207.日和と折り紙
ショートストレートの真っ黒の髪、シャツにベストを重ねた物静かな風貌の少年は部屋に入ってきて丁寧に頭を深々と下げる。
「……比宝、飛雷…です」
「あ、金詰日和です…」
比宝の人間の中では今まで見た中で一番落ち着いた、というか内向的な珍しい性格に思える。
というよりは比宝の家自体が力にしろ意志や性格にしろ、何処か強くないと良く思われない傾向があるような気がする。
「えへへ、日和おねーちゃん!飛雷君がじーじのとこまでつれてってくれるって!」
雷来は底抜けの明るさで報告をしてくれる。
どうやら許可は取れたらしい。
「そうですか、それはよかったです」
「……けど、あまり良いように思ってない人もいるから…気を付けて」
「あ、はい…そうですよね…」
飛雷は周りをキョロキョロしながらふう、と息を吐く。
「僕や楼瑛兄様は多分気にしてない…と思います。特に楼瑛兄様は、もっと自由にしてあげたい、と思ってる。だけど…いい顔してない人もいます」
「そう、ですか」
一応日和の事は憂いているらしい。
しかし飛雷の言葉にはどうしたらいいのか返事に困る。
沈黙しそうな空気に無神経な助け舟が飛んできた。
「飛雷君!あそぼ!雷来ね、飛雷君のおりがみすき!日和おねーちゃん、飛雷君すごいんだよ、おりがみがとってもきれいなの!」
多分本人は早く遊びたくてうずうずしていたのだろうが、助かる。
おどおどと困ってる飛雷には申し訳ないが、雷来の案に乗る事にした。
「いや、あの…」
「そうなんですか?是非見せてください」
「え、あ、はい…。えっと、いい?電伝」
「…?うん、電伝も飛雷兄様の折り紙見たい、です」
「…うん、わかった」
名を呼ばれた電伝が朗らかな笑みを浮かべると飛雷は優しく笑う。
なんとなく、大人しい夫婦像が既に見えているような気がした。
「う…ん…っ!…あっ」
雷来は袋とじのテープに張り付いて引っかかってしまった折り紙を力任せに取り出した。
そのせいで何枚もの折り紙が勢いよく飛び出し、ばらばらと舞い散る。
「わ、大丈夫ですか?」
「もー、雷来なにしてるの?」
日和はぽかんとする雷来を心配し、電伝は雷来に対してむくれる。
一方当人の雷来は畳にばら撒かれた何十枚もの折り紙を目にしてにんまりと笑った。
「あはは、きれい!」
どうやら面白かったらしい。
もういっかい!もういっかい!と散らばった折り紙を持って自分でばら撒いて遊び出した。
つくづく園児のようだと感じてしまった。
「…雷来、あとで紙吹雪やって終わろうか。だから…神経衰弱しよう?」
「しんけいすいじゃく!おりがみでやるの!?たのしそう!」
飛雷の提案に、雷来はぴょんぴょんとテンションを上げて飛び上がる。
いつもの事なのか、それとも……飛雷も雷来の扱いに慣れている。
電伝と日和で柄が向いてる面を隠し、最初に折り紙による神経衰弱が始まった。
問題なのは、雷来以外全員の記憶力が良いということだ。
間違えても一度場所が分かればすぐに無くなっていく。
雷来が頬を膨らませて不機嫌になるので、最終的に5回することになった。
日和と飛雷はある程度わざと間違えた様に振る舞うが、電伝は容赦がない。
もちろん雷来もやられっぱなしではなく記憶力が無い代わりに鼻が利いているのか、誰も捲ったことのない場所を二か所とも当てるのはとても上手だった。
「つぎは日和おねーちゃんのつるみたい!飛雷君バラつくってー!」
飽きた様に頬を膨らませた雷来は片付け中に取った二枚を日和と飛雷に渡す。
鶴は昨日も折ったのだが、気に入ったらしい。
「薔薇…ですか?」
「…もう何回目かな。30回は折ってるんだ。でも電伝も雷来も気に入って、この子達の部屋の花瓶に纏めてあるんです」
花瓶に折り紙の薔薇の束。
どんな景色なんだろう、と少し想像するが折り紙の薔薇を日和はまだ見たことがない。
日和が鶴を折り始める隣で飛雷は紙を広げ、何度も折れ線を作り始めた。
丁寧に、沢山の四角形の折れ目が細かく増えて行く。
しっかりと爪で扱き、細かそうな作業だなと見てて思う。
日和は日和で鶴を折ってはいるが、段々と飛雷の手の動きが気になってきた。
「…はい、雷ちゃん。できましたよ」
「わぁ、日和おねーちゃんのつるだ!電伝みてー!」
「綺麗な鶴さん。柄のちっちゃな丸がおめめに見えて可愛い」
にぱ、と笑う雷来は日和の折鶴を電伝に見せる。
反応こそ薄いが、電伝は控えめに笑った。
「私も薔薇を折ってみたいです。一枚貰っても良いですか?」
「飛雷君すごいでしょ?はい、どーぞ!」
「ありがとうございます」
雷来はにんまりと笑って回収した折り紙を一枚日和に渡す。
日和は受け取り飛雷に視線を向けると、真剣な表情で折り終え既に組み立てが始まっていた。
中心に小さな四角を作って、中心から外側へ渦を巻くように仕上がっていく。
丁寧で細かい作業が続いて端が折り込まれて底で組み合わさり、留められた。
じっくりと見られる長い作業のような折り紙だった。
「へえ…すごいです!とても綺麗ですね…!」
「本当は楊枝があるともっとそれっぽいんだけど」
「あ、できたの!?電伝!飛雷君できたって!」
完成品に気付いた雷来が奪い取る様に回収して電伝に見せていく。
飛雷の「あっ」という声が一瞬聞こえたが雷来の声に交じって掻き消えてしまった。
「…その折り方、教えて貰っても良いですか?」
「あ……はい」
日和が教授を願うと飛雷は少し止まって、小さく頷いた。
そして折り紙を前にして丁寧な授業が始まった。
「まず折れ線が無いと上手く出来ないので、準備していきます」
「はい」
日和は飛雷に一つずつ教えて貰いながら一つずつこなしていく。
いくつもの折れ線を作って、折り紙を網目状にしているといつのまにか双子が日和の両側で顔を覗かせていた。
「日和お姉ちゃんも作ってる」
「おねーちゃんもきよーだね!」
「よく編み物や裁縫をしていたので、手を動かすのは楽しいです」
「あみもの…?さいほー…?」
首を傾げる雷来に飛雷がにこりと笑いながら説明する。
「雷来、糸を使って編んだものが編み物でセーターやマフラー、手袋なんかを作るんだよ。針と糸、布を使ってお洋服や鞄を作ったりするのが裁縫だよ」
「ほへー!あみものとか、さいほーでつくってるんだ!日和おねーちゃんすごいんだ!!」
手を動かしていると部活を思い出す。
編み物を教えてくれた波音、料理を趣味に提案してくれた華月、そしてそのどっちもをさせてくれた部活。
今皆はどうしてるだろうか。
手を動かしていると学校に通いたいなという気持ちに駆られる。
「…日和お姉ちゃん、悲しそう?」
限りなく無表情に近く、心配したような声色の電伝が顔を覗かせていた。
「あ…い、いえ、ちょっと色々と思い出しただけです。大丈夫ですよ」
「…そっか」
日和は慌てて表情を取り繕う。
一瞬電伝の思考が分からなかった。
どうして無表情だったのだろう、と疑問が浮かぶもそれは多分口に出してはいけない。
集中して折り紙しないとだめだな。
作ってる折り紙薔薇のイメージは福山ローズです。
作るのは少し工程がいるけど綺麗な薔薇が作れます。
上級編という訳じゃないけれど佐藤ローズもいます。どっちも可愛いどっちも難しい(´ー`)




