10.変化する日常
朝起きて、日和は何をすることもなくベッドに転がっていた。
今日は土曜日なので学校に行くことも無い。
頭も心も空っぽのまま、時間を食いつぶしていた。
そして昼間になって、倦怠感のある体を引きずり階段を降りる。
居間に顔を覗かせると、正面で一瞬こっちを向いて微笑んでいる姿がちらついて、掻き消えた。
祖父が座っていた椅子は日和の視界で色褪せて、温度は冷えた。
また暗い中、机の下で震えるような気力はないが、まるで子供の頃に戻ったようだった。
昨日、祖父が亡くなった。妖という存在に、殺されたらしい。
そして妖に殺された人間は通常葬儀を行わないらしく、昨日の公園で会ったのを最後に別れてしまった。
父はあの時、どうやって死んだのだろう。
相変わらず、あの時の犯人の姿は記憶にない。
日和は何も言わず、何もせず、2階へ戻り、ベッドに臥した。今はもう、何も考えたくない。
「…、日和ちゃん…」
いつの間にか寝ていただろうか、身体を揺り動かされる。
ゆっくりと眼を開くと夕方独特の赤い光が窓から目を射して、長く寝ていたことに気付いた。
「日和ちゃん、起きて。…起きた?」
視界の端で影が現れ、ゆっくりと視線を向ける。
そこにはいかにも心配した表情の、玲がいた。
「……にーさん」
「良かった、生きてた」
視線が合い、安堵の表情を向けられる。
「逆にこの1日で死んでたら困るわよ…」
女性の声がどこかで聞こえ、扉の方へ視線を移すと私服に身を包んだ波音がそこに、立っていた。
いつもの腕組みに、表情はトレードマークの不機嫌顔だ。
「……波音」
「日和ちゃん、大丈夫?ご飯食べてる…?」
玲はまだ心配足りないのか、矢継ぎ早に聞いてくる。
しかし日和は未だ、答える気分も気力も無かった。
一先ず、首を横に振った。
「だと思った。下で借りたから、ちゃんと食べて。ほら、波音もそこに立ってないで」
「……わかったわよ…」
玲が体を横に退けると、テーブルの上に立派な和食が既に3セット並んでいる。
ご飯に味噌汁、焼き魚、白和え・煮物・卵綴じの入った小鉢、漬け物とかなり豪華に広がっていた。
合鍵を持っていた玲が波音と共に準備していたんだろうか。しかも寝ている間に。
寧ろ物音くらいしただろうに一切気付かなかった。
気が重くても思考だけは良く回る。
「波音と作ったんだ。少しでも…食べてみない?」
手を伸ばしてくる玲の腕を…振り払う事は出来なかった。
億劫にもその腕を掴み、日和はベッドを降りた。
そして3人で箸を持ち、二人は揃えて声を出した。
「いただきます」「いただきます」
日和は声を出さず手を合わせて小さく頷いた。
お米を口にし、味噌汁を手に取って、口に含む。
味噌の味が喉を通って、日和の目からぼろぼろと零れるように涙が溢れた。
「わっ、そんな静かに泣かないでよ…」
「ごめん、日和ちゃん大丈夫?」
予備動作も無く突然声も無く泣きだす日和に二人の表情が一気に焦り出した。
日和は味噌汁から離すことも無く、ぼろぼろと静かに泣き続ける。
そして小さく、首を横に振った。
「……今からでも、私達の家に来てもいいのよ」
「僕達は、いつでも大丈夫だから…」
二人の気持ちだけで日和の心は一杯になった。
しばらくして、汁だけが無くなった味噌汁から口を離して、日和は呟く様に小さな声で、溢す。
「……大丈夫……ありがとう」
「…ねえ、日和。明日も来るから」
「…え?」
「明日も一緒にご飯、食べるわよ。材料は買ってきてあげるから、一緒に作りなさい。分かった?」
睨むような波音の視線が、強制感がある。
しかし日和はそれすらも嬉しくなって、目の周りを赤くして、微笑む。
「うん…ありがとう」
その姿に安堵して、玲は微笑みながら食事に手を進める。
「ところで玲、この煮物味が濃くない?」
「そうかな?そんなものだと思うけど。焼き魚は焼き目にムラがあるよね」
「仕方ないじゃない。ここのコンロの使い方が分からなかったんだもの」
玲と波音が仲良く会話してるのが心地よくて。
つい、口角が上がった。
「ふふふ、どれも、美味しい」
玲と波音はまた目を丸くする。
玲は嬉しそうに「良かった」と返事をし、波音は「貴女、笑うのね…」と驚愕された。
おじーちゃんの職業はホテルの清掃員。家に居ない時もあったので日和を見る為に玲が合鍵で遊びに来てました。
っていう比較的どうでもいい補足説明。