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神命迷宮  作者: 雪鐘
術士編
148/681

138.懐柔

「金詰、ちょっといいか?」

「あ…はい」


 波音と共に教室で弁当をつついていたら、担任に呼び出された。

儀式から戻ってきて一週間。

冬休み前からずっと行っていなかった学校にやっと通うようになり、授業は正直に言うと身が入らない。

そういえば教師から呼び出されるのは高校になってから初めてではないだろうか。


「日和、何かしたの?」

「うーん…どれについてかな…」


 教師が突く話題になりそうなものは沢山ある。どう言われようと仕方がない状況だ。

何について言われるのか分からない不安を感じながら、日和は職員室へ向かう。

先生は日和を見るなり机の書類を手に取って隣の準備室に入る。

コーヒーを淹れて日和へ向き直った。

さて、話の内容は9月から増えた休みの事なのか、ぎりぎり間に合わなかった学期末テストを受けなかった事なのか、それともまた別の要因か。

不安があったが呼び出しは意外なものだった。


「金詰、君が今回休んでいる間に置野の父親から連絡を受けたんだが…知り合いなのか?」

「えっ佐艮さん…ですか?」

「なんでも金詰の両親が亡くなったから引き取る事にした、と聞いたが…本当か?」


 どうやら儀式で竜牙に会っている間に、佐艮が色々手続きをしていたらしい。


「あ…はい、そうです。その、佐艮さんは父の友人でして…私の親族は分からないので…」

「そう、か…。答えづらい事を聞いたな。すまん」

「いえ、今までご連絡しなかったので…」


 先生の顔が申し訳なさそうに歪み、ぽりぽりと頭を掻く。

そして手元にあったコーヒーを飲み干して息を吐いた。


「仕方ない事だ。教えてくれてありがとう。

 それから…学期末テストの事だが、金詰の出席日数は足りているし、成績も中間は微妙だったが期末テストでは普通科でもトップ、特進でも余裕のレベルだ。だからそのまま進級という事になった」

「え…大丈夫なんですか?」

「問題はない、気にするな。何かあればちゃんと言えよ?」

「はい、ありがとうございます」


 先生はにっ、と笑うと心配そうな表情で眉を歪ませる。


「ご家族の事で寝込む程だ、あまり無理するなよ?」

「え?あ、はい……」


 冬休みから継続して休んでいた理由がどうなっているのかすごく気になった。

儀式をしている間に佐艮が来ていたと言うし、その間でそういう話をしていたのかもしれない。


「では何かあれば置野の家に連絡を入れるからな」

「はい、分かりました。では失礼します」


 教師の話が終わったらしく、日和は職員室を抜けて廊下に出る。

目の前では波音が腕を組んで誰かと話をしていた。

戻って来た日和にすぐ気付いた波音は心配そうな表情を浮かべる。


「…あら日和、話終わったの?」

「あ…うん、終わったよ」

「大丈夫だった?」

「うん、特に問題はなかった。テスト、パスだって」


 にこりと笑顔を向けると波音は安心したように「そう」と相槌を入れる。

すると波音と話していた女子生徒が少し驚いた顔をして日和に顔を向けた。


「へー、あなたって秀才なのね?容姿端麗、頭脳明晰、非の打ちどころ無しね」


 じろじろと日和を見てくる視線はまるで品定めのようだ。

二つに括った墨色の髪、墨色の目は日和の視線に合わさった。


「あの…?」


 女子生徒の胸リボンが紅色だ。

最上級生らしい。


「でも残念。いつものリボンつけてる姿が見たかったな」

「えっ、あの、波音?この方は…」


 一体誰だろうか。

日和は今までに会った人間を脳内検索するが、未だに人の顔と名前を覚えたとは言い切れない。

更に学年が違えば尚更だ。

混乱する日和に波音は小さく息を吐く。


「…麗那先輩の御親戚」

「初めまして、私有栖(ありす)心音(ここね)っていうの。ねえねえ、波音と仲良いの?」


 心音はにっこりと眩しい笑顔を向ける。

苗字も同じ、親戚という心音は魔女と称される麗那とは全く正反対だ。


「え、あ、はい…えっと…?」

「私手芸部の部長なんだけどさ、手芸に興味無い?

 範囲は何でもいいよー。編み物や縫い物、制作物もいけるよー。文化祭では作った作品を出品して、実際に買って貰ってたの。ねえ、文化祭は来てくれた?」


 心音は早口でウキウキと話す。

その目は本気の勧誘だ。


「心音先輩、その子私より休んでたから」

「波音だってそれくらい休むべきだったんじゃ?」

「うぐ…。仕方ないでしょ、穴埋めを一人減らしちゃったんだから…」


 心音の指摘に波音の言葉が詰まる。

日和は宴会をした数時間前に波音が動けるようになったと聞いてたのは気のせいだったのだろうかと少し自分を疑った。


「ま、ちゃんと代わりに来て店番してくれたのは感謝しといてあげる。それで波音は手芸部入ってくれるの?」

「ええ、入るわ」

「やったね!それで、日和ちゃんはどう?」


 ぐるん、と波音に向かっていた顔が日和に向く。

その表情は期待と希望に満ち溢れていた。

部活動…には言うほど興味は無いのだが、日和には入る理由も断る理由もない。

どうしようか悩む暇もなく、波音を視線に入れた日和は口を開いた。


「えっ?あ…じゃあ波音が入るなら……お名前、教えましたっけ?」

「知ってるから大丈夫ー。よかったら今日にでも見学来てよ!家庭科室の半分使ってるからねー」


 じゃあまた、と心音は大手を振って廊下を駆けていく。

途中通りすがりの教師が「有栖、廊下を走るな!」と指摘していたのを「ごめんごめーん」と軽く流していた。

嵐のような人だ。


「えっと……」

「ああいう人なの。日和のリボン、あの人が作ったものよ」

「なるほど、そうだったんだね」


 それで『つけてる姿を見たかった』と言っていたのかと納得する反面、ちゃんと覚えられていたのが少し恥ずかしい。

だけどまだ、あのリボンをつけるのは気が重かった。

波音は「用事は終わったんだし、行きましょ」と歩を進める。


「うん。…部活、かぁ…」


 記憶の隅に居た、しばらく前に消えた兄の存在が少しだけ、ちらついた。



***

 隣からいい匂いが漂ってきた。

甘くて、完成したものはまだ視界に入ってないのに口の中に唾液が溜まる。


「本当に来てくれてありがとー!今隣がお菓子焼いてるからついでに貰い放題だよ☆」


 心音は楽しそうに、語尾に星が付いていそうな輝いた明るい話し方で言い放つ。

どうやら家庭科室は料理研究会と手芸部が一緒に使っているようで、その為に隣から作ったものをお裾分けされたり、こちらから作ったものを横流ししたりしているらしい。

 料理研究会は皆エプロンをしているが、手芸部のお手製だと心音が言っていた。


「日和は向こうでもやっていけそうね」


 最初に日和が思った事を口に出したのは波音だ。


「確かに、思いましたけど…」

「あ、じゃあ来年はもう家庭科部にしちゃう?」


 手芸部部長・心音が早速来年の舵切りを始めた。


「えっいや、あの…」

「大丈夫大丈夫、前々からそんな話結構あったんだよ。なんならいっそ文化祭も手芸カフェしない?みたいな話もあったくらいだし」


 にこりと話すのは料理研究会の会長らしい。

見た所、手芸部は日和と波音を入れて八人程、料理研究会は五人程だろうか。

確か部活の区分けは五人と顧問の教師が居るかどうかだったような気がする。

という事は、料理研究会は顧問の教師が居ないらしい。


「それなら久留実(くるみ)先生、こっちのついでにお料理研究会監視しなくても済むね。どうせ一緒だし、やることも変わらないだろうけど」

「じゃあ来年からは家庭科部として活動しましょー。どうせ私達3年が居なくなれば部として成り立たなくなっちゃうから、丁度良いね」

「それはお互い様ね。皆がいいならそうしましょ」


 どうやら手芸部も最上級生が卒業してしまえば人数不足らしい。

誰も異を唱える事は無く、勢いに乗って目の前で新たな部活が設立されてしまった。

 そんな訳で日和はまたかぎ針で編み物をしている。

波音に教えて貰ってからは毎日続けていていた。

最近は形になって、昨日は初めて花を作った。


「へー、金詰さんは水鏡さんから教わったのね。形は綺麗だし丁寧で、お店のものみたい」


 そう言うのは隣の椅子に座る女子生徒、樋口と名乗りリボンは緑で一つ上の学年らしい。


「一方波音は雑な所はあるけど早く作るし迷いが無いわね。やっぱ誘ってよかったー」


 にこりと笑うのは心音だ。


「おーい、できたよー。今日はマドレーヌだ!」


 料理研究会の方からお菓子が流れてくる。

先ほどの生地の香りとは違う、出来立ての甘い香りがふわりと広がってその場の全員の表情が変わった。

一人一つずつ流れて、波音と日和の前にも出来立てのマドレーヌが配られた。

二人は手を止めて一口頬張る。


「かりっとしててバターの香りがとても広がります…」

「んー…こういう作業みたいなことしてると甘い食べ物ってなんでこう…癒されるのかしら」


 一瞬で日和と波音の頬が緩み、周りはその姿ににやにやと笑っている。

心音は分かりやすくガッツポーズを取り、「よし、堕ちた!」と小声で笑った。

どうやら一度入ったら抜け出せない魔の区域だったらしい。


「編み物が出来て、気兼ねなく料理が出来るって…最高の空間ですか…?」


 日和の中で何かのスイッチが入ったようにうずうずとしだす。


「まあ、あんたの所ではやりにくそうよね…」


 置野家で少しだけ料理をさせてくれたが、正直に言うと慣れないのもあり居心地が良いという訳ではなかった。

ここならば好きにさせてくれるような気もする。

 そこへ突然家庭科室の扉が開き、人が一人増えた。


「――失礼するわよ」

「あれ、副会長じゃない。どうしたの?」


 最初に気付いたのは心音と同じ3年の生徒だった。


「ごめん。私、私ー。何、もう生徒会終わったの?」

「ええ、ついでに寄ってみたのだけど…まさか日和ちゃんと波音が居るとは思わなかったわ」


 現れたのは麗那、心音はその隣に寄る。


「麗那さん…お久しぶりです」

「麗那先輩、お忙しいようで」


 日和と波音が一緒に挨拶をして、麗那は「ふぅん…」と興味を持った目を向ける。


「貴女達、ここへ入る事にしたのかしら。…確かにお似合いかもしれないわね」

「私が誘ったんだよー」


 心音の言葉に「なるほどね」と麗那は呟く。


「波音、貴女はあとひと月ほどだけど…準備は出来ているの?」


 波音はぴくりと肩を震わせる。


「……ええ、出来ています。先輩が卒業する頃には一度辞める予定です」

「そう。ならば安心したわ」

「…?」


 波音の表情は少し重い。

その意味を理解したのは、麗那達が卒業した後の話だ。

久しぶりの学校パート。

男子はネクタイ、女子はリボンで学年が分かります。

3年:紅 2年:緑 1年:青

次年1年生の夏樹君は卒業していく3年生の紅色ネクタイ…!

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