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神命迷宮  作者: 雪鐘
術士編
166/681

156.姉と母

 朝、部屋の前には既に水鏡波音…いや、高峰聖華が立っていた。


「…おはよう。ノックしてくれてもいいのよ?」

「すみません、麗那様。こうやって話すのは卒業式以来ですね」


 にこりと笑う姿に調子が狂う。

虫を見るような目にならないよう押さえながら、扉を大きく開く。


「…中に入りなさいな。私に頼みが、あるんでしょう?」

「はい。…ありがとうございます」


 聖華は大人しく部屋に入り、椅子に座る。

そんな聖華に向かい合うように腰かけ、思わず睨んでしまった。


「それで、頼みって…なんなの?」


 はい、と笑顔になって聖華は身を乗り出す。


「私の力を、封印して欲しいです」

「…は?」


 素っ頓狂な頼みに耳を疑った。


「私と波音の力は同じですが…厳密に言うと、表と裏みたいな違いがあります」

「ふうん…封印自体なら、私じゃなくて和田朋貴に頼めばいいんじゃないかしら?」


 ふるふると聖華は首を横に振る。


「違うんです。そうすると、火の術すら使えなくて…時期が来たら、私の力を波音にあげて欲しいんです」

「……それだと貴女は消えるけど、いいの?」


 聖華はにっこりと、屈託のない笑みを浮かべる。


「はい。寧ろ一つの体に二つも心は必要ありませんから。水鏡波音の心が、唯一無二の存在です。高峰家…(もとい)水鏡家は、この子だけで十分です」


 小さく張った自身の胸を叩く姿には何も言えなかった。

だけどこっちだって考えていることはある。

だから聖華が求める事とは違うことをしよう、そう思った。


「……そう。分かったわ」


 席を立ち、高峰聖華を見下ろす。


「…後悔はないわね?」

「はい!」


 混ざり物のない聖華の笑み。

彼女はもう自分が必要ないと思っているだろう。

いつかは必ず訪れる、聖華が必要になるその時まで。

麗那は右腕を真っ黒に染めると聖華の口を塞いだ。

闇の力が聖華の魂を抜き取って、体がふらりと倒れこむ。

そしてそれを、波音の体に刻みつけた。

籠の中に、聖華を押し込めて別の形で封印した。




***

 朝起きて麗那の部屋に行くと、既に波音がそこに居た。

メイドの衣装を身にまとった心音が紅茶を淹れて麗那に渡していたが、すぐに日和に気付いて新たに紅茶を淹れに行く。


「ふふふ。おはよう、日和ちゃん」

「おはようございます、麗那さん…。波音も早いですね。お誕生日、おめでとうございます」


 優雅に淹れたての紅茶を口に運ぶ麗那と違い、波音はただ大人しくそこに座っている。

ゆっくりと視線が目の前の紅茶から日和に移って、にこりと微笑んだ。


「おはよ、日和。…今日はね、私波音じゃないの」

「え?」

「お父様も前、そうやって呼んでたでしょ?誕生日の今日だけは…私、高峰聖華って名前なのよ」

「高峰…」


 そういえば波音の家と玲の家で苗字を交換したのだと前に教えてくれた。

水鏡波音という名が馴染みが深いので、忘れてしまっていた。


「まあ、見たらわかるわ」


 そういう麗那は横目で波音を見る。

波音は片手を出すと、じっと手のひらを見た。

しかし、そのまま何も起きない。


「……?」

「今日はね、私何も出ないの。術士の力が使えない日」

「え…なんでですか?」


 波音の代わりに麗那が口を開いた。


「子供の頃の誓約よ。前当主の霜鷹が波音に力を使わせないように施したの。

 強い力を制御する為に名前を変えた。ずっと制御するには体が()たないから休息期間として誕生日の日にだけ、こうやって力を使えない日を設定したのよ」


 説明する麗那の横、波音は何も言わずその場で静かに座っていた。

何か言いそうなものだが人が変わった様に大人しくしている。


「その…大丈夫なんですか?」

「何がかしら?」

「体とか、力とか、色々…」

「ふふふ、心配しているのね。大丈夫よ。今日一日だし、誓約は今年が最後だもの。貴女が気にするようなことではないわ」


 麗那はくすくすと笑ってさらりと答える。

そして視線を波音に移し再び口を開いた。


「これで分かったでしょう?金詰日和がどんな人間なのか。貴女はもう少し人を信用しても良いんじゃないかしら?」

「……日和がどんな子かなんて、分かってるわよ」

「いいえ、分かってないわね。ほら、この顔…ものすごく心配してるわよ?」


 ぴっ、と日和を指差す麗那は可笑しそうに笑っている。

波音は日和に視線を向けると、少しぶすくれて頬を赤くしていた。


「そ、それは勿論心配します…!だって、波音は親友ですし…」


 ぐむむ、と波音の表情が歪んだ。

それを見て麗那はくすくすと笑い、良い事考えたと言わんばかりに白樺のような白く細い人差し指を立てた。


「せっかくだから貴女達、お泊り会でもすれば?」


 その提案に波音は「は?」と素っ頓狂な声を上げ、日和は首を傾げた。





 さて、波音は麗那に言われるままに父に連絡をすると、即座に二つ返事の了承来た。

そんな直ぐに連絡が来るとは思ってもみなかった。

 早速波音は日和を連れて家に帰ってくることになったのだが…正直日和が1日分の準備をするだけで終わるので、簡単に言って波音がおまけつき(日和)で家に帰ったのと何も変わらない。


「わあ…お洒落な家です…」


 今までの和風な家とは打って変わって波音の家は洋風で立派な庭のある、そこそこ豪邸な家である。

目の前に広がる景色に日和は明らかに興味が沸いて、いつもの病気が雰囲気からにじみ出ていた。


「ふふふ、聖華の家、楽しみです!」

「一応言っておくけど、何もないからね…?」


 日和には今日一日は聖華で呼んでもらうよう頼んだ。

屋敷の人間もそう扱うはずで、何故か今日に限ってはそれが少し恥ずかしい気もするが波音は気にしないことにする。

 波音は呼び鈴を鳴らし、「はい」と短く出た声に「聖華です。帰りました」と告げた。

カチャン、と軽快な音が鳴り門が自動で開く。

それですら日和の表情筋が動いた。

開いた口が塞がらない、といった顔をしている。


「…行くわよ」

「はい!」


 歩き出した波音に日和はついて行く。

門の先はすぐ右側の階段を上がるよう示している。

一つ角を曲がればまっすぐに伸びていると思った階段は左にカーブを描き、右側の塀はツタが垂れ下がって既にお洒落な装いが見えている。

左の壁は段差を上がるにつれて綺麗な庭園が顔を出し、視界一杯に広がった。


「わあ…すごく綺麗です…」


 ぐるりと囲むように壁掛けの植木鉢のついたラティス、プランターには多分数種類のハーブが並んでいる。

花壇には春の花が咲き乱れて、思わずため息が出そうな程の景色が洋風の豪邸にとても似合っていた。


「お母様の趣味よ。毎日商店街の花屋に行って買っているの」

「そうなんですね!とても綺麗です!」

「世話は半分以上使用人だけどね」


 中央にはデッキチェアーとテーブルが添えられ、階段から玄関までを石畳が道を作り、途中にはアーチがある。

そこでティータイムでもしていれば深窓の令嬢になれるだろう、そんな雰囲気の空間が広がっていた。

そして面白いのが、階段の石畳を挟んだ対面側だ。

堅苦しそうに大きく立派な桜の木が既につぼみとなって、鎮座していた。

奥には松の木が並び、左側とは打って変わって和風の空間だ。

殆ど洋風の家だというのに何故右側の庭は和風なのだろうか、波音は日和の思考を読んだようにくすりと笑う。


「こっちは前の家の名残。生き残ってたからわざわざ連れて来たの」

「そうなんですね…どちらも綺麗なお庭です」


 確か波音が子供の頃に家を焼いたので建て直した、と言っていた。

当時の庭の植物がそのまま移設されてきたらしい。


「お母様の趣味よ」


 同じことを二度も言われてしまった。

波音は「開けるわ」と声を掛けて大きな両開きの扉を開く。

目の前にはエントランスとも言うべき広い空間が目の前に広がって、日和は再び「わぁ…」と声を洩らすしかない。

薄い段差を超えた先の広いフローリングはソファーとイスが置かれ、正面の壁はガラス張りで奥にまた庭園のような庭が広がっている。

波音が最後の術士のお宅になるが、やはり旅館のようにさえ思ってしまうのは水鏡家も例外ではないらしい。


「…聖華」


 ソファーに座っていた、赤と金糸で彩られた豪華な着物に身を包んだ女性が立ち上がり、静かに波音を呼ぶ。


「……お母様、ただ今帰りました」


 波音は女性の前で頭を下げ、ゆっくりと体を起こした。


「儀式は滞りなく、終えたのですね?」

「はい」

「そちらの方は?」


 つり目の厳しい視線が波音から横にずれて日和に向かう。

緊張していそうな波音だが、日和でさえも睨むような視線に一緒になって緊張してしまった。


「友人です。今日ここに泊まる事になりました。…お父様から聞いてはいませんか?」

「金詰日和と申します。は、初めまして…!」


 波音の母は「ああ…」と声を溢した。

話は通っていたらしく、日和は頭を下げて名乗ると母・蓮深(はすみ)の体がぴくりと揺れて赤々とした目がゆっくりと見開いた。


「金詰…?まさか、貴女が蛍さんの…?」

「あ、はい…そうです」


 頷く日和を見て目尻が下がり、優しげな表情に変わる。

波音も表情豊かな人物だと思うが、この母親も十分表情豊かに見える。

蓮深は目を細め、小さく微笑んで日和をじっと見つめた。


「そう、貴女が…元気そうで何よりだわ。何もお構いできないけれど、ゆっくりしていらして」

「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」


 ぺこりと日和が頭を下げると、蓮深は燃えるような赤い髪を揺らしながら何処かへ去っていく。

緊張が解け、波音の肩が下がった。


「…今のが聖華のお母さんですか?」

「ええ、そうよ。あの人は比較的貴女のお父さんと仲が良かったから、思う事があったんでしょうね。…お父様にも挨拶しなきゃ」

「清依さんですね。いつもは何処に居るんですか?」

「いつもは書斎に引き籠ってるわ。今も居るんじゃないかしら」

水鏡蓮深


8月15日・女・36歳

髪:深紅

目:紅色

趣味:花を生ける事・ガーデニング

好きな物:花・綺麗なもの


燃え盛る様な髪が魅力の波音の母、現当主。

いつも着物を着こなすけど洋装も好き。

日和の父・蛍には割と本気で恋をしていた乙女だけど、今は清依と落ち着いて夫婦をしてる。姐さん女房。実は毎晩明日の運勢やラッキーカラーを占ってもらっている。(その色の花を翌日活けている)

自分にも周りにも厳しいけど一切気にしない。だってそれが高峰家だから。(名前を変えたことはわりとコンプレックスとか汚点のように思ってる)

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