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神命迷宮  作者: 雪鐘
枕坂編
189/681

178.新たな女王

 体育の授業、グラウンドでサッカーなんてしてなきゃ気付かなかった。

ボールが打ち上げられて、視界の先の屋上に突出した影がそこに立っているなんて思わなかった。

それが明らかに妖で、しかも女王だと気付いたのは、体の小さな動物の姿をしていると思った妖が人の姿に変わったように見えたからだった。

 行かなきゃ――そう思うより先に紫金の髪を靡かせる男がとてつもない速さで現れ、屋上へ向かう為に校内に結界を張った所を確認した。

結界により周囲に人が消えたのを確認して夏樹も急いで装衣換装をする。

波音は来られるのだろうか。


「――紫苑さん!」

「夏樹君か!もしかして、あれが女王かい?」

「はい、そうです!今先ほど妖が女王に変わったのを確認しました!」

「分かった!」


 風と雷では明らかに雷の方が速いことを実感する。

紫苑は空を切るように一瞬で屋上まで飛び上がり、夏樹は二度校舎の壁に足をつけて飛び上がった。


「嫌ダ…皆が、嫌ダ…」

「――日和さん!?」


 屋上には二人の人間が倒れ込んでいて、女王が立っている。

女子生徒の姿で祈るように手を組み、そこに静かに佇んでいた。

女王の足元には金詰日和ともう一人の女子生徒が倒れているが、彼女は多分日和と波音が昼間に言っていた、小森夕貴という生徒だろう。


「日和ちゃんの力を盗った後か…!返せッ!!」


 紫苑は既に抜刀し、刀身に電気を溜めこんで突撃していた。


「ミンナ、嫌イ!!!」

「――…っ!!」


 しかし紫苑の刀が女王を斬った直後、攻撃が跳ねかえるように同じ様な攻撃が紫苑に降りかかった。

紫苑は転がるように寸で避け、夏樹はその姿に近づく。


「紫苑さん、大丈夫ですか!?」

「大丈夫。カウンターが異様に速いけどこういうもん?」

「いえ…女王によって変わるので…」

「夏樹君、試しに君の風で女王に攻撃してくれない?念の為危険が無いように裏側から行こうか」


 様子を見るに女王から攻撃を仕掛けようとは思っていないのか、微動だにしない。


「わかりました、風琉!」


 夏樹は紫苑に言われた通り、試しとして風琉を呼び出し、反対側から風で鎌鼬を起こして貰った。

すると風は妖に当たり、飛んできた方向へ跳ね返る。


「なるほど、めんどくさいタイプだ」

「近づいても害意がないなら先にそこの二人を移動させましょう」

「それがいい」


 倒れている間に怪我をされてもかなわない。

紫苑の理解は高く、夏樹の提案に乗ってくれる。

夏樹の風で二人を軽くし、紫苑がさっさと女子生徒二人をL字角の奥に隠してくれた。


「……さて夏樹君、この状況は焦らなくて良いの?」


 紫苑は比較的冷静に夏樹に問う。

この状況、とは力を吸われた金詰日和の事だろう。


「んー…日和さんに関しては二度目なので多分大丈夫かと」


 一度目は無論、処刑台の女王だ。


「二度目かあ、危なっかしいなあ」


 紫苑があまりにも砕けて笑うので夏樹には意外な姿に感じる。

元々飄々としているが熱くなって突っ込んでいた手前、もっと人に対して必死にでもなるかと思っていた。


「日和さんが心配じゃないんです?」

「うーん、心配には心配だけど…焦ったら日和ちゃんは戻ってくるかな?」

「それはないですね」

「だったら倒し方を考えて何をしてでも取り戻すよ」


 どうやら紫苑なりに冷静であるらしい。

一瞬猛禽類のような目を感じ取ったが、口に出すのは止めた。

なんとなくだが、この金詰紫苑という男も危なっかしい気がする。

ある意味では本当に金詰日和の兄であると感じ取った。


「…あ、夏樹君が言ってた『危なっかしい』ってそういう事?」

「……察していただけたなら何よりです。ちなみに何か思いつきます?」


 先日の会話を覚えていたらしい。

ついでに今度は夏樹が問えば、紫苑はにっこりと笑って答えてくれた。


「外からがだめなら、内側からってのが定石じゃないかな」




***

 さて、この状況は二度目かな?と日和は首を傾げる。

一度目は言わずもがな、弥生だろう。

日和はこうなる運命でもあるのだろうか。

考えても仕方ないことだが、さすがにため息を吐いて軽く落ち込みたい気分になった。

もしかしたら自分は学習能力がないかもしれない。

 しょげていても仕方ない。

日和はしっかりと目を開け、辺りを見回し何か無いかと感じ取る。


「……っ……ぐすっ」


 真っ暗な闇の中、すすり泣く声が聞こえた。

日和はゆっくりと声のする方へと足を運ぶ。


「うっうぅ…ぐすっ…ふえ……」


 近づけば近づくほど、すすり泣きは大きくなる。

声を殺したような泣き方だった。

次第に薄らと背中が見えてきて、日和はそのまま背中に抱きついた。


「夕貴」

「…っ!!ひ、日和さん!?」


 声は驚いて、突然現れた背後の人間に振り向いているのを感じるが顔は見ない。


「夕貴、見つけました」

「な、なんで日和さんが居るんですか!?」

「それは……夕貴が望んだからでしょう?私が羨ましいから」

「あ……や……」


 夕貴の顔が真っ青に染まる。

やってしまった、と後悔の表情を見せている。

だけど日和はそれをも見ない。

日和も夕貴も黙り込んで、長い沈黙が続く。


「わ……たし…」


 か細い声で沈黙を解いたのは、夕貴だった。


「私…だって…自分がどんくさくて、ドジで…なにも上手く行かないから…」

「…夕貴、何か勘違いしてますね?私をよく見ないで勝手に美化して、その分自分を(おとし)める行為を『卑屈』って言うんですよ。それが夕貴の今の感情ですか?」

「卑屈…そっか…うん、そうかも…」


 納得したように、やけに落ち着いた返事が返ってくる。

日和は夕貴から離れ、隣に座り込む。


「夕貴、私の話を聞いてくれませんか?」

「日和さんの話…?」

「実は私にも、苦手な物があります」


 むすっとした表情を見せる日和に夕貴の表情が砕けた。


「日和さんの、苦手な物…?…なあに、苦手な物って」


 どうせ大したものじゃないだろう、夕貴は大した期待も寄せず日和を(わら)う。


「まず人に興味が持てないので、相手の気持ちが分かりません。何を考えてるとか、どんなことが好きだとか、何をしているとか、興味が持てないのでその人自体に興味が持てません」

「それじゃ仲良くなれないよ」

「そうなんです。だから高校に上がるまで友達0人でした」


 何か面白かったのか。夕貴はくすりと笑い、合わせて日和が微笑む。

夕貴は目を見開いて、朗らかな笑顔を見せる。


「……私と一緒。私も中学までいじめられてて、友達なんていなかったの。

 委員長にはなりたくなかったけど、皆比較的良い人ばっかりだから大人しく出来た。

 それでも友達を作るのは怖くて…文化祭になって、日和さんが居てくれたの心強かったんだ」

「そうでしたか。波音と弥生以外でああやって話をしてくれたの、夕貴が初めてですよ?」

「ふふふ。だって波音さんがいたから近づきにくかったんだもん。でも波音さんだってすっごく良い人だね」

「はい、波音は良い人です」


 にっこりと眩しい笑顔が日和から射す。

夕貴は少し黙って、口を開いた。


「日和さん、文化祭が終わった後…笑うようになったよね。なんで?」

「…ちょっと、家庭の事情がありました。それが終わってスッキリして…感情の使い方を教えて貰いました」


 日和の言い方がツボに入ったのか、夕貴は吹き出しくすくすと笑う。


「何、感情の使い方って。人形みたいな人だなとは思ったけど、アンドロイドみたい」

「…さっきも言ったように、それまで興味がなかったので…殆ど必要ないと思ってたんです。私が苦手な物の二つ目は、こうやって感情を出す事…でしょうか」

「最初の頃は無理してるみたいだったけど…でもそうだね、文化祭以降は全然気にならなかったよ。日和さん、綺麗に笑う人だなぁって思ってた」

「本当ですか?ありがとうございます」


にこりと笑う日和に夕貴は「それで?他には?」と首を傾げる。


「私、人との距離感を測るのが難しいみたいです。家族が祖父か、ずっとお世話になっていた幼馴染の兄しか居なかったのも原因かもしれません。

 だから家族というのも分からなくて……あと、一度、誰かに聞いてみたい事があったんですが、夕貴に聞いてもいいですか?」

「ん?何?」

「『好き』って、なんですか?」

「す、好き?」


 あまりにも唐突に、真面目に問う日和に夕貴は難しい顔を浮かべる。


「好きって…どういう好き?」

「好きってどんな気持ちですか?家族にも、恋仲にも、友人にも、物にも好きって言いますよね。

 英語ではlikeとか、loveとかfavorite…色々ありますよね。あれは段階や用途が分かりやすいので比較的理解はできます。

 でも周りが言う好きと、私が思う好きは別なんじゃないかと思う時があります。そういう時の好きの表現が世間的に合っているのか分からないので困ってしまいます」


 やけに発音の良い英語、しかしその内容はしっちゃかめっちゃかで、夕貴はくすくすと笑う。


「何言ってるんだろう、この子。日和さんって女の子の言う可愛いも苦手そう」

「わかりますか?可愛いと言えば誰にでも通じると思うなよって言いたくなっちゃう時もあります」

「日和さん、機械的な人なんだね」

「独りで過ごしてきた弊害でしょうか。最近親戚と過ごす事にもなったし、大変です」


 視線を落とす日和の顔を夕貴は覗き込む。


「もしかして、最近よく一緒に歩いてる綺麗な人?あの人親戚なの?」

「ええ、従兄らしいです。私の家族は皆死んでしまったので、父のご友人の家に引き取ってもらってたのですが、春休みの間に現れましたね」


 さらりと言う日和に夕貴は絶句する。

そしてまた最初のようにおどおどとし始めた。


「き、聞いて大丈夫なの?その話…」

「…?特に問題はありませんよ?」


 逆になんで日和はけろっとしているのだろう。寂しいとか辛いとか思わないのだろうか、と夕貴は困惑の表情を浮かべる。

気持ちが分からないと言っていたけど、もしかして自分の感情も麻痺してしまってないだろうかと勘ぐってしまった。


「…どうかしましたか?夕貴」

「あ、いや…そっか、従兄か。彼氏かと思ってたよ」

「いませんよ、言ったでしょう?好きが分からないって」

「難しい問題だね…順位とか、つかないの?この人が特別好き!とか。あ、ほら食べ物とかは?」

「んー…何でも食べられますし…。あ、家族や友人はもちろん大切で、仲良くしたいって思いますよ?でもそれは好きなんでしょうか…」

「日和さんの好きに対しての印象と分類は全部likeとfavoriteしかないんだね?もっと引出し作ろう?bestとか、betterとかあるでしょ?」

「んん…?どういう事ですか?」


 日和が眉間に皺を寄せる。

これはかなり手ごわい、と夕貴はくすくすと笑う。

その間に自分の事など、とうにどうでもよくなってきていた。

女王戦久しぶり!!


どうでもいい話ですが、卑屈な心には「自分を認めてもらう存在」が必要かなと思います。

自分を理解してくれる友人、貴方は居ますか?

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