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最終話 アドラント大通り

 俺が目を覚まして起き上がると、サラとの入れ替わりは無事に戻っていた。


「おはようございます!」


 元に戻った自分の声でおはよう、と返して起き上がる。

 俺は外に出て用を足し、ウェットティッシュで手を拭く。


「朝ごはんにしましょうか」


 干しぶどう入りの携帯食料をサイドバッグから取り出して朝食にする。

 

「お! 意外とうめえな!」


「だろー?」


「いっぱい買ってるから、また今度おやつに食べようね」


「やったー! 流石サラちゃん」


 朝食を食べ終えた頃、サラはサイドバッグから赤い長方形の箱を取り出した。


「ケンスケ様! 早速つけてみましょうよ!」


「そうだな」


 俺はギルドの攻略本で見た写真と同じ、放射状の印が付いた指輪をつけた。

 サラも三角マークの指輪を左手の薬指につける。


「なんか結婚指輪みたいですね!」


「……う、うん」


 俺は少し照れ臭くなって目を逸らした。


「全く……ノロケやがってよお」


 クリスタのちょっかいに、サラの顔はみるみる真っ赤になっていった。

 ……きっとサラは深く考えずに口走ってしまったのだろう。


 俺も何だか気恥ずかしくなってしまったが、気を取り直して指輪の効果を確認する為に軽く魔術を使ってみる。


 ――なるほど。普段よりも疲れる感じがする。それも心地良い疲れだ。


「すごいですねこれ!」


 サラも気を集中させてみて手ごたえがあったようで、嬉しそうな笑顔になっていた。


「さて、カミココも待ってるし、そろそろ帰るか」

 

 俺が出発の準備を始めようとした時だった……妙な気を感じ取ったのは。

 クリスタもケモ耳と尻尾を立たせて、訝し気な顔をしている。


「何か変な音がするぞ」


「……ピ」


 ピ太郎も怯えた様子で小さく鳴いた。

 慌てて外に出ると、無数の骸骨が幾重にも連なって俺達のテントを囲んでいた。

 ……数が多過ぎる。残念ながら普通に戦っている余裕はなさそうだ。


 俺はすぐに剣を取り出し、正面の骸骨に剣圧を浴びせようとしたが、剣は虚しく空を切るだけだった。


 あ、そうだった。魔術師の腕輪を付けたままだと、まともに剣で戦えないんだった。

 俺は指輪を外し、

 

 ――ん? ……指輪が外れない!?

 俺の様子を見たサラも慌てて指輪を外そうとしていたが、ダメだった。


「……どうなってんだこれ?」


 ――骸骨の剣が振り下ろされる。間一髪で剣の腹で受けたが、俺は弾き飛ばされて草原に転がった。


「ケンスケ様!」


「ケンスケ下がれ! とにかく包囲を抜けるぞ!」


 鉄の爪を装備したクリスタが先陣を切って骸骨をなぎ倒していく。ピ太郎も赤く光る爪で容赦なく追撃する。


 クリスタとピ太郎が血路を切り開き、包囲を抜けたと思ったが、甘かった。

 崩れた骸骨の道の先には、斧を持った豚のようなモンスター……オークの軍団が待ち構えていた。


 ――まずい。こいつら明らかに組織立って動いてる。


 前列を弱いアンデッドで構成し、油断して斬り進んだ戦士を精鋭で迎え撃ち、てこずった所を復活したアンデッドで挟み撃ちにする挟撃戦術。魔王軍がよく使う手だ。


(カミココ! そっちは大丈夫か? おかしな事が起きてる!)

 

 カミココに思念を送ってみたが、返って来た声はノイズ交じりで聞き取れない。

 そうこうしている内に、クリスタとピ太郎の突破は止まってしまった。


「こいつら! 骸骨より強いぞ!」


「ピピー!」

 

 俺とサラも、魔術も剣も使ってがむしゃらに攻撃するが、全く歯が立たない。

 パキパキと不気味な音を立てながら、骨の欠片が骸骨の形に再構成されていく。


 俺は何度も再生する骨を剣で叩き折ったが、キリがない。

 残った無傷の骸骨も、ゆっくりと俺達を包囲するように動いていた。


「――やはりお前は最低の男だな、ケンスケ」


 声の後に、横一線でオーク達が真っ二つになって倒れた。

 その亡骸の向こうには、黒マントの戦士が立っていた。


「ミザキ!?」


「早く包囲を抜けろ!」


 俺達は必死に走って倒れ込むように包囲を抜けた。

 どういう訳か、モンスター軍団は俺達を追うことなく進軍し続けた。

 俺がほっと一息ついていると、クリスタが不審そうに聞いて来た。


「何だったんだ? てかこの黒マント誰だ?」


「……サラのストーカーだよ」


「違う! 俺はストーカーではない! ただサラが心配で、偶然アドラント大通りに移住しただけだ!」


「完璧にストーカーじゃねえか! まあ助かったよ。ありがとなミザキ」


「……フン」


 突き出した俺の拳に、ミザキは少し照れながらも軽く手を当てた。


「クリスタとピ太郎もありがとな」


 その時、サラが恐る恐る小さく手を上げながら呟くように言った。


「あの……この軍団南に……大通りの方に向かっていませんか?」


 確かに、よく見ると骸骨とオークの軍団は南に向かって進んでいる。


「まずい! 知らせないと! 行こう!」


 そのまま俺達は連れ立って大通りの北門へと駆け出した。


「サラ! 何か指輪を外す方法はないか?」


 走りながら俺はサラに聞いてみた。


「タチの悪い呪いが掛かっているみたいです! 多分無理に外したら死んじゃいます! 何とか呪いを解くしかないみたいです!」


 俺とサラは一応解呪魔術を使ってみたが、指輪は少しも指から離れなかった。


「それなら私にちょっとしたツテがある! 北西広場に集合な! ピ太郎頼んだ!」


 クリスタはそう言うとピ太郎に肩を掴まれたまま、大通りへと飛んで行った。

 そのまま走っていると、やがて俺は息が切れて来るのを感じた。


 ――剣気が使えないと、こんなもんか。

 俺は剣が嫌いで仕方なかった。望まない才能だと恨んだこともあった。

 だが、実際に失ってみて……今更ながら実感できた。

 剣聖ケンスケとしての俺も、きっと俺の一つの側面なんだ。


 しかし今更気付いてもどうにもならなかった。

 俺は息が整わず脇腹の痛みでまともに走れなくなり、遂に歩く事しか出来なくなった。

 後ろを振り返ると、進撃するモンスター軍団の進路に入り込む形になってしまっていた。

 俺に気付いた骸骨の一団が速足になり、こちらに向かってくる。


「行け!」


 ミザキが俺を庇うように立ち、骸骨の剣を跳ね返した。


「ケンスケ様!」


 サラは走るスピードを落としながら、少し屈んで後ろ手を組んでいた。

 俺はよろめきながらも持てる力を出し尽くし、ヒラヒラ揺れるサラの黒マントに追い付き、飛び付くようにサラの背中に負ぶさった。


「……すまんな……サラ」


「……いいんですよ。ケンスケ様には何度も助けて貰っていますから」


 俺を乗せて走るサラの柔らかくも小さな背中は、いつになく頼り強かった。


「強くなったな……サラ」


「ケンスケ様だって強くなってますよ!」


 やがてビニールハウスに覆われたぶどう畑が、サラとスライム討伐クエストに明け暮れたキャベツ畑が、通り過ぎていく。


 振り返ってみると、見たこともないような規模のモンスターの軍勢が、アリのように山から連なって進軍している様がありありと分かった。


 やがて、石造りの西門から冒険者達が躍り出て来るのが見えた。

 モンスター軍団を迎え撃つ気なのだろう。


「ケンスケとサラじゃねえか!」


 冒険者の一団の中にはジェフがいた。


「師匠! 解呪魔術を使える人を知りませんか?」


「……なるほどそういうことか。事情は大体分かった。解呪魔術なら大得意だから俺に任せとけ! 剣聖ケンスケとザラブレス先生が参戦してくれるなら百人力だ!」


「師匠……俺達の事ご存じだったんですか?」


「俺の目を見くびるんじゃねえよ! 全く大した弟子だぜお前らは。さあ指出せ。サラのを先に外しちまえば、後はどうにでもなるだろう」


 差し出したサラの左手に、ジェフの杖から白い閃光が迸った。

 サラはすぐに指輪を外そうとしたが、ダメだった。


「クソッ! ……ダメだ。魔力が足りねえ」


「師匠! 合成魔術で誰かの魔力を借りれば外せるんじゃないでしょうか?」


 サラの提案に、ジェフは暫しの沈黙の後答えた。


「それなら行けるかも知れねえ!」


「クリスタに何か作戦があるみたいだし、とりあえず広場に行きましょう!」


 ――俺がそう言った時、大きな地響きと何かが砕けるような重い音が鳴り響いた。


「ケンスケ様!」


 サラは怯えた様子で俺の腕を掴んでいた。その間も地響きと衝撃音は断続的に俺達を揺らす。


 俺が音の出どころを探っていると、北西のキン・リ山脈の山肌が弾け飛んで崩れた。

 連鎖するように土砂崩れが起きて、山脈に点在している四つ足鉄塔も流されてバラバラになっていく。

 

 すると、黒い岩の崩れかかった体と、突き出した白い骨の体を持つ、ドス黒い瘴気を纏った巨大なドラゴンが、砕けた山脈の合間から顔を覗かせるようにして不気味に赤く光る瞳でこちらを睨んだ。

 その姿には、見覚えがあった。

 青い異空間でサラと修行していた時に見た、世界を徹底的に破壊していたドラゴンのホログラムとそっくりだった。


 ――こいつ……俺達が指輪外した所で本当に勝てるのか?


 俺は一瞬不安になってしまった。


 しかし、俺の腕を掴んで怯えながらも、凛とした瞳でドラゴンを睨み返すサラの姿を見つめていると、不思議な勇気が体に湧き上がってくるのを感じた。

 

「俺達ならやれます! 行きましょう!」


 ジェフはドラゴンが山脈から這い出る様を、口をぽかんと開けて眺めていた。


「本気でアレを倒す気か?」


「絶対に倒します!」


「私もやります! 私達のアドラント大通りを壊されるなんて嫌です!」


「全く……俺も厄介な弟子を持ったな! よし行くぞ!」


 ジェフは嬉しそうに不敵な笑みを浮かべると、北西広場へと駆け出し、俺とサラもすぐその後を追った。


 広場に駆け込むと、クリスタが大きなテレビカメラや、先端がフワフワした細長いマイクを抱えたテレビスタッフに何やら指示を出しているのが見えた。


「ケンスケ! 遅かったじゃねえか!」


「クリスタ! カミココは大丈夫か?」


「ココちゃんなら大丈夫だ! いいからさっさとテレビに出ろ!」


「テレビに?」


「当面のモンスターを足止めするのには、お前が大通りの冒険者を焚き付けるのが一番だからな。あいつに……ラゴラスに頼んで用意して貰った」


 ――何でラゴラスに? ……まさか!


「クリスタ! お前が犠牲になるなんてらしくないだろ!」


「そんなんじゃねえよ! それに……自由に生きていいって言ってくれたよ。もうあっちからは二度と関わらないって」


 クリスタは清々しく微笑んでそう言った。


「……そっか。……よし! サラは公園と地下街の人達に呼び掛けてくれ! 師匠もお願いします!」


「はい!」「おう!」


 俺は駆け出したサラとジェフの背中を見ながら、深呼吸した。

 そしてカメラの前に立とうとした……しかし、足が竦んで動けなかった。

 

 ――目立ちたくない。

 

 俺が大通りの冒険者達を焚き付ける……つまりクリスタは俺に、剣聖ケンスケとしての正体を明かせと言っているのだろう。

 ……もし大通りのみんなに正体を知られたら……間違いなく俺は悪目立ちしてしまう。


「おいケンスケ! 早くカメラの前に行けよ!」


 急かすようなクリスタの声。しかし俺は眩暈がするような焦燥に囚われ、息が荒くなるばかりだった。


「ケンスケ様……」


 アスレチックで呑気に遊ぶ子供達に避難を呼び掛けていたサラが、俺の異変に気付いたのか向き直った。

 目を落としたサラの、心配そうな……少し寂しそうな表情に胸が痛くなる。


 ――サラ……そうだ……。……俺が剣聖でなければ、きっとサラとも出会えなかった。そして俺がサラと出会わなければ、きっと今でも魔術の才能の無さに不貞腐れて無為な時間を過ごすだけだった筈だ。


 なのに……何やってんだ? ……俺は。

 皆の……俺達の町が壊されようとしているのに……サラが悲しんでいるのに……。

 ……ここでテレビくらい出られなくて、何が偉大な魔術師だ!


 魔術師ケンスケも、剣聖ケンスケも、どっちも俺だ!


 ――俺はケンスケだ!


 俺は両手で自分の頬を怪我しない程度に思いっきり叩いた。

 公園にバチンと大きな音が響く。

 

 そして大きく息を吸うと、意を決してカメラの前に立ち、軽く震えながらもディレクターの合図を待った。

 眩暈のせいか、カメラもディレクターも酷く歪んで見える。


 やがて、うっすらとディレクターが合図するのに気付いた俺は、緊張で乾ききった口を、ゆっくりと開いた。


「……初めまして。……俺は2年前に勇者アレスに協力して魔王を倒した……剣聖ケンスケです」


 大通りを挟んで向かい側の大型ディスプレイに、俺の顔が映った。

 不快感で眩みそうになるのを必死でこらえながら息を整える。

 防災用のスピーカーからも俺の声が響いて軽くこだましている。


「……今、アドラント大通りはモンスターの軍勢と巨大なドラゴンに襲われていて、大変危険な状態です。戦う力がない方は今すぐ逃げてください」


 その時、クリスタがカンペを掲げて振っているのに気付いた。

 それもう言った、と書いてある。


「……えっと。俺は今、呪われた指輪を装備してしまっていて、戦う事が出来ない状況です。……えーっと……」


 額を汗が流れ落ちる。頭が真っ白になって次の言葉が出てこない。

 クリスタが俺の様子に気付いたのか、カンペで何やら指示をしてくれた。

 俺はその文字を見つめながら、倒れそうなのを何とか堪えた。


「俺達は……俺は……その指輪を解呪して貰えれば戦えるんですが、解呪の魔術を使うのに……どうしても魔力が足りません。……だから、魔力がある方は広場に来て頂いて解呪の魔術のサポートを、剣が使える方はモンスター軍団の足止めをお願いしたいです」


 調子が出て来た俺は、声のトーンを上げて続けた。


「解呪さえして頂ければ、ドラゴンは俺がきっと倒します! 俺はこのアドラント大通りを守りたいです! 皆さんの力を貸してください!」


 終わったと思ったら、クリスタがまた何やら書かれたカンペを掲げていた。


「……えっと。協力してくださった方には、ラゴラスさんから一人1万ガラン支払われるそうなので、是非お願いします!」


 カメラの前から逃げるようにサラの傍に戻り、俺は大きく息を吐いた。

 中継が終わっても、俺の演説は繰り返し放送されていた。

 俺はその様子を俺は呆けたように見ていた。


 不思議と正体をバラしてしまった事への不安は殆どなかった。

 ただ、やり切ったという達成感が俺の胸を満たしていた。……まあ肝心のドラゴンはまだ倒していないのだが。


 俺が気を入れ直している間にも、広場には一人、また一人と、見知った人も、全然知らない人も、見覚えがある人も、押し掛けるように集まって来た。


「ケンスケ! あんなドラゴンに負けんじゃねえぞ!」


 ベルベが、ベルベ団の少年達とゴレタを引き連れてやって来た。


「常連さんの頼みとあっちゃあ仕方ないですな!」


 マスターだ。


「……ごめんなさいね。変態ヒモ野郎とか呼んでしまって」


 宿屋の女将さんだ。


「うおおおおお! 1万ガランだあああ!」


「酒飲みまくるぞおおおお!」


 大通りの歩道には、厳つい戦士達が引っ切り無しにドラゴンのいる西へと走って行く姿が見える。

 キャベツ畑のおばちゃんも、鬼気迫る形相で大きなスコップを抱えて戦士達と一緒に走っている。


「ケンスケ様!」


 サラとジェフが人込みを掻き分けて戻って来た。

 サラに笑いかけると、サラも微笑み返してくれた。

 それだけで、俺の気力は一瞬でフルチャージされ、誰にも負ける気がしなくなった。


 ――この子の為ならなんだってやれる……。巨大ドラゴンだろうが何だろうが、いくらでも掛かって来い!


 西門の方を見ると、巨大なドラゴンのゴツゴツした黒い顔が、街並みの向こうに青空を背景にしてハッキリと見えた。


 ドラゴンの歩みも、断続的な揺れと重い音を響かせながら、着実に近付いて来ている。

 それでも誰も逃げ出さず、期待の籠った眼差しを真っ直ぐ俺に向けている。


「師匠! 準備はいいですか?」


「おう! いつでもいいぞ!」


「3! 2! 1! お願いします!」


 ジェフの掲げた杖に、広場中の人々の魔力の奔流が、うっすら輝きながら集まっていった。

 大きな光、小さな光、普通の光。そのどれもが頼もしく感じられた。


 俺も精一杯の魔力を放出する。

 その輝きは誰よりも小さかったが、俺は不思議と誇らしかった。


 やがて、ジェフの杖が目も眩む程光り輝いたと思ったら、サラの指輪はポロッと零れ落ちた。

 すかさずサラが俺に魔術を放ち、俺の指輪も外れた。


 湧き上がる歓声と健闘を祈る声もそこそこに、人々は逃げ遅れた人を守る為に、モンスター軍団を少しでも足止めする為に、蜘蛛の子を散らすように駆け出していった。


「ピピー!」


 ピ太郎が俺の黒鎧を掴んで俺の傍に舞い降りた。


「ありがとなピ太郎!」


 俺が黒鎧を秒で着ると、ジェフがこげ茶色の紐を差し出して来た。


「山ブドウの蔓を編んで作った紐だ」


 俺とサラは促されるまま、背中合わせになって立つ。

 するとジェフは紐を俺の胸と、サラの腹の所でたすき掛けにして、しっかりと結び付けてくれた。

 

「お前たちにはお似合いだぜ! さあ行け!」


「「師匠! ありがとうございます!」」


「行くぞ! サラ!」


「はい!」


 俺は、サラを背中に乗せたまま、ドラゴンに向かって駆け出した。

 皮鎧の戦士達を追い越し、フライパンやスコップを持ったおばちゃん達を追い越し、クリスタを掴んで西へと飛ぶピ太郎を追い越し、目を輝かせてこちらを見つめる少年達を追い越す。


 西門を出ると、モンスター軍団に守られながら、巨大なドラゴンがトゲのような骨の突き出た黒い足をゆっくりと進めているのが見えた。

 草原の丘には、土が剥き出しになったドラゴンの足跡がいくつも残っている。

 俺はドラゴンに向かって、骸骨を必死でなぎ倒す戦士達の合間を縫うように走って行く。


 先陣の骸骨を抜けた先には、案の定オークの戦列が立ち並んでいた。

 俺はスピードを落とさないまま、剣圧を絡ませた横払いでオークの群れを斬り進んで行く。

 しかし、5分ほど進んだ所で俺は足を止めた。

 

 ――トロルの軍団か。それもかなり数が多い。サラの魔力は温存しておきたかったが、時間がないな。

 俺が背中を見せ、サラに合図を送ろうとした時、トロルの軍団の最後尾が白い閃光と共に弾け飛んだ。

 

「――ケンスケさん! ここは任せてください!」


「アレス!?」


 勇者アレスは白馬に跨り、白銀の鎧を煌めかせて、光の魔法剣でトロルを切り刻んだ。

 フルプレートメイルを装備した側近たちも、メイスや光魔術でトロルを怯ませて、巨大ドラゴンへと続く道を広げてくれている。


「助かった! 強くなったな! アレス!」


「……ありがとうございます!」


 俺は足に集中させた気のギアを最大にして、ドラゴンに向かって全速力で駆け出した。

 巨大ドラゴンは、いよいよビニースハウスに覆われたぶどう畑に差し掛かろうとしていた。

 

「頼んだサラ!」


「はい! 任せてください!」


 巨大ドラゴンの上空へとサラの青い魔法陣がいくつも飛んで行き、その全てから炎の光弾が雷のように光り輝き、轟音を立てながらドラゴンへと繰り返し降り注いだ。

 巨大ドラゴンは歩を止めて、耳をつんざく叫び声を上げながら顔を振っていたが、やがてまた歩き出した。

 

 ――幾重もの黒い影のような瘴気が、ドラゴンを守るように立ち塞がっていた。

 恐らく異空間で俺達を襲ったのと同じ物だ。


「お兄ちゃん! あの影は任せて!」


「カミココ!?」


「えっ!? ココちゃん?」


 カミココは俺達と隣り合って、羽をはためかせて空を駆けている。

 そして腰の白いポーチから小さなノートパソコンを取り出し、カタカタと何やら入力し出した。


「私の! お気に入りの世界を! 壊すな! バカ!」


 カミココが大声で叫ぶと、ノートパソコンからLANケーブルのような紐が飛び出て、何度も枝分かれしながら広がり、その全てが黒影に突き刺さった。


 やがて、黒影は古い電灯のように、ビリビリと点滅し出した。

 すると、ドラゴンを覆っていた黒い瘴気が少しだけ和らいだ。


「今ならいけるよ!」


「ナイスだカミココ!」


「あ! 来るよ!」


 ――巨大ドラゴンが俺達に気付いたのか、顔を回して弧を描くように炎を吹きかけて来た。

 カミココはなおもノートパソコンにカタカタと入力しながら飛び上がった。


 後ろに跳んで炎を避け、ドラゴンを囲むように陣取るトロルの頭を足場に何度も跳んで、追撃の炎も躱す。

 そのまま草原に着地し、巨大ドラゴンの背後に回るように駆けて行く。


「ココちゃん大丈夫ですかね?」


「心配するな! 俺の妹だぞ!」


「……ですよね!」


 サラが軽く笑った時、ドラゴンと目が合った。

 ドラゴンは歩みを止めて俺達に体を向けようとしているようだ。

 俺は一度ドラゴンの傍まで近付いて尻尾まで回り込み、黒い岩と白い骨を飛び跳ねるように登っていく。


 黒くゴツゴツした岩肌からは、時折白い骨が槍のように突き出して来た。

 サラは待ち受ける骨の槍を氷結魔術で粉々にして行く。


俺は左右から絡めとるように伸びる骨を斬り裂き、躱しながら、巨大ドラゴンの背中を駆け登る。

 ドラゴンの肩で、足に全ての気を集中させて跳ぶ。


 ――そのタイミングを狙っていたのか、ドラゴンが顔の正面を向け、一斉に骨を放ってきた。

 サラの風魔術が骨を吹き飛ばす。俺は剣を思い切り振り上げる。


「サラ! 魔法剣だ!」


「はい! ケンスケ様!」


 サラの放った赤い光で、刀身も、全身も熱く震えるように燃え上がるのが分かった。

 俺は強烈な光に目が眩みそうになりながらも、巨大なまでに長く太く光り輝いて行く剣を、ドラゴンの頭へと、全ての気と力を込めて振り下ろした。

 

 そして、飛び散る溶岩のような火花と、削れるような音を立てながら、ドラゴンの頭は割れた。

 

 ドラゴンを覆う黒い岩の皮膚はボロボロに崩れていき、剥き出しの白い骨だけが残った。


 俺は切っ先が崩れた山脈まで届く程の巨大な剣を掴んだまま、自由落下でゆっくりと、溶かすようにドラゴンの白い骨を真っ二つに斬っていく。


「私もやっていいですか?」


「……いいよ」


 サラが俺達を縛っていた紐をほどいて、俺の手に重ねるようにそっと剣を掴んだ。


「……何か結婚式のケーキ入刀みたいだな」


「本当ですね! ……共同作業ならもう散々やってますけどね」


 軽く微笑んだサラが、堪らなく愛おしくなる。

 俺達が入刀を終えて草原に降り立つと、やがてドラゴンの骨はボロボロになって崩れて行った。


 ……やった。……何とかなった。

 安心して一息ついていると、骨の中に赤く光る物が見えた。


「サラ! あれ何か知ってるか?」


「あのドラゴン魔神のコアだと思います。ほっとくといずれ再生するので壊した方が良さそうですね」


「『普通』に倒せるか?」


「……今なら行けます!」


 俺は黒鎧を即脱ぎ、いつものローブ姿になった。

 そしてサラと不敵な笑顔を見合わせた。

 

「サラ! 一番で同時に行くぞ!」


「はい! ケンスケ様!」


「マキシマムファイア!!」「光速旋風斬!!」


 ――俺の火弾と、サラの斬撃が同時に命中した。


 粉々に砕けたコアの破片は、赤く光り輝きながら消えて行った。


---


 蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていくモンスター軍団を横目に、俺とサラは黙ったまま草原を歩いて行った。


 やがて、ぶどう畑に差し掛かり、キャベツ畑を抜け、初めてスライムを一緒に倒した小さな木の手前にやって来た。

 俺達は、パーティを組む約束をしたあの時と同じように、その木の前に座り込む。


 アドラント大通りの方を見ると、大喜びで腕を突き上げたり、歓声を上げたりしながら西門に帰って行く冒険者達や、パレードの準備をする子供達の姿が見えた。


 その様子を穏やかな気持ちで眺めながら、俺は呟くように語り出した。


「俺さ、ずっと剣が嫌いだったんだ。悪目立ちするのが嫌だし、大好きな魔術がまともに使えないのに、何で剣術ばっかり出来るんだよ、ってのもあったし……」


 サラは黙ったまま俺の手を握ってくれた。


「でもさ、あの指輪で剣術が使えなくなって気付いたんだ。俺が剣聖だったからサラとも出会えたし、剣があったから守れた物も沢山あった。剣も……剣聖ケンスケも俺の一部なんだ」


「……私もです」


 俺は、ぶどうの房や野花で飾り付けされて行く西門をそっと見つめた。


「……何とかなって良かったな」


「……はい」


 サラは少し顔を紅くして俯いたまま言った。


「あの……私……上手く言えないかもですけど、最初はすごく不安だったんです。剣聖のケンスケ様に憧れてばかりだと、本当のケンスケ様に失礼なんじゃないかって……。ただ剣聖のケンスケ様に憧れてるだけで……本当のケンスケ様を見ていないんじゃないかって……」


 サラは、顔を上げて続けた。


「でも、ずっと一緒に過ごしたり旅したりしている間に、魔術師のケンスケ様にも同じくらい……憧れているっていうか……。離れるなんて考えられないっていうか……。えっと……その……」


「――大丈夫。俺が言うから」


 俺が意を決して立ち上がると、サラもつられるように立ち、そのまま向かい合った。

 サラは碧い瞳で、初めて見るように俺を見つめていた。

 俺もゆっくりと、真っすぐにサラを見つめ返す。


「俺はこの世界が好きだ! クリスタもカミココもピ太郎も、アドラント大通りも、大通りのみんなも、大好きだ!」


 サラは嬉しそうに微笑んで、静かに俺の言葉を待った。


「剣も……今はちょっとだけ好きだ! 魔術の方がずっと好きだけどな! ……でも俺が一番好きなのは……」


 俺はサラに歩み寄った。


「俺が一番好きなのは……サラ! 君だ!」


「私もです! ケンスケさん!」


 俺はサラの唇にそっと口づけた。


 サラの唇は、仄かにぶどうの香りがした。


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