170.祖父と孫
「こんにちは、金詰家はこちらでお間違いないですか?」
麗那からの呼び出しでやってきた魁我は面を付けず、麗那の黒い鳥と共に相変わらず少し痩せこけた顔でやってきた。
練如はそのまま光が話したことを魁我に伝えているらしい。
「お仕事お疲れ様、例の子はここよ」
「こっ、こんにちは…」
麗那は玄関に立つ魁我の前で軽く光を紹介する。
魁我からは物々しい雰囲気を感じないが、元々びくびくしてしまうのか、光は魁我を見て緊張してしまっている。
いや、寧ろ人見知りの性格なのだろうか?出会ったばかりの青年の判断は中々難しい。
「これはこれは麗那様も公務お疲れ様です。わざわざ貴女がこちらに来ずともよかったのに」
「あら、私だって神宮寺家の人間となったのだからしっかり家の人間として仕事は熟すべきでしょう?それとも何?貴方も何処かの誰かさんのように私をお人形さんにするのかしら?」
「ふふ、そこまでは言いませんよ。師隼様を外に出せるほど暇ではありませんから、代理として出向いてくれてこちらとしても助かります」
「ふん、口だけは達者なんだから」
一方の魁我と麗那は仲良く話しているように見えて、漂っている空気は然程良い雰囲気とは言えない。
互いの言葉では判断付かないが、互いの主張がぶつかっているように聞こえる。
そう感じているのは自分だけなのか、二人共にこにこしているだけなので全く分からない。
「えっと…ですね、紫苑さんから光さんを使用人として雇いたいとの事なので、聞き込みを終えて安全が確認できたらこちらにまた戻してあげて欲しいです。良いですか?」
「そうですね、聞き込みを終えても枕坂に返せるような状況ではないでしょう。
なるほど、良い判断だと思います。…話は分かりました。ではこちらで話を聞いた後、このお屋敷に返しますね」
「はい。よろしくお願いします」
玄関先で日和も同じく頭を下げて光と魁我を見送る。
姿が見えなくなった後、麗那も日和の前に立ち向き直った。
「…さて、私も一度師隼の所に戻るわ。迎えはいらない?」
「多分紫苑さんと戻るので大丈夫です。一応練如も居ますし」
「そう、分かったわ」
にこりと微笑み、麗那は「じゃあ、また後でね」と外に体を向ける。
「あ、あの…麗那さん!」
今にも帰りそうな麗那を日和は引き止める。
このまま別れるには、まだ不安があった。
「……何かしら?」
「これ…やっぱり麗那さんが持っていてください…!必要な時があるかは分かりませんが、その時まで…」
「……ふふ、分かったわ」
麗那の手に橙色の証石を握らせる。
またこの石と出会う未来があるかは分からない。
だけど今これを自分が持っていたって自分は術士にはなれないままだというのは分かる。
確かに弥生は自分の親友だが、これは置野家の証石であって日和自身は完全な置野家の人間ではない。
だからこそ、自分が持つべきものではないように思った。
その気持ちが伝わったかは分からない。
それでも麗那はにこりと笑って証石を預かり、ずい、と日和の耳元に口を近づける。
「ふふふ、今も貴女は迷子ね。それじゃあ家族とはどんなものか、よく見ておくことよ」
小さく吐息に近い声で。
麗那はそれだけを言うとふらりと門を超えて姿を消した。
「家族……」
呟く日和には家族が分からない。
父からは重く歪んだ愛情を向けられていたのだと弥生を倒してから気づいた。
母は自分を放置して外に出ていた。
亡くなってから手紙の存在を知ったが、今更の愛情では何も伝わらず今も何も湧いてこない。
祖父はただ傍に居て過ごしてくれていた。
過剰には接してこなかったその優しさはささやかで、自分がそれまでを過ごすには心地いいものだったかもしれない。
佐艮は溺愛のように何かあればすぐ言うよう頻繁に気にかけて、たまに何かしらの助言をしてくれる。
ハルは深くは関わらないものの、あれよこれよと色んな物を準備してくれる。
日和が師隼の屋敷で生活している今だって、衣服や身の回りの生活必需品と言うべきものが届けられていた。
今日着ているワンピースと羽織もハルが届けてくれたものだ。
皆手法はバラバラだけど、血が繋がっても繋がらなくてもそのように接してくる。
家族とは、一体何なのだろうか。
「日和ちゃん終わったー?あれ、麗那さんもう帰っちゃったのかな…?ほら、中に入ろう」
突然掛け声と共に頭に手が乗って吃驚した。
完全に気が抜けていた。
振り向けばいつの間にか紫苑が後ろに立っている。
その表情が竜牙に重なって日和の顔は真っ赤になった。
「あ…えっと、はい…」
「…どうしたの?顔が真っ赤だけど。熱でも出た?」
「な、なんでもないです…!すみません…!」
熱くなる顔を隠すだけでも一苦労だ。
もう今の気持ちですら難しすぎて分からない。
***
金詰紫苑は軽い言動と迂闊な言葉が多い。
何かあればすぐに祖父である稲椥の手刀が飛び、紫苑の脳天に炸裂する。
その度に呻きながら減らず口を叩き、悪態をついている。
その姿は正直に言って子供らしさの塊だなと日和はサラダを口に入れながら思う。
一方の金詰稲椥は比較的寡黙だ。
よく喋る紫苑の1/3程だろうか。
しかし紫苑がよく口を滑らせたり突飛な事を言い出すのでその度に手刀を飛ばしている。
手が早い。
なんとなくその表情が満更でもないように見えるので、互いがどういう生活をしてきたのかというと…目の前のこういう生活だったんだろうなと素直に感じる。
仲が良いのか悪いのか、よく分からないが麗那は仲が良いと言っていた。
一先ず殺伐としていたり、過ごしづらい空気ではないので安心はできる。
それが日和の中の金詰家への印象だった。
あと不思議に思ったのは何故か紫苑は食事の席に来ていない。
何をしているのかと思えば荷物の整理だと言う。
さっき終わったと言ってたのに。
それともそれだけ大きな荷物を持ってきたのだろうか?
「…紫苑は元々食事という行為が好きではないからな、気にするだけ無駄だ」
正面に座る稲椥は慣れたように食事の手を進める。
一切意に介する事なく言い放つ姿は、それだけ長く一緒に食べていないのだろう。
祖父の稲梛がそう言うならば深く気にする必要もないのかもしれない。
「それにしても、料理が美味いな。作り慣れているのか?」
稲椥はご飯茶碗を持ち、おかずの肉団子を見る。
正直料理をする予定では無かったが、紫苑はこの通り。
稲椥も食事を抜きやすいと聞いて日和は「そういう血なのかもしれない」と実感した所だ。
どうにもこの家自体、寧ろこの血自体が食事に対する意識が限りなく低いらしい。
よって日和は近く…と言っても徒歩15分ほど離れたスーパーマーケットに出向き、限りなく少ない買い物で作れる物として肉団子を選んだ。
ついでに買ったサラダは一袋開ければ完成なので、現在のスーパーマーケットは便利だなと感じている。
今度野菜ミックスを使ってみたい。
「元々おじいちゃ…あ…えっと…」
「大丈夫だ、相手方はちゃんと知っている」
「あ、はい…。おじいちゃんと二人で住んでたので、ご飯は交代で作ってました。置野家にお世話になっていた時はわりと最近ですが、料理をさせてもらってました」
話を聞いた稲椥は薄らと笑みを溢す。
「そうか…。すまなかった、難儀な人生だっただろう」
「いえ、えっと…どうなのでしょうか?そんなものかと私は受け止めてるので、よく分からないです…」
難儀。
日和の中ではもう全てに見切りをつけている。
地味に竜牙の事だけ引きずっているのが複雑な気分ではあるが、きっと紫苑を見て意識してしまっているだけだと思う。
それ以外のことであれば、その辺の人達とはさほど変わりない。
余計な物をそぎ落としている分、余計なことが多いだけ。
そう考えている。
ここでいう余計な物とは感情や人への興味や人との関わり、余計なこととは妖に狙われたり神の力を手にした事だ。
日和の中ではその程度に抑えている。
どれも日和の手に余る物だった。
他の人がどう生きてるか知らないのに、比べられる訳がない。
比べても、どっちが良いとは選べないだろうに。
「だが、これからは紫苑もいる。あいつはああいう奴だが、あいつなりに努力はしてきた。今更頼りにしろとは言わんが仲良くしてやってくれ」
「…はい、よろしくお願いします」
日和がにこりと微笑む姿を見て、稲椥は満足したように頷いた。
自分には、これぐらいあっさりした方が心地いいかもしれない。
べったりと激しいものは、今の自分にとっては置野家だけで十分だ。
金詰稲椥
4月1日・男・60歳
身長:179cm
髪:白金
目:黒
家族構成:孫
趣味:囲碁、将棋
口癖が「面倒」の困った系おじいちゃん。かなりアクティブ。
見た目は皮と骨のような分かりやすい初老のお爺さんなのに、金詰さん家が全身に電気の力を滞留させて動き回る術士家系なだけに身体能力は化け物。
『術士の力は25歳で減退する』の法則をぶち壊している人筆頭。
基本的にはマイペースで平和主義。
部屋の中でお茶を飲みながら座って日向ぼっこするのが好き。
邪魔されると「面倒」と言いながら重い腰を上げる。
その時には大概紫苑の脳天に手刀が入る。