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神命迷宮  作者: 雪鐘
術士編

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115.足りない何か

 突然小鳥遊杏子は白い布に包まれた長い物を持って現れた。


「置野正也、よくて?」

「……何」


 警戒した波音と距離を置く夏樹から離れ、杏子は銀縁眼鏡を持ち上げた。


「貴方の式、竜牙ね?」

「…知ってるのか」

「残念ながら小鳥遊っていうのは()()()()()なの。神宮寺の『転生者の人質』…あの男は興味がなくて何も知らないから放置されてたけど、文献でも道具でも何でも蔵にあるわ。

 貴方はあの男についてどこまで知っているの?」


 人質については何を言っているのかよく分からなかったが、竜牙についてならとてもよく分かる。

あの男…とは、父親である小鳥遊総一郎の事だろうか。


「……記憶は全部見た」


 杏子の視線がきりっ、と強くなった。


「そう、なら竜牙は何なのか分かってるのね」


 俺は返事をする必要は無いと思い、頷くだけにした。

杏子は白い包みの物を持ち上げる。

そこそこに長いものだが、持っているものが何なのかは分からない。

話の流れ上、竜牙に関する物だろうなとは想像がつく。


「私は今からあの男にこれを渡すわ。…彼は先代で魂送りされる予定ではなかったかしら?」

「…そう。でも父上が、俺を最後に仕えるよう命じた」

「ふうん…まあいいわ。じゃあ覚悟して決めなさい。

 金詰日和をどうするか…お相手の巫女として出すのか、出さないのか。出せばあの子の力は術士のみになる…と予想しているわ。

 出さなければ加護の力は残るでしょうね。今後使わず生きても、寿命はせいぜい5年といった所かしら」

「延命…できるの?」

「小鳥遊家の金詰日和に対する気持ちを集めてそれくらいよ。もっと少ないかもしれないけど。さあ、どうする?」


 眼鏡を通して向く視線は『覚悟を決めろ』と訴えてくる気がした。

加護や祓いの力には今後頼れないという事だろうと思う。


「…竜牙の相手に日和が行って…加護の力が残ってるって事は?」

「あの男がわざわざそんな力を残すと思っているの?竜牙…(もとい)、『鳳来(ほうらい)白夜(はくや)』という名の男は相手が苦しむくらいなら、辛い運命を背負わすくらいなら、簡単に命を切る潔い男よ」


 思惑通りにはいかなかったようだけど、と杏子は付け加え、「どうする?」と再度聞いてくる。

竜牙として生まれる前の、竜牙の最後の記憶が浮かんできた。

一緒に過ごしてきた人間の首を両手で絞める、生々しい記憶だった。

確かに、そういう人間だと思う。


「……分かった、日和を出す」


 竜牙は誰も呼ぶなと言っていた。

だけど、やっぱりそれはできない。


「分かったわ。…これであの男も神の力を捨てて普通の人間として生まれ落ちるのでしょうね」

「え、ちょっと待って」

「…何かしら?」


 杏子が不機嫌気味に見下ろしてくる。


「二人とも、力が無くなるのか?」

「寧ろ今から金詰日和の足りない分を補填しなきゃいけないのだけど。……お前は竜牙の記憶の中で何を見た?」


 呼びが貴方からお前に変わった。

そんなこと気にしてる場合じゃなかった。

再度竜牙の古い記憶を掘り起こす。


「この世界では何度も同じ魂が巡って…出会う…。けど竜牙は、血の呪いがあるからもう日和に会えないんじゃ…」

「血の呪い……じゃああの男も身内となるのか…。だったら、今が奇跡の瞬間という事ね。もうすぐ奇跡が終わるのだわ」

「……」

「さて、この話はおしまい。私はもう京都へ帰るから、あとはお前のやるようにやりなさい。あの男を式神にした責務ね」


 杏子は俺の横を横切って日和のいる部屋へ向かっていく。

俺は…何を、どうしたらいいのだろう。


「正也!こんな所にいた」


 色々考え込んでいて、後ろから声がかかった。


「…波音」

「何してんのよ。あれ、小鳥遊杏子は?」

「…もう行った」

「そう…。話、結局なんだったの?」


 波音は怪訝な顔を浮かべている。


「……竜牙の忘れ物、渡しに来ただけだって」

「ふうん、まあいいわ。ほら、戻るわよ」

「ちょ、波音…」


 波音に手を引っ張られて戻される。

夏樹も心配そうな表情になって待っていた。


「あ、正也さん…変な事されませんでした?」

「…大丈夫。…京都に戻るって」

「そう、ですか…」


 しばらくそのまま、黙って待っていた。

俺は頭を切り替えて、考えるのをやめた。


「……!」


 風が止んだ気がした。

同時にふっ、と式神の気配が消えて、正也は日和の眠っている部屋に視線を向ける。

そこには師隼が立っていた。


「ん、よく気付いたな」


 師隼は飄々とした表情でそこにいる。


「……竜牙が」

「ああ…しばらくすれば…戻ってくると思うが…」

「そうじゃ、なくて」


 正也の表情がみるみる心配へと変わり、師隼は正也の頭に手を乗せた。


「大丈夫だ。少し…力を使い過ぎただけだろう」

「……」


 正也の胸騒ぎは落ち着かなかった。

あと一か月もすれば居なくなるのに、もう会えなくなるんじゃないかと思う程の不安があった。

程なくして日和が目覚めたと言われたが、師隼に呼ばれたのは正也のみだった。

少し不安を感じながら日和のいる部屋に正也は向かう。


「ま…さや…」


 同じように何かを感じ取ったように、中に居た日和は涙を流しながらベッドの上で座っていた。


「…日和、大丈夫?」

「……すみません、私……竜牙を死なせてしまったんでしょうか…」


 ぼろぼろと涙を流す日和の傍に正也は寄り、足元に落ちていた何かを拾い上げてポケットに突っ込む。

日和に向き直って、泣いている日和の様子を見た。


「中で、何があった?」

「…覚えてません…。でも、薄ら目を開けたら光が消えて……そこに、竜牙がいた気がして…」


 竜牙は消えていた。

姿形も、気配も、何もかも。

師隼はしばらくすると戻ってくると言っていたけど、何の確証もない。

竜牙に関しては、何の返事もできない。


「…そう、か。…日和は、大丈夫か?」

「大丈夫、です…」


 日和の表情は沈んでいる。

(そういう表情は見たくないと、思っていたのにな)

ふと悔しくなって、悪態が口から漏れる。


「……妖に襲われて死にかけて、術士の力が原因で死にかけて、加護の力で死にかけて、既に一度死んでるし…日和は忙しいな。…あ、そういえば最初は術士と思われて死にかけてた」

「う…すみません……」

「今日は戻れる?」

「も、戻ります…!心配かけてすみません」


 困り顔で日和は笑う。

まだ、その方が良い。


「じゃあ帰ろう」

「あの…はい…」


 日和の手を引くと、思いの外すんなりとベッドから出てきた。

体調に関しては問題ないらしい。

そのまま部屋から出ると波音と夏樹、師隼は少し驚いた顔をしていた。


「お…もう大丈夫なのかい?」

「すみません、またお世話になってしまって…」


 日和は師隼に頭を下げる。


「何かあればすぐに頼りなさい。どうせこれから何度も世話になるだろう?」

「よ、よろしくお願いします…」


 日和の返事に師隼は満足そうに頷く。


「もう帰れるのなら、気を付けて帰りなさい」

「はい、ありがとうございました…」

「ほら、波音達も」

「むぅ…わかったわ」

「では…お疲れさまです…」


 そのまま解散する事になった帰り道、日和はずっと俯いていた。

どう声をかければいいのかは分からない。

家に戻る時には互いに目も合わせなくなって、日和は先に部屋へと戻った。

 心がもやもやとしていた。

結局どうにもできず、普段の感覚では足りない部分が余計に不安になった。


「……そういえば」


 さっき拾ったものをポケットに入れていた。

それを取りだし、なんだったのかを確認する。


「これは……」


 千切れたように切れた元一本の紐、竜牙の髪紐だった。

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