表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神命迷宮  作者: 雪鐘
枕坂編
174/681

163.不祥の帰宅

 何の前触れもなく玄関の戸が開くのは置野家では()()()()()だ。

それは解呪師という仕事をしている以上、突然の来客は仕方のない事で場合によっては急がなければならないこともある。

だからこそ、いつ戸が突然開いても問題の無いよう僕自身だけでなく使用人も常に気を配っている状態だった。

それでも、どうしても驚いてしまう事はある。

例えば、想定外の珍客が現れた場合だ。


「君は…!」


 仕事の来客かと思ったが、その客がなんとも珍妙だった。

まさかぐったりとした(日和)を以前、日和の来客として来た少年が連れてくるとは夢にも思うまい。


「すみません、日和さんが怪我をしてしまって…」


 しかもその少年は反省するように暗い顔をしている。


「一体何があったんだい?まずは中へ…」

「――すまない、私もお邪魔していいかな?」


 中へ案内しようとした時、同時にこれまた珍しい声があった。

神宮寺師隼だ。

しかも一緒に耳の欠けた男、櫨倉魁我がいる。

名前でしか聞いた事のない櫨倉家の人間を、まさかこの年になって目にするとは思わず佐艮は驚きながらも日和を預かり客間へと通した。

 日和を布団に寝かせ、佐艮は魁我と師隼、夏樹に茶を出すよう使用人に指示する。

深く眠った日和は一切起きる気配がない。

簡単な施術として様子を見つつ肩に刺さっていた針を抜いた。

材質はとても柔らかく、少しだけ術士か妖か…何かしらの力を感じ取ることができたのはどういった技術だろうか。

少なくとも解呪を専門とするこの家に知り得るものではない。


「この針が…随分と殺傷能力の低い。だが、確かに刺さった場所には妖の紋が見えます。専用の物でしょうか?」


日和の着ていたパーカーは女中が脱がせ、代わりにキャミソールを着させている。

しっかりと見える白い肩には呪いの刻印がくっきりと映っていた。


「一体何の呪いか分かるか?それと出来れば解呪を…――」

「――無理ですね」

「だ、駄目なんですか!?」


 師隼の頼みを佐艮は食い気味になって返す。

膝立ちになって声を荒げたのは夏樹だった。


「ええ、この紋は…位置の特定です。これを人が打ったと言うなら…日和ちゃんが標的にされたと考えるのが一番かと」

「…っ」


 師隼の表情が青くなる。

その隣で夏樹はごくりと息を呑み、言葉を(こぼ)した。


「標的…比宝の未来の為に…」

「なんですって?」


 魁我の視線が夏樹に向き、少しだけ身が縮まった。


「あ…えと…唯花、さんは…『アレを渡した時点で決められた未来がやってくる』って言ってました…。日和さんにあの針を刺して、仕事を完遂させたって…。

 アレは多分、問題のものについてだとは思うんですけど…」

「……日和様を連れ回してはいけなかったようですね」


 夏樹の言葉を聞いてため息を漏らす魁我の様子を見るに、事態の把握が必要だと思った。

そもそも優しく大人しい、相手を憂いて待つような姫の姿が似合ってる日和が狐面をしていたというのも驚きだ。

いや、もしかしたら――自分の知らない日和の顔が現れてきたのかもしれない。

とにかく今は父として日和の状態…寧ろ、今篠崎に何が起こっているのかを知るべきだと佐艮は思った。


「…どういう事です?」

「日和さんの親代わりは今、貴方でしたね…。

 実は、判明したのは年末ですが小鳥遊家からあるものが盗まれました。場所は隣町の枕坂、相手はそこの術士家系である比宝家という家の可能性が高いことが分かりました。

 …最近日和様はお一人のみの巡回となってしまった夏樹様の手伝いに、と狐面に入られました。その延長線上で日和様はその盗みに内部が関わっているとして、その調査を自ら行っていたのです」

「狐面を?なんでそんな事…」


 ぽろりと口から零れる。

妻は当然危険に晒したくないが、それは娘となった日和とて同じ。

自身が神の使いだと分かっていて…否、そうでなくともそんな危険な橋は渡ってほしくなんてない。


「日和様はこの調査が危険だという事は理解していました。だからこそ、まず最初に私が櫨倉の人間だと分かって接触してきたのです。

 ご自分が術士の力を操れなくても狐面の術が無くても、価値のある自分になる為に自分が出来る精一杯の努力をしたい…それが日和様の決心です。

 いつまでも守られる訳にはいかないのだという目をしておりました。ですから…私が彼女にある程度の教育を施し、その上でこの任務を彼女に任せていました」


 目の前の男は存在こそ知っていたが、自分が術士として戦っていた代でも接触することは一切なかった。

日和は目の前に座る櫨倉魁我を探し出し、ほぼ姿を現すことなく隠密活動に徹する彼の心を懐柔したというのだろうか。


「…っ」


 再び眠る娘の体を見て、いつも揺れていた橙色のリボンがそこにないことに気づいてしまった。

心の拠り所にもなっていただろう、竜牙が居なくなった。その事実は日和の心に大きな決心を抱かせてしまったのかもしれない。


「……そう、ですか。その言葉が娘の心だというのなら、そうなのでしょう。今は、日和は人の心にまた少し近づいたのだと思う事にします。

 ……それで、その任務の途中で負傷された訳ですか?」

「すみません…!僕が油断していなければこんな事には…!」


 青ざめた夏樹が肩を震わせて声を絞り出す。

日和を担いでやってきたのだ、一緒に居たのは夏樹だったのだろう。

一切責めているつもりはないが、気の毒な思いをさせてしまった。


「いや、狐面の仕事は常に危険が付き物だ。こうなってしまったのは仕方がないのだろう?夏樹君が悪いとはこれっぽっちも思っていないよ。…それで、日和はなんの標的にされたんですか?」

「標、的…ちょっと待ってくれ、それは…」


 先ほどから考え事をしていた師隼は何かに気付いたように青ざめ、魁我を見る。

いくらなんでも、と口をぱくぱくとさせるが声は出ていない。

じれったい、家の力で全てを聞き出したくなる欲を抑え、佐艮は敢えてゆっくりと師隼と魁我に聞いた。


「一体…何を盗み出したのです?」

「…『四術妃の花嫁衣裳』…と言ったら、貴方には通じますか?」


 その返事は、ぎらりと掴みかかるような眼光と試すような声色が魁我から佐艮(じぶん)に向けて放たれる。

佐艮は一瞬頬を引き攣らせ、慌てるように口元を隠した。


「――すみません、ものについては、知っています」


 小鳥遊夏樹が日和を運び、神宮寺師隼と櫨倉魁我が共にやってくるなんてと最初は思ったが、どうやら何か重い問題が蔓延していたらしい。

それが明るみに出た事で師隼が青い顔をしている理由がよく解かった。

 そして、それを聞いて自分が下そうとしている判断に笑いがこみ上げる。

我ながら悪い人間だと思う。

だが仕方が無い。これは、(さが)だ。

佐艮は思わず笑いたくなる頬を押さえ、算盤を弾いて出た思いを口に出した。


「ああ、なるほど……ウチの日和を比宝家の人間にするおつもりですか。では、日和には比宝家の婚姻式に出て貰いましょう」

「佐艮様…!?」「何を…!」「…っ!?」


 佐艮はくすりと悪事を企むような笑みを浮かべてその言葉を口にした。

当然小鳥遊夏樹と櫨倉魁我は驚きの表情を見せ、神宮寺師隼に至っては眉間に皺を寄せ、信じられないものを見る目をされた。


「儀式には当然、その花嫁衣裳が使われるでしょうね。良いじゃないですか、日和ごと(さら)ってきて下さいよ」


 佐艮は満面の笑みで言う。

その姿にあっけにとられながら、師隼は言動に理解できず首を傾げる。


「佐艮殿、ご自分が何を言っているのか分かっているのか?」

「分かっていますよ。でも確実に取り返せる、またとない機会ではないですか?日和が無事かは…息子達の頑張り次第ですが」


 佐艮は笑いで()りそうな腹を撫で、あくまで平然に言う。

勿論、息子は帰ってくるんですよね?と添えて。

そしてちらりと日和を横目で見た。


「……」

「…どう、しますか?師隼様」


 絶句する師隼に魁我は迷うような視線を送る。

師隼は決断を迷っているようだった。


「……佐艮殿…日和は週末、親族に会う。彼に途端から負担になることは…」

「親族…つまり金詰家が?」

「ああ、春から高峰に代わる家となる予定だ…」


 表情を抑えていた佐艮は()()()()()を浮かべた。


「そうですか。それは余計に楽しみですね。どんな方か聞いても?」


 師隼は口ごもる。

そして目を爛々(らんらん)と輝かせる佐艮に圧されるように、言葉を溢した。


「金詰紫苑(しおん)、日和の従兄(いとこ)に当たる男だ」

「こちらの調査になりますが…比宝と金詰はつい最近まで勢力争いを続けていました。蛍様が居た頃はまだ均衡は保たれていましたが、次第に圧され始めて今や比宝が強くなり過ぎました。金詰はこちらへ逃げてくる扱いになります…」


 魁我の説明に佐艮は頷く。





「……」


 この先を聞いても良いのだろうか、と夏樹は考えていた。

だけど多分逃げ場所なんてない。

小鳥遊の血は神宮寺家に仕えないといけない。

表は小鳥遊が、裏では櫨倉が、櫨倉を裏に戻すには…多分自分が頑張らないといけないのだろう。

それがまだ15歳と、この人員の中では幼い脳なりに出した答えだった。

この行く末が、怖い。

1章2章も3章のように読みやすく編集していきます。

いつも読んでくださりありがとうございます!

Twitterフォローもありがとうございます!

これからもよろしくお願いしますーっ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 平和を守る術者のはずなのに勢力争いとは…なかなかシビアで、何があるのかと気になってしまいますね…。
2022/08/31 23:58 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ