100.蒔かれた種
「もしもし?あー、師隼クン!良かった、やっと電話取ってくれたー!これで少しは安心できるわ。
聞いてーな!実はな、こっちの部署で一人いーひんよーになったんよ。
で、今捜索してる最中ねんけど、調べてみたら素性が師隼クンの所のお嬢はんやったみたいで、もしかしたらって連絡入れさせてもろてん。
一応一人前にはなったけどまだまだ外に出せるような実力ちゃうし、問題起こしたら師隼クン怒るやん?もし見つけたら年越しまでに帰ってくるようにお願いできひん?
あ、一応どないな子か教えといた方がええかいな?言霊使いで相手を呪うてまう子なんやけど、加護やら解呪やらの力使える子ってそっちにおる?
いーひんかったら一応こっちで準備するさかい、心配しいひんでな!何かあったら言ってなー!師隼君の頼みなら何でも聞くよぉー」
かなり迷惑な京都弁が電話の伝言から聞こえる。
当然声だけなので顔は見えないのに妙に嬉しそうににこにこしている、最高に目障りで辟易する奴の姿が浮かぶ。
正直胃が痛い。
「……なーにが「しいひんでな」だ…面倒な事起こしやがって」
電話の伝言メモを消しながら師隼は悪態をつく。
「師隼、口の悪さが漏れてるわ」
それをくすくすと笑いながら麗那は優雅に紅茶を嗜んでいる。
「宮川のりあに続いて、また鹿王院がやりやがった。絶対面倒な物をこっちに押し付けている気しかしないぞ……」
「そんな事言ってると、鷲埜芽にまた心配されるわよ」
「……麗那」
「あら、私は宗家には携わらないわよ。あくまでそれは師隼の仕事じゃない」
ちらりと麗那に視線と念を送るが、断られ師隼の肩が小さくなる。
「……」
「ふふっ、お疲れ様。師隼」
麗那はくすくすと楽しそうに笑い、逃げるように部屋を後にする。
残された師隼は流石にため息しか出なかった。
「加護か解呪って言われたってそんなの……」
この場合の解呪は妖の物ではない、純粋な呪いの心で作られた、呪詛のようなものだ。
一人、当てはまる人間は居る。
しかしそんなもの頼んでもいいものか。
「……はぁーーーー」
師隼の執務室で一つ、盛大に大きなため息が漏れた。
***
「……それで?困ったことがあればお前は直ぐに俺を頼るな?」
はあ、と深いため息をつき、竜牙は師隼を睨みつける。
その師隼は正座に頭を下げ、所謂土下座をしている。
「昔の好みでお助け願えたらいいなと思って」
「私が良い、とでも言うと思ったか?」
「全然」
「分かっているじゃないか」
竜牙の視線が一層きつくなる。
ただでさえきりっとしている目が余計にきつくなって、刀を持っていれば一瞬で真っ二つになりそうな勢いだ。
それでも食い下がるしかない。
師隼は頭を上げ、両手を合わせてお願いのポーズを取った。
「だが何もしないよりは、できるだけの準備はしておきたいんだ。その為には…」
「だからと言って、何故神の魂といえども人として生活している人間をまた神に戻さねばならん。誰の頼みでも私は駄目だと言うぞ」
「竜牙の力は無いのか?」
「無い。そもそも私は人と神の橋渡し、出来る訳がない。あとその頼みは毎度受けている」
毎度、というのは先代の先祖返りだろうか。こいつは一体何人の先祖返りを見ているんだろうか。
それが全て自分の魂だというからおかしな話だ。
本人はそれを覚えてすらないのに。
「ぐぅ…じゃあ前に現れたアレは?」
金詰日和によって現れた四術妃は竜牙を解呪してから現れていない。
今はどうしても、あの力が欲しい。
「私は覚えていないし、今は気配も無い。もう会えないと言っただろう」
「そういうことか…」
あるとすれば、と付け足して、竜牙は独り言のように目を閉じて呟く。
「…人の神は信仰心によってその力を強くする。日和自身がそれほどに人望や徳望があれば、或いは」
「人望、徳望、か…。ん、もしかして彼女が妖となったのは…」
「帰る」
「あ、ちょ、竜牙!?」
素早い動きで竜牙は姿を消した。
そんなに逃げるように帰らなくても、と思いつつ、話題が悪いので仕方がない。
面影だけ、何度も転生して魂の形が混ざり変わりつつあるだけ、そんな程度だと思っていたのに素質だけでなく力もある。
本当は触らないようにするのが一番だろうに、何故こうも力を使わせるような事ばかり起こるのかが分からない。
「…神がそういう運命だと言うのなら心の底から可哀想な事をしたなと思うよ…――」
「――ふぅん…本当にそう、思ってる?」
「…麗那」
いつの間にか部屋の扉があり、麗那が顔を覗かせていた。
「お昼だから顔を見に来たわ」
そう口にする麗那は制服姿で現れたが、魔女さ加減は変わらない。
そんな麗那が何故戻ってきたかというと……どうやらそういう時刻らしい。
「…ああそうか、もう昼か」
「そんな調子だとまた食事を抜くわよ。仕事に意識が向きすぎて時間感覚が無いのは相変わらずね」
「ありがとう、助かるよ」
少し不機嫌な顔をして麗那は机に弁当を置く。
麗那はそのまま来客用の机に弁当を広げた。
「おかげで友人を連れてこの場所で食事した方が楽だわ。ほら、食べましょ」
「…?」
部屋の扉に目を向けると、もう一人制服を着込んだ女性がふらりと現れた。
墨色の髪を二つに括り、その顔は…黒色の狐面をつけている。
「黒い狐面、とは…また面白い趣味を持つね、君は」
「私専用の護衛が欲しかったのよ。…ああ、良いわよ面を外して。従妹の有栖心音よ」
女性は面を取ると、同じ墨色の目を覗かせて微笑む。
「初めまして、師隼様。有栖心音と申します」
「全く、勝手な事を…。まあ学業を終えれば護衛が要るし…手間も省けるか」
麗那はくすくすと笑い、食事を始める。
心音も当然のように麗那の向かい側に座り、一緒に広げられた弁当に手を付け始めた。
「ほら、師隼も食べて。監視のつもりなんだから」
「あ、ああ…」
先ほど麗那に渡された弁当を広げる。
焼き魚に金平牛蒡、ひじき煮、出し巻き卵に雑穀米が入っていて、完全に人の好みに合わせた中身だ。
「ふふ、美味しく出来たのよ。折角なら、作ったものを食べてる姿が見たいわよね?」
どうやら麗那が手作りしたらしい。
向かいの心音に同意を求める様に微笑んでいる。
箸で突いて口に入れるが、わりと美味しい。
「麗那様はこう見えて意外と乙女なんです。でも師隼様はお肉食べられないんですね、なんか意外ー」
心音は微笑んでいるがその席からは弁当の中身など見えないだろう。
一緒に作ったのだろうか。
「あら、師隼はお肉だけじゃなくて生物は全て食べられないわよ」
「……人の好みを暴露しないでくれるかな…」
「あら、ちゃんと覚えてくれる良い奥様でしょ?」
麗那の輝くような笑顔がこちらを向く。
向かいの心音は「流石麗那様ー」とにこにこしている。
なんというか、頭が痛い。
「ところで師隼、日和ちゃんなら問題ないわよ」
「何が?」
「彼女の周囲の評価、聞きたい?」
「……一応、聞いておこうか」
「この前の文化祭、クラスでは優秀な金庫番だったようよ。
学校内では文化祭に参加していなかったから幻のアイドルね。成績は学内トップレベルだし、優秀な子よ。
うちには特進科もあるのにね」
「何の心配もなさそうだな」
聞く必要も無かった気がする。
クスクスと笑う麗那に、心音は興味津々に目を輝かせる。
「その日和さんって子、どんな子なの?」
「最近表情が豊かになったわね。色々あって落ち着いたというか、吹っ切れたというか。
貴女の作ったリボン、とても似合ってるわよ」
「ああ、あの子か…」
最近日和が付けているリボンは心音が作ったものらしい。
それだけで誰かが分かったらしく、心音は納得していた。
「日和ちゃんなら何の心配もいらないわよ。彼女なら勝手に、もう次の準備に入ってるから」
「次の準備…?」
麗那は楽しげに笑う。
まだ彼女の愉しみを、理解できなかった。
宗家は全部で神宮寺・鷲埜芽・分倍河原・烏丸・鹿王院の五家います。
それぞれ中部(ほぼ篠崎)・北海道(本拠地は東北)・関東(主に東京)・九州(本拠地は四国)・京都(ただし妖はいない)にいてそれぞれ役目を担ってます。(鹿王院は出てるけど役目についてはいつか書けたらいいなぁ)




