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神命迷宮  作者: 雪鐘
枕坂編

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189.術士の強襲

 少女は分厚い本を広げて、『言葉』を吐く。

本からぬらりと姿を現して出てきたのは狩人と狼の姿を象った何かだ。

狩人は人間とは思えぬ動きで飛び上がり、体を捻りながら銃を乱射してくる。

一方の狼はただただ獰猛に、(よだれ)の垂れた牙をむき出しにして噛み千切ろうと口を開けて襲ってくる。


「――くっ!ちょっと、いくらなんでも動きが滅茶苦茶すぎない!?」

「狼と狩人…って、何の話だっけ!?」


 波音と紫苑はその攻撃を避けながら狩人と狼を燃やし、切り刻む。

しかし煙を()いたように姿が一瞬消えるだけでまたすぐに戻って攻撃を続けてきた。


「えーっと、確か『赤ずきん』がいましたよね!?」


 夏樹の声に狼と狩人の姿がぼやけ、溶ける様に消える。

少女はぱらぱらと違うページを広げて、また違う言葉を呟いた。

次に本から現れたのは枝を握った少女とハトだ。


「な、に…?」


 ハトはぱたぱたと飛びまわると一目散に人の眼球目掛けて飛んでくる。


「――危ない!」

「ちょっ…!」

「わ、す、すみません…!」


 突然のハトに闘志が削がれた波音を夏樹が庇い、そのまま押し倒す。

波音に覆いかぶさった夏樹が慌てて起き上がる間に少女は地面に枝を植え、ゆさゆさと揺すりだした。


「は、ハトと枝を揺する少女のお話って何でしたっけ?――あ!『灰かぶり』!」


 間一髪。

空から降って来たのはかぼちゃの馬車。

辺り一面をその影に埋め尽くされたが、日和の答えが全てをかき消した。


「練如、お願いします…!」

「任せろ」


 日和の掛け声に練如が飛び出し、金属を飛ばす。


「――これはおまけだ!」


 頭に、体に、本に突き刺さった針目掛けて紫苑が紫電を飛ばす。

少女は電撃を浴びて体を小刻みに揺らし、手元の本がぱさりと落ちて黒こげになった。


「これで終わりよ!!」


 電撃を受けて膝立ちになった少女の顔面に波音が炎の蹴りを一撃与えて少女は霧散していく。

辺りに静寂が戻ってきて、異常だった空気が落ち着いた。


「――はー…」

「あー、吃驚した…突然こうやって襲ってくるものかなあ。しかも多分術士の力だよ、これ」


 日和と波音は揃って大きく息を吐く。

その隣で少女が立っていた場所に立つ紫苑は周囲を確認するように見回すが、そこには跡形も何も残っていない。

今のが女王でないのがかなりの疲労として術士に降りかかった。


「じゃあ完全に今の、術士同士の戦いになりますよね…この先、大丈夫なんでしょうか…」

「嫌よ術士と戦うなんて…何のメリットがあってそんな事するのよ…!」


 夏樹の呟きに波音の表情がげっそりと沈む。

『術士は妖を倒すために存在する』

その意識が強い波音は小さな苛立ちと共に吐き捨てる。


「…波音、夏樹君、人型の妖のレベル上がっていませんか…?のりあさんと朋貴さん達は大丈夫でしょうか…?兄さん、枕坂ではこんなものなんですか…?」

「僕が枕坂に居た時は普通に術士と戦ってたからね…話が通じないからこっちの方が完全に潰し合いだよ。はー、まさか巡回の交代お願いしようとしてこんな事になると思わなかったな…」


 珍しく紫苑はため息を溢す。

そもそも波音と夏樹、日和は学校を終えて3人で校門を出ていた。

合わせて先に巡回をしていた紫苑が合流し、紫苑と日和で師隼の屋敷へ帰る予定だった。

 そこへ何の因果か、少し夏樹が装衣換装の為に風琉を呼んだだけで先ほどの少女が姿を現し、襲ってきた。

見たことも聞いたことも無い術に一瞬女王を疑ったが、何かを叫ぶような感情は見られなかった。

そして話は冒頭へ戻る。


「あの、波音と夏樹君だけで大丈夫ですか?一度、皆で師隼の元へ行きませんか?」


 日和の提案に波音は手を腰と顎に当て、頷く。


「…そうね、一般的な被害があれば困るけれど、狐面が見ているし焦らなくても妖がすぐ女王化することは無いでしょうし、ちょっと師隼に確認を取りましょうか」

「今みたいなのが出られても直ぐに動けないんじゃ意味がないしね、今は皆で固まった方が良さそうだ」


 四人で師隼の屋敷へ向かう。

その道中では何も起こらなかったが、全員で複雑な思いをしていたのは確かだった。

事が事だけに、気も足取りも重くなる。


「…師隼!」

「皆…よかった、無事だったか」


 玄関で既に神宮寺師隼がベリーショートの女性と共に立っていた。


「のりあさん…!ここに居るの、珍しいですね。どうしたんですか?」


 稀にしか姿を見せない宮川のりあに、日和の頬が緩む。

その姿を見てのりあは訝しげに日和を見つめ、睨みつけた。


「どうしたもこうしたも、貴方達も今戦った所でしょう?提案に来たのよ」

「提案…?」


 紫苑と夏樹は合わせて首を傾げる。

のりあは気にする事なく師隼に向き直り、口を開いた。


「私の疑似結界で篠崎から枕坂に結ぶ駅を作るわ。そうすれば篠崎から枕坂へ向かう人間は駅を巡って枕坂に入ることなく無事に帰って来られる。逆に枕坂の人間が篠崎へ来ることはない。

 そうして篠崎を隔離した後、篠崎に入り込んだ傀儡共を私の索敵で探し出し、全て潰す。一時的にここが安全な空間となるのだけど、どうかしら?」

「そんな事が出来るのか…君に負担はかからないのか?」

「大仕事と言えば大仕事だけど、アイツに鎖を解いて貰えれば難なくできるわ」

「なるほど朋貴によるのか…。ちなみに一掃するのにどれだけかかる?」

「今晩で十分よ。とりあえず今のままじゃ傀儡が増えるし、減っていく人間に一般人共が神経すり減らしてここに流れてくる妖を強くしてしまうのが問題だわ。解決は早くした方が良いわよ」


 ふむ、と師隼は一瞬悩む素振りを見せるがすぐに振り払って頷く。


「…とても助かる。やはり君を呼び込んでおいて正解だった。じゃあよろしく頼むよ」


 師隼は笑みを見せると不服そうにのりあは半眼になり、睨むように見上げる。


「……分かったわ。私から忠告。不調は治しておきなさい。後に出るわよ?」

「不調…?」

「気付いてないのね、まあいいわ。早めの原因究明をしておくことね。どうなっても知らないから」


 のりあはつん、と無愛想に師隼から背を向け歩き出す。

玄関を出ていったのりあの背を日和は追いかけ、ぶらぶらと垂れ下がった腕を手に取った。


「――あの、大丈夫なんですか!?」

「……何が?」


 止められ、苛立ちを見せる心底嫌そうなのりあの表情と視線がぐるりと日和に向けられる。

日和は臆する事なく、ただ心配のつもりで言葉を続ける。


「のりあさんの身体です!言ってることはとても聞こえの良い案ですけど、のりあさんの負担になるんじゃ…」

「さっきの話、聞いていなかったの?鎖を解いて貰えれば難なく、と答えたじゃない」

「それはできるかどうかの話であって、のりあさんの体調ではないですよね?」


 のりあは顔を歪め、塵芥(ちりあくた)を見るような視線を日和に向ける。


「貴女、しつこいわ。嫌な気配がする。そうやって人をすぐに気にしてしまうような性格は捨ててしまいなさい。面倒な事にしかならないわ」

「う…、でも、気にしてしまいます…!」

「無駄だって言ってるのよ。私と貴女になんの接点があるっていうの!?」


 氷のように冷たく、金属の針のように鋭利で硬い棘のような言葉が日和に浴びせられる。

それでも日和はのりあに向けた視線を背けない。


「私はこの篠崎で戦う術士の方達を慕っています!それは、貴女も同じです!のりあさんだって、もう立派な篠崎の術士さんじゃないですか!」

「……っ!――」


 のりあが一瞬だけ目を見開き、目に角を立てて睨みつける。


「――聞いていて吐き気がするわ。気に入らない、(わずら)わしい。私、貴女が嫌いよ」


 すぐにでも罵声を飛ばしそうな表情とは裏腹に、のりあの声は静かで、落ち着いて、冷え切っていた。

怒りに体を震わせるのりあはくるりと背を向け、まるで機械のプログラムのように機械的な光を発してその場で消えた。


「……のりあさんが私を嫌いでも、私はのりあさんを気にします…!」


 誰も居なくなった目の前に、日和は小さく呟く。

日和の頭に手が乗って、背後から気配と温かさが日和を包む。


「遠回しでもそうやって思ってくれるだけで多分十分なんだよ。彼女にきっと言葉は必要ない。多分届いてると思うよ」


 紫苑の優しい言葉に日和は頬を膨らませてゆっくり俯いた。

術士小話。

自然の力を扱う方が希少。樹木を操ったり、和音みこのように磁力を扱うのもほどほどにレア。

扱うにしても大体は一つ二つのことしかできなかったりするんですが、その分篠崎の術士はそれだけ力を扱う事に長けてたりします。

ちなみに今回のお嬢さんは言うなれば召喚術士でしょうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 日和ちゃんとのりあさん、いつか分かち合えるのでしょうかね…。たしかに日和ちゃんは心配しすぎではありますが、それでもその優しさをいつか理解できたらと思うのですが…。
2022/09/01 21:21 退会済み
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