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神命迷宮  作者: 雪鐘
5章

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332/681

316.初めてのあやかしたいじ。

 夏樹の家を出て、日和と正也は夏樹と別れて柳ヶ丘へ向かった。

今日の巡回は波音がオフィス街と駅付近、夏樹が商店街、日和が柳ヶ丘から安月大原までらしい。

今から術士として初めての仕事をする日和は緊張していた。


「うー…実戦は初めてです…。大丈夫でしょうか…」

「そこまで気負わなくていい。日和は何だかんだ言って力があるから大丈夫」

「そ、そうでしょうか…よろしくお願いしますっ」

「…うん、よろしく」


 隣に立つ先輩は無表情だがどこか機嫌が良いように見える。

それもなんだか落ち着かない。

日和は正也に頭を下げて町を散策し始めた。


「…日和、羽根はどう?」

「まだ変色は無いですね…。この羽根の範囲はどれくらいですか?」

「恐らくは100mくらい。日和の力によるけど…あまり広すぎても日和にはまだ感知は難しいと思うから」


 そう答える正也は色々と配慮してくれてるらしい…と思ったら、分かりやすい程の苦い顔をした。


「でも気を付けて。それ、かなり範囲狭いから」

「狭いんですか?」

「稀にとんでもないのがいる」

「はい…??」


 篠崎でよく見る妖は鷹や熊、狼の姿が多かった。

とんでもないものとは一体なんだろう。

羽根の色を確認しながら歩くこと十数分、新興住宅街の柳ヶ丘は案外広い。

夏樹と行ったことはあるが見覚えのない程に奥まで来た日和はあたりをぐるぐると見回した。


「この辺りは見慣れない?」

「私、自分の家より奥なんて中学くらいです。夏樹君との巡回で奥まで来た事はありますが…この辺りは初見です。柳ヶ丘って結構広いですね」

「安月大原の2倍はあるから。ここ自体住んでる人も多いし」

「最近まで住んでた町なのに知らない事がいっぱいです」


 日和は驚きと興味と不安を見え隠れさせる。

そんな日和の表情を見ていた正也は何か気付いたように日和に顔を向けた。


「…玲、こっちまで通ってたの?」

「あ、はい。小学生の頃から家まで迎えに来て、一緒に通ってました。帰りもよくお世話に…はっ」


 高峰家は神宮寺家の庵で仕事をしているのもあり、四家の中では神宮寺家に一番近い。

そんな安月大原の端から柳ヶ丘の入口から入ったくらいの日和の家まで、わざわざ日和の為だけに玲に通わせていた事にやっと気付いた。

更に、日和が通っていた小学校は日和の生家付近にあるが、日和が通った中学校『篠崎第二』は更に奥まった場所にある。

そんな場所にまでわざわざ足労をさせて通わせていたと思うと、随分と苦労を強いたのではないだろうか。

そんな事を考えていた日和の心は正也に読まれた。


「そこまで気にしなくていいと思う…。玲はどっちみち第一に来てたから」

「そう、ですか?正也は中学どこでした?」

「俺は篠崎第二…波音と同じ。日和は…どうして第一に?」


 篠崎中学は第三まである。

その違いは学力のランクだが、第一が最もレベルが高い。

第一へ入る生徒の大体は高学歴の職種を目指す人間が多く、玲も医者になると言っていた。

なので確かに正也が言う通り、どのみち第一へ入っていたのかもしれない。

しかし日和と言えば…。


「えっと…とりあえず、玲と同じ中学に行けば良いかな…としか…思ってませんでした…」


 日和の視線は段々と正也とは真逆の、誰もいない方へと移っていく。

玲の『医者』というのは父と同じく庵で働く事を指していたのだろうと今ならばよく分かる。

しかしそんな玲のように目指すものが無ければ生きる為の大した目標もない日和には、第一へ入った理由など『近いから』と同義の薄っぺらいものだ。

何だか心が痛む。


「…日和らしいかも。高校も同じ理由?」

「うっ、そうです」


 柳ヶ丘の最奥には国立の学校区がある。

小学校や中学からのエスカレーター式も多いが、当然高校や大学から入る人間もいる。

日和が通った中学は国立学校区に近く、そこから国立の高校へ向かう人もいた。

そこを選ばなかったのは、やっぱり玲が篠崎高校を選んだからだった。

その特進科を選ばなかったのは、目指す理由も無ければそこまで勉強に駆られるような執着も無かったからだ。

中学の担任教師に「勿体ない」ととても言われたのは身に覚えしかない。

日和には少しばかり苦い思い出だ。


「でも…一緒で良かった」

「え?」

「じゃないと守れなかったから。…いや、弥生も勉強できないからある意味守れた…?」


 正也は頭にクエスチョンマークを出して空を見上げている。

同じ様に空を見上げると夏の暑さが照りついている。

じりじりと焼かれる感覚がして少しだけ水分が欲しくなった。


「正也、私から勉強教わってるので弥生より優位に立ってる気分になってません?」

「…ちょっと思ってる」


 国立の学校区を過ぎ、街路樹の影でマグボトルを(かた)げる。

氷はかなり溶けてきているが、冷たいお茶が喉を通ってひやりと気持ちが良い。

正也はと言うと汗はあまりかいていないようだ。

あまりにも涼しげにしているのが気にかかった。


「正也はあまり暑くないですか?」

「…波音とほぼ同じ。土は暑さに強いから」


 なんとも羨ましい。

波音は元々活発であるが、夏になるほど活発な性格になり汗ひとつかかない。

術士の力が体に影響するのは少し聞いているが、夏樹や玲、紫苑などはどうなのだろう。


「体で言うなら玲の方が羨ましい。夏も冬も関係ないみたいだし」

「私は体に何か影響出てるのでしょうか…」


 電気の力は影響する事があるのだろうか。

逆に電子機器を壊してしまわないかが心配になって日和はスマートフォンを手に取った。

何も問題は無さそうでそのまま片付けた所で正也はぼそりと呟く。


「……静電気とか?」

「…ああ、そういえば…感じたことないですね…」


 金属や人に触れるとばち、とするその現象。

正直話には聞くし周りの人間が悲鳴あげてるのを聞くがそれを自分の目で確認した事がない。

……と思ったが、枕坂から帰ってしばらくはばちばちしていたのであれがそうなのかもしれない。

今は完全に治ってしまっているのですっかり存在を忘れていた。


「…俺も感じたことない」


 正也も同じく静電気に縁のない生活だったらしい。

波音や夏樹、特に玲は毎年のように苦い顔をしている事は永遠に知る由もない会話だった。

そして、ついでのようにすっかり存在を忘れているといえば。


「…っ!日和、羽根」

「はい…あ、変色してますっ!…こっちの方ですか?」


 正也に言われ羽根を見ると一部分が紫に変色していた。

なんとなく背中の方がぞわりと気持ち悪い。

後ろを振り向くと既に熊型の妖が影を見せていた。


「あれは体力も攻撃力も高い、気を付けて」

「わかりましたっ」


 術士として初めて妖として対峙する。

当然の事ながら実戦であれば何もかもが初めてだ。

日和は全身に力を込めて短剣を構えた。


「いや、練如の方が良い。短剣じゃリーチが短いから日和はなるべく近距離にいないようにして」

「あ、はい!分かりました!」


 やはり正也の方が場数を踏んでいるので判断力がある。

日和は短剣を片付け式紙を握る。


「グオアアアア!!」


 妖が咆哮し、練如の苦無を手にした日和と正也目掛けて突進を始めた。

まだ見切れる範囲だ。正也は右側へひらりと身を(かわ)したが、日和は逆の方向へ身を避ける。


「…日和!」


 正也の声と共に熊が右腕を持ち上げて振り落とす。

腕は短いが、鋭利そうな爪が日和の眼前を(かす)めて暑さとは違う汗が全身から噴き出した。


「わっ…!?」


 咄嗟に身を(ひるがえ)した日和はほぼ無意識に練如の針を熊の背中に投げつけ、電気を浴びせる。

ばりばり、と音を立てて獰猛な妖は体を仰反らせた。


「日和、そのまま倒せる?」

「やってみます!」


 のりあの出した幻影であればこのまま消えてしまう。

だが目の前にいるのは本物の妖だ。

簡単に倒れる訳はなく、熊は憤慨したようにくるりと反転すると日和をターゲットに再び突進を始めた。

一瞬の判断が命取りに変わる、これは確かに経験を積まないと分からないものだと犇々(ひしひし)身に伝わる。

日和は苦無を手に正也を倒したように、突進してくる熊に照準を合わせて渾身の一撃を放った。


「グァウ!?」


 玲の弓のような一撃とは言わないが、日和が放った苦無は妖の右腕に当たって消失した。

腕を失ってバランスを崩した熊は前のめりに転がり、日和は倒れた所をもう一発顔面に撃ち込む。

どふ、と巨体を地面に転がした妖はぴくりともせず、どうやら倒したらしい。


「はぁ…はぁ……。や、やりました、か…?」


 焦りと危機を脱した安堵で心臓の鼓動は早い。

自分が想定した以上に余計な力を入れてしまい、全身に疲労が一気に回る。

肩で呼吸を繰り返す日和は激しい息継ぎを止められないまま膝から崩れ落ちた。

倒した熊型の妖はさらさらと霧散して消えていく。

その姿を確認して、更に深い安堵に日和は深いため息を吐いた。


「…お疲れ」


 いつでも手を出す準備をしていた正也は武装を解除して日和の元へ寄る。


「思ったより、動けませんね…。たったの一体なのに…すごく大変でした…」

「怪我無く倒せたなら上々…。でも最初が悪かった」

「はい、逆側に避けてしまいました。すみません…」

「そこは経験則だから…あと日和の利き手が逆だから、そっちに頼りやすいのかも。素早さはあるから見切りと回避、あとは更なる経験」

「ぐうぅ…頑張ります…」


 正也から伸びた手を掴み、日和は立ち上がる。

先輩の言葉は重くのしかかって、それでも素直に受け止めながら日和は心の中で反省点を羅列していく。


(判断が急ぎ過ぎたかも…自分の力を信じ切れてない部分があるのかもしれないです…。

 それから殆ど考え無しで動いちゃいましたし、もっとしっかり仕留める様にしないと、当たらなかったらあのまま攻撃受けてましたよね…)

「……」


 考えれば考える程げっそりとしていく日和に、正也は華月に持たされた自分のマグボトルを手に持つ。

そして、再び深いため息を吐いた日和の首筋に当てた。


「――ひゃっ!」


 考えも吹っ飛ぶような突然の冷たさに、日和は飛び上がる。

同時に頭の中が真っ白になった。


「もっかい俺と戦う?」

「絶対嫌ですっ!」


 突然の提案に即答してしまったが、そこそこに苦しい思いをさせられたのにどうしてまた戦わなければならないのだろう。

それなら何度だって妖を相手に戦いたい。


「じゃあ、続き行こう」

「すみません…」


 正也が気にしてくれた意など日和は気付いていない。

それでもまだ続く初仕事に反省を中断して、他の区域を見回った。

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