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神命迷宮  作者: 雪鐘
枕坂編

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216.日和は口を噤む

「日和お姉ちゃんおはよう」

「日和おねーちゃんおはよ!」


 楼瑛と共に今日は電伝と雷来が揃って日和の元へ現れた。


「今日は、パン。電伝が好きな物」

「スープもあるよ!雷来はこれすきなの!」


 手には日和の朝食を持って、日和の両側にくっつく。

その様子を部屋の端から見て、楼瑛は今日も椅子に座った。


「おはようございます、電ちゃん、雷ちゃん。今日は二人とも一緒ですね」

「今日はおやすみ。日和お姉ちゃんは、元気?」

「さいきんね、みんなバタバタしてるの!雷来はできることがないからひまだけど、電伝はおしごとあるからえらいんだよ!」

「そうでしたか。私は元気です」


 こっちに来て最初の日以来、金詰日和は比較的平穏に過ごしている。

本当はずっと座って眠るのはきついだろうし、拘束を解いてやりたい気持ちもある。

しかし監視の目があるし中々難しいのが心苦しい。

もう少し何とかしてあげられたらいいのに。


「はい、どーぞ!」

「ありがとうございます」


 電伝と雷来から食事を受け取り、口に運ぶ日和は疑問に思わないだろうか。

にこりと笑っているが、気にしてないだろうか。


「おねーちゃんおいしい?」

「はい、ごちそうさまでした」


 提供されている食事量が回をなすごとに減っている。

最初の頃と比べたら一目瞭然だろう。

香織は投戟の意思には忠実だから、わざと減らそうとはしないはずだ。

いくら場所を移され会わなくなったとしても準備はしているだろう。

という事は、こういった時でも彼女が動いているに違いない。


「じゃあ、おさらかたづけてくる!」

「いいよ雷来、電伝が行く。日和お姉ちゃんといてね」

「う?わかった!」


 電伝が皿を持って下へ降りるのと共にその背をついていく。

階段を下り、小さな台所へ向かい皿を置く電伝の背に、聞いておかないといけない。


「……電伝、今日の食事…香織さんが本当にその分だけ準備したのか?」


 暫く皿を洗う音が聞こえ、ぴたりと止まった。


「どういうこと?」


 ぴり、と彼女の取り巻く空気が変わって圧が上がる。

ここ最近の気持ち悪い空気を感じる。


「聞き方が悪かった?その食事、香織さんが日和さんの為に準備したのか?」


 電伝は手を洗っていたらしく、泡を水で流して丁寧に拭き取る。

そして振り返った顔は雷来とは対照的で似ても似つかない、悪い大人の顔をしていた。


「母は確かに準備をしてますね。今日の食事は…確か煮魚とおひたしがあったと思います」

「何故それを出さないんだ」

「必要なの?」

「は…っ?」


 あまりにも自然に、何が可笑しいのか分からないように電伝は首を傾げている。

その返事はあまりにも想定外で上擦った声が出た。


「楼瑛、彼女は人質よ。わざわざあんな立派な食事をあげる必要がどこにあるの?」

「このまま衰弱してしまうかもしれないじゃないか。日和さんをこれ以上苦しませる必要なんて――」

「――そう思うなら、早く情報を聞き出して」

「…!」

「言ったでしょう?情報が欲しいの。早く、貴方の手で、あの娘から、情報を聞き出して」


 いつの間にか、また何かを剥き出しにした目で見つめられていた。

完全に染まりきったような電伝に苛立ちさえ感じる。


「電伝!」

「早くしないと食事、なくなるわよ?」

「くっ…!」


 止められない。

日に日に性格が悪くなっている気がする。

いや、元々が悪い家だったではないか。

しかしこうしていると、段々ずっと居た家がどんな家だったか分からなくなってくる。

それとも僕が、彼女と居る事で変わったのだろうか。

それすらも分からない。


「わかった?金詰日和を想うのであれば、楼瑛がやらないとけないの。楼瑛の働き次第なの。分かるでしょう?」

「……」




「日和お姉ちゃん、お昼ご飯」

「ありがとうございます」


 電伝は深皿にご飯が浸った物を持ってきた。

朝はパンだったが、昼食はどうやらお茶漬けらしい。


「日和おねーちゃん、おちゃづけすき?」

「はい、好きですよ」


 雷来はあまり好きではないのか、むー、と口先を尖らせてお茶漬けを見ている。

そしてぽそりと呟いた。


「雷来はね、おちゃづけきらーい。だってごはんがべちゃべちゃなんだもん」


 想定しやすい答えが返ってきて、雷来の分かりやすさが可愛らしく感じる。


「この手だと食べやすくて良いですね」


 行儀が悪い食べ方だなと思うが、拘束されている手ではどうにもできないので皿を傾げて流し込む。

最後に少し残った米は雷来がスプーンですくってくれた。


「ごちそうさまでした」

「…日和お姉ちゃん。電伝と雷来、いまからようじあるから、いくね」

「そうですか。じゃあ、またね」


 電伝は雷来の手を引いて出ていく。

雷来は「え?え?」と不思議そうにしていたように見えたが気にならなかった。

それよりも。


「……」


 楼瑛がずっとこちらに視線を向けているのが気になる。

楼瑛は困った表情で目の前に屈み、顔をのぞかせる。


「……ごめん、日和さん。聞きたいことがあるんだ。いい?」

「……なんでしょうか」

「篠崎には招待状を送ったよ。当日、何人くらい来るかわかる?」


 その言葉から、状況から、(もてな)すつもりではないと分かる。

今まで普通に接してきたのは、この為だったのだろうか。


「私はずっとこうして囚われていますので、分かりません」

「…そう、だよね。…ねえ、日和さん気づいてる?こっちに来てから、特にここで拘束されてしまってから食事の提供量が減ってる。

 少しでも話してくれたら戻してくれるんだ。僕は日和さんが心配だから…どうか話して欲しい…」

「……申し訳ありませんが、(もと)より食事に気を使うような人間じゃないので多少は無くても問題ないですよ。

 残念ですが、そのことに関して私から話す事はなにもありません」

「日和さん、僕は…っ!」


 楼瑛は何やら悲痛そうな表情をしている。

それでも日和は篠崎の人間で、篠崎の人を(おびや)かす事は言えない。


「…楼瑛さん、私は篠崎の人間です。篠崎の皆と関わるようになってからまだ1年しか経ってませんが、大切な皆を裏切ることはできません。

 貴方が下手(したて)に出ても、もし高圧的になったとしても、私は話しません。だから、諦めてもらえませんか?」


 日和は刺激しないように丁寧に言ったつもりだが、楼瑛は目を瞑り、悔しそうな表情を浮かべている。

そのまま大人しく引き下がって欲しい、と願った。


「……そっか、そうだよね。できるだけ、これ以上の不自由はさせないようにするよ…。君が消えるのは堪えられない、出来るだけ逃がせるように努力するから…」


 楼瑛はとても悲しそうな表情をしていた。

苦しんでいるようにも見える。

だけど日和が助ける手立ては…多分無いのだろう。


「…私は大丈夫です。楼瑛さんは…もう怪我をされたりはしてませんか?」


 沈んでいく顔をぴくりと上げた楼瑛は視線を泳がす。

そして言いにくそうに口を開いた。


「僕?……あ、ああ…えっと、その…父は……もう死んだんだ」

「えっ…?」

「あの後、日和さんは眠っていたでしょ?あの時、祖父に…殺されたよ」

「な、んで…でしょう」


 予想外な返事にどう反応すべきか困る。

嫌には嫌だった。

だけど何も、身内が断罪すべきではないだろう。

いや、身内だからこそ断罪すべきなのか?


「そりゃ…投戟様の言いつけを破ったからね。僕達は日和さんを不必要に苦しめたくはない。こうして連れてきている以上苦しめてしまっているけど、それ以上は求めてないんだ。同族がそれをやるのは許せないんだ」

「…では、この状況は?」

「…僕だってこんなの本意じゃない!本当はすぐにでも外してやりたい!でもそれは…――」


 一度口を噤み、楼瑛は日和の両手を掴む。


「――お願いだ、少しでいい。情報を教えてくれ…!まだ一週間と少ししか経っていないけど、僕は君が…金詰日和が好きだ!だからこそ君を助けたい…!頼む、教えてくれ!」


 驚いた。

そんな事を言ってくるとは思わなかった。

ぎゅっと掴まれた手に力が入っているのは、きっと彼の本心なのだろう。

だけど、それでも、裏切ることはできない。


「……」


 日和は無言で目を閉じ、首を横に振る。

分かりやすく楼瑛の肩が落ち、手からゆっくりと離れていく。


「そっ…か…、は、はは…なら、仕方ないよ、ね…」

「あ、あの…」

「いや、いい、いいんだ。君を困らせるのは趣味じゃない。互いの立場があるから仕方ないのも分かってる。いくら僕が君の味方をしても君から聞いた事を祖父達に教えてしまえば裏切りだしね」


 にこりと楼瑛は笑う。

少しだけ、心が痛い。


「逆に拒否してくれてありがとう。その方が、身の為なのかもしれない。食事も出来るだけなんとかしてみるよ…」


 楼瑛は「それじゃ、また後でくるよ」と声をかけて出ていく。

どうするべきだったのだろう、分からない。

この家が何を考えているのかも、分かりそうにない。





「悪いけど、情報は出なかったよ」


 楼瑛は覚悟を持って電伝の前に立つ。

そんな事は最初からわかっていた、と言わん感ばかりの不満気な顔を電伝は浮かべていた。


「それは残念ね。じゃあ食事も出せないわ」

「それなら僕のをあげるさ」

「それなら貴方達二人の分を抜くわ」


 何の感慨もなくあっさりと言いのける電伝に苛立ちが増す。


「どうしてそうなるんだ!お祖父様がそう言ってるのか!?ふざけるのもいい加減に…」

「寧ろ私は貴方の頭が心配よ。やっぱりあの娘に毒されてるんじゃないの?それとも本気で夫婦ごっこしてるの?」

「なっ…!」

「楼瑛、私達は比宝家なのよ」


 釘を刺すように鋭い視線と言葉が飛んでくる。

まるで呪縛だ。


「…っ」

「比宝家は力を重んじるのよ。特殊な力なら、貴方が権限を持てたでしょうね。でも、力は力でも実力の方なの。術士として最弱な貴方じゃ、何もできないわ」


 言うに言い返せない。

実際その通りで、だからこそ僕は今苦しんでるのだ。


「貴方が会話して情報を聞き出せないのなら、他の方法しかないわ。考えておくことね」


 電伝は不敵な笑みで前を去る。

何も言えないのが苦しい。

何もできないのが悲しい。

僕は、好きな人も守れない残念な生き物だ。


「楼瑛」

「!……招明」


 落ち込んでいると、弟が声をかけてきていた。


「投戟様が、金詰日和の容体を教えろと」

「……ああ、わかったよ」


 仕方ない、呼ばれてしまっては行くしかない。

どうせ電伝が共にいるだろう、嘘をつくことになるだろうな。


「…そうだ、招明」

「なんだ」


 招明に振り返ると、既に嫌々そうな表情をしていた。


「もし何かあったら、日和さんの面倒…頼んでもいい?」

「断固拒否する」

「はは、招明らしいや…。それじゃ、行ってくるよ…」

「……」


 招明の訝しむ目が見えた。

どうかこのまま何事もなく、終わって欲しい。

だけどそれは無理な事だと、心の何処かでは分かっていた。

悪魔はいつも、僕の前で気持ち悪く笑っている。


「お爺様、楼瑛です」

「入れ」


 扉を開くと正面の中央に投戟が鎮座し、横には篠目と電伝が立っていた。

電伝は落ち着いた笑みを見せているように見えるが、僕にはその目が威圧を放っているように感じる。

やっぱり伝えさせる気はないらしい。


「金詰日和はどうだ」

「離れに来た日からすれば比較的落ち着いて、大人しくしています。体調は今の所問題なく、特に変わった事とかは…ありません」


 自分は本当に弱い立場の人間だ。

守ってやれない、人の意見に反発できない、言われた事しかできない。

そして、強い者に対して何もできない。


「そうか。…澄については何か言ったか?」

「…軽く、亡くなった事は伝えました。特別安心した、という訳ではありませんが…困惑は、してました」

「…分かった。また定期的に報告を聞く。何かあれば言え」


 頷く祖父は家にとって大きな存在は報告に満足したのか「去れ」と顔に書いていた。

あと気になる事があるとすれば、一つ。


「――あの、母に…お会いしたいのですが…」


 父を失った母は、大丈夫だろうか。

父が独占的だったために中々会わせてくれなかったが、父が居なくなってから心配だった。

しかし投戟は苦い顔をし、首を横に振る。


「…いや、今はやめておけ。落ち着けば、会わせてやる」

「……分かりました」


 自分の要望は一切叶わない。

少しでも、叶ってくれれば気持ちの切り替えくらいは出来たかもしれないのに。

話の空気は悪いけど紫苑君お誕生日おめでとう!!(*'ω'*)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 電伝って、掴みどころがないというか……、 黒い感情よりも、責任感が強いあまりにズレてる気もしますね。
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