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34話 旧友との再会

「なんかごめんな……サラ」


 次の日、何に対して謝っているかもよく分からなかったが、俺はとりあえずサラに謝った。


「……いえ……私の方こそ……」


 私の方こそ何なのかも良く分からなかったが、この際どうでもいいだろう。


 台所の方を見ると、サラへの謝罪の形だろうか。カミココとクリスタがホットケーキらしき物を作っている。

 少し心配だが、多分大丈夫だろう。


「おいココちゃん! このホットケーキ全然焼けないぞ!」


「……クリスちゃん、なんか煙が出てるよ!」


「うわっ! やべえ本当だ!」


 ……大丈夫じゃなかった。


 慌ててサラと連れ立ってクリスタを指導し、またソファに戻る。


 そして俺は何となくテレビの電源を入れた。

 ポチポチとチャンネルを変えていると、ふと気になるニュースがあった。


『王国通信によると、魔界付近のガルツ村が徒党を組んだモンスターに襲われて壊滅したとの事です。……犠牲者や怪我人の情報はまだ入っておりません。魔界付近の村には多くの兵士が配備されているので本来は安全な筈ですが、ガルツ村には少数の兵士しか配備されていない事が地方評議会の議事録にも残っており、原因の究明が急がれています。これについて議長のラウン氏は遺憾の意を……』


 俺は徹底的に破壊された家の映像を見て気分が悪くなった。


 ――はー全くひどい話があったもんだなあ。

 それにしてもガルツ村か……何か聞いたことあるような気がする。

 ……そうだ、一緒に魔王倒す冒険してたトシキが住んでいる村だ。


 しかし、俺には新たな疑問が浮かんできた。

 トシキが住んでいる村なら、例えモンスターに襲われてもあんなに破壊される筈がない。

 

 ――トシキに何かあったのか?


「サラ、ちょっと用事が出来たから朝食食べたら出掛けて来るね。……悪いが今日のスライム退治はパスな」


「わかりました。じゃあ今日は公園で素振りしときます!」


 サラはそう笑顔で答えた。


---


 万が一の為、布ベルトで剣をローブの背中に掛け、馬に乗って北へと向かう。

 魔界が近付いて来ると、景色は殆ど草木の無い荒野ばかりになっていった。

 彼方に見える大地から煙のように黒い瘴気が所々上がっている。

 ――ありゃあ臭かったなあ。二度とあんな所入りたくないもんだ。


 そのまま少し東に行くと、道沿いに草木が少し戻って来て、道の先には所々崩れた城壁の姿があった。

 あれがガルツ村だろう。


 俺は半壊した馬駐の木枠に馬を停め、村の正門に向かう。

 入り口には憲兵の姿こそないが、マスコミがたむろして村の様子を撮影している。


 ――マスコミは苦手なんだよなあ。


目立たないように離れてから煉瓦の城壁を飛び越えて村に入り込む。


 村は酷い有様だった。老若男女問わず惨たらしい死体がそこらに転がっていて、建物はどれもが徹底的に破壊されて均されている。


 ――いや、一軒だけ何事も無かったかのように平穏無事な家があった。

 トシキの家だ。


 俺は不審に思いながらも亡骸を踏まないように気を付けて進み、トシキの家の扉を叩いた。


「誰だ?」


 懐かしい……相変わらずのちょっと高めの鼻声。トシキの声だった。


「ケンスケだ。ニュースを見て心配になってな。ちょっと話さないか?」


 トシキが扉を開けた。


「……久しぶりだなケンスケ」


 以前と変わらない、小太りのトシキの姿がそこにはあった。


---


 トシキは俺と同じように、別の世界からこの世界にやって来た転生者だった。

 ……と言っても俺のいた世界とは歴史とか文化とか地理とか、細かい事が微妙に違うのだが、それでも一緒にいるだけで何だか安心できた。


 目立つのが苦手な性分は俺と似ているし、何かと気が合ったのも確かだ。

 一緒に魔界を冒険して魔王を倒してからも、その友情は続くと思っていた。


 しかし、トシキは……あまり顔が良くなかった。

 そのせいで剣聖の称号は俺だけに与えられる事になってしまった。


 「目立たなくて済むから却って良かった」とトシキは笑っていたが、それ以降何だか気まずくなってしまい、次第に疎遠になってしまったのだった。


「まあ座れよ」


 ああ、と返して携帯食料や水の瓶が入った大きな段ボール箱が乱雑に置かれた部屋の隅に座り込む。

 

「俺、最近ゲーム作るのにハマっててさー。ケンスケもやってけよ」


 トシキの態度はどこかたどたどしかった。

 俺はゲームの準備をするトシキを手で制して、早速本題に入った。


「何で村を守らなかった?」


 沈黙が流れる。


「まあ、ちょっとした復讐だよ」


 トシキは、何でもない事のように平然と言ってのけた。


「……最初は魔界の近くにある危険な村だから守ってやりたいって気持ちでこの村で暮らしてたんだ。……でも村の奴らは俺に冷たかった。やれブサイクだの、キモいだの、引きこもりだの何だの言って来て、壁に落書きされた事もあった。それで益々引きこもるようになったんだが、お前が知っての通りモンスターが徒党を組んで襲ってきてな。大慌てで村長の馬鹿が俺の家に来てさ、助けてくれーってさ」


 トシキは口元を吊り上げて嘲笑して見せた。


「あの村長は俺の力を知ってたんだけど、とにかく馬鹿でさ。いざとなったら俺が助けてくれると思って、防衛兵を減らして余った金をこっそり着服してやがったんだ。だから大慌てで村人にも呼び掛けてさ。俺の家に押し掛けて、助けてくれーってさ! ありゃあ痛快だったぜ! 俺の事キモいって言ってた女共も、ごめんなさいー! 助けてくださいー! って縋り付いて来てさあ!」


 俺は何も言えないまま、ただトシキの声を聞いていた。


「だから俺、何もしないでやったんだ。ただ、自分の家だけ守ってやったんだよ。馬鹿共が泣き叫んで逃げ惑うのを最高の気分で眺めながらな! ありゃあ最高だったぜ!」


 俺は何とか口を開こうとしたが、言葉が出なかった。

 ――俺も、トシキと同じ立場なら同じ事をしたのかも……いや、しなかったのかも知れない。


「……でもな。スッキリはしたけど……結局俺には何も残らなかった。……それに、俺は……これからもきっと何も残せない……何一つな」


 長い沈黙の後、俺はやっと声を出した。


「……ゲーム作ったんだって? ちょっとやってみていいか?」


「……ああ。……結構自信作なんだ。やってみろよ」


 トシキのゲームは力に目覚めた少年が魔王を倒すと言う、悲しくなるくらい王道のRPGだった。

 ――やっぱり……トシキは本当に悪いやつじゃないんだ。きっと。


 そう思うと、俺は涙が零れそうになった。

 

「……トシキ……俺はそれでも……お前に村を守って欲しかった」


「……それは無理だよ。……俺はそういう人間じゃないんだ。……でももし、俺が剣聖の称号を受けていれば……俺がもう少し引っ込み思案じゃなけりゃ……もしかしたら何か違ったかも知れない。……俺がずっと目立たないように生きて来たのが、裏目に出てしまったのかも知れない。そういや、村長が冷たくされる俺を見かねて、『あなたの力をみんなに喧伝してやりましょう』とか言って来たことが何度かあったが、断っちまったな。……後悔があるとするなら、そこかな」


 俺はトシキと同じようにずっと目立つのが嫌だったし、それが俺の性分だ。

 今までも、これからもそれは変わらないだろう。

 しかし、結局のところ人は社会の中でしか生きられない。

 その社会の中での評価や立ち位置を無視していたら、こんな悲劇が起きてしまう事もあるのだろうか。


「そんな顔するなよケンスケ! ……お前は剣聖だろ?」


「まあ……一応な」


「それに、お前女出来ただろ?」


「……まだ付き合ってる訳じゃないけど、いい感じの子はいるな。何で分かった?」


「何となく……以前より生き生きしてるって感じがしたからな。……まあ頑張れよ。……応援してるからさ」


 トシキの作ったゲームのエンディングを見終わった俺は、立ち上がった。


「じゃあなトシキ。一年に一回くらいは遊びに来るからさ」


「……ありがとうケンスケ。また新しいゲーム作って待ってるぜ。……頑張れよ」


 トシキは、少し寂しそうに笑っていた。


---


 西日で赤く染まる大通りを抜けて、部屋へと戻る。


「ただいまー。あれ? クリスタとカミココは?」


「おかえりなさいケンスケ様。クリスちゃんとココちゃんはスーパー銭湯行ってますよ。……それと、お客さんが来てます」


 部屋に入るとテーブルの向こうに見覚えのある爺さんが座っている。


「ケンスケ様……! いつぞやは大変申し訳ございませんでした!」


 確かケンタとミカと会ってドングリ拾って、頼まれて白い鳥とグリフィンを倒したけど、誤解を与えてしまい色々あった村の村長だ。

 爺さんは赤い魔導書を俺に差し出すと、頭をぴったりと床に付けて……何と土下座してしまった。


「ちょ……頭を上げてください! もういいですから……!」


 俺は慌てたようにそう言った。サラも恐縮してしまっている。


 俺とサラが困っているのに気付いたのか、村長はようやくおずおずと頭を上げた。


「本当に申し訳ございませんでした……白い鳥だけでなくグリフィンまで討伐して頂きながら……あんな鬼畜の所業を……それも天下の剣聖様に……」


「まあ身分を偽っていたのは俺の方ですし……」


「そうです。私達もう気にしてませんから……」


「申し訳ございませんでした……!」


 なおも謝り続ける村長だったが、俺達がお詫びの品が入った袋を受け取るとやっと帰って行った。

 お詫びの品の中には、しばれ芋という黒いジャガイモの保存食や、ドングリクッキーや、干し肉や、ケンタからの手紙が入っていた。

 

 中には下手な字で「ごめんだけどありがとう」とか書いてあり、サラと一緒に読んでいてつい笑みがこぼれた。


『ぼくとミカはピカラードに行ってケンスケの映画のディスクを買って、それをみんなに見せました。そしたら、みんなケンスケは剣聖ケンスケなんだって言って、ケンスケの事を信じてくれました。だから良かったです』


 中でも俺の気を引いたのはこの一文だった。


「剣聖ケンスケかあ……」


 ――目立ちたくないからと言って、俺は少し意固地になって否定し過ぎていたのかも知れない。剣聖の称号も、剣の才能も。


 村長から受け取った秘伝の赤い魔導書は結局魔力不足で使えなかったが、それでも俺は少しだけ強くなれた気がした。


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