161.情報を求めて
朝、朝食をとっていると師隼から声がかかった。
「負傷した狐面の意識が戻った」
それを聞いて共に気になっていたらしい夏樹と合流し、話の狐面の元に向かう。
庵の診察室、その隣のベッドが並べられた小さな部屋では夏樹と同い年ほどの少年がベッドに横たわっていた。
「あれ…君、前にもお世話になったね?えっと……あ、確か教室で襲われた時!」
入室してすぐ、少年の顔を見ただけで夏樹は声を漏らしていた。
ベッドに寝転がっていた少年は夏樹の顔を見た途端飛び上がるように土下座した。
どういう動きをしたのか、あまりに素早い動きだったので全くもってよく分からなかった。
「あ、た、小鳥遊様…!す、すみません、とんだ醜態を…!」
「ううん、それより怪我は大丈夫だった?」
「だだだ大丈夫です!ちょっと腹部を殴られた後に後頭部を殴られただけです!」
絶対ちょっとじゃない。正直聞いてるだけで痛々しい。
流石に表情は隠し切れなくて、今は狐の面をしていて良かったと胸をなでおろしてしまった。
情報はこのまま夏樹に頼んだ方が早い気がする。
「打撲だけ…かな?でも運ばれてここに来たんだよね…あ、相方の人、どんな人か覚えてる?」
「それが、全く覚えてなくて…でもなんとなく、女性だった気がします。記憶操作を受けるってこんな感じなんすね…」
少年はげっそりと気力が失せていた。
記憶操作であれば日和も受けている。
薄らとしか思い出せない櫨倉命のような感じだろうか。
「女性か…。何かあったらすぐに言ってね」
「ありがとうございます!…ところで後ろの貴女は…金詰日和様ですか?」
夏樹から日和に少年の視線が向く。
考え事をしていた日和の視界に突然少年の視線がぶつかって、日和は少しだけ驚いた。
「あっ…はい、そうです。どうしましたか?」
「うーん…なんとなく、なんですけど…誰かが金詰様を探していた気がします。多分、件の人じゃないかと…」
「私をですか?なんででしょう?」
夏樹と顔を合わせて首を傾げる。
何か探されるようなことをしただろうか。
とりあえずは元気そうなので夏樹と共に庵を出る。
「…怪しい動きをする狐面…多分彼と組んでたんですよね」
「そう、思っちゃいますよね…。なんで日和さんを探しているんでしょう…?」
朝食の時に確認すると彼と組んだ人物は書かれていなかった。
三上蒼汰ではないし、朴桑すみれは別の人物と組んでいた。
「皆狐の面を被ってると正直に言うと分かりにくいですよね」
「それはなんとなく感じています。でも原則互いの顔を知られてはいけないって決めてありますから…」
「さっきの彼の顔知っちゃいましたけどね。……この人物、その決まりを知っているんでしょうか?」
夏樹が少し黙って、眉間に皺を寄せた。
「……日和さん、もしかして他の人間が狐面に混じってると考えてます?」
「可能性、無いこともないですよね?」
「……このままついて行っていいですか?」
もう一度黙った夏樹は酷く苦悩の顔が浮かんでいた。
珍しく駅前まで来た。
前まではそこそこ巡回でも通っていた場所だったが、ここまで行くのは本当に久しぶりだと夏樹は思う。
通常でも最後に来たのは中学最後の日に通りかかったくらいだ。
「なんだか夏樹君を連れまわすのは気が引けますね…すみません」
「僕は別に…怪我した彼も気になりますし。それより、どうしてここまで?」
「我妻唯花さんの交友関係に一人だけ分からない人が居たんです。八島光って人なんですけど…」
腑に落ちない、と顔で訴える日和はなにがなんでも調べてやろうという顔をしている。
名前は上がっても、情報がないのが気になるのだろうか。
「枕坂の一般人の方だという情報しかないみたいなんです」
一瞬、嫌な予感が夏樹に過る。
「まさか、枕坂に向かうんですか?」
「――それはやめときなさい」
怪訝な顔をする夏樹の返事を落ち着いた女性の声が響いた。
不思議そうに日和が声の主を探すと、ベリーショートの髪を風に靡かせている女性が不機嫌顔で夏樹の後ろに立っていた。
「えっと…?」
「のりあ!どこに行ったかと思えば…――おや?」
誰だろう、と日和が思案していた女性の後ろから駆け足で寄ってくる姿があった。
朋貴だ。最近屋敷に居ないので姿を見るのは一月ほど前になる。
「朋貴さん、のりあさん、久しぶりですね。もしかして巡回中ですか?」
「ええ」「ああ」
夏樹は女性を知っているので普通に挨拶をすると二人は揃って頷いた。
初対面らしい、日和は不思議そうな顔を向けていた。
「……えっと、初めまして…ですよね?」
「…ええ、そうね。宮川のりあよ」
「金詰日和です」
目を細めるのりあは変わらずの不機嫌な表情で日和を見る。
じっと見て、一瞬だけ眉間に皺が寄った。
「色々と貴女に言いたい事がある気がするけど、まあいいわ。枕坂に向かうのはやめなさい。あそこは魔窟だから」
「魔窟…?」
のりあの言葉に日和は首を傾げる。
「何を見たのか分からないですけど…のりあさんは県外の方から来た方なんです。電車を使ってるので枕坂市の方へは気配ぐらいは感じてるみたいです」
「その気配で魔窟という事は…あまりよくない状態なんですか?」
「そういう事よ」
夏樹の説明を受けてのりあが同意している。
ということは近づいてはいけないのだろう。
それならば、これからどうすればいいのか。
「何か情報が欲しそうな顔をしてるわね。貴方達の狐…一人偽物が混じってるわ。誰も認識できない場所に住んでるみたいだから追い出した方が良いわよ」
「誰も認識できない場所?」
夏樹は首を傾げるが、のりあの指摘に日和は一か所だけ心当たりがあった。
認識できないという言い回し、「入れない」とかではなくそもそもその場所を特定できないという事は印象操作をされているのだろう。
そんな状態の場所は一か所だけよく知っていた。
宮川のりあ
9月1日・女・21歳
身長:165㎝
髪:紺碧色→空色
目:空色
東海地方から辺境の篠崎までやってきた応援術士。
持っている力はプログラムで作られた『翼』、別名自由。『鎖』を扱う和田朋貴の対の存在。
常に不機嫌な顔を見せているのは波音以上でかなりの毒舌家。暴言も吐く。
特に朋貴には強烈に厳しく、優には逆らえず、夢に至っては不機嫌な顔も向けられない。
髪はベリーショートで男性とも間違えられそうなほど中性的な見た目。
しかし肌が白くほっそりとした体躯なのでわりと女性だとわかりやすい。