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神命迷宮  作者: 雪鐘
術士編2

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283.繋がる記憶

 麗那と出会った記憶を見て忘れていた記憶に出会った。

バラバラになった父の体は箱に収められて、私は沢山泣いていた。

母と、他にも来ていた多分霜鷹さんと思われる人物や正也の父である佐艮、それから若い稲椥の隣にいた女性は多分叔母である金詰燈芙香と…小さいけれど当時の自分よりはやっぱり大きな紫苑が居た。

何の話をしているのかは自分が父に縋りつくのに必死で本当に覚えていないらしい。

だけどいい加減自分の母の叫びが煩く感じた頃、母が近くにあった献花用の小さな花瓶を手に取って振りかぶるのが見えた。

それが紫苑に飛んで、私は無意識に飛び出して体を張っていた。

痛くて冷たくて、だけどすぐに手を引かれて家に戻った。

それからしばらくは水をかけられ、怒号を吐き捨てられ、殴られ、目の前には怒り狂った母の顔が映った記憶ばかり。

そうだ。その後母が出て行って、入れ違いのように祖父が来て、そのまま私はあの家に住むことになったんだ。

 だけどこれはどれも自分が隠していた封印されていない記憶。

麗那によって封印されていた記憶は自身が忘れたかった記憶をも誘発して、思い出したらしい。

物を投げつけられたり殴られた痛みも水を被った冷たさも恐怖も沢山感じた。

それなのに、不思議と苦しい気持ちは出てこない。

理由はある筈なのに、それが何故だか思い出せない。

それよりも以前、数馬に「母親は虐待してくるような人間だったか?」と聞かれた記憶を思い出した。

そうか、あれは虐待だったのかと今になって納得して、()()()()()()()



 人差し指を立てて兄、玲は言った。

 

「いいかい?日和ちゃん。動物は可愛い姿をしてるけど、絶対に近づいちゃ駄目だよ。猫や犬、鳥なんかもだよ。わかった?」

「うん」

「世の中には図鑑に載ってない危ない動物が居るんだ。だから見つけても見ないふりをしてね」

「気をつけるね。お兄ちゃん」


 それはいつの記憶だっただろうか。

確か玲と出会って間もない頃…いや、それだけではない。

彼は何度も同じことを口を酸っぱくして言っていた。


「一人の時に追いかけられたら逃げること。すぐに僕が駆けつけるようにするからね」

「うん、わかった」


 どうして何度も言う必要があったのか分からなかった。

だけどそれがなんの為だったのか、やっと分かった。

緋色の猫、山吹色のハト、群青色の狼や翡翠色の犬…。

色鉛筆やクレヨンで見た色をした、図鑑や写真では似ても似つかない動物が自分をじっと見ては襲ってくる。

その恐怖に逃げ惑っては水が敵とも言える何かを撃ち、捩じ伏せていく。

霧になって消えるように姿が居なくなる度に兄は笑顔で語りかけて来た。


「大丈夫だった?日和ちゃん」


 記憶を取り戻した今、その笑顔が怖い。


「約束をちゃんと守ってて偉いね」


 優しい声を掛けられながら、視界は彼の手によって塞がれて直前の記憶を忘れさせられる。

何度も繰り返し行われていた。

外でも、学校でも、授業中でも、襲われ記憶を失っては日常に戻る。

祖父の為に買い物をした帰り道、登校中、本当に安全なのは家の中だけ。

だけどそれを何度も忘れさせられるから、その事実を私は何時まで経っても知ることは出来なかった。

 玲の力で怪我は治せても破れた服は治せない。

その原因も忘れて、いつしか同級生には奇異な目で見られるようになっていた。

心を開いていない自分がまともに周囲の人間に話せる状態ではないのに、混濁した記憶によって更に溝は深まっていて、だけどそれを状況のせいは言えなかった。

 それが『妖に襲われていたから』なんて、誰が信じるのだろう。

自分ですらも忘れさせられていたのに。

そんな記憶と一緒になって正也と出会っていた記憶が埋没し、封じられていた。

妖と同じ扱いのように、知ってる人に会った安心感で抱き着いた玲が目に手を重ねて言う。


「一人で知らないところに行ったら駄目だよ。よかった、日和ちゃんが無事で。これで安心だね」


 何が安心だったのだろう。

玲にとっての安心はなんだったのだろう。

 玲は何度も目を塞ぐ。

玲は何度も記憶を封じる。

彼は何から私を守っていたのだろう。


「……お兄ちゃん、何してるの?」

「日和ちゃんの力を貰ってるんだよ」

「…何で?」

「日和ちゃんが体調不良なのは、日和ちゃんがいっぱい力を持ってるから。だったら力を取ってしまえば、また元気になるでしょ?」

「……そうなんだ。ありがとう」


 術士の事も、妖の事も、正也のことも忘れたくなかったのに。

術士の力に酔い、倒れる自分の力を吸収していた玲の姿も忘れさせられていたなんて。

 変な物を見るような目で見られていた小学時代。

時は進んで同級生達から逃げるように玲の中学校についていった。

それなのにそこでは勉強が原因でまた周囲とも相容れない日々を過ごした。

 これはまだ、自分が持ってる記憶だ。

だけど自分が原因で玲に迷惑を被った日、妖は関与していないのにまたしても記憶を封じられていた。

玲を庇って自分が怪我をした。

その後庵に運び込まれて初めて数馬に出会って、治療を受けた。

初めて怒った顔で記憶を封印された。

 あの封印は一体、何の為だったのだろう。

どうして私はこんなにも、記憶が封じられているのだろう。

 全てが一瞬で流れて定着していく。

一体私の記憶はどれだけ封じられていたのだろう。

継ぎ接ぎだらけだった自分の持っている記憶と封印されていた記憶が組み合わさって、自分の人生を振り返らせられた。

あまりにも膨大過ぎて自分の記憶はどれにしても信じられない。

なのに完成した記憶は綺麗に嚙み合ったように、自身の自我の形成に納得できるものになっていく。

 信じたくない。

信じたくないのに、その分理解できてしまう。

あまりにも自分は迷惑な存在で、苦労を掛けてしまう存在で、嫌気が差した。


『…それともあの方々の邪魔をするつもりだった?』


 完全に思い出してしまった櫨倉命の声が脳内に反芻(はんすう)する。

邪魔をするつもりなんてなかった。

あの時はそう思ったけど、もう多大な迷惑をかけた後だったのだと自覚した。

 知る前と知ってしまった後の自分の受け答えはなんとも滑稽で浅はかなのだろう。

あんなにも竜牙に温かな言葉を貰ったのに、こんな自分が頼っていい訳が無い。

返してあげられない。守る事なんてできない。あんなにも言って貰えたことが嬉しかったのに、こんな一瞬で自分が信じられなくなるなんて。

やっぱり自分なんて死んでしまえばよかったじゃないか。

とんだ疫病神だ。




 …そこで人生を終えられたなら、あの痛みを感じなくて済んだのだろうか。

忘れていた全身を駆け巡る様な痺れと痛みが思い出すように再び体に現れる。

比宝楼瑛は近くに居ない。

それなのに、幻覚であるはずなのに、全身にびりびりとした痛みが走る。

気持ち悪い。

苦しい。

最早彼が何を言っていたのかなんて一切覚えていない。

寝ても覚めても何度も何度も体を蝕んだあの力が、また怖い。

最初から、何もない方が平和だったんじゃないだろうか。


「もう、やだ…痛い…痛いよ…」


 酷い頭痛と体の痺れに耐えられなくなって自然と声が漏れた。


「……うん。もう、無理しなくていいよ。忘れてしまおう?大丈夫、日和ちゃんが一番嫌な記憶だけ…一番受け入れたくない記憶だけ消してあげるから…」


 無意識に出た言葉を誰かが拾う。

脳裏に麗那や母や玲や命に楼瑛、いろんな顔が浮かんで視界の邪魔をする。

忘れさせてくれるなら、お願いしたい。

もう、何も思い出したくない。


「体が痺れて…痛いんです……助けて、下さい…」


 その体にしがみ付いて、懇願した。

それが誰かは分からない。

だけど竜牙に似た顔の人物が、玲のような笑顔ではなく心配しているような表情を見せて視界が塞がれる。


「うん、大丈夫。もう、苦しくないよ」


 これで大丈夫。

……本当に、大丈夫?

『私、針で指を刺しちゃっただけでも痛いのに、パパが痛くないわけないじゃない』

暗くなった目の前で、誰かの声が聞こえた。


「…兄さん、お願いします…何をされたのかだけは、忘れたくないです…。あの一週間の、最初だけは……残してください」

ごちゃついた文章ですが日和さんの脳内もごちゃついています。お察し下さい。

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