5話 ドラゴン岩の村
「――灼き尽くせ!ファイア!」
小さな火の弾が岩に命中する。すかさずサラが剣の腹を叩きつけて追撃。
――ガギィン! と甲高い音が白い鍾乳石の洞窟に響き渡った。
「ダメです……歯が立ちません……」
俺とサラの集中攻撃を受けても、ドラゴンの形をした灰色の岩はびくともしない。
「クソ……やっぱりダメか……」
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そのEランククエストは一週間に一度くらい依頼される、冒険者ギルドでも有名な大人気クエストだった。
内容は死んで岩になったドラゴンを破壊できたら破壊する、という奇妙なものだ。
ドラゴン岩は頑丈なので普通の冒険者が破壊するのはまず無理なのだが、このクエストの肝は岩を破壊できなくても、何故か普通に報酬は支払われるという所にある。
そんな訳で、洞窟に入るだけ入ってドラゴン岩に座ってピクニックして帰り、報酬まで頂いてしまおうと目論む新米パーティがこのクエストの抽選に長蛇の列を作っている。
もちろん、報酬は大して多くないので中級以上のパーティは歯牙にもかけていない。
実質新米冒険者の俺達は深く考えずに抽選に参加し、たまたま当選してしまったのだ。
他の新米冒険者のように俺達も楽しくピクニックして帰ってもいいのだが、そこは冒険者としてのプライドが許さなかった。
俺は一度受けたクエストを中途半端で放棄したことは一度もなかったし、そんなことするくらいなら死んだ方がマシだ。
――絶対に破壊してやる!
サラも同じ思いなのだろう。親の仇のように何度も何度もドラゴン岩に剣を叩きつけている。
「サラ……アレをやる……下がってろ!」
「はい!」
俺が独自に編み出したオリジナル必殺魔術。……ついにお披露目する時が来たようだ。
俺の魔力量は確かに小さいが、裏を返せばその分普通の魔術師よりも弱い魔術のコントロール力に優れている。
つまり俺は最弱パワーの魔術の連射は大得意なのだ。
そして魔術で放つ魔弾のコアは僅かだが、質量を持っている。
これを利用し、魔術自体の威力ではなく連射される魔弾の質量で敵に物理的損傷を与える!
それがこの、
「――ファイアマシンガン!」
ビー玉のようなコアが小さな音を立てて地面に転がった。そして薄赤い輝きを放ちながら、やがて気化して消滅した。
当然のようにドラゴン岩は傷一つ付いていない。――やっぱダメか。
昨日試しに自分に当ててみても殆ど痛くなかったし、まあこうなるよな。
「……不本意だが、仕方ないな」
「ケンスケ様、私の剣使ってください」
サラが剣を差し出してきた。
そして、どうやらサラも魔術を使う気のようなので、俺はサラに杖を差し出す。
要するに、俺達はお互いの武器を交換した。
戦士で活躍して目立つのは嫌だが、このドラゴン岩は所詮Eランククエストの破壊対象だ。
粉々に破壊した所で悪目立ちする事はないだろう。
「よし、同時に行くぞ」
剣を上段に構え、体の気の流れを感じ取る。
剣先に意識を集中し、筋肉を水のように柔らかくし、気を限界まで硬くする。
サラはサラで、複雑な青白い魔法陣を掌から出しながら、何やら高等そうな魔術を詠唱している。
サラの掌が強烈に光り輝いた瞬間だった。
「――ちょっ! やめてくださいあんたら! 何やってんですか!!」
洞窟の入り口から若い男が慌てて割り込んできた。
……確かこの洞窟の近くのラニカ村の村長だ。
村長はドラゴン岩に駆け寄り心配そうに傷がないことを確認すると、ほっと一息ついている。
俺とサラはというと、意味不明の事態にあっけに取られるしか無かった。
「はあ良かった。……ほんと何してくれてんですかあんたら!」
俺はむっとして言い返した。
「俺らは依頼された通りドラゴン岩を破壊しようとしただけですけど?」
「それが困るんですよ! 頼むからやめてください!」
サラは珍しく少し怒った様子で言った。
「どういうことですか? ちゃんと説明してください!」
村長は腕組みをしながら神妙な顔をして見せた。
「その話をする前に我々の村、ラニカ村について説明させてください」
村長によると、ラニカ村は1000年以上前にこの洞窟のドラゴンを食い止める橋頭保として作られ、たまに攻めてくるドラゴンと戦う為集まった冒険者で賑わい、国からの補助金もあって大いに栄えてきたそうだ。
しかし近年になって高名な戦士が現れ有難迷惑なことにドラゴンを退治してしまい、結果国からの補助金も打ち切られ冒険者も来なくなり、村はひどく寂れてしまったとか。
そこで村長は一計を案じ、死んで岩になったドラゴンが復活する可能性があると国に嘘の訴えを起こした。
おかげで補助金が僅かながら復活し、村はなんとか廃村の危機を脱したという話らしい。
俺は気になったことを聞いてみた。
「まあ大体話は分かりましたが、何故大事な筈のドラゴン岩の破壊クエストを、わざわざ冒険者ギルドに依頼しているんですか?」
「ドラゴン岩対策に全く予算を使わないと、国にバレるかも知れませんからね。死んで石化したドラゴンは上級冒険者の攻撃でないと傷一つ付かないので、Eランク任務で出しておけば本来壊される訳ないんですよ。……なのに、あんたらが帰ってくるのが遅いから不安になって見に行ったらアレですもん」
モヤモヤは残ったが一応納得した俺達は大人しく帰ることにした。村の入り口で村長が見送ってくれた。
「二度とあのクエスト受けないでくださいね。……ところで魔術師さん。以前会いませんでしたっけ?」
「……気のせいじゃないですかね?」
俺は咄嗟に顔をそらした。
「まあ気のせいですかね。ではさようなら」
この村長もあの洞窟もラニカ村も、やはり見覚えがある。
――あのドラゴンを退治してしまった迷惑な冒険者は俺だ。
「情けは人の為ならずか……」
「ケンスケ様……それ誤用ですよ」
「そうだっけ?」
俺とサラは煮え切らない気持ちのままなだらかな草原の丘を降り、遥か南の彼方のアドラント大通りへと帰っていった。