7話 少女クリスタ(後編)
「おはようございますケンスケ様!」
ぶどう柄のパジャマを着たサラが元気に挨拶してきた。
「……おはようサラ」
俺はうとうとしながらも、ソファから起き上がって軽く伸びをした。クリスタはというと、サラのベッドでヘソを丸出しにしてだらしなく寝ている。
「朝飯なら俺が作るよ」
俺はクリスタとのゴタゴタのせいで宿代にも事欠く程の金欠になってしまい、仕方なくサラの部屋にクリスタ共々居候させて貰っていた。
料理くらい作らないと申し訳ない。
「ケンスケ様は寝てていいですよ。私が作ります」
その後押し問答になったが結局いつものように二人で作ることになった。
俺が火炎魔術でホットケーキを作る間、サラはぶどうヨーグルトを配膳した。
ちょっと火力不足が心配だが一応完成だ。
「クリスちゃん! ごはんできたよー!」
「はーいちょっと待ってサラちゃん」
ブラウン管テレビで何かの映画を見ながらクリスタが上の空で返事した。
「ぶどうヨーグルトもあるよ。クリスちゃん好きでしょ?」
「マジで? 流石サラちゃん! 世界一!」
「もー! 褒めても何も出ないよ」
サラとクリスタは少し仲良くなっている感じがする。
というかクリスタがサラにぶどうグミを定期的におごって手なずけている感じだ。
サラはしっかりしてそうで結構天然なとこもあるので利用されないか少し心配だ。
「おい! おまえの分も食べるぞ銭ゲバ寝坊助野郎!」
俺の大声にクリスタはおどけた表情で返した。
「あれれー? そんな態度でいいのかな? あのこと言っちゃうよ?」
「……くっ」
俺がクリスタを奴隷商人から買い取った時に、エッチな気持ちビンビンだったとサラに言いふらすというのがクリスタの脅し文句だった。
まあちょっとはエッチな気持ちがあったのは確かだが。……最悪だ。
「――てかあんた剣聖ケンスケだったんだねー」
鼻をほじりながらクリスタが呟いた。俺はぶどうヨーグルトを吹き出しかけた。
クリスタが見つめるテレビの画面には、大鎧を付けてドラゴンを一刀両断する俺の姿が映っていた。
俺がCGで出演させられた例の映画だ。サラが昨晩見てディスクを入れっ放しにしていたのだろう。
――まあ長い腐れ縁になりそうだし、いつまでも隠していてもしょうがないか。
俺は朝飯を食べながらこれまでの経緯をクリスタに説明した。
「バッカじゃないのあんたら? そんだけ才能あったら上級ダンジョンも攻略しまくりで、報奨金も貰いまくりで大金持ちになれんのに勿体なさ過ぎでしょ! バカだなあ!」
クリスタの反応は大体予想通りの物だった。
「……何よそれ!」
俺が言い返すより、サラが怒鳴るのが先だった。
「私たちはお金なんかより大切な物の為に頑張ってるの!」
「ハア? だって才能ない事で無駄に努力しても無駄じゃん。……勿体ないなー」
「私達はクリスちゃんみたいなお金しか目がない人とは目指してる物が全然違うの! それを馬鹿にするなら出てって!」
「……あっそ! じゃあ望み通り出てってやるよ」
クリスタはホットケーキの残りを口に含むと乱暴に部屋を出て行った。その背中は少し寂しそうだった。
「ちょっと言い過ぎだったんじゃあないか?」
「知りません! あんな子……」
サラは頬を膨らませて言った。まだ気が収まらない様子だ。
俺は一応クリスタを探しに行くことにした。あいつの行く場所と言えばどうせまたカジノだ。
問題起こしてまた慰謝料が嵩んでも困るしとっとと見つけよう。
---
カジノに入るとドッグレースが開かれていた。さっき運良く1ガラン硬貨拾ったし、クリスタも見当たらないし久々にやっていくか。
俺は耳だけ黒い牛みたいな犬が気になった。
この犬番号6番の「ホワイトサンダー」は、以前は人気犬だったが、最近成績が振るわない上に年老いていることもあって人気がダダ下がりで倍率は何と300倍だ。
しかし真っすぐなあの目は衰えていな。奴の走りへの情熱と負けん気の強さは本物だ。
――俺はお前に全てを賭ける!
まあサラの部屋に居候させて貰っている身だし、さっき拾った1ガランだけな。
――ゲートが開いた。6番は……いいぞ! 先頭集団だ。
最初のコーナー、次のコーナーもインコースで後続を抑えて悪くない形だ。しかし最終コーナーに差し掛かるとスタミナ切れからか徐々に押されだした。
「諦めんな! ホワイトサンダー! ぶっちぎれー!!」
俺の声に呼応するかのように、6番は2番手を一歩引き離して最終コーナーを抜けた。そのまま鬼気迫るラストスパートで後続を引き離し……
「待て! 逃げるなこのクソ野郎ー!」
……堂々のゴールインのはずだった。
突然、逃げる男とそれを追いかける女がコースに乱入した。
追っている方は見間違えるはずもない、クリスタだ。
天井からぶら下がる電光掲示板の画面には、レース不成立の文字がでかでかと映し出された。
「何やってんだクリスタアアア!」
---
人込みにの中にクリスタを見失ってしまった俺は、呆然としたままとりあえずカジノを出た。
すると、辺りを見渡しているサラと出くわした。
「私も心配になっちゃって。……少し言い過ぎちゃいましたし」
「クリスタ見てないか? カジノにいたんだが、見失ってしまってな」
「役所の簡易牢じゃないですかね?」
「……そこが怪しいな」
俺達が役所に行くと案の定そこにクリスタの姿があったが、普段とは少し様子が違った。
いつもと違いクリスタの方は拘束されておらず、代わりに壊れたサングラスを斜めにぶらさげた男が満身創痍で縛られていた。
詰襟の服を着て腰にサーベルを付けた憲兵がクリスタに札束を渡しながら言った。
「あんたが賞金稼ぎのマネをするとはね。今度は自分が賞金掛けられないように注意しろよ。はい、ご協力ありがとうございました」
クリスタは受け取った札束を半分に分けると、頭を下げて俺とサラに差し出してきた。
「……悪かったよ。お前らの大切な物馬鹿にしちゃって。アタシにはこういうやり方しかできないしわかんないけど、生活費くらいは払うからさ。……また仲良くしてくれよ」
クリスタの声はいつになく真剣だった。
「私の方こそ、言い過ぎちゃってごめんね」
「賞金稼ぎはいいけどあまり関係ない人に迷惑かけるなよ」
俺とサラは快く金を受け取った。――まあ、そんなに根は悪い子じゃないんだろう。
成り行きとは言え俺は一応クリスタの保護者だし、しっかり面倒見てやらないとな。
「よーし、じゃあ角煮饅頭でも食べに行くか! 俺のおごりでいいぞ!」
「やった! ありがとうございます! ケンスケ様!」
「よっしゃー! 流石旦那! 太っ腹!」
俺はサラとクリスタと並んで、昼下がりの大通りを軽やかな足取りで進んでいった。
――ちなみにドッグレースを中断させた慰謝料の支払いで、この時クリスタから受け取った金は軽く吹っ飛んでしまったのだが、それはまた別のお話。