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神命迷宮  作者: 雪鐘
術士編2

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312.術士の誕生

 術士の覚悟を認められた日和はのりあの前に立ち、術士として苦無を振る。

術の使い方と細かな制御の方法として一番最初にのりあが展開していた妖15体は倍の30体に増えて、今は術士として詰めの作業をしている。

 大方の移動方法は覚えた。

常にどれ程の力を練如に分け与え、苦無を飛ばすために一投何%の力で飛ばすか、自身が飛ぶには何割程度の力を引き出すか、少しでも体力の浪費を削減する体の使い方や移動する妖の観察眼を鍛えさせられている。


「良い動きにはなって来たわね。あとは実戦で経験を得るしかないわね」


 のりあにそう言われるまで、術士になりたいとのりあに頼んでから丁度一週間経っている。

途中招明が言い出していた1周も招明には届かなかったが、倒れる事なく何とか25秒で到達できるようになった。

一つ変わった事があるとすれば、あれから弥生は沈黙したまま。

同等の力を持った、心のない幻影となってしまった。


「…時間を伸ばす必要もなくなったわね。今日はもう時間よ」

「のりあさん、ありがとうございました」


 無事に30体を倒し切った日和の元へのりあが現れた。

頭を下げる日和にのりあは怪訝な表情を向ける。


「寧ろこれからが貴女の本番、一人前の術士として過ごさなきゃいけないのよ?今までなら私の力で怪我しても死んでも回復してあげられたけど…現実ではそうはいかない。ずっと使っていなかったその式紙でも、今までは術に対しての抵抗が少なかっただけでもう簡単に治る訳じゃないの。自身の力を過信しないようになさい」

「はい、分かりました」


 何だかんだ言って文句や悪態を吐きながらのりあはしっかりと師事してくれた。

そんなのりあは真面目な表情を向けて、日和へ重大な話を切り出す。


「…私が貴女を育てようと思ったのは、一か月以内に現れる女王を確実に仕留める為よ。()()()は確実に軍勢で襲ってきて被害を食らわせる筈…少しでも戦力が欲しかったから育てたの。…そう言ったら怒るかしら?」


 冗談ではないのだろう、のりあの目には憎悪や執念に近い熱を帯びた感情が宿っていた。

それを否定する日和ではない。

寧ろこの一週間ずっと力を使って付きっきりになって動きを教えてくれたのりあの力になれるなら…本望だ。


「いいえ、寧ろ…手伝わせて下さい。師事して貰えたお礼とか思ってません。術士の一人として、女王が現れるのなら一緒に倒したいです」

「…そう。ほどほどに良い動きを期待しているわ。次会う時はその時でしょうね…お疲れ様」

「はい、ありがとうございました」


 のりあは結界を解いて日和の前から立ち去る。

術士の養育期間はあっという間に過ぎて、終わってしまった。

毎日9時間術士の特訓をしていた。

だけど今日はたったの3時間だけ。

いざこうして終わってしまうと…少しだけ寂しさすらある。


「――日和?」


 師が居なくなって立ち尽くすその背に声がかかる。

日和が振り向くとそこには見ない間に髪をふわりと巻いて大人びた波音と、今日は顔を見せていなかった招明が立っていた。


「波音…お久しぶりですね!いつの間にか大人っぽくなってます!」

「この前神事をしたから、まだ直ってないの」


 髪に触れる波音の指にきらりと何かが光った。

見れば左手の薬指には金色の指輪が嵌め込まれている。


「神事…あ、その…おめでとうございます、波音」

「お互い様ね。日和の方が一足先に家に入ってるじゃない。ところで、ここで何をしていたの?」


 術士の修行を、と言っていいのか分からずちらりと招明を見ると首を横に振られた。

まだ、言うべきではないらしい。

日和はにこりと笑顔を向けて答える。


「今から手芸屋に行くところだったんです。糸を切らしてしまったので…」

「ふうん、そうなの。…あ、ねえ日和!暫く後になるけれど、また今度お買い物しない?」

「是非行きたいです!次に会えるのは、部活ですか?」

「そうね。その帰りにでも、一緒に行きましょう」


 それじゃ、と波音は手を振って招明と共に去っていく。

巡回の途中のようだったが、波音はもう招明と夫婦関係にあるらしい。

日和は波音にまた嘘ついてしまったような気がして、駅前の手芸店へと足を運んで糸をいくつか購入した。

既に8月に入ってから数日が経過している。

空気が肌にまとわりつくほどの暑さ、午前中は部活の為に外へ出ていたし午後は訓練をしていた。

外の気配であっという間に本格的な猛暑がやってきているのを肌で感じている。

日和はそんな街の中をぐるりと見渡しながら帰路を歩く。

しばらくは正也と一緒だろうが、これからは術士として巡回しながら妖を探し戦うのだろうと思うと、目の前の街並みは今までと違う雰囲気が感じられた。


「日和」


 ざあ、と風の音がして正面から迎えの姿が見えた。


「あ、正也…!無事に終わりました」

「そう、良かった。…もう帰る?」

「はい。帰りましょう」




 19時前なのにまだ明るさを残した町の中、置野家に戻ると何故か応接間へ連れられてしまった。

その正面では正也がずっと座っていて、一体何があったのだろうと考えあぐねているとぽつりと言葉を吐いた。


「明日から、動くつもり?」

「はい、のりあさんには次会う時は女王が現れる時だって言われましたし…」


 正也は頷き、「そっか」と小さく答える。

それからまた何もないまま沈黙が続いて、応接間の扉が開いた。


「日和様、お待たせしました。こちらへどうぞ」


 唐突に現れた華月に引っ張られ、日和は年に2,3度程しか使われていない宴会用の部屋に突っ込まれる。

一体何故??


「あ、日和ちゃんおかえり!ほら、座って座って」


 中では既に置野家の人員が所狭しと勢揃いしている。

この光景を最後に見たのは正也との婚姻としてこの家に戻った時、今は笑顔を向ける佐艮とその仲間達(紫苑を含む)のような状況になっていて日和の表情は強張った。

佐艮に手招きされてちょこんと指定の位置に座る日和だが、その席はどう見ても主役の席だ。


「あの……?」

「ほら、日和ちゃんがちゃんと術士になったんだからそのお祝いだよ。たった一週間で仕上げたって聞いたからすっごく頑張ったんだろうなと思ってね」


 佐艮はきらきらしい笑顔を向けて言っているが既に多分酒が入っている。

寧ろ何人か出来上がってそうな人が居るので前宴会をしていたのかもしれない。


「日和はまだ慣れてないと思うからって断りを入れたけど…だめだった」


 隣の正也は深いため息を溢している。

そういえばこんな家だった、で纏めてしまった方が気持ち的に楽なのかもしれない。


「ふふふ…日和様ぁー、沢山食べて下さいねっ!私もいっぱい準備したんですからぁー」


 先ほど引っ張られた時は気付かなかったが、どうやら華月も出来上がっている側の人間だった。

既に呂律が怪しく絡みがいつもの数割増しになっている。


「華月、今日絶対日和の部屋に近づくなよ」

「あ、坊ちゃんそんな事言ってまた日和様を独り占めですかぁー!?ずるいですぅー私だって日和様と居たいのにぃー」

「またって言うな」


 指を差して念押しする正也に華月はぷんすかと頬を膨らませている。

なんだかいつも以上に賑やかに感じるのは気のせいだろうか。


「日和ちゃんごめんね。うちの事は気にしなくていいからさ、好きに過ごしていいからね」

「はい、ありがとうございます。お父さん」


 にこにこと笑う佐艮に笑顔で対応すると、佐艮の笑顔が崩れて突然泣き出した。


「……あー日和ちゃん本当良い子だよ…!普通にお父さんって言ってくれるし優しいし健気…!」


 あっという間に泣き上戸になっている…という事はかなり飲んでいたらしい。

もしかしてこれは宴会の準備をしていたんじゃなくて、既に勝手に宴会が始まっていて少しでも場を落ち着いた状況に持って行った中で放り込まれたのではないだろうか。


「父上うるさい…」


 既に正也は呆れ始めている。

華月にも絡まれてるのに大変そうだ。


「かづ――」

「――日和さん」


 自分はどうしたら良いのだろう、華月に声をかけようとしたけど名前を呼ばれた。

振り向くと、ハルがにこにこと笑って手を拱いている。

日和は立ち上がってハルの元へ寄ると既に紫苑が避難してきていた。


「ふふふ、貴方達って似た者同士よねえ。本物の兄妹みたい。…あと、あの状態の華月は止められる人が居ないから、容易に近づいちゃだめですよ」

「あの…」

「日和さん、術士として動けるようになったみたいですね。大変だったでしょう。お疲れさまです」


 嫋やかな笑みを向けてハルは微笑み小さく頭を下げる。

その姿はいつも通り優艶で百合の花を咲かせたような流麗さが感じられる。

少しだけ恥ずかしくなりながら、日和は頭を下げた。


「えっと…ありがとうございます」

「ごめんなさいね、旦那様ったらすぐ知りたくなっちゃうから、日和さんの事になるとああやって(はしゃ)いじゃって。子供みたいよねえ」


 佐艮に視線を向けながらくすくすと笑うハルの横で、紫苑は食事の手を止め日和の頭に手を乗せた。


「しばらく、僕と交代だね。僕が戻って来るまでお願いして良い?」


 まだ療養中で術士には戻れない紫苑の言葉が重く感じて、同時に日和が今やるべきことのように感じてざわざわと気持ちが昂る。

これからは自分が術士としてやっていかなければならない。

一つの使命感が日和の心を大きく揺さぶった。


「……が、頑張ります…!兄さんはとても強いので…その、代わりにはなれないと思いますが…」

「そんな事ないよ、きっと。大丈夫、あまり無理しない程度に頑張ってね」

「は、はい…」

「あら、こんな所にも可愛らしい子供が居たわね」


 恥ずかしさが込み上げて日和は両手で顔を隠す。

背中にハルの手が回ってぽんぽん、と肩を叩かれた。


明日から、頑張ろう。

やっと自由に扱える力を手に入れたんだ。

この力で術士の皆と一緒に戦って、自分のできる力で守ろう。

術士になれた事も当然嬉しいが、本当に一番嬉しいのは…やっと今までに受けた恩を返せる。

その気持ちが一番強いのかもしれない。

4章が終わりました!

次話は本当はどこかにぶち込みたかった小休止を2話、4章のまとめを入れて5章に移したいと思います。

また、作者が多忙になるため毎日更新が滞ってしまう可能性があります。その時はすみません…と先に謝罪させていただきます。110万字はやばいな、まじかよ…

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