167.お手伝い
金詰紫苑が現れてから3日ほどが経った。
夏樹や波音には慣れたらしく、屋敷内で既に話しているのを何度か目撃した。
そんな彼は今現在この神宮寺家で共に厄介になっている身となっている。
ところで今は紫苑と二人、初めて外出をすることになった。
場所は神威八咫。
安月大原から学校区を越え商店街を越え、更に駅を超えた篠崎市の端に位置する地区だ。
安月大原の正反対の位置と言えよう。
初めて足を踏み入れたこの地域は、築年数が大きそうな家や建て替えられた新しい家が織り交ぜられた街並みのようだ。
日和が今まで過ごしてきた柳が丘や安月大原よりも静かな印象を覚えた。
「ここ…ですか?」
念の為に練如を連れて、日和は紫苑と共に古く立派な元・空家に来ていた。
元・空家、というのは今からここに人が住むからである。
塀に囲まれた門のある日本家屋で前庭があり他の術士の家と比べれば小さいが、一般家庭3,4人が住むには十分すぎるほどの大きさのある家だ。
「そ。まだ残ってるなんてびっくりだねえ」
隣でにこにこと笑うのは日和の従兄である紫苑だ。
堅物の竜牙がにこにこと笑ってると想像するだけで背筋がむずむずする。
だから何度も目の前の人物が別人である事を日和は脳内で繰り返した。
そう、日和は未だ彼に慣れてはいないのだ。
「以前はここが金詰の家だと言われても…とても綺麗ですよね。手入れされています」
まともに会話が出来るよう気を取り直す。
だけど心の底からそう思う程、前庭や外観は綺麗に整備されているようだった。
「実際、大元である置野家が管理していた建物だからね。最近まで使われていたらしいよ」
「最近まで?」
「――そう、最近までよ。その家から完全に住人が居なくなったのは4年ほど前になるかしら?」
日和が首を傾げていると後ろから声がかかった。
振り向いてその姿を確認すると、黒いゴシックロリータ衣装に銀の花の髪留め、黒い日除け傘を手に持った麗那だった。
「麗那さん!どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも、師隼の代わりよ。貴女の親戚の引っ越しなのだから、ちゃんと終わるまで確認してあげなきゃならないでしょう?」
麗那は不思議そうに首を傾げて日和に視線を送ると、紫苑の前まで歩み寄る。
「それで、進んでいるのかしら?」
「わざわざありがとうございます。殆どないようなものだけど荷物は届いてるから、あとは解くだけかな。あとは…爺さんが来るのを待つくらいだよ」
紫苑はきょろきょろと辺りを見回す。
ここに来る途中で紫苑から名前だけの紹介はあったが、金詰稲椥――日和の祖父はまだ姿を見せていない。
「ふうん…まあいいわ。先に中に入って、その荷とやらを入れてしまいましょう」
麗那は興味が無いようにずいずいと建物の中に入った。
続けて日和と紫苑が入ると、玄関には荷物と思われる山が二つほどある。
その内の二つの箱を紫苑は持ち上げて日和に振り向いた。
「これとこれは爺さんのものだから持って行っておくよ。日和ちゃんは…あ、じゃあ家の中、全部確認して貰える?部屋が普通に使えるかどうか」
「分かりました」
「私もついていってあげるわ」
日和と麗那はまず端にかけられた階段へ向かった。
ずっとあるというが、どれだけ経っているだろうか。
「ここは代々置野家の規格から外れたものが住む家として使われていたそうよ。ここを貸してくれるだなんて、置野佐艮も羽振りがいいわよね」
麗那の言葉に「そうなんですね…」と相槌を打ちつつ、日和は脳内で家の状態から計算をしていた。
『規格が外れた』というのも気になるが、代々…ということはかなりの年数は経っているのだろう。
築100年はとうに越しているかもしれない。しかし充分立派な家屋である。
階段を確認しながら上がっても少し軋むだけで安定感はあり、底が抜ける心配もないようで特に何の問題も無い。
確認しながら上がりきると、廊下を挟んで扉と引き戸が一つずつ対面に見えた。
どうやら二階は二部屋のみらしい。
「右の部屋から見てみましょうか…」
引き戸の扉を開け、中を覗く。
建付けは問題ないようで、八畳の何もない部屋がそこにあった。
畳は一部分が傷んでいて、ぼろぼろになっているのを見るとその場所によく居たのか、或いは物があったのだろう。
「又はそこを通ったか…ね。この部屋の畳は取り替えさせましょうか」
思考を読んだように麗那は井草の禿げた畳に触れる。
傷んだ部分を避けて押入れを開けると橙色の石の欠片が転がっていた。
「ん…これは?」
落ちている石が気になり、日和は手を伸ばす。
しかし麗那は半眼になりながらその手を叩いた。
「こら、すぐに気になって手を出さない」
母親のように叱る麗那は直接触れないように手を真っ黒に染めると、石を摘まみ上げて観察する。
一方日和はふと、以前に石の関係でご迷惑をおかけしてしまったことを思い出した。
夏休みの買い物で得た、夜色の指輪だ。
「……これ、置野家の証石ね」
「証石?」
「儀式や祭事に使う、家の身分を証明する物よ。年末に置野正也が身に着けていなかったかしら?そうでなくても、先日の金詰紫苑が来た時にも波音や夏樹が付けていたでしょう?」
石のついたイヤーカフやブローチを思い出す。
確かに正也のつけていたイヤーカフについていた色も同じ色だったかもしれない。
「でもなんでこんな所に…」
「……置野家が管理していた元金詰家の家。ここに住んでいたのは、やはり置野家の人間だったって事になるわね」
麗那は半眼になって石を睨みつける。
置野家は術士家系として家を継ぐ人間のみ安月大原の本家に住む事ができ、以外の人間は置野の名すら名乗れない。
日和が知っている、置野の血が流れる人間は二人だ。
一人は水鏡清依、波音の父だがその名の通り既に結婚をしてしまっている。
もう一人は日和が最も近く、しかしよく知らない人物である奥村弥生――正也の双子の妹だ。
4年前であれば失踪する時期と重なるだろうか。
つまりそれまでこの家に住んでいた、という事になる。
「……弥生が生活していた家、ですか…」
「残念だけどそれを管理していたのは師隼ではないし、置野佐艮並びに置野ハルも彼女が生きていた家に踏み入れたことはないわ。家を準備したのは置野佐艮、彼の両親だから」
「そう、ですか…」
麗那の腕が元に戻っていく。
そして日和の前に石が差し出された。
「ん?」
「特に何の問題も無いようだから、貴女が持ってなさい」
「え、何でですか?」
麗那の意図が読めず首を傾げていると、麗那はくすりと笑う。
「貴女、あの子の親友なんじゃないの?」
「……じゃあ…えっと…頂きます…」
断れず、だけど内心少し嬉しくなって受け取ってしまった。
でもこれは…私が持つべきなのだろうか?
「ほら、次の部屋確認するわよ」
「あ、そうですね!」
部屋を出て、向かい側のもう一つの扉へ向かう。
中を覗くと洋室が一間、先ほどの和室と似た広さの部屋があった。
「ふうん…普通の洋室ね」
「そう、ですね…」
家具も何もない、静かな部屋がそこにある。
特に目立つ傷もなければ目立つ物は何もない、窓が一つあるだけの部屋だ。
可愛らしいカーテンがつけられている。
元々弥生の部屋だったのかもしれない。
「…行くわよ」
「あ、はい」
軽く見ただけで麗那は階段を下りていく。
下に降りると既に荷物を運び終えたらしい紫苑が立っていた。
「あ、おかえりー。二階どうだった?」
「和室の畳、交換が必要ね。私の方から師隼に伝えておくわ」
「本当?助かるー」
にこにこと爽やかな笑みを見せる紫苑に、麗那は「それで、貴方達の祖父は来たのかしら?」と訝しげな表情を見せる。
「おっかしいなあ…いい加減来てもおかしくないのに。もしかして途中で何かあったかな?」
この後日和はその祖父と初対面をする予定だ。
その祖父が来ないとは、一体何があったんだろう。
なんだかんだで1章全話を3章と同じように読みやすくなればいいなと改行を入れてます。
空気とノリで改行をしてるので部分的にわざとそうしてるんだと思ってくださると嬉しいです。
次は2章だ誤字脱字の確認も含めて頑張るぞーっ
Twitterの方で1日の活動報告を付けることにしました。
そちらで編集した分等も報告を入れてるのでご確認していただけたらと思います。




