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28話 廃墟遺跡

 兄妹と別れた俺達は、ハッキリ見えるようになった廃墟遺跡の瓦礫の山に向けて、レキセ道を軽い足取りで進んでいた。


「さっきのケンスケ様、カッコ良かったですよ!」


 からかうような笑顔でそんな事言われたら、流石に恥ずかしい。


「……頼むからもう忘れてくれ」


 自分でも顔が火照って赤くなって行くのが分かる。


 ――ケンタとミカは喜んでくれたが、あのセリフは少しクサかったかな。


 そう思いつつ気晴らしに水筒の水を飲んでいると、円筒型の無数の白い物体がレキセ道の遥か遠くに見えた。


「ケンスケ様! 何ですかねあれ?」


「何だろうな」


 暫く歩いていると、ホバー移動するその物体の一団とすれ違った。

 近くで見た感じ、道路を整備するロボットのようだ。

 

「わーー! すごいですねー!」


「多分古代文明の頃作られた奴だな。古代文明ってロマンあっていいよなあ」


「分かります! 昔の人はどんな生活してたんだろうなって思ったら、ワクワクしちゃいます!」


 サラのあどけない笑顔が堪らなく愛おしくなる。

 ――その時、自分でも驚く程自然に、俺はサラの手を握っていた。


「……ケンスケ様?」


 サラは最初戸惑っていたようだが、やがて俺の手を軽く握り返した。

 幸せのあまり景色が歪みそうになる。


 ダンスでも踊るかのようにサラと腕を突き出して歩く。

 その度に、心臓が飛び出る程高鳴って行くのが分かった。

 ふと、夢見心地のままサラの方を見ると、俯いて顔を真っ赤にしていた。


「……ごめん。嫌だった?」


 しかし、サラは無言のまま俺の手を握り返して来た。

 幸せの波がより一層強くなり、景色がぼやけてまともに見えなくなる。

 ――ダメだ。理性が飛びそうだ。抱きしめたい。


「……ちょっと休憩するか」


 ――無論、エロい意味の休憩ではない。

 俺は残った理性を振り絞って煩悩を追いやり、サラの手をそっと放した。


 ――ダメだな俺は。もっとサラの気持ちも考えてやらないと。

 小さなビニールシートを広げて俺の隣で座ったサラの顔を横目で盗み見ると、どこか寂し気な表情をしていた。


 ――どういう表情なんだ。やはり手を繋ぐのは早過ぎたか?

 あーもうやっぱり俺は馬鹿だ! サラは剣聖ケンスケに憧れていても、魔術師ケンスケに興味なんかある訳ないのに。


 ――ん? どうなんだ?

 俺はサラの気持ちを勝手に決めつけてしまっていたが、もしかしたらサラは魔術師としての俺も好きになってくれているのかも知れない。


 ――告白して聞いてみるか?

 いやダメだ。もしダメだったら今の関係も壊れてしまうかも知れないし、優しいサラの事だから俺を傷付けまいと嘘をついてしまうかも知れない。


 大体さっきの表情は何だったんだろう。女心って奴は全くわからない。

 そんな事を考えつつ、俺は恐る恐る立ち上がって小さな声で言った。


「……じゃあそろそろ行こっか」


 俺につられるようにサラも無言のままゆっくり立ち上がった。

 ――やはり怒っているのだろうか。

 何となく気まずい空気を感じながら、俺は再びサラと歩きだした。


 それから1時間程経つと、レキセ道の終点である国境長城の檻のような大門の前に、機動隊が持っているような長方形の盾を持った兵士達が連なってランニングしているのが見えた。


レキセ道を挟んだ右側には、目的地の廃墟遺跡のひび割れたコンクリートと、突き出した鉄骨がすぐそこまで近付いて来た。

 その向かい側にある電脳都市ピカラードに続く大きな横断歩道には、往来する観光客らしき人影も見える。

 

「やっと着いたな」


「……はい! 楽しみです!」


 サラはいつものように元気に返事した。どうやらさっきの事はもう気にしていないようだ。

 俺も気を取り直して廃墟遺跡での大冒険に胸を躍らせた。


 しかし、廃墟遺跡は想像していた物と全く違った。

 まず、黒く塗装された道と、観光客の雑踏で風情もへったくれもない。

 その上、崩れたコンクリートの廃墟は縄の付いたポールで囲まれていた。更にその傍にはご丁寧に説明板が立っていて、前文明の頃破壊された軍事施設だとか解説が書いてある。

 

 廃墟の展示は他にも色々あったが、どれも似たり寄ったりだった。

 広場には軽食やお土産を売っている売店や、ソフトクリームなんかの出店も普通にある。

 

 ――いかにも観光地といった感じだ。

 

「何か思ってたのと違いますね……」


「ほんとだな……」


 俺が廃墟遺跡と聞いて想像していたのは、木漏れ日を受けてひっそりと佇む、苔むした石造りの神秘的で美しい遺跡だ。

 ……こんな俗世のいかがわしさ満点の人込み溢れる観光地では決してない。


「正直、がっかりだな」


「……はい」


 俺はベンチに座って徒労感に苛まれていた。隣で座るサラも流石に落ち込んだ様子だ。

 ――ま、折角だから二人きりのデートを楽しむとするか。

 

「ソフトクリームいる?」


「あ、お願いします!」


 ぶどう味がなかったのでブルーベリー味を2つ買って戻る。


「ありがとうございます! ……あ! おいしいですね!」


 サラも開き直って楽しむことにしたのだろう。いつもの元気な声だった。


「うまい! 素材の味そのままって感じだな」


 本当にびっくりするくらい美味しい。濃厚なミルク感と控えめな甘さのソフトクリームが、大粒ブルーベリーの酸味と絶妙にマッチしている。

 ふと、サラが俺をじっと見つめて、瑞々しい下唇を突き出すように人差し指を当てた。


 ――ん? 何だこの仕草。まさかキスしろと?

 嘘だろ? サラってこんなに大胆な子だっけ? でも最初に出会ったときは結構アプローチして来たし、そういう所もあるのかも知れない。


 どうしよう。据え膳食わぬは何とやらと言うし、もう行っちゃうか?


「ケンスケ様! クリームがここに付いてますよ!」


「あ……うん」


 ――早まらなくて良かった。

 俺はクリームを舐め取ると、気を取り直してエリアマップが描かれたパンフレットを広げた。


「次どこ行こうか?」


「この旧展示場はどうですか?」


「……いいね。行こうか」


 サラが指さしたのはマップの端にある、途切れた道の先に至旧展示場と書いてあるだけの部分だった。

 しかし、その未開拓感により逆に俺の中の期待値は高まった。

 ここなら普通の展示よりよっぽど良質の廃墟が拝めそうな気がするし、ジェフが言う異空間への扉があるという噂話も信憑性が増すというものだ。

 

 人込みでごった返す観光地に異空間への扉がある訳がないのだ。あってたまるか。

 俺達は夕暮れ空の中、旧展示場への砂利道を進んで行った。


---


 旧展示場はおおむね期待通りの雰囲気だった。

 草が腰の高さまで生い茂っていて歩きにくいのと、木々が空を覆いつくしていて不気味なまでに薄暗いのと、クモの巣がやたら多いのは残念だが、自然の中に崩れたコンクリートの瓦礫や、赤茶色にサビた戦車、苔の生えた石のオブジェ等が散乱していて、いい感じに神秘的だ。


 しかし、異空間の扉らしき物はなかなか見つからなかった。

 やがて辺りが真っ暗になって来たので、俺は魔導ランプのスイッチを入れた。


「あ! これじゃないですか?」


 サラが指さした先に向かうと、不気味なまでに白い石碑のような物体があった。

 石碑の周辺は不自然なまでに草木が全くない白い砂地になっており、見上げると木々に覆われた小さな星空が見えた。


 石碑の中央には扉のような枠があり、その中央に大きな鍵穴が付いている。

 更に枠の上の方には、古代文字が刻まれた黒いプレートが貼ってある。

 複雑な魔術を使う際に必要なので古代語は完璧にマスターしている。読むのは簡単だ。


「別の……空間の……扉……か?」


「どうやらここみたいですね!」


 しかし、軽く触ってみても扉が開く気配はなかった。


 ――そうだ、カミココに聞いてみよう。

 俺は頭にカミココを想い浮かべて、思念を送った。

 

(おーい! カミココ!)


 カミココはすぐに返事をした。

(久しぶりお兄ちゃん! 何か用?)


(実は今、異空間の扉らしき物を見つけたんだが、入り方が分からなくてな)


(私今シャワー浴びてるんだけど……)


(あ、そうなの? ……ごめん)


(嘘だよエロ野郎)


「そうやって大人をからかうのはやめろ!」


 サラが驚いてこちらを見た。しまった、つい声に出てしまった。


「いや、何でもないよサラ」


「……そうですか」


 何とかごまかせたようだが、今後気を付けよう。


(で、何か知ってる?)


(普通に開錠魔術使えば開くよ)


 なるほど。開錠魔術はこの世界ではかなり難易度が高い魔術なのだが、サラは使えると言っていた。試してみる価値はあるな。


(ありがとなカミココ)


(でも気を付けて。その場所、バグの匂いがする)


 カミココのいつになく真剣な声色が少し気になりつつも、俺はサラに開錠魔術を頼んだ。


「昔軽く覚えただけなので自信ないですけど……」


 サラは受け取った俺の杖で魔法陣を描き、鍵穴をコツンと叩いた。すると、魔法陣は回転しながら、鍵穴に吸い込まれていった。

 すぐにガチャンと音が鳴り、扉はゆっくりと奥に傾いていく。

 扉の向こう側は、ペイントソフトで真っ黒に塗りつぶしたような漆黒の空間だった。


「本当にいいのか? 危ない目に遭うかも知れないぞ」


 一応確認しておく。


「ケンスケ様となら怖くないです!」

 

 真っ直ぐ俺を見つめるサラの碧い瞳に、怯えた様子はなかった。

 俺はサラの手を握った。

 サラもそっと握り返す。

 

「行くか!」


「はい!」


 俺達は先の見えない闇の中へとゆっくり歩を進めていった。


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