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神命迷宮  作者: 雪鐘
術士編
129/681

120.年末

『この地は呪われた大地だ。各地で生まれた妖が町を通って成長し、この地に流れ着く。

この地は試されし大地だ。なればこそ、女王となった妖を倒せるほどの力を持たねばならぬ』


 それは誰の言葉だったか。それは過去の自分だ。

一番最初の神宮寺師隼となりえる転生体が篠崎に生まれ、未来を見通すために、後世の自分たちに指標を与えるために伝えた言葉だ。


「…あぁ、面倒くさい…」


 何十回も何百回も聞いた言葉が脳内を巡る。

まるで呪縛。

だが、目を背けることはできない。

人の上に立つ者が弱音を吐いてはいけないし、物事を軽く見てはいけない。

常に意識しているし、常に刻みつけなければいけない。

一人の術士だが、この地の術士を取り纏める者としてもある。

誰一人欠くことなくこの町に安寧をも(もたら)さないといけない。

上に立つものは常に強く、正しく、それでいて部下や守るべき者達に絶望を与えてはならないのだ。

 それなのに、既に欠けている。


「師隼、また眉間に(しわ)ができてる」


 ふいに声をかけられ、目の前に茶が出される。


「麗那…すまない」


 湯気の立つ、まだ熱い茶を喉に流し込むと湯呑みを取りまた淹れに行く。

有栖麗那は高校3年、うちの上級生の術士だ。

卒業すれば入籍し妻になる予定だが、既に夫婦同然の関係のように彼女はほぼ住み込んでいる。


「師隼は生真面目さんなんだから、霜鷹(お兄)さんみたいに…光で焼かれちゃうわよ?」

「それは困るな。まだまだやりたい事、やらなきゃならん事が山積みなんだ。お前の力でなんとかできないか?」

「ふふ、真っ暗な闇の底に沈めることなら得意よ」

「私が使い物にならなくなりそうなら、頼むよ」


 麗那の体から溢れる力がゆらりと揺れる。

金詰日和レベルの力を制御しきったこの女性は菖蒲色のワンピースを揺らめかせた。

裾の黒いレースが舞う。

妖艶に笑う、まるで魔女のような姿。


「皆頑張ってて忙しそう。私も混ざりたいわ」

「君がそう言うと、本当町が真っ暗になりそうだよ」

「そうね、やめとくわ」


 黒壇の瞳、暗黒色の飲まれそうなほどに黒く長い髪、性格は好戦的で挑発的。

私とは何もかもが真逆な彼女はくすくすと笑う。

その仕草は令嬢そのものだ。


「やっぱり、高峰玲の事かしら?」

「ああ…そうだな…」


 高峰玲は帰ってこなかった。

咲栂(さきつが)が、妖になってしまったのかもしれない。

術士は力を式に送り、式はその力を発揮する。

逆に式の力が術士へ流れ込めば、術士は式の力が扱える。

式が妖になり、術士へ流れ込めば……高峰玲は、妖になるのだろう。

処刑台の気配が強くなってきた時から彼の様子がおかしいのは気付いていた。

だが、そのフォローは出来なかった。

それがこの結果を生むのなら、最初から無理やりにでもサポートなり止めるなりしておくのだった、と師隼はずっと後悔している。

 そして年越しが近づいてきた今、とても面倒な事態が近づいている。

手に持つ書類が、今の頭痛に胃痛の原因だ。


「1月10日から応援、か。…わざわざこんな時に、気が重い…」


 一枚の紙は五人いる宗家の一人、東京の分倍河原(ぶばいがわら)から届いた。


『1月の10日から約二か月の隣県地域周辺の応援、理由は妖の増加と強化、それに伴い術士の不足のため』


 篠崎に応援に来るならまだしも、篠崎から応援を出すというのがわからない。

分倍河原だって、こっちの人員は四家で賄われているのに一人足りないことくらい知っているだろうに。


「誰に行かせるの?」

「そんなの、正也しかいないだろう。波音は駄目だ。ここはこれ以上人員は()けないのに…。

 しかもこの時期だ、タイミングを考えれば一時的に夏樹のみになる。そうなると朋貴にサポート範囲の拡大を頼むしかないな」


 年明けに受験を控える夏樹に応援は行かせられない。

波音は時期が悪い。夏ならまだしも、冬場であれば冬眠してしまっている。

今ですら無理に動いてもらっているというのに。

 選択肢のない注文に、さすがにため息しか出てこなかった。

隣の麗那はくすくすと笑いながら不思議そうに首を傾げる。


「あら――彼だけじゃなく、対の子が居るじゃない。折角来てくれてるのだし、朋貴ごしに聞いてみたらどうかしら?」

「彼女は接触を未だ嫌がっているが…聞いてくれそうかい?」


 どうやら宮川のりあの事を言っているらしい、麗那はにっこりと笑った。


「ふふふ、妖退治は喜んで張り切ってくれるわよ」


 既に会ったことある口ぶりだが、敢えて突っ込みはしない。

互いの行動に口は出さない、そういう約束だ。

それよりも、今は出来るだけ戦力がほしい。


「それならいいが…」

「気が重いのは、それだけ?」

「ん?」


 麗那はくすりと含み笑いをする。

口元の手が嫌に艶めかしい。


「だって、1月10日だなんて…まるで計ったようじゃない」


 麗那の言葉に笑ってみせる。


「……そんなの…まさか?」


 だが、笑えない。

可能性を否定しきれない。


「よりによって、この時期に?元々冬場は妖が増えるし強力になる。だから…」

「だから、高峰玲が居なくなって、置野正也も居なくなって、次は水鏡波音。うちはどんどん減るわね?」


 ぞわりと、嫌な予感がした。

得体の知れない何かが近くにいる。

そんな気配すら感じてしまう。


「……麗那、次は…どこだ?」


 麗那はにたりと笑う。


「そういう時のいい人、知っているわよ」

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