだ変わらない。

どうしたのだろうか、正也の顔を覗くと憂いた目が日和を覗く。


「日和は…波音の事、どう思ってる?」

「えっと…親友だと思ってます。私の事を気にかけてくれて、沢山話をしてくれるお友達です」

「…うん、よかった。波音のこと…これからもよろしく」

「なんだか遠回しですね」

「……俺が直接波音を気にすると絶対何か言うから…」


 どうしてそんな事を聞くのだろう、そんな疑問が浮かんだけどなんとなく分かる気がした。

確かに波音はよく知る人間には何も相談しなそうだし、余計にツンツンしてそうだ。


「…正也は、変わりありませんね」

「…何が?」


 ふと口に出た言葉を聞かれていたらしく、再び顔を覗かれた。

流石に正也にそういった影響はあるのか聞けず、日和も遠回しに質問を重ねる。


「あ、いや…この前の話の続きのようですが、正也は体調に変わりが無さそうですね?」

「…冬は眠たい」

「正也の朝の弱さは年中無休じゃないんですか?」

「ん…冬眠したい」


 思わず熊かと脳内で突っ込みそうになった。

それはそうと、呪いでずっと竜牙だった時はどうしていたのだろうか。

午前中も深夜も動いていたようだし、もしかしたら無理をしていたかもしれない。


「もしかして寝不足なんですか?」

「それは…多分全然。眠いのは子供の頃から」

「……」

「布団から出たくないだけ」


 単に布団とお友達なだけだった。

もしかして、余計な心配だっただろうか。


「…そういえば、そろそろお盆だけど…どうする?」

「どうする…とは?」

「多分毎年通り集まるけど。紫苑も呼ばないといけないかな」


 そういえば去年は祭壇に手を合わせて師隼の屋敷で集まった。

簡単に皆で夕食をとるだけだったが、楽しかった記憶はある。

ついでにハンカチを渡したことを思い出し、急に顔が熱を持つ。

あの時は波音に(けしか)けられて色々と恥ずかしい思いをしたなと、つい振り返ってしまった。


「…日和、顔が赤い。大丈夫?」

「――だっ、大丈夫です…!あの…は、ハンカチをお渡ししたのを思い出しただけで…」

「…ああ、うん。お守り、ありがとう」

「……いっ、いえ…!大事に使って下さって、ありがとうございます」


 うん、と頷く正也に日和は恥かしさと一緒に少しの安心感を持つ。

去年親友達と行ったあの夏休み。

そろそろ、またあの商業施設に行きたいなと心に思った。

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