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神命迷宮  作者: 雪鐘
術士編2

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246.一ヶ月の休校を経て

 薬湯付けの一週間も終わり、昨日は無事に七回忌を終えたらしい。

形式どころかただ模造の花を献花して祈るだけだったが、稲椥も紫苑も満足そうだった。

その後は日和と光でご飯を作って食べたが、紫苑だけは先に帰ってしまったのは何かあったのだろうか。


「はーい日和様、髪終わりましたよ」

「毎日ありがとうございます…」

「私が楽しんでるだけだからいーのいーの!それより久しぶりの学校なんだから楽しんでらっしゃいな」


 長袖もあまり袖を通さないまま制服は合服へと切り替わってしまった。

久し振りに制服に袖を通した日和の髪は、心音が丁寧に纏め上げる。

そこへ扉が開き、親友が顔を出した。


「日和、どう?体の方はもう大丈夫?」

「はい、もうずっと元気です!やっと学校へ通えるんですね」


 波音は制服姿で笑顔を向けて日和の様子を見に来ていた。

そんな波音へ返事をする日和自身も、久しぶりの学校に浮かれているのかもしれない。

とうに出る準備を終えてのんびりと手芸をする時間までも作ってしまった。

 枕坂に連れ去られて3週間と療養の1週間、まるまる1か月も休む事になるとは正直思ってもみなかった。

個人的には久し振りの学校よりも授業についていけるかが心配だ。


「授業に関してはついていけないと思うから、暫くは付きっきりになりそうね」

「何度かお世話になってしまっていますね…またお願いしても良いですか?」

「何言ってるの?勿論よ」


 早く行きましょ、と波音と共に部屋を出ると丁度雷来が廊下の奥からぱたぱたと駆け寄ってきた。


「日和おねーちゃん朝からおでかけ?おようふくかわいい!」

「雷ちゃん、おはようございます。今から学校へお勉強に行くんです。この服はその為のお洋服ですよ」


 雷来は「へー!」と興味深々にぴょこぴょこと飛び跳ねる。

波音にも視線を移してにんまりと笑った。


「ふたりともおそろい!いいなあ!」

「お揃い…ふふ、そうね。その発想は無かったわ」


 波音はくすくすと笑って、不思議そうに雷来は首を傾げる。

雷来は学校に行ったことがない。

どうやら制服というものは知らないらしい。


「じゃあ雷ちゃん、私達行ってきますのでお留守番お願いしますね。夕方には帰ってくると思います」

「はーい、いってらっしゃい!」


 玄関へ向かう二人の背を雷来は大きく手を振り見送った。

神宮寺家は雷来が居るだけで以前よりも賑やかになった気がする。

玄関を過ぎ、門を潜ると波音は思い出したように日和に声をかけた。


「――そういえば日和」

「はい、なんでしょう?」

「実は正也も今日から学校に戻るのよ。あれから、会話したの?」


 日和が夏樹と波音の前で正也から逃げ出して以来、正也の姿は見えども会話はしていない。

というより、そのまま話すどころか会う事も恥ずかしく、また気まずくて日和が正也から逃げたままでいた。


「えっと…」

「…してないのね?」

「……ないです、ね」


 正也が応援の為に篠崎を離れるまで共に住んでいたというのに、いざ久しぶりに会うと何を話せばいいのか分からない。

しかも久しぶりに会った正也は背が高くなっただけでなく、顔立ちもほぼ大人の男性となって雰囲気も変わっていた。

何だか別人のようにも思えてしまって、つい近付くのを恐れてしまっている。


「その状態で一緒に昼食できるの?」

「……」


 日和の顔が強張り、だらだらと嫌な汗が吹き出そうな感覚になった。

時期としてはじめじめとした梅雨の季節ではあるが、明らかに暑さから来る汗ではないと判る。


「えっと…ちゅ、昼食はパスって…できないですよね…」

「貴女が皆で昼食食べたいって言ってたんじゃないの?」

「う…、それもそうなんですが…」


 今にも足取りが重たくなりそうだ。

それでも波音が日和の手を握り、引き始める。


「ほら、ちゃっちゃと行くわよ。もう学校に向けて進んでるんだから覚悟決めなさい」

「は、はい…」


 ずるずると引かれながら道を歩いて行くと、前方で妙に背の高い男子高生が歩いている姿が見えた。

知らない生徒だったらまだ気にしないで良かったのに、分かりやすい砂色の髪をしている。

妙に心臓が激しく打っている現状を気にする日和には一切気を向けず、波音は少年の腕を叩く。


「正也、おはよ」

「波音…おはよう」


 朝の弱い正也は眠たそうに半眼で波音に視線を向ける。

驚いた様子は無いが、代わりに不思議そうに波音の後ろに視線を移した。


「…日和、おはよう」


 正也の声に日和はびく、と体を震わせ、波音は半眼を向けて無言で前に行くよう日和の腕を引いた。


「わわ…!あ、の、えっと…お、おはようございます、正也…」

「…うん」


 謎の恥かしさで顔が熱い。

直視できず俯きがちに挨拶をしてしまったが、正也は静かに頷いて顔を正面に向けた。

 そんな正也が首に締めたネクタイは自分たちと同じ青から紅に変わっている。

学年が変わってしまった正也が気になるものの、話しかけられない。やっぱり居辛さがある。

ちらりと横目で見てくる波音の視線が何より痛い。

無言で何かを言うような素振りはないが、何かを訴えるような強い視線を向けている。

今度は妙に早足になりそうになった。


「…あぅっ」


しかし波音が正也に歩行スピードを合わせるように日和の腕を引く。

まだ逃げたくなる気持ちがある日和の心を読んでいるのか、がっしりと掴んでいる。

幸い正也も波音も学校に着くまでは何も言わなかったが、それまでの道のりはとても心臓に悪かった。


「それじゃ」

「ええ、また昼に会いましょ」

「うん」


 下駄箱の前で軽い挨拶を正也と波音が交わし、先に正也は教室へと向かっていく。

久し振りの学校だというのに余韻に浸る余裕もなく、ほっ、と胸を撫でおろしていると、梟の首並にぎゅるんと波音の顔が日和に向けられた。


「ぴっ!」

「ぴっ、じゃないわよ!なんなの?なんで会話しないの?なんで逃げようとしてるの?」

「あ、ばれてましたか…?」


 行きの間、会話は一切無かった。

静かで、妙な空気が広がって会話ができる状況ではなかった。

…というのは殆ど日和のせいかもしれない。

半眼の波音がずかずかと日和に詰め寄る。


「ばれてましたか?でもないのよ。何?正也と喧嘩でもしたの?」

「い、いえ…それは全然、全く」

「じゃあなんなのよ。なんで私が間に立たないといけないの?少しは自分で何とかしようと出来ないの??」

「え、えっと…波音、落ち着いて…」


 ずい、と鼻の頭が当たりそうな程に波音の顔が近づき睨まれる。


「落ち着ける訳ないでしょ!?私が不服だから言ってるの!」

「――まあまあお二人さん、落ち着いて!」


 突然日和と波音の間に制止が入る。

クラスの女子生徒、(あずま)媛芽(ひめ)――1か月ぶりに見る友人だった。


「媛芽、おはよう」

「おはよー、波音さん。日和さんもおはよう!久しぶりだね」

「東さん、おはようございます。やっと学校に来られました」


 細身で短い髪のスポーティな容姿の少女は朗らかに笑う。

日和も笑顔になって答えた。


「……で、何の話?」


 媛芽は朗らかな顔のまま、ずい、と日和に近づく。

かなりの圧があり、興味という文字が顔面に出ている気がする。


「え、え…」


 困惑する日和を半眼で見つめながら、波音は媛芽の耳元で何か耳打ちしている。

そして「ははーん」と口をUの字に曲げ、にまにまと媛芽は笑い出した。


「日和さん、春か…」

「え…え?」

「はるぅ?今更?今までの事があるのに随分と遅い春ね?」


 媛芽の言葉に波音が首を傾げる。


「いやあ、春でしょ。今までの事ってなに?面白い話?」

「貴女達には面白い話でしょうね」


 目をキラキラさせて媛芽が波音に近寄る。

盛り上がりそうな二人に日和は完全に置いてけぼりで、何の話をしているかも全く掴めなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ひめちゃんが巻き込まれたりはしないですよね…弥生みたいに…気になります…。そして本当に甘い物語ですね…辛い→苦い→辛いときて次は甘い…最高です。
2022/09/03 20:30 退会済み
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