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神命迷宮  作者: 雪鐘
枕坂編
175/681

164.金詰日和は何もわからない

 身体が妙に重い。

どうして目が痛むのだろう、どうして避けられなかったのだろう、夏樹にまた迷惑をかけてしまった、色々な言葉が脳内をぐるぐると巡る中、懐かしい匂いを嗅いだ。

 ああ、私は何をどうしていたんだっけ。

ここは何処だろう。

深く沈んでいた意識を起こして目覚めると、世話にはなってはいないが見覚えのある部屋がそこにあった。


「あ、起きたかい?おはよう」


 まだぼう、とする頭にかけて来た声は今父親となっている男性、置野佐艮だ。

銀縁眼鏡の奥で優しい目をしてこちらに向く姿が妙に()と被る。

まだ覚醒していない脳のまま辺りを見回し、ここでやっと改めて今いる部屋が置野家の客間であることに気付き、目が醒めた。


「おはようございます。私、いつの間に帰って来たんでしょう…」

「もしかして、覚えてないかな?夏樹君が君をここへ運んできたんだよ」


 佐艮がベッドの隣に椅子を準備して腰かける間、日和は自身が今まで何をしていたのか考える。

狐面として活動していて駅に行き、のりあから不審な人物がいると報告を受けたはずだ。

そして夏樹と共に自分が住んでいた家に行った。


「うーん…あ!私お仕事の途中で…!」


 倒れる前の記憶を思い出し、ベッドから降りようとすると佐艮から制止の手が伸びた。

佐艮は変わらず穏やかな表情を浮かべているが、銀縁眼鏡の奥の目がいつもと違う色に見えた。


「…そのお仕事は、しばらくお休みしなさい」

「えっ…」

「一生懸命に頑張っている顔だね。でも無理をし過ぎるのはよくない。週末になったら日和ちゃんの親戚が来るって、師隼君から聞いたよ」

「あ……そういえば、そう、でしたね…」


 そうだった。

もうそろそろ枕坂に住んでいるという金詰家がこちらにくるのだ。

日和の頭に手を伸ばして、佐艮はにこりと笑う。


「日和ちゃんはもう、親戚に会う準備をしないと。もし日和ちゃんが金詰に戻るなら、僕は父親じゃなくなるけど…そのまま父親として思ってくれて良いからね」

「それってどういう…」

「金詰がこっちに戻ってきてそれで終わり、ってことはないと思うよ。ここに日和ちゃんがいるのだから、日和ちゃんを金詰の人間として引き取るくらいの事はするんじゃないかな?」


 一応女王を倒した実績を君は持っているのだし、と佐艮は付け加える。

確かに女王を倒すことができるのならば、術士の力の無い日和だって術士として思われても仕方がない。

弥生と別れる為に行動した事だが、面倒な事になってしまっただろうかと日和は思った。

日和にとってはただ友人と別れる必要があったから、日和の手によって繋いだ手を離した。ただそれだけ。

ラニアが言っていた通り、人と妖はずっと一緒にはいられない。

 あの時戦っていた術士の皆も限界が見えていた。

だから私が、この手で、弥生を()()()()()()()()()()

その使命感で別れを告げただけ、日和にとってはその程度だ。

 だからこそあの時だけ芽生えた力はあれ以降、一切発現する気配もなかった。

たったそれだけの筈なのに、そうか、周りからすれば自分の存在はただ実力のある術士が居るということか、と納得してしまった。

本当はその後は力も出ず、全く術士になれない人間なのだとしても…会えなければ真相は分からないのだと、気付いてしまった。


「どうするかは日和ちゃん次第だけど、きっと師隼君も同じことを聞くだろうね。

 僕やハル、正也や華月の事は気にしなくていいから…日和ちゃんは日和ちゃんが良いと思う選択をしなさい。まだ、時間はあるから」


 佐艮は優しく日和を()く。

その表情を見て、言葉が口から零れ落ちた。


「……お父さんは、どうして欲しいですか?」


 くすりと笑い、佐艮は首を振る。


「それは日和ちゃんが決めないといけない事だから、僕からは何も言わないよ。その代わり、日和ちゃんが決める事だからどんな選択をしても僕達は日和ちゃんを悪くは言わない。それは約束するよ」

「お母さんや華月がいないのは、そういう事ですか?」


 今居るこの部屋は確か、佐艮が解呪を行った患者を休ませる部屋だと最初来た日に紹介を受けた気がする。

だけど家族を第一に想う佐艮は自分以外を患者が使用する部屋には極力近づけない、と使用人から聞いた筈だ。

それが証拠か、日和と佐艮以外の人間の気配は全くしない。

日和は確認に父の姿を見上げると、佐艮は困った様に笑みを溢した。


「あの二人は特に日和ちゃんを溺愛してるから、絶対「行かないで」って言うからね。そう言われると日和ちゃんはこっちに戻っちゃうでしょ?」

「それは……そう、かもしれないです…」


 日和の性格を熟知しているらしい佐艮の言葉に、日和は一切の否定はできない。

況してや金詰の家に行くという選択すら頭に入れていなかっただろう。

正直に言って今でも金詰の家に行きたいか、と聞かれるとあまり乗り気ではない。

いくら血が通った親戚と言えども、日和は日和にとっての家族を失い、今新たな家族の家に住んでいるのだ。

 だが、だからと言って置野家も今は選ぶことができない。

それはきっと竜牙を看取った今、日和は神宮寺家に住まわせて貰っているからだろう。

応援に行った正也も帰ってきていない。

日和は、自分は、どうするべきなのだろうか。

 苦悩が浮かんだ表情に佐艮の声が降りかかった。


「夜、一緒に師隼君のところに戻ろう。それまではしっかり休みなさい」


 佐艮は立ち上がって日和の頭を撫でて微笑みかける。

そしてそのまま部屋を出ていってしまった。

突然静けさがやってきて、日和は口先を尖らせる。


「むぅ……」


 この悩みは現状だけではない、内面だってそうだ。

日和だって華月やハル、佐艮の事を好意的に思っている。

好き、とは言えないのは、やはり未だに好きという言葉で纏めていいかの分からないからだろうか。

正也や波音、夏樹、置野家の皆にしても、麗那や師隼にしても、竜牙にしても、皆好意的には思っている。

 でもそのそれぞれは同じ『好き』ではない。

『好き』という言葉はなんと難解な事か、簡単に口にするのも気が引ける。

気になった物でさえ人、特に女子は『好き』というのだからなんだかもうよく分からない。

好意に思ってる人から一緒に居て欲しいと言われればそっちに付きたい。

でも新たに会う親戚に同じ事を言われたらどうすればいいのだろう。

だからこそ佐艮は選択しろ、と言うのだろうけど日和にしてみればあまりにも難題すぎた。

多分それも踏まえて聞いているだろう。




***

「お帰りなさい、日和。さて、どうする?」

「どうする、と言われましても…。私、どうしたら良いんでしょうか…」


 師隼の屋敷に戻れば佐艮の言う通りに師隼が聞いてきた。

父を失い、母を失い、祖父を失い、玲さえも姿を消し、最早家族なんてものはない。

置野の家で家族として過ごしてはいるが、魂送りの儀式からずっと師隼の屋敷に住んでいる。

ずっとどうしたら良いのかは考えたけど、当然答えなんて出なかった。

さて、どうしたものかと何も決められない頭を更に悩ませる。


「…もし君を引き取りたい、と言ったら…行ってもいいんだよ」


 師隼は真っ直ぐな目で私を見ていた。

でも私は、やっぱり分からない。


「私が行ったらどうなりますか…?波音や夏樹と私、まだ居たいです…。それに正也を待ちたいので…会うまでは、行けません…」


 やっと出た言葉が、それだった。

散々頭を悩ませて出した日和の返事に師隼はくすくすと笑う。


「かなり悩んでいるようだね。なら、とりあえずは会うべきだよ。大丈夫、何かあれば私が君を守るよ」


 竜牙との約束があるからね、と小さく呟いたが、それには全く気付かなかった。

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