24.報告
「……やっぱり頼るのは、苦手です…」
日和が開口一番にさっきの空気を逆転させたのは、それからたった20分程の事だった。
帰宅して早々華月が荷物を持って戻ってきたのに気付き、日和の荷物を部屋に運んで片付けたのだ。
自分が何の気もなく荷物を渡し、もしかしたら日和は周囲に見られると困る物があるか…とも思い反省しかけたが、答えは単純なもので『お願いするのは気が退ける』のたった一言だった。
ちなみにこれは師隼の家から帰宅した後の話だが、「日和様の物が衣装と勉強道具しかありません!本当に荷物はあれで全てなんですか!?」とすごい形相で捲し立てられた。
衣装に関しても制服の他に季節ものの服がそれぞれ2,3着しかない、だの持ってきた鞄自体も外出用のお洒落なものではない、だの色々言われた気がするが、忘れる事にした。
足りなければ本人が言うだろう。……ちなみにこれも後に問題となる。
「…日和、半分は気にしなくていい。あの家が異様に世話好きなだけだ」
「竜牙…もう半分は、なんですか?」
「…慣れろ」
「無理ですっ」
日和の表情は食い気味で、思いっきり拒否の顔だった。
これはしばらくこのままだな、と竜牙の口からため息が出た。
「――あれ、日和と竜牙じゃない」
道の途中で二人のよく知る声が聞こえた。
「波音!こんにちは」
「ええ、こんにちは。珍しいわね、こんな所で。どうしたの?」
「今から師隼の所へ行くところだ。報告がある」
「ふーん、そうなの。じゃあ行く先一緒ね」
日和は波音に懐いているようで、空気が変わった。
一方波音にしても悪い気ではないらしく、普通にしている。
「波音…まだ師隼の所へ足繁く通っているのか?」
「う、うっさいわね、ちょっと教えてもらうだけよっ」
波音は頬を膨らませ、思いきり竜牙を睨みつけた。
少し恥ずかしがっている所を見ると言うべきではなかったかもしれない。
「波音は神宮寺さんから何か教わっているの?」
「んー、まあね」
波音の手には紙袋がぶら下がっている。
竜牙は袋の口から棒の先に球が付いているのが見えて、納得した。
「次は一体何を作っているんだ?」
「――えっ!?あ、いや、大したものじゃないわよ?袋、袋作ってるの!」
「袋…?…波音、これもしかして編み物?」
「~~~~っ!!!」
上ずった声を上げていた波音は真っ赤になって、片手で顔を覆っている。
日和は面白い物を見つけた子犬のように興味深々になっていた。
「波音編み物が出来るんだ…わぁ…!素敵です!」
満面の笑みを見せた日和に、波音が固まった。
「あ…日和、それ以上は…」
竜牙が日和を止めに行くが、既に遅かったらしい。
「ごふっ……」
片手で顔を覆ったまま、波音が何かが抜けるように倒れるのをぶわりと現れた炎が支える。
「ほらほら波音、言っただろ?そろそろ慣れないと駄目だって」
波音の横で支えたのは、焔だった。
一瞬竜牙が行こうとしたが、焔の動きは厭に速かった。
「焔、すみません…私何かしましたか…?」
「いや、大丈夫ー。いつもの事だから。よーいしょ」
心配をする日和に焔は満面の笑みで答え、波音を背負う。
「いつもの事…?」
「ほら、波音こんな性格でしょー?褒め慣れないんだよ。基本努力しても褒められないと思ってるから不意打ちで褒められると、たまに卒倒しちゃうんだよ。可愛いでしょ?」
「うーーー!うっさい!馬鹿っ!あーーーーもうっ」
にこにこと笑う焔の背中で、我に返った波音が暴言を吐きながら焔の背中をぽかぽかと叩く。
「日和の頼るのが慣れないのと一緒だな?」
「う゛っ……うぅぅ……」
竜牙が釘を刺すように日和に言うと深々と刺さったようで、日和も何も言わなくなった。
「――それで、これか」
顎に手をやり、惨状を見る師隼はそう呟くと、くつくつと笑う。
式はぴんぴんしているのに対し、波音も日和も顔を手で覆っていた。
「今日は…波音、後でそれ教えるから話を聞いていきなさい」
「うぇ…?」
「…それで?」
やっと顔を上げた波音が師隼を見て視線を日和に移す。
期待している表情をする師隼は竜牙を真っ直ぐに見た。
「ああ、金詰日和をこちらで保護する事にした。昨日母親に遭遇したが、駄目だった。荷物は既に纏めてある」
竜牙の言葉に「ほぉ…」と返事は返すが、狐面から詳しくは聞いているだろう師隼は、次に日和に視線を向けた。
「そうか、ご苦労だったな。金詰日和、君は住んでいた家をどうしたい?」
師隼の問いに日和は顔を上げる。
「えっと…もう戻る事はないと思っています。なので、私はもうあの家は必要ありません。母に任せます」
「……実は、その母親なんだが…――」
「…っ」
竜牙は息を飲む。
一瞬でも、師隼が言うのではないかと危惧した。
「――午前中にこちらへ現れてね、国から出ると言っていたんだよ」
「え…」
日和の口から声が漏れ、竜牙はため息を噛み殺す。
「日和をよろしくお願いします、と言っていた。母親の方も、あの家はもう必要ないらしい」
「…そう、ですか……。なら、家具も家電も必要ないです。…あ、鍵お渡して――」
「――それは持っていなさい。何かあった時の為に」
ポケットから鍵を出そうとする日和を師隼は止める。
師隼は、言葉を続けた。
「じゃあ君の望み通りに家は綺麗にしておくよ。置野の家なら安心だね。送迎ならわざわざ当番制にしなくとも竜牙がいるし、食事もしっかり3食とれるし、ね」
にっこりと、師隼は微笑む。
日和は一瞬固まり、ゆっくりと竜牙を見た。
「えっと…言いました…?」
「い、いや…言ってない、ぞ?」
竜牙は首を振り、日和は波音に視線を送るが、波音もぴくっと体を揺らしてブンブンと首を横に振る。
「ふふ、見てたら分かるよ。身長に対して釣り合ってないからね。器はしっかり作らないと後々厳しくなる。ちゃんとしっかり食べる様にしないといけないよ」
くすくすと笑いながら師隼は健康について言っているようだが、明らかに体重が軽いのと栄養不足を指摘している。
そんなに見て分かる物だろうか…と、つい日和は自身の体を凝視した。
「そういう事だから波音、気負わなくてよくなったからこれからは好きなだけ日和に言えるな?」
「はっ?何を言うのよ…」
師隼は突然波音に話を振り、波音は首を傾げる。
「…おや?一緒に行きたい、帰りたい、家も近くなったから遊び放題寄り道し放題じゃないか。気兼ねなく言えるだろう?」
「ばっ――!」
茹った蛸のように、一瞬で波音の顔が真っ赤になり、背筋が大きく伸びた。
日和が波音の顔を覗く。
「…波音、気にしてたの?」
「はっ!?ききき、気にしてなんて…!」
ぱくぱくと口を開閉し、明らかにどぎまぎしている。
竜牙や師隼からしてみれば、分かりやすい事この上ない。
「波音、正直に言えばいいっていつも――」
背後から小さな声で焔が耳打ちする。
「――うっさいわね、あんたは黙ってなさいよ」
しかし一気に冷静になったように波音は立ち上がり、一瞬で焔を足蹴にした。
声も一段と低くなり、恥ずかしがったり苛立ったり、一々動きが激しいのが水鏡波音という女だ。
「…波音、私はいつでもいいよ。ありがとうございます」
「ま、まぁ…気が向いたら…言うわ」
そして日和も段々と慣れてきたか、その姿に驚くことも無く言い放つ。
寧ろそれを予測していなかったのは波音の方で、少し頬を赤くして、ぼそりぼそりと答えるのであった。




