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神命迷宮  作者: 雪鐘
枕坂編

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236/681

225.断罪

 『紫苑、お前の体は式神・竜牙のものだ』

最初、そう言われた時は意味がわからなかった。

聞いてみれば式神・竜牙とは元々置野家当主の兄だった人間が死んで、降霊術を併せた式神を創り出す技術により長い間式神として存在してきた。

ここまではまだ存在として知っている範囲だったが、その人間自体が神宮寺師隼と同じく先祖返りだったという。

 魂は式神としてそこにずっと存在していたが、体だけは器として何度も転生をしていて、()()()()今の年に偶然そこに自分が居たという話だった。

きっと竜牙の魂が存在していなければその場所に居たのは自分ではなく竜牙だっただろう、と聞かされた。

 そもそも先祖返りすら理解の範疇を超えているのだけど、今は納得できる。

四術妃の片割れとして存在していた人物だからこそ、打掛と綿帽子で感覚が共有できる。

力の譲渡ができて、一瞬だったけど日和の意思を感じ会話が出来た。

初めて、この身体がありがたい存在だと思った。

そして四術妃の先祖返り、更に金詰の血を強く引く少女の力の大きさを改めて思い知った。

何度も比宝の人間に挑まれているが、まるで力を消耗した気がしない。

まだまだ自分の余力がある。

それから……今が最高に楽しい。




 綺麗な(すみれ)色の雷光を灯す刀身が荒ぶり、周囲に四散する。

刀はばちばちと電気特有の弾ける音を立てて、風を切る。

それを操る男はしなやかに、猛々しく、紫がかった金の髪を靡かせながら、刀を振るう。


「くそっ、貴様ら…!比宝の血が金詰にやられるなど…!ええい、儂が出る!」


 目の前に現れた金詰の男が既に何人もの術士に打ち勝ち、今も尚紫電の雷光を携えて立っている。

今までそれを見ていただけの比宝投戟は身内の不甲斐なさに痺れを切らし、ついに背に置かれていた長刀を手に取った。

齢85でありながらその体は隆々とした筋肉に包まれ、堂々とした立ち姿からは一切の衰えを感じさせない。


「金詰紫苑…貴様の腕、確かめさせて貰う!来い!」

「比宝投戟…僕は全力で貴方を殺す!!」


 立ちはだかる投戟は190㎝の長身だが紫苑とほぼ変わらない。

ただ、それでも筋肉質の紫苑よりも一回りも二回りも大きい。

体格で負けている紫苑には、あとは日和から受け取った力を使って全力を出し切るだけだ。


(ここで引くな、全て僕の手で…叩き潰す!!)


 家や街の事もあり、更には日和も増えた。

全てが元凶のこの男に負けるわけにはいかない。

左足を強く踏み締めて全力で斬りかかる。

紫の雷光が舞い、投戟は紫苑の攻撃を受け止めると全て跳ね返すように長刀を操る。

そのまま刀を目線に持ち上げ、力を揺らめかせた。


(…分が悪い)


 長く戦ってやっと一滴、紫苑の頬に汗が伝う。

投戟は刀の刀身に手を翳すと自身の術士の力を獲物に絡ませ更なる力を得る。

鉄色に鈍い光を放った刀はばちばちと音を立て、青光を宿した。

それはまるで紫苑の紫電の刀と同じ。

同じ戦い方をする男に紫苑の口角が上がる。


「――その程度か、若造。次はこちらから行くぞ!」


 言うのが早いか、投戟は青電の長刀を振り上げてきた。

紫苑は左腕を持ち上げ刀で受け止めるがどうにも重い。

直ぐさま()()を出し耐えるものの、そこから力で弾き返すのが限界だ。

やはり見た目通りの重い攻撃をするタイプらしい。

紫苑は咄嗟に左手で握っていた刀を右手に持ち替えた。


「はぁっ――!!!」


 紫苑は渾身の力で刀を操り、投戟を相手に踏み込んだ。

金属音と雷鳴が響き渡り、先ほどよりも速度を上げて紫苑の刀が投戟へ降りかかる。


「速度や力が上がったが…まだまだ!!」

「くっ…!!」


 投戟は刀を強い力で振り回し、紫苑は咄嗟に飛び退いた。

利き手でもだめか、と気が急く。


「…ふっ、対人には慣れていそうだが、向かんか?見たままで相手の力量は測れぬ人種だな」


 にたりと、投戟は笑うと凄まじい速度で長刀を突いてくる。


「…くっ!」


 紫苑と同等、否、更に上だ。

投戟の術士としての力は紫苑の上を越している。

紫苑は次第に押されはじめ、表情から余裕の笑みが消えていた。


――どうする?


 比宝の血族の大半は妖と思って戦えば苦でもなかったが、この男は違う。

どう見ても、人。

しかも、歴戦を感じさせる、猛者だ。

多分妖にも、人にも、相対峙してきた場数が桁違いだ。


――それなら。


 一度距離を置き、紫苑は投戟から離れる。

懐から一枚の紙を取り出し、指を構えた。


「――その必要はないよ、紫苑」

「…なっ!?」


 背後から声をかけられ振り返る。

そこには幼子を連れた雇い主の姿があった。


「らっ、雷来!?どうしてそんな所に…!」


 部屋の端で婚約者を守る電伝が声を上げる。

雷来は電伝の姿を見ると、その場から返事を出した。


「電伝も、こっちにきて!雷来ね、日和おねーちゃんのとこいくの!わたしたちはふたごだから、いっしょなんだよ!」


 電伝の表情が、酷く歪んだ。

師隼は静かに様子を見ては直ぐに紫苑の前へと歩を進め、投戟の前に立ちはだかる。


「我が名は神宮寺師隼、篠崎を統治する神宮寺家の現当主だ。お前がこの地を守る術士の当主、比宝投戟で間違いないか?」


 師隼が話を切り出すのに合わせて一瞬、殺気にも似た空気が場を掌握し、静かになった。


「……はッ!!」


 荒れ狂った空気が一気に何事も無かったかのように落ち着いた。

師隼の問いによって士気を下げられた投戟は一気に年相応の老体と化し、師隼の前に姿勢を正して着座、そして深々と頭を下げた。


「…そうか。言いたい事は山々だが…まずはこの地、枕坂が妖の温床になっている。何か知っているか?」

「…!神宮寺様、それに関しては私が…!」


 龍のような師隼の眼光が比宝家に飛ぶ。

奥の壁に張り付いていたほっそりとした好青年が、投戟の隣に並んで同じように頭を下げて震えた声を上げた。

師隼は睨み付けたくなる男にぐっと我慢しながら怒りに震える声を抑える。


「…貴様は?」

「わっ…私は比宝楼瑛、今比宝の術士としての仕事を仕切っている者です」

「…聞こう」

「昨年…真夏の時期に、女がやってきまして…数々の妖は彼女によって(もたら)されたモノです。人を直接的に術士に変える…我が家としては少しでも家の力を上げる為だと思って、入れさせました」


 雷来は両手を胸で握り、小さくなる。

紫苑はゆっくりと後ろに下がると小さな体を支えた。


「…では、町の人間が一人も居ないことは気付いたか?」

「…はっ?」


 楼瑛は素っ頓狂な声を上げ、師隼を見上げる。

そこには威圧的で静かに怒りを伝える男の顔があった。


「この町はもう、人はいない。お前達のような家と力しか頭にない、使えない術士と人のフリをした妖のみだ」

「楼瑛!」

「そんな…嘘だ…まっ――、待って下さい!」


 楼瑛は目を見開き、師隼の足元に這いで裾を掴む。

投戟が止めに入るものの、最早聞き入れられない程一瞬にして、楼瑛は狼狽える。


「待たん、邪魔だ」

「ぐっ…!」


 楼瑛の体が軽く飛び、地面に転がる。


「既に殲滅は始めている。だからこそ私はここへ確認に来たのだ。…ああ、ついでだ。我が神宮寺家の客人であり保護対象としている金詰日和嬢を誘拐し、合意もないまま結婚させようとした件で既に私刑を与えたいところだが…」


 師隼の新たな議題に楼瑛の表情が歪み、生気が消えていく。

師隼は怒りと憎しみに満ちた視線を楼瑛に向け、刺す。


「そ、れは…」


 言いかける楼瑛を遮るように、師隼との間に入ってきた投戟が声を荒げた。


「お、お言葉ながら神宮寺様、我々は無理な繁栄をしてきました。もう、我が家には、家督には血の繋がりのない力のある娘が必要なのです!ですから、誘拐の指示は、私が――」

「――ほう、では金詰日和への監禁と拷問は、貴様の指示か?」

「は…?」


 一層冷えきった目をした師隼が投戟の目に映る。

視線は祖父を向いているのに、一瞬で氷漬けされた感覚を楼瑛は味わった。

この人は全て理解している――そう、理解せざるを得ない。

そしてやはり、自分は死ぬ運命にあるのだと悟った。

いや、そもそもその為に自棄に走ったはずだ。


「まっ、…て、下さい…。か、監禁…?ごう、もん?」

「彼女は我々には必要不可欠な客人だ。だからこそ私の力を彼女の守りに入れている。ここ一週間程、その反応があったようだが?」

「わ、私は何も……――楼瑛、まさか貴様…ッ!」

「――ぐ…っ!」


 何かを感付いたように投戟は楼瑛の胸倉を掴む。

投戟の指示ではなかった事を確認できたが、師隼にとっては後の祭りだ。


「…比宝家の構成は熟知している、通達だ。比宝家は今をもって解散、今後の活動もさせない。同じに金輪際、家族や関係者間の連絡及び会う事も禁止とする」


 師隼の声に比宝家の人間の表情が酷く歪んだ。

その中で、末弟の飛雷をずっと守っていた上質な着物を身につける少女が師隼の前に出た。


「ま、待って下さい!わ、私は比宝電伝と申します!私が日和様を攫い、監禁し、拷問に処したのです!」

「でっ、電伝…!?」


 投戟の表情が変わり、楼瑛の体が地に落ちる。

楼瑛はけほけほと何度も咳き込み胸を抑えながら、今は雷来に似ても似つかぬ双子の姉を見た。


「我々には今日の為の情報が必要だったのです!その為にも楼瑛様は日和様を心から好いていた…その心を利用して、私がそう仕向けるよう申したのです!」


 双子である雷来からは全く想像のつかないその言葉と行動力に師隼は驚き、ひとつ納得した。

この女はどうやら、こっちが本来の姿らしい。


「ほう、何故そのような事を?」

「そ、れは…」


 師隼の視線は厳しくなる。

体を震わせた電伝は雷来の事をちらりと見ると、どこか言いにくそうにしながらも弱弱しく答えた。


「――わた、しが…比宝の血筋だからです…。聡い神宮寺様ならお判りでしょう?この歪んだ比宝家は、こうやって手を広げてきたのです!特に私達を見れば、ご理解頂けるのでは…?」


 段々電伝の目や言葉にも力が入る。

師隼はぴくりと眉を動かすが、表情は変えなかった。


「いや、一つも理解したくは無いな。見た目と中身の大きく違う双子、家系図を作り見たが無理矢理な出産を繰り返し、まともな学術もさせねばこうもなるだろう。お前達に同情の欠片すら、くれてなるものか」

「私はこの家を好みませんが、この家の為なら、守る為なら何でもする所存です。どうか私を裁いてください!」


 懇願とも言える電伝の言葉に雷来は震える。


「電、伝…?なに、いってるの?わかんない、ふたごなのに、わかんない…!」

「いった、…落ち着いて!ね…?」


 その姿が双子の姉だと認知できなくなったのか、雷来は混乱し始め泣き出すのを紫苑が慰める。

ばちっ、と雷来が無意識に出した放電が紫苑に当たった。


「……処遇を言い渡す。比宝投戟、楼瑛は幽閉だ。期間は定めない。…末の比宝飛雷は枕坂の復興を命じる。比宝家の悪政を正し、これから焦土と化する枕坂を戻し、術士家業を再始動するまでがお前の刑だ」

「な…!待って、なんで飛雷兄様まで!彼に術士の力はありません!あるのは婚約者の私です!何故私ではなく彼なんですか!」


 師隼の指顧(しこ)に電伝は青ざめ、師隼に詰め寄る。

師隼は嫌そうに電伝を睨み、冷ややかな声で言い放った。


「当主の補佐をするのが、妻の仕事じゃないのか?それともお前も、骨の髄までこの薄汚れた血を啜る罪人なのか?」

「…!!」


 師隼の言葉に電伝は肩を震わせ、目に溜まった涙を堪えた。

その背を支えるように、ゆっくりと飛雷がやって来て、腕に止める。


「…神宮寺様、我等は人道を外れた道を歩んでいました…。それを正して頂いたことは感謝の言葉もありません…。まだ齢13の軟弱者ですが、術士あっての町だという事を忘れないよう精進し、私達のこれからに繋げていきたいと思います…」


 投戟と楼瑛は深く首を垂れ、飛雷と電伝は深々と頭を下げる。


「……統治者というものがどういったものなのか教育が必要だな。お前達はそれを身に刻むまで私の屋敷で保護観察も入れる。いいな」

「はい」


 飛雷はすんなりと師隼の命令を聞き入れ、頭を下げる。

これでやっと、過去一番に面倒な問題が解決した。

師隼は小さくため息をついて後ろへ振り返る。

悲しそうな表情をする子供は紫苑にしがみついて、じっと師隼を見ていた。


「…雷来は、私の所に来なさい。良いかな?」

「…電伝は…?電伝は、一緒じゃないの…?」

「残念だが、一緒ではない。だが、たまになら会える。それでは、駄目か?」


 雷来は視線を電伝に向けた。

同じ背丈、同じ顔なのに衣装と化粧か、内側の人としての振る舞いか、年の差が大きく見える。


「…雷来、いい?双子だけど、私の方がお姉ちゃんだから、言う事を聞いてね。電伝は沢山悪い事をしたから、お勉強をして頑張らないといけないの。だから、それまでは神宮寺様の所で、待っててくれる?」

「……電伝、雷来もおべんきょうがんばるから…まってるね。師隼おにいちゃんと、まってるね…」


 姉の言葉に雷来は明らかにしゅん、と肩を落として頷いた。

そこへ連絡係の狐面が屋根から降ってきて師隼に耳打ちする。


「師隼様、失礼致します」

「…そうか、分かった」


 話を聞き終えると足早に消えていき、師隼は足元に大きな陣を張ると、一瞬で全てを移動させた。


「…では、行くぞ」

とんでもない空気ですがメリークリスマス!


えぇ…(笑)

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