25.金詰日和は迷子
「…日和は、私達には慣れてきたな」
師隼の家を出た帰り道、竜牙は歩く日和に話しかけた。
「そう、ですね。それにまだ2回目ですが、師隼は思ったより話しやすい人でした」
家を出る前、師隼は日和を引きとめた。
『そうだ、私の事は皆と同じように師隼、と下で呼ぶといい。私も下で呼ばせてもらうが、いいかな?』
師隼のお墨付きを貰い、友達感覚で下の名前で呼び合う仲になった。
「…あいつは悪くは無――…いや、心を許し過ぎたらいけないから、とりあえず怒らせない様にだけしておけ」
竜牙は一瞬顔を顰めてそう答える。
「竜牙は、師隼に詳しいんですか?」
「まあ…腐れ縁だ」
式と術士の主との腐れ縁というのもよく分からないが、どう答えればいいか分からず日和はあえてスルーした。
ふと、昨日の佐艮の話を思い出し、日和は竜牙に視線を向ける。
「術士の皆さんの家はそれぞれ事情があるのを聞きましたが、師隼もなんですか?」
「ああ…まあ、そうだな。少し前まで兄が仕切っていたが、他界したので師隼が継いでいるし既に結婚相手も決まっている」
「お兄さんが…。結婚相手って、師隼はおいくつなんでしょうか…」
「確か25のはずだ。相手がまだ学生なので卒業待ちだと言っていた」
髪の毛の要素を抜いた見た目で20歳前後かと思っていたが、まさかの25だとは。
自分より10も年上である事に、少し驚愕した。
「学生なら…大学生ですか?」
「いや、高校だ。今日和達が通っている高校の3年に在籍している。多分近々会うと思う」
結婚相手、とても年齢が低い。
しかも校内の先輩だという。
「そ、そうなん、ですか…?8歳差…」
「日和」
竜牙の、日和の名を呼ぶ声が一瞬、いつもより低く感じた。
「どうしたんですか?」
「術士は基本、見合いや互いの力を考慮した相性で結婚相手が決まる」
「えっ、そうなんですか?」
「師隼は光の術士だ。だからその眷属となる火や雷…或いは、全く逆の相手、闇の術士が結婚の相手に選ばれる。師隼の相手は闇の術士だ」
火ならば波音もあり得そうだが、よく考えたらそうなると水鏡家を継ぐ人間が居なくなる。
術士が結婚するのも、案外大変かもしれない。
「という事は、ハルさんも何か力があるとか…?術士は術士と結婚するんでしょうか?」
「いや、あの人は一般人。光は力が強すぎるから、支えか調律が必要なだけだ。他の家なら逆に力の少ない人を選んだ方が、存続の可能性がある」
相手の吟味が大変そうな話だ。
「…蛍だって、そうだっただろう?日和は一般人だが、術士としての道を選んでいないだけに過ぎない。その気になれば今すぐに術士にだってなれるはずだ」
確かに父は術士で母は普通の人だが、私は術士になれるのか――。
しかし果たしてなりたいのか?と聞かれると、うん、とは言えない。
「命を懸ける仕事だ。まだ、その道は選ばなくて良い。寧ろ……すまない、なんでもない」
なんとなく、竜牙の言いたい事が分かった気がするけど、日和は黙ることにした。
命を棄てようと簡単に考えてしまう人間が、命を懸ける仕事になど、選べる訳がない。
術士は世間的に伏せられても、人々を危険から守る称えられるべき仕事だ。
父もそうなのに、一切を知らなかった自分には、まだ近づけそうにない。
「そうだな…一つ言える事があるとすれば、気負うな。事が起きなければ知らなかったことだ。
それはそれでいい。日和自身が術士家系の娘でも、お前はその道を選べ、と誰からも言われていないだろう?」
「えっ…あ……」
考えを見透かされていたらしい。
竜牙は日和の表情が少し変わった事に小さく微笑み、歩調を若干早くした。
「待ってください…!」
日和は後ろ姿を追いかけようとして、その姿は突然立ち止まり振り向いた。
「……日和、術士家系で力を持って生まれた…と分かれば、それはもう決定事項だ。家を継ぎ、術士として仕事をしていく他に選択肢はない。少なくとも、正也はそう思って今まで仕事をしてきた。
だが、日和には選択肢がある。これからの私達…術士の姿を見て、どうするかしっかり考えて、決めてほしい」
赤みの強い夕日が竜牙を正面から照らす。
赤々とはっきりとした表情は何故か昏く、多分何か思いつめたように見える。
日和は息を飲み、真っ直ぐに竜牙を見て、答えた。
「――はい。私、皆を見ています。ちゃんと考えて、決めたいと思います」
この日の夕刻、師隼が指揮する集団、狐面に新たな任務が加わった。
『監視・護衛任務指示:金詰日和 篠崎高校1年』
「という内容で、金詰日和を正式に、こちらから依頼を頼んでおいた。これでもし彼女が個人で動いていても、何かあった時は直ぐに向かえるだろう」
任務が言い渡された4日後、術士が集められ、日和が置野家に住むことになった件と同時に師隼からそう発表された。
「用心するに越したことはない、ということか」
「その方がいい。助かるよ」
師隼の言葉に竜牙は納得し、玲はほっとしたように笑う。
「でも大丈夫なの?信用し過ぎじゃない?」
一方危惧をするのは波音だ。
「信用出来なければ、切るだけだ。彼らは一応分倍河原が手掛けた駒だからね。ある程度は理解の心があるし、教えた術もある。出来ることをしてもらうよ」
「…っ」
淡々と言う師隼の目は冷えきっていて、その姿に夏樹は小さく息を飲む。
師隼の『切る』は底が知れない事を知っている。
深く関わるような人達ではないが、一抹の不安を感じた。
自己紹介に見た目の特徴…載せないと駄目かなと思ったのでそこかしこ追記しました。