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6話 少女クリスタ(前編)

 日課のスライム討伐クエストを終えた俺とサラは、人でごった返す大通りをのんびりと歩いていた。


「ケンスケ様、私新作のマックスぶどうグミ買ってきますね!」


 サラは、行きつけのぶどう菓子専門店の「ぶどうや」を指さした。

 マックスぶどうグミを求めて出来たであろう行列が、歩道まで連なっているのが見える。

 ――うーん。行列はちょっと苦手なんだよなあ。


「俺先に帰っとくね」


 俺は名残惜しくも、サラと一旦別れることにした。


「はーい! ケンスケ様の分も買ってあげるから楽しみにしていてください!」


「おう! ありがとなー」


 サラは俺に上げ返した手を可愛らしく振って行列の最後尾へと駆け出していった。

 ――やっぱり可愛いなーサラは。


 一人になった俺は、ちょっとした気まぐれで路地裏に入り込んでみた。

 薄暗い路地裏には謎めいた魔導具を売っている店や、ゲテモノの素揚げを売っている店や、提灯を掲げた小さな酒場が連なっている。


 小一時間歩いていると、突き当りに地下へと続く如何にも怪しげな階段を見つけた。

 看板の文字が擦れていて読めないが、どうやら何かの店のようだ。

 俺は興味本位で薄暗い階段を降って行った。


 重い鉄の扉を軋ませながら開くと、そこは雑然と積まれた檻が並ぶ小さな部屋だった。

 檻の中には、グネグネうねりながらキャベツを包み込むスライムや、光を放つ鳥のような名前知らない奴、豚のようにブヒブヒと鳴くオークといった様々なモンスターが閉じ込められていた。


 部屋の隅には電子音を出しながら単純な動作を繰り返すロボットも置かれている。


 ――どうやらここは奴隷市場のようだ。


 ここベニカ王国では奴隷制は基本廃止されているのだが、10万ガラン以上の借金を返済できなかった者の奴隷化や、モンスターやロボットを使役することは禁じられておらず、奴隷産業も全盛期より衰えたと言えそれなりの市場規模を持っている。


「ひっひっひ……いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で?」


 俺が後ろ手で重い扉を閉めると、ニタニタ笑いをしたバアさんがしわがれ声で近づいて来る。

 良く見たら魔術師ギルドのバアさんだ。――兼業とはご苦労なことだ。


 俺はバアさんの声に答えず店内を見渡した。

 ふと檻越しにボロ服を着た獣人の少女と目が合った。


 獣人と言ってもハーフのようで、普通の人とあまり変わらない見た目だ。

 ボサボサの赤髪が犬の耳みたいになっていて、フサフサの尻尾がある以外はだが。

 見た目はサラより少し幼いくらいで、ブラウンの目で気だるそうに俺を見ている。


 ――恐らく親に借金を押し付けられて蒸発でもされたのだろう。全くひどい話だ。

 こうして出会ったのも何かの縁だし、ここは俺が責任もって保護してやろう。


「この子を」


 俺が少女を指差すとバアさんはちょっと焦ったように言った。


「……この娘は出来が悪いのでやめた方がいいかと」


「いいからくれ」


 俺が札束を机に叩きつけるとバアさんは渋々といった感じで檻の扉を開けた。


「……出なさいクリスタ」


 少女は無表情でバアさんの隣に立った。

そしてバアさんはローブの内ポケットをまさぐると、光る石を差し出してきた。


「娘の名前はクリスタといいますじゃ……この魔法石さえあれば奴隷は逆らえなくなりますゆえ……何があっても無くさぬよう肌身離さず持ち細心の注意を……」


 バアさんの話が終わる前に俺は魔法石を床に落とし、足で踏みつけた。

 粉々になった魔法石は淡い光を放ちながら気化していく。


 ――よし、これで哀れな奴隷少女クリスタは自由になったはずだ。いいことをすると気分がいいな。


 俺は満足げに息を吐いていたが、バアさんは細い目を見開いて顔を歪ませた。


「……何てことを!」


 ――次の瞬間、バアさんが少女に突き飛ばされ宙を舞った。

 すかさず、みぞおちに膝蹴りからのアッパーカットのコンボ。バアさんはドリルのようにきりもみしながら棚に飛ばされていった。


 そして、崩れ落ちた棚と散らばる藁半紙をバックにその少女、クリスタがこちらに向き直って叫んだ。


「この変態クソ偽善者野郎が! どうせ私に優しくして最終的にエロい事する気だったんだろーが! バレバレなんだよこの変態ゲス野郎!」


「うぐっ……」


 ――少し胸が痛い。


 可哀そうな奴隷少女がいたので解放してやりたいという善意からの行動だったが、下心が全くない、と言ったら嘘になってしまう可能性が無きにしもあらず、と言っても過言ではないのは確かかも知れなかった。


 図星を付かれてうつむく俺の顔を、クリスタが投げたオークのクソが掠めた。


「あばよ! 一生センスってろクソ童貞!」


 俺は突っ立ったまま階段を駆け上がっていくクリスタの後ろ姿を見送った。


 ――まあちょっと乱暴だけどいろいろ大変だったんだろうし、荒むのも仕方ないよな。確かに不純な気持ちはあったかも知れないが結果的に彼女を開放できたし、まあ実質プラマイゼロだよな。

 ……てか結構いいケツしてんな。


 そんなことを思いながら顔に付いたオークのクソをローブの袖で拭っていると、瓦礫から這い出たバアさんのうめき声が聞こえた。


「あの娘を逃がしてはいけませぬ……! あやつは前科4犯で慰謝料を払えずに奴隷に落とされた筋金入りの無法者ですじゃ……。奴隷の罪は所有者の罪になりますじゃ! このまま奴が暴れたらあなたも……!」


 脂汗がどっと出るのが分かった。

 ――やばい!


 急いで地上への階段を駆け上がって裏路地を抜けると、露店の店主たちが怒号と土埃を上げて北門の方へ走っていくのが見えた。早速問題を起こしたクリスタを追っているのだろう。

 俺は跳ぶような走りで店員達を抜き去った。すると鎖帷子をジャラジャラさせて走るサラと隣り合う形になった。


「ケンスケ様! あの女が私のマックスぶどうグミひったくったんです! 捕まえてください!」


「わかった!」


 遥か前方には両手にありったけの金目の物を持って逃げるクリスタの姿があった。口には顔の半分程もあるぶどうグミを咥えて、ゴム毬のように暴れさせている。

 俺は足に流れる気のギアを一気に上げ、クリスタに追いついた。


 ――ここは新たな必殺オリジナル魔術を披露してやるとするか。

 俺はショルダーバッグから取り出した黒い水筒の蓋を開けて詠唱を開始した。


「――放て! エクス・スプラッシュ!」


 水筒の液体が杖先に集まり、クリスタに向かって放たれた。

 既に存在している液体を放つ魔術なので魔力も詠唱も少なくて済む。俺にはうってつけだ。


「そんなもん当たるかバーカ!!」


 クリスタは身をかがめて液体を躱したが、俺は不敵な笑みを浮かべた。


「――現れろ! ファイアウォール!」


 ――説明しよう!

 まず可燃性の液体を放ち、それを小さな火弾で発火させ、狙った場所に炎の壁を作り出す! それが俺の新必殺技ファイアウォールだ!

 という訳で、クリスタの前方に火の壁ができたのだった。


 正直突っ込んでもまず火傷しない程度の炎でしかないが、クリスタを一瞬躊躇させるには十分だった。

 俺はその隙を見逃さず、全速力でクリスタに追いついき、肩に手を掛けて叫んだ。


「――お前との奴隷契約を解除する!」


---


 契約はうまく解除できたようだった。

 これ以上クリスタの犯した罪が俺の責任になる事態は避けられた訳だが、奴が大暴れして奴隷市場や露店を荒らした分の損害賠償は普通に俺が支払うことになり、結構な出費になってしまった。

 ……何とか示談で済んだので、刑事罰を貰わなくて済んだのは不幸中の幸いだ。

 といっても不幸には変わりない。


 俺はイライラして頭を掻きむしりながらクリスタに詰め寄った。


「おい! お前どうしてくれんだ! 金返せ!」


「金ないから無理でーす」


 クリスタは歩道の境界ブロックの上で下品に胡坐をかいてそっぽを向きながら言った。


「私のマックスぶどうグミも返してください!」


 サラも声を荒げた。


「もう食べたんで無理でーす」


 クリスタはベロを出してサラを挑発してみせた。サラは地団駄を踏んで初めて見るくらい怒っている。

 ――可哀そうに……マックスぶどうグミがよっぽど楽しみだったんだろう。


 俺はなおも怒り心頭なサラの肩に手を置いて宥めるように言った。


「ぶどうグミなら俺が今度奢ってやるからさ……とにかく一旦帰ろう」


「……はい」


 踵を返そうとした俺達をクリスタが呼び止めた。


「ちょいとお二方~これ見てくれなーい?」


 クリスタが不敵な笑みを浮かべて紙を掲げた。

 その紙は俺がクリスタの保護者になり、借金も肩代わりするという身に覚えのない契約書だった。

 しかし確かに俺のサインがある。


 ……しまった。露店の店主に慰謝料支払う時の示談書に、奴がこれを紛れ込ませていたのか。

 面倒だから中身見ずに片っ端からサインしてしまった……。


「じゃあこれから飯と寝床の準備よろしくね! パパ上様!」


 憎らしい笑みを浮かべるクリスタに、俺は呆れ顔で長い溜息をつくしかなかった。


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