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神命迷宮  作者: 雪鐘
術士編2
251/681

238.狐

「まったく、莫迦(バカ)のやる事だ。何をどう考えたらそんな思考になる」

「あっははは、数馬君もそんな顔するんだねえ、初めて知ったよ」

「研究者って皆こういう物なんですか?わざわざこんな事して…」


 医師である数馬は理解できないと言ったように首を振り、笑い飛ばす佐艮を睨みつける。

一方の師隼はその様子を見て頭を抱えて首を横に振った。

それこそ、理解できないといった表現のようにも見える。

 階段から落ちた父に「一緒に来てくれ」と言われたのでついてきたものの、庵で父親会議のようなものが始まり正也は入口に立ったままでいた。

尤も、師隼だけはそのグループでは10歳程ずれているし父でもない。


「それで?師隼君、どうなの?」


 にこにこと笑う父は師隼に何かを求めている。

その師隼は手を父の首筋に宛がうと光を発した。


「どうも何も、寿命とまではいきませんが、解呪しないと今年は無理です」

「今年かあー、随分と来たねえ」

「来たねえ、じゃないんですよ。解呪できないんですか?」


 少し苛立たしげな師隼の問いに佐艮は後頭部に手を添えて、また声を上げて笑い出した。


「いやあ、それがこれって自然消滅タイプなんだよね。僕の感覚ではあと一つなんだけど、手が届きそうで届かないから困ってるんだよ」


 何の話かと思うが、どうやら父はかなり前から妖の呪いを受けていて、解呪をしていく事で父の呪いが薄れていくらしい。

それが残りひとつらしいのだが、何やら手間取っているみたいだ。

寧ろなんでそんな事になっているのか訳が分からない。


「で、その在り()は分かっているのか?」


 訝しげな表情を続ける数馬に父は自信満々に頷く。


「うん、ここに毎日点滴しに来てるでしょ?彼をどうにか連れて来たいんだよねえ。どうせなら金詰兄妹揃ってきてくれたら嬉しいな」


 にこにこする父に師隼は少しだけ思案し、何かに気付いたように詰め寄る。


「……佐艮殿。もしかして、それ込みで春にあんな事を…?」

「あー、師隼君の察しの良さはとても良いね、それでこそ神宮寺家の当主だよ。という訳で…師隼君、話を推し進めても良いかな?」


 にこりと佐艮は笑う。

溜息を付き頭を抱えて一考、師隼は頷いた。


「まあ、事情は察した。時期が時期だが…ある程度の人間は今の状況に何らかの焦りを感じている事だろう。分かったよ」

「さすが師隼君、勝手に色々と動いてごめんね。あ、そだ――」


 疲れた表情をする師隼に父が何やら耳打ちをして、師隼は小さく「いいのか?」と聞こえた。

そして父は頷いた。


「じゃあ、悪いけど今日は一部屋借りるよ。…正也、そういう事だから今日一日だけここで休んで帰る。正也も体格も立派になったとはいえ、あまり無理するんじゃないよ?」

「…わかった」


 立ち上がり、父は一言残して庵を去っていく。

その背をついていこうとしたが、いつの間にか黒い狐面を横に付けた師隼が傍に寄ってきた。


「正也に紹介していなかったな。この黒い狐面は私達の直属の部下で、今は三人いる。もし何か用があれば彼らに申し付けてくれ」

「分かった」


 黒い狐面は小さく頭を下げる。

少しだけ見覚えのある体躯をしているのは気のせいだろうか。


「じゃあ、よろしく頼む」

「ああ」


 師隼は視線で狐面に指示を出すと、黒い狐面が目の前に立った。

気配が読みづらいのは流石狐面だと思うけど、黒い狐は俺の顔に手を(かざ)す。


「…!」

「特に君に悪い部分を聞かれた、とは思っていないがそういう指示なんだ。後で自然に戻るようにしておくよ」


最後に師隼の声が聞こえた。

だけどその記憶すらも消えて、いつの間にか俺は神宮寺家の屋敷の前に立っていた。




***

「どうして逃げ回っている」

「ん、招明…」


 よりにもよって動けない時間に弟は顔を出してきた。

いや、寧ろ狙ってこの時間にやってきているのかもしれない。

嫌に黒い狐の面が似合っている。


「別に逃げ回ってなんて…」

「じゃあ何故金詰日和と会話をしない。それともいつもああなのか」

「いや……いやぁ、どうだったかな」


 やけに不機嫌な面を下げているが…いや、元々不機嫌な顔の多い弟だったか。

とりあえずそ知らぬふりをしてみるが、眉間に皺を寄せて余計に苛立たせただけだった。


「金詰日和が不安がっている」

「じゃあ招明が話しかければいいじゃないか」

「俺が話しかけて何になる」

「えー、従妹なんだし仲良くなろうとは思わないの?」

「前にも言ったが、興味がない。お前が今まで通り見てやれと言った筈だ。関わる気は毛頭ない」


 わざと幼稚に言ったのに強めに返されてしまった。

中々頑固な弟だなと感心してしまいそうだ。


「それで?僕になんの用なのさ?」

「特に用は無い。ただ、いつまでそうしているつもりなのかを問いたくなった」


 招明は明らかに腕を見ている。

あまりじろじろと見ていられるほど綺麗な腕では無いはずだが、よくもそんなに凝視できるものだ。


「これは…治すつもりは一切ないよ。普通に戻るの嫌なんだよね。どこか悪い部分が目に見えていた方が落ち着く」

「歪み過ぎだ」

「そう?これでも普通でいるつもりなんだけど」

「……」

「おい、時間だぞ」


 招明が黙っていると、その背後の扉が開いて医師が入ってくる。

手際よく点滴が抜かれ、絆創膏が貼られた。


「いつもどうも」

「……慣れ過ぎだ。そろそろ腹を括れ」


 去り際、医師に珍しく警告されるも紫苑は頭を下げて庵を出ていく。

その後ろには招明がついてきて、狐の面をしたままの声が聞こえてきた。


「いつまでもそうしては居られない。先ほど師隼は誰かとここで何かを話していた。お前に関わる事だ」

「そう?忠告ありがと」


 振り返る事なく、紫苑は手をひらひらさせ屋敷に戻る。

玄関では波音と夏樹、置野正也が話し込んでいる所に練如が来ていた。

日和は居ないようで、珍しい組み合わせだとは思うがわざわざ首を突っ込む必要もあるまい。

紫苑は階段を上がり自室にそのまま帰っていった。

…のだが。


「こんばんは、金詰紫苑君」


 部屋のベッドに腰掛けていた男に紫苑はじっとりと嫌な汗を感じた。

置野佐艮。

なぜこの男が今、この屋敷にいるのだろうか。

寧ろ、どうしてこの部屋にいるのだろうか。


「それがさっきね、目眩で足を踏み外して階段から落ちちゃって。庵で看て貰ってたんだ」

「……まだ、何も言ってませんけど」


 にこりと佐艮は笑っている。

気味が悪い。

何か悪巧みをしているようにしか感じられない。


「顔が「なんでここに?」って言ってるように見えたけど違ったかな?」

「……僕に用事なんですか?妹じゃなく?」

「うん、君だよ。前から気になってたんだ、良い()をしてるね」


 恐る恐る問う紫苑に対して佐艮は清々しい笑顔を向けているが、眼鏡の奥の眼光は確実に紫苑の右目を捉えていた。

正確には、右目の少し上だ。


「何の用でしょう?」

「日和ちゃんは君が連れて行くのかい?」

「いえ、予定はありませんが」


 きっぱりと答えると、佐艮は不思議そうに首を傾げる。


「あれ?てっきり君と結婚するのかと思ったんだけどな。…あ、それともやっぱり自分が金詰の血じゃないからやめようと思った?」

「…っ!?」


 どうして知っているのか。

師隼がバラした?いや、何の為に。師隼はそういう事はしない人間だ。


「なんで知ってる?って顔してるね。櫨倉じゃないけど、僕達だって情報をかき集めないと仕事できない家なんだよ。特に信頼関係は大事だからね」

「……何が目的ですか?」


 ぎらりと銀縁眼鏡が光り、佐艮の眼光が強くなる。


「日和と結婚する目標は無くなったのかい?」

「……保留中です」

「現在の金詰家…名目上は君が当主にはなっているが、日和が入れば日和が金詰家の正当な血筋になるのだろうね。それが金詰家を繋いでいく為の、君の目標なのだろう?」

「ええ」


 素直に返事をすると、佐艮は気持ちの悪いほどに口角を上げて微笑む。


「……うん、決めたよ。ねえ紫苑君、僕と勝負しない?」

「はい?」


 突然の申し出に変な声が出そうになった。

今、自分は盛大に訝しんだ顔をしている事だろう。


「紫苑君が日和を貰えれば見事金詰家が安泰になる。それが出来なければ…君の大切な物を貰いたいな」

「大切な物…?」

「ぶっちゃけると君に拒否権は与えたくない。君が日和と結婚する予定がなくても、勝負させて貰うよ。そうだなぁ…10月は日和の誕生日があるから駄目だし…9月…いや、8月いっぱいまでに日和ともっと仲良くなって結婚しなさい。出来なければ君が今宿してる物を貰うよ」

「はっ??」

「紫苑君が()()を気に入ってるのは知ってる。だから頑なに外さないんだろう?でも僕もそれがどうしても欲しいんだ。だから、期間までに君たちが結婚できなければ、日和も()()も全部貰うよ。いいかい?」

「ち、ちょっと待て!どうして…」


 妙に焦らされる。

一体何が目的でそんな事を言うのか。


「どうして?さあ、なんでだろうねえ。あ、僕の意志に正也はいないからね。息子は息子で勝手にやるよ」

「……」

「そう睨まないでよ、僕は君とも仲良くやりたいんだから。金詰紫苑君…君の()()が、手放せない程に重要なモノになってしまっているのなら…勿論乗るよね?」

「ぐっ…」


 何も言い返せない。

寧ろ無くなってしまった方が楽だと分かっているのに手放せない、それ程に身に染みた物を取り上げられるなど、堪ったものじゃない。

更に日和との結婚が条件など、何を考えているのかさっぱり分からない。

そんな取引、飲めるわけがない。


「嫌です…と言ったら?」

「うーん…そうだね…じゃあたっぷりと嫌がらせのつもりで言うけど…名前、戻したら良いんじゃないかな」

「――っ!!」


 苛立ちに総毛立った。

ふざけるな、それだけは絶対にお断りだ。

口に出したいのに、出してしまえばその存在を認めてしまう気がした。

日和には何か特別な力を使ってもらったように思うのに、無意味に変えたくない。


「……どうする?」

「……分かりました、お受けします…」


 渋々承諾すると佐艮はにこりと裏のない笑顔を見せる。


「どんな方法使ってもいいよ。楽しみにしてるね」

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