26話 ケンタとミカの村(前編)
俺はサラと廃墟遺跡を目指す旅を続けていた。
サラと隣り合って、大きな谷をいくつか抜け、ドングリの葉が散らばる並木道を進んで行く。
レキセ道のアスファルトはなだらかに降りながら、彼方まで真っ直ぐに伸びている。
「もう少しで到着だぞ。サラ」
「はい!」
サラはギザギザの地平線を作る国境長城の、右手前辺りを指さした。
「ケンスケ様! あれが廃墟遺跡ですかね?」
「そうそう。あの鉄骨剥き出しの瓦礫の山が廃墟遺跡だ。その左にあるビルが立ち並んでるのが電脳都市ピカラードだ」
「どっちもテレビで見たことあります! 王都とはまた違った感じの都会ですね」
ふと、サラと肩が軽く触れ合った。
――今日は気のせいか、サラとの距離がいつもより近い気がする。
手をちょっと握るくらいならセーフだよな? 旅立って最初の日も繋いだし。
そうだ。俺が剣聖ケンスケを超えたいのは、単に実力で超えたいというだけの話ではない。
俺はただ強いだけでなく、目立たないながらも尊敬されるような、特にサラから尊敬されるような魔術師になりたい。
――その為にはここで手くらい握れなくてどうする?
別におかしなことはない。女友達ともノリで手を繋いだりするもんだろうし。……多分。
俺は手汗をローブの裾で拭い、ゆっくりサラの方に手を、
「おい! 僕のドングリ踏むなよ!」
――うおびっくりした!
声の方を見るとガードレールの外側の茂みに少年が立っていた。
白シャツで短パン姿の少年の手にはドングリが入った麻袋が握られている。
「踏むなよー!」
足元を見ると確かに俺が踏んだドングリの実が散らばっていた。
「おっとすまんな」
俺とサラが道の中央に少し寄り直すと、少年の近くから別の声がした。
「お兄ちゃん……。そんな言い方したら失礼だよ……」
赤い頭巾を被った女の子だ。大人しいが、しっかりしていそうな感じだ。
「だって僕のドングリだもん!」
兄の方は普通のクソガキといった感じだな。
サラは腰を落として少年と目線を合わせた。
「ごめんなさいね。拾うの手伝うから許してくれる?」
「うん! 拾ったらこの袋に入れろよ!」
ちょっと調子に乗らせ過ぎるような気もしたが、興が乗ったので俺もドングリを拾い集めて、少年の持つ麻袋に入れてやる。
暫くドングリを拾っていると、やがて少年の麻袋はパンパンになった。
「ミカ! そろそろ帰るぞ」
「はいお兄ちゃん!」
少女は俺達の前にでて、ペコリと小さくお辞儀してみせた。
「ありがとうございました! 私ミカっていいます。またお会いしましょう」
「僕ケンタっていうんだ! また遊ぼうな!」
「さようなら!」
「じゃあなー」
兄妹は俺達の名乗りも待たず、林の中に走って行って見えなくなった。
「……ケンタ君って、ケンスケ様に名前似てますね」
「まあ、北の方ではよくあるタイプの名前だしな」
サラがケンタ君と言ったとき、俺は思わずドキリとしてしまった。
――サラにケンスケ君って呼んで貰えたら最高だろうな。あ、呼び捨てってのもいいかも。
そんな感じで妄想に花を咲かせながら進んで行くと、サービスエリアに到着した。
「もう日も落ちてきたし、今日は泊って行こう」
「はい!」
いつものように商業施設の前の出店で宿泊代を払おうとすると、受付の黒ローブを着た爺さんが申し訳なさそうにしている。
「お食事はお出しできませんが、よろしいでしょうか?」
「……何かあったんですか?」
少し気になったので聞いてみた。
すると、爺さんは生気のない虚ろな顔で言った。
「実は……村長の私が不甲斐ないばかりに、西の森に白い鳥のようなモンスターが住み着いて畑を荒らしておりまして、そのせいで食料が不足しているのです。北方守備隊の方々に討伐を頼んでいるのですが……訓練で忙しいとかで派兵は来年になるとのことです……」
「ケンスケ様! 私達で何とかしてあげましょうよ!」
サラは両手で拳を作ってやる気満々だ。
だが話を聞いた感じ結構強そうだし、俺達が普通のやり方で倒すのは難しそうだ。
剣で倒すとなると悪目立ちしそうだし、あまり気乗りしないな。
――しかしサラの手前もあるし……。
「……そうだな。俺達で何とかするか」
「お爺さん! モンスター退治なら私達、魔術師ケンスケと戦士サラに任せてください!」
「本当ですか? ありがとうございます! ささ、どうぞ!」
村長は感激した様子で俺達を商業施設の中に招き入れた。
「みんな! 聞いてくれ! こちらの魔術師ケンスケ様と戦士サラ様が、あの鳥を退治してくださるそうだぞ!」
覇気のない顔でプラ椅子に座ってテレビを見ていた村人たちが、一斉にこちらを見た。
次の瞬間、施設中に歓喜の声が響き渡った。
「やったー! もうドングリ料理には飽き飽きしてたんだよ!」
「食事が出せないせいで誰も泊ってくれなくて困ってたんです! 助かります!」
俺とサラは上手く身動きできない程に、詰め寄って感謝する老若男女の人だかりに囲まれてしまった。
「あ、そうだ! 報酬をご用意致しましょう!」
そう言うと、村長は部屋の隅に置かれた大きな金庫の前に向かって行く。
「いえいえ、お構いなく」
――報酬って何だろう?
社交辞令で遠慮しつつも、つい声に期待の色が入ってしまう俺だった。
やがて、村長は赤い魔導書を取り出して高く掲げて見せた。
「あの憎き鳥を退治して頂ければ、この我が村秘伝の魔導書をお譲り致しましょう!」
よっしゃあああ! やってやる!!
「……やります! 魔術師ケンスケに全てお任せください!」
「もう、ケンスケ様ったら……」
「う、うん。人助けは大切だもんな! 頑張ろうなサラ!」
「調子いいんですから……」
――しまった好感度が少し下がったか。今後気を付けよう。
「あ! さっきの兄ちゃんだ!」
先ほど一緒にドングリを拾ったケンタとミカが近付いて来た。
……この村の子供だったのか。
「ケンスケってんだ。こっちはサラ。安心しな。お前の村は俺達が守ってやる!」
「僕と名前似てる! ケンスケは強いの?」
「おう! 魔術師ケンスケと戦士サラは最強のパーティだぞ!」
「へー! じゃあ僕も最強になる!」
「そうか。頑張れよ」
「うん!」
――クソガキと思っていたが中々素直で可愛い所もあるじゃないか。
やがて、村長の号令で歓迎会の準備が始まった。
食糧事情が厳しい中で、精一杯の工夫が見え隠れする山菜サラダやどんぐりパン。虎の子だっただろうジャガイモとハムを使ったソテー。安物の赤ワインの瓶が長テーブルに置かれていった。
ケンタとミカも、折り紙で作った手作りの首飾りを俺とサラに掛けてくれた。
「では、ケンスケ様とサラ様のご武運を祈って! 乾杯!」
「「乾杯!」」
目立つのは少し嫌だったが、正直ここまで歓迎されると悪い気はしなかった。
サラも嬉しそうな笑顔を浮かべている。
そして、楽しい夜はあっという間に過ぎて行った。