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神命迷宮  作者: 雪鐘
枕坂編
182/681

171.突然の襲撃

「手伝ってくれてありがとうね」


 そう口にする紫苑はにこりと微笑む。

竜牙に似た従兄は、彼があまり見せなかった笑顔をよく見せる。


「…いえ、私は何もしてないので…」


 正直目のやり場に困る。

いっそ中身も竜牙と似てくれたら良いのに、と少し思ったがそれは金詰紫苑という人間を否定している事に繋がりそうなのでそう思わないようにしている。

 まだ親類については知らないことと分からないことが沢山ある。

その存在を受け入れないように拒否したくはない。

少しでも理解できたら…そんな気持ちで日和は今、従兄と共に帰路についている。


「そんな事ないよ。爺さんにご飯も作ってくれてたみたいだし、多分元気な日和ちゃんみて安心もしたと思う」


 控え目に微笑むと紫苑は窓の外の景色をじっと見つめた。

金詰の家から徒歩10分、神威八咫駅から篠崎駅へ電車に揺られること5分、その後は駅から師隼の屋敷まで歩いて行けば1時間、バスに乗れば35分ほどだろうか。

バスは柳ヶ丘ならまだしも安月大原は通らないので学校前で降りないといけない。

 日和の人生において電車に乗ることは全く無いので、実は人生初体験になるが終着駅に向かう電車は流れる景色を窓に映す。

夕方に差し掛かる頃の赤く強い光が差し込んで、空は燃えるような色をしている。

周囲を見れば帰宅する人が多い時間なのか電車内の席は埋まって立つ人は(まば)らだ。

そんな中、日和と紫苑は残り終点でしか開かないドアの前で立っていた。


 ――ガゴン!!


 本を読んだり音楽を聞いたり、友人と話す学生、疲れたように眠る会社員…様々な人間が居る中で、突如電車が激しく揺れた。


「わ…っ!!」

「危ない!」


 一瞬車内の照明が消え、かなりの衝撃があった様子が伺える。

日和がバランスを崩し、倒れそうになった体を紫苑がしっかりと抱き止めてくれた。


「…びっくりした、日和ちゃんは大丈夫?」

「あ…えっと、はい…」


 驚きと一瞬の恐怖や不安が織り交ざって目の前…というか今までで一番近く紫苑が居て、心配そうに顔を覗かせていた。

別の意味でも心臓が保たないかもしれない、と激しく鳴る心臓を押さえながら日和は何があったのかと辺りを見回す。

すると辺りはちょっとした大惨事になっていた。

 電車が止まり、何かアナウンスが聞こえるが頭に入らない。

その代わり日和の耳に入ってくるのは周囲の人間の叫ぶ声、言い合う声、明らかにパニック状態になった乗客たちの声だった。


「…ただ事じゃないね、ちょっと出ようか」

「えっ…」


 睨むように周りを見回す紫苑が結界を張る。


「しっかり掴まっててね」

「…は、はい…!」


 そして扉を無理矢理こじ開けた上で紫電を付加させた刀で切り開いた紫苑は、日和を抱き止めたまま電車内を脱出した。

外へ出るなり線路を走り、前の車両の先頭へ向かうと何か日常では聞かない音が響いてくる。

何かが破裂するような、銃声のような音だ。


「ああ、なーるほど」


 紫苑と共に見た先では足に羽を生やし飛び回りながら銃を鳴らす女性が、武器を持つ3体の人間と狼型と鳥型の2体の妖を相手にしていた。


「日和ちゃんは安全な場所にいて」

「わ、分かりました!」


 日和は急いで止まった電車の影に移動して目を見開いた。

先頭の車両の正面が大きく陥没している。

凄まじい力が車両に当たったのだと分かり、中の運転席に座る職員は項垂(うなだ)れている。

どうやら気を失っているようだ。

 日和が電車内を確認している間に紫苑は交戦した中に飛び入り、槍を握って背中を向けている会社員の姿をした男性に切り込む。

会社員の男性は紫苑の気配を察知しぐるりと体を反転させた。

同時に槍で突き刺そうとした所を、ショートカットの女性の銃弾が体にめり込み、撃ち抜く。

紫苑は霧散していく男性の脇を抜けて、腕に何やら厳めしい武具を付けた女性に近づいていく。


「そいつ気を付けなさい!その腕、術錬成の物よ!」


 銃を構えたのりあがもう一人の人間の人間を相手にしながら声を上げる。

電車の中を確認した日和は妖二体の動きがないなと辺りを見回すと何故かその場に留まっている。


「鎖…?」


 よく見たら妖の体には鎖が巻き付いている。

その先に視線を辿ると鎖を握り締めて引いている朋貴の姿があった。

どうやら妖の動きを止めているらしい。


「…ッ!日和ちゃん危ない!」

「え…」


 紫苑の声に視線を戻すと(イカリ)のような物が飛んでくる。

護身用に持っているナイフを抜くか、間に合うか、脳が勝手に計算を始め判断が遅れた。

確実に当たる――そう思った時、真横の視界の先に居たのりあが何かを日和に向けて投げつけた。


「世話が焼けるわ」


 カァン、と金属と金属がぶつかる音がして、糸を繋げた錨が空へ弾かれる。

日和の目の前には大きな盾が(そび)え立っていた。


「この…っ!危ないだろ!」


 紫苑は錨を飛ばした女性を斬り上げ、体に刀を突き立てる。

同時に空から紫の雷光が女性に落ちて女性の体は黒く焼け焦げ、無骨な武装が砕けて霧散していく。

合わせてのりあも最後の一人を撃ち抜き霧散させると、手に持っていた銃が羽根に変わり新たに別の羽根を握り締めた。

 日和の目の前にあった大盾も羽根に変わってはらりと地面に落ちる。

それを拾い上げた日和はまじまじと見つめた。


「……うん?」


 なんだろう、既視感がある。

金色の柔らかな光を放つ黄色い羽根。

風切羽のように長く綺麗な羽根を、最近目にしているような気がした。

思考に沈んでいると前方の戦っている音が耳に入り、紫苑とのりあがまだ戦っていることを思い出した。

視線を上げると丁度のりあが鳥型を霧散させ、紫苑が狼型の妖を斬り刻んだ所だった。


「日和ちゃん、行くよ」

「わっ、わ…!?」


 のりあは急いで既に仕事を終えて立っている朋貴の元へ行き、紫苑も日和の体を(さら)うように肩に乗せて線路上から避難する。

ぱちん、と指が鳴る音に合わせて大きくへこんでいた電車は元に戻り、何事も無かったかのように走り出した。

どうやら短髪の女性が張った結界が解除されたらしい。


「…それ、私の物なんだけど」


 紫苑の肩から降ろされた日和の前にのりあがやってくる。

半眼の不機嫌顔で手を伸ばしていた。


「あっ…すみません、これ…ありがとうございました」


 日和は手に持った風切り羽根をのりあの手に乗せた。

すると羽根は機械的な光を発して消えてしまった。


「それで、そっちの人は?」


 のりあは羽根が消えたのを確認すると視線を紫苑に移す。


「えっと4月から新しく入る術士で、私の従兄(あに)です」

「金詰紫苑だよ、よろしく」

「ふぅん…宮川のりあ。そいつと組んでる」


 のりあは振り向きもせず、一瞬だけ視線を朋貴に向ける。


「貴方達、もしかして枕坂へ行ってた…なんて言わないでしょうね?」


 きっ、と日和に向けた半眼の視線は更に厳しくなる。

そういえば以前初めて会った時は枕坂へ行こうとしていた事を思い出した。


「あ…今回は…」


 日和が言いかけた所で朋貴はゆっくりとのりあの隣まで歩いてくる。

その話し相手は…紫苑だ。


「紫苑、助かったよ。今日は…ああ、もしかして家へ?」

「朋貴、お疲れ様ー。そうそう、引っ越ししてたんだ。もう終わったけどね」

「そうか、この辺はもうさっきみたいに人の姿をした妖が多いから来る時は気を付けた方が良い。

 今の所商店街まで広がる事はないから、特に日和…さんは、あまり来ない方が良いかもしれない」


 朋貴が珍しく崩した喋り方をするので日和は少しじっと見てしまった。

その視線を気にしたのか名前にさんを付けられてしまい、意識させてしまったと少し反省をした。

どうやら朋貴と紫苑は既に仲良しになっているらしい。


「枕坂にはうようよいるから、電車に乗って流れてきちゃうんだろうね。朝も爺さんが追いかけられてたし。そういう事なら分かったよ」


 「それじゃ、僕らは行くから」と紫苑が歩き出し、日和は頭を下げてからその背を追う。

朋貴は手を上げて挨拶していたが、のりあはじっと不機嫌そうに見るだけで何も言わなかった。

結局駅まで10分歩き、駅からも徒歩で帰る事になったのは巡回も行う為に、道の確認を含めてだろう。

その途中で様々な話はしたが、紫苑は一度だけ、やけに神妙な表情をして日和に話を切り出した。


「最近枕坂では人の姿をした妖が蔓延(はびこ)っているんだ。女王ってあまりよく分からないけど、多分別物のね。今さっき見たでしょ?ああいうの。

 あいつらは元々普通に人として生きてたのが突然、術士のように襲ってくる。もしかしたら日和ちゃんにも攻撃するかもしれない。極力守るけど、日和ちゃんも気を付けて」

「わ、わかりました…」


 事態は重く聞こえる。

その言葉に日和はただ、頷くしかなかった。

電車はのりあの結界にぶつかって止まっただけなので無事です。

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