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神命迷宮  作者: 雪鐘
枕坂編

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168.追う者、追われる者

 この歳になって引っ越しとは如何な事か。

老体に鞭を打つなと言いたいが、そもそも住んでいた環境が色々と諦めないといけない状態になっているので仕方がない。

孫としっかりと話し合い、同意はしたが…とても面倒な事だと思う。

今まで住んできた家を離れるのは別に苦ではないのに、何故こんな面倒な事に巻き込まれなくてはならないのか。

何が問題かと思えば――やはり一番最初に頭のネジが飛んだ、どら息子のせいではないだろうかと思うが、生憎今はそれどころじゃなかった。


「じいちゃん!後ろ、来てる来てる!」

「ええい五月蠅い!面倒な…全くめんどくさい!!」


 今、三人の刺客に追われている。

誰と言わずとも分かる、こんな老体にさえ目くじらを立てるのは比宝だ。


「じ、じいちゃん無理しなくていいよ!?僕の事邪魔でしょ!?」


 そして小脇に抱えた口煩い小童(こわっぱ)は真っ青な顔で口をぱくぱくとさせている。

かなり時間が遅れているだろうが仕方がない、この餓鬼を連れていかねばならぬ気がしたのだ。

 何の(さが)か、見て見ぬ振りが出来なかった。

――何がかと言うと、今から神威八咫へ向かおうとした所でこの手元に抱えられる少年が不審な人間に囲まれていたのだ。

雰囲気としては恐喝行為だったが、少年を囲む人間が三人ほどいたのにどう見ても中心の一人以外が人間に見えなかった。

なので思わず、助けてしまった。

 とりあえず枕坂と篠崎の境界まで跨ってきた訳だが、面倒な事をしたなと10回は心の中で呟いている。

口には既に5回ほど出た。

背後から迫る刺客は先ほどの三人だが、金詰の速度に追いつけていないのが幸いだった。

残念ながら山に入っているので金属が少ないのが困りものだが、このまま切り抜けられる間隔は生じたはずだ。


「じいちゃん、後ろから来てるってばぁ!」

「わっとるわ!舌を噛む、黙っておれ!」


 この先は九十九折(つづらおり)のカーブが幾重にも重なった下り坂、その先は行先である篠崎だ。

金詰稲椥(いなぎ)は助走をつけ、ガードレールに足をかけて強く蹴り飛ばす。

同時に全身の力を溜めこんで、飛び上がった。


「うわあああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 少年の口煩い断末魔が山に木霊した。



***

「……!枕坂方面から来るわよ!」


 麗那が何かに反応するように目の前の山に視線を向ける。

神威八咫は篠崎の道路側の入り口だ。

この篠崎は山に囲まれていて神威八咫の山向こうは枕坂市がある。

そこから、何が来るのか。


「もしかして、爺さんかな?」

「…練如、お願いします!」

「ああ」


 紫苑は傍に立てかけていた刀を取り出し、構える。

何もできない日和は一先ず自分の式紙を呼び出した。

町の端である為に住民も多くない、閑散とした住宅街が(いや)に静まり返る。

しばらくして、近くの街灯が不自然に電気を浴びた。


「ふん…!!お前ら、そこをどけ!!」


 男性の声と共に、街灯にびりびりと妙に動く手綱のような物を吊り下げて、何かが振り子運動で飛んでくる。

人だ。

人が、人を抱えて飛んできた。


「爺さん!」


 紫苑が叫ぶ。

とんでもない手法で飛んできた人はとんでもない速度で空に飛び上がって、空から降ってきた。


「ぅゎぁぁぁぁああああああああああ!!!!」


同時に断末魔を漏らしながら。

隕石のように重苦しい音が地面に響いて、人を抱えた初老の男性が日和の少し後方に着地した。


「爺さん一体――」

「――金詰紫苑、よそ見は後のようよ」


 紫苑はやっと現れたその姿に視線を向けるが、麗那の声に正面に向き直って刀を構え直す。

麗那はスカートを広げ、どぼどぼと黒い液体を撒き散らした。

すると液体は意志を持つように塊となって二つに分かれ、一つは日和と初老の男性の前に壁となり、もう一つは黒い狼のような姿へと変化していく。

その間にも正面からは3人の男が武器を構えて突進してきた。


「練如!」

「――分かっている、主」

「比宝か!!」


 日和が叫ぶのと同時に練如が金属の針を構え飛び出し、合わせて紫苑が刀を抜いて刀身に紫電を()わせる。

麗那の生み出した狼は一目散に男へ走り、一人に噛みついた。


「ぐあああああ!!な、んだ、こいつ!!」


 噛みつかれた男は悲鳴を上げ、目を剥き出しにして全身を振って狼を落とそうとする。

紫苑は刀で内の一人に応戦し、一瞬の鍔迫り合いの後その体に切り込むと男は悲鳴を上げる事なく霧散した。

更に最後の男は全身に練如の金属を受け、顔面に鉄球を撃たれて同じように霧散し消えていく。

 一瞬の出来事だったが、日和の手は汗に濡れていた。

突然襲われるのは、さすがに心臓に悪い。


「お前は師隼の所に連れて行くわ」


 麗那は冷酷な顔で狼に捕まった男の前に立ち、スカートを捲る。

中から黒い化物のような手が伸びてきて一瞬にして狼ごと謎の男を引っ掴み、スカートの闇へと吸収してしまった。


「はー、びっくりした。遅いなと思ったら何してんのさ爺さん」


 刀を振り落すと紫電の力が消え、紫苑は口先を尖らせて日和の後ろに立つ男を半眼で睨む。

闇の力の壁も消え、麗那は何事も無かったかのように魔女の笑みを見せる。


「日和ちゃんは怪我、無かった?」

「私は何も…練如は大丈夫でしたか?」

「問題はない」


 相変わらずの無感情で答える練如に初老の男は近づき、じろじろと見る。

前、後ろとじっくり見まわると「ふむ」と一つ呟いた。


「ほう、お前が練如とやらか。どら息子が作った式紙にしては良く出来ている。腹立たしい限りだな」

「あ、の…?」


 上から降ってきていつの間にか少年を降ろしている初老の男性が誰か分からない日和は話しかけづらかった。

それを理解したように紫苑は不貞腐れながら男性を指差し、日和に視線を向ける。


「日和ちゃん、この人が僕たちの祖父、金詰稲椥。爺さんで良いよ」

「これ、勝手にわしを適当に呼ばすな」

「いっだああああああっ!!」


 稲椥は顔を引き攣らせ、最速で紫苑の頭にチョップを叩きこむ。

紫苑の脳天に綺麗に入り、頭を押さえてしゃがみ込んだ。


「だ、大丈夫ですか…!?」


 日和が寄ろうとした所で紫苑がすくっと立ち上がる。

その目尻には少し涙が浮かんでいて、かなり痛そうだ。


「もう!爺さんそれホントやめろって!家継いで今は僕の方が上だろ!?爺さんのくせに!」

「ふん、お前が家を継いだところで孫はたかが孫じゃろ。好き勝手すりゃ良いってものじゃない」


 紫苑は子供のように喚き出し、一方の稲椥は眉間に深い皺を寄せている。

親子喧嘩ならぬ爺孫喧嘩だろうか。

遭遇したことのない喧嘩に日和はおろおろとすることしか出来ない。

そんな中で麗那は後ろから静かに声をかけてきた。


「良かったわね、貴女の家族…仲が良さそうで」

「これ、仲が良いんですか…?」

「まあ、普通にあるんじゃないかしら。うちには無いけど」


 二人は今もぎゃあぎゃあと言い合っていて、紫苑は威嚇し吠える犬、稲椥はそれをあしらう飼い主にも見える。

一度二人の間から抜けると再び輪に入るのは難しそうだなとは感じた。

 これは落ち着くまで時間がかかりそうだ。

仕方ないわね、と麗那はふらふらと二人の横を素通りして家の門を盾に隠れている少年に近づく。

先ほど稲椥が連れてきた少年だ。


「ところで…貴方は?」

「あ…と、僕…枕坂の…」


 やけにおどおどしている。

それよりもなんだろう。

最近何処かで似た顔を見なかっただろうかと日和の脳が何かを訴える。


「うーん…うーん…?」

「あっ…八島光さん…!」「八島光と言います…」


 幾度かの検索を繰り返し、ついに日和が思い出したように声を上げるのと同時に少年の声が被った。


「む、そこの荷厄介(にやっかい)を知っているのか」


稲椥がこちらの会話に気付き、振り返る。


「に、荷厄介…」


思わず顔が引き攣る日和の背後から、日和の頭の上に紫苑の顔が乗った。


「来るのが遅いなーと思ったら何してんのさ。で、日和ちゃんはこの子知ってるの?」

「し、知ってるのは一方的ですが…調べ物してて、名前と顔だけ存じてます」

「よかったわね、見つからない情報源から来てくれるなんて願ったり叶ったりじゃない」


 (ち、近い…)

思いきり心臓が跳ねるのを意識しない様にしながら日和は話す。

動かせない視界の端で、麗那が何やら楽しそうに妖艶な笑みを見せていた。

日和は気を取り直して光に向き直る。


「えっと…初めまして、金詰日和です。とりあえず…えっと…中でお話しませんか?」




 日和の一言により全員で屋内に入ったところで、紫苑と稲椥は荷物整理の為にあちこち移動している。

その間、麗那と日和は光と共に居間と呼ぶべき場所で畳に座っていた。

 居間と呼ぶべき、というのはこれからなるところで、とりあえず…と臨時のテーブルだけを真ん中に置いただけなのでまた部屋として機能していないからだ。

ちなみに練如は部屋の端に正座で待機している。

光が一切気にしていないので、空気に溶け込むのが上手い人物だと思った。


「さて…えっと、どうして稲椥さん…先ほどのお爺さんに連れて来られたのでしょう?」


 何から話そうか迷ったが、とりあえず日和は単刀直入に聞くことにした。

光からはおどおどとした雰囲気は無くなったが、どこか自信なさ気にしている。


 「とりあえず話しやすい所からで良いわよ。こっちで勝手に解釈するから」


 畳に正座する麗那の背筋はぴんとしていて、いい所の令嬢感が強く出ている。

その姿には日和の物腰の柔らかさとは別の美しさを感じさせた。

自分に向く二つの視線に光の頬は少し赤まった所で、少年は首を振って口を開く――。

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