206.小さな情報戦
3日も経つとほどほどに慣れてきた。
食事は何でもしっかりとした量でくるし、食事を終えた午前や午後には電伝と雷来が何かしら道具を持って無邪気に走ってやってくる。
絵本は必ず一度はあって、絵を描いたり折り紙をしたり、占いの真似事をしてもらったり、段々と可愛げのある双子が癒しのようにも思えてきた。
気になることがあるとすれば電伝は兎も角、雷来が字の読み書きが出来ず数字も理解できていない所だろうか。
術士や生活に関してはちゃんと出来ているのだが、学校に行っていないと言っていたしその弊害なのだろうか。
逆に電伝は読み書きは普通に出来そうで多分数字も理解しているようだが、それを隠しているようにも見える。
実は双子ではないのか、とも思ったけど実際はどうなのかは分からない。
若しくは電伝だけ教育を受けている場合があるかもしれない。
残念な事にそれを確認する方法は思いつかないし変に探りを入れると周りから怪しまれるかもしれないので、興味で色々と調べてしまう日和にとっては歯がゆさを感じた。
そして今日も今日とて、この双子はぱたぱたと分かりやすい足音を立てて部屋に転がり込んでくる。
「日和お姉ちゃんおはよー」
「おはよー、日和おねーちゃん!」
いつも挨拶は電伝が喋ってから雷来が言うこの双子は、今日は翠色の衣を着て駆け寄ってきた。
最初こそ特殊な、いかにも戦う術士らしい衣装を身に纏っていたが基本は和装でいるらしく、一昨日は水色、昨日は朱色が下地の着物を着ていた。
花の髪留めを毎度鏡のように左右につけて、印象としては座敷童のようで可愛らしく不思議な姿のように思う。
「おはようございます。電ちゃん、雷ちゃん」
「今日、一緒にお昼食べたい」
「お母様いってたよ!いいって!」
「そうですか。じゃあ、一緒に食べましょう」
双子が『術士の力を見て名前を決めた』と言っていたのでなんとなく名前が呼びづらかった。
よって日和はあだ名をつけて呼ぶことにした。
お蔭で双子は更に日和に懐くようになって、一番の仲良しになっている。
「あのね日和お姉ちゃん」
「はい、なんですか?」
「きょうね、あとで飛雷君がくるんだよ!」
「飛雷君…?」
確か、楼瑛の弟の名だっただろうか。
初日に紹介された気がする。
「楼瑛君の下の弟なの」
「電伝の"こんやくしゃ"なんだよ!」
「婚約…!?」
双子は10歳だと言っていた。
従兄妹同士で既に結婚の約束をしている事に驚きを隠せない。
「あのねあのね、電伝は飛雷君とけっこんして、あととりになるの!それで、楼瑛君と日和おねーちゃんがじゅつしになるんだよ!」
「雷来」
「あれ、いったらダメなことだった…?」
雷来が無邪気に情報を漏らすのを電伝が止める。
師隼には聞こえていないだろう、残念な事だ。
後で報告するとして、このまま後で雷来が家族に怒られないかは些か不安だ。
「あの…私は力があっても使えないので術士になれませんよ…?」
「――」
「――うん、大丈夫だよ。知ってる。それより日和おねーちゃん、遊ぼ」
「あ、はい…」
雷来が口を開きかけたのを、電伝が遮る。
にこりと微笑んで、今日手に持ってきた折り紙の束と一緒に紙飛行機を何枚も持って差し出してくる。
今日は紙飛行機を飛ばしたいらしい。
電伝は確かに双子の姉のようだけど、それ以上にどこか違和感を感じた。
理解している、根拠のない不確かな違和感が余計に深く考えさせられる。
同時に、何か勝負を向けられている気がした。
隣には情報源になりそうな双子の妹。
『探れるものなら探ってみろ』と挑戦状を叩きつけられている気がする。
雷来は神宮寺の門前で恐ろしいほどの力を見せつけられたが、電伝は電伝で何処か怖さを感じた。
「おひるはオムライスー!雷来ね、オムライスすきー!」
部屋に三人分の食事が香織ではない女性の手によって届けられた。
比宝梢、楼瑛の母だと双子がこっそり教えてくれたが、じと、と相手を探ろうとする視線を感じつつも梢は何も言わずに去っていってしまった。
雷来は純粋無垢な笑顔で喜び、日和にケチャップを渡す。
「日和おねーちゃん、これでおえかきして!おはな、おはながいいな!」
「はい、お花ですね。電ちゃんはどうしますか?」
「んー、電伝もお花がいい。雷来と違うのできる?」
「はい、わかりました」
日和はリクエスト通りにケチャップで花を書く。
雷来にはガーベラのような花弁が長い花、電伝には花弁の丸い梅のような花を書いた。
「わぁー、かわいい!いただきます!」
「お花、可愛い。いただきます」
「私もいただきます」
双子は笑顔で食べようとして、雷来の手が止まった。
「日和おねーちゃんはかかないの?」
「私ですか?このままで大丈夫ですよ」
必要無い事を伝えると、雷来はあからさまに頬を膨らませて不機嫌になった。
「えー、そんなのつまんないよ!」
「えっ」
「おえかきたのしいよ?ごはんもおいしいよ?」
「雷来、服にケチャップついちゃう」
日和に向かい合って座る双子は、ずい、と身を乗り出してくる雷来を電伝が止める。
雷来の機嫌を損ねさせるのはなんとなく悪い予感しかしない日和はんー、と悩み、雷来にケチャップを差し出す。
「じゃあ雷ちゃん、私の分のオムライスに書いてくれませんか?雷ちゃんの好きな物をお願いします」
「ほんと!?わーい!」
なるべく笑顔で言うと電伝が一瞬じっ、と視線を向けてきたが、雷来は構わずきらきらした笑顔になって日和からケチャップを受け取る。
雷来は日和の隣に並び上唇をぺろりと舐めてケチャップで絵を描き始めた。
斜めにじぐざぐと線を書き、その下に上が被らない様に隙間を開けた丸を二つ。
まるで水面に雷が落ちるような絵だ。
電伝の刺青――と思ったが、雷来はその周りにいくつもの小さな点をつけた。
「――!」
電伝の表情が強張り、日和と視線が合うと慌ててオムライスを小さな一口に分けて食べる。
雷来はそんな様子に気付かず無邪気に「はい、できたー!」と笑っている。
電伝と雷来の頬に描かれた刺青を合わせたような、不思議な絵が完成した。
「雷ちゃんは絵を描くのが好きですね」
「えへへ、いつもおえかきはえんぴつだけど、ケチャップではじめてかいた!いつもかいてもらってるからたのしいねっ!日和おねーちゃんありがと!」
「こちらこそ、ありがとうございます」
電伝の反応を見る限り、これは口に出したらいけないのかもしれない。
雷来の絵を覚えておきたいなと思いつつ、日和はもう一度手を合わせてオムライスを口に入れた。
何度か電伝と視線が合ったが、電伝は何も言わない。
(黙っておいた方が良さそう…かな?あとで香織さんに聞いてみましょう…)
何だかんだ言って香織は日和を丁寧に扱ってくれるし普通に会話してくれる。
双子の母親でもあるし、この違和感はどこか気持ち悪かった。
「オムライス、おいしーっ」
雷来はにんまりと幸せそうにオムライスを口にしている。
本当に無邪気で純粋無垢、あの恐ろしいほどの力がなければ天使のような可愛い子供だ。
比べて落ち着いて物静か、容姿だけ同じ双子の姉は雷来と同じ様ににんまりと笑って食べてはいるが、目は笑っていなかった。
「おいしいね、電伝!」
「うん、おいしいね」
微妙に空気が重い。
二人の違いを気にしている日和だけかもしれないが、耐えきれず話題を投げる。
「二人はいつも一緒ですね」
雷来は日和に視線を向け、それこそ嬉しそうに頷く。
しかしすぐに表情は落ち着いた。
「うん、いっしょだよ!でもね、たまにいっしょじゃないよ」
「…雷来は術士だから、戦うの」
「うん…?二人とも術士ですよね?」
電伝はちらりと雷来を見て日和に視線を戻す。
何かを気にしているように見えてならない。
「電伝は雷来に力を渡すだけ。力を使うのは雷来なの。電伝は他にもお仕事、ある」
「あのねー、雷来がたたかいかたをおしえてもらってるあいだね、電伝はおべんきょしてるの!」
「お勉強?」
日和が首を傾げると電伝は頷く。
「飛雷君の婚約者だから、お勉強ある。今日は後で行くの」
そういえば今日は後で飛雷が来ると言っていた。
飛雷が比宝の跡取りになると雷来が口を滑らせていたし、合わせて電伝もやる事があるのだろう。
「…じゃあ雷ちゃんも電ちゃんがお勉強の時間になったら術士の訓練ですか?」
雷来に視線を移すと、雷来は分かりやすいようにしょんぼりした顔になった。
「うーん…そう、なんだけど…」
「雷来、どうしたの?」
「……日和おねーちゃんといたい」
電伝の表情が歪む。
「でも、お爺ちゃんが待ってるよ」
「わかってる。でも…日和おねーちゃんとあそびたい…」
「だーめ。雷来すぐダメな事するから、無理だよ」
雷来のダメな事とはなんだろうか。
昨日や一昨日はあまり無かったことが、今日は多い。
というより、電伝は日和を強く警戒しているように見える。
雷来だけでは何かやらかす事が多いのだろうか。
(もしかしたら電ちゃんは雷ちゃんの監視なのでしょうか…?)
「――あ、あの…雷ちゃんが戦う所、見てみたいです。そのお爺様という方に相談できませんか?」
電伝の代わりの人間を立てるよりも、日和自身が理由をつけて歩いた方が良いように思う。
自由に出られないだけで、誰かの監視があればいいと思うのだが…――。
「……わかった。雷来、ご飯食べたら聞いてみよう?」
「うん!やった、きょうのくみてたのしみー!!」
電伝よりも雷来の方が声がキンキンするイメージ。
ちっさい子は可愛いと思います。




