外伝 クリスタとカミココ
「ひーーーーまーーーーだーーーーー」
私はベッドに寝そべって駄々をこねるように呟く。
「暇そうだねえ……クリスちゃん」
飽きもせずソファでピコピコとゲームをしているココちゃんが、振り向きもせずぞんざいに答えた。
ケンスケとサラが旅立ってから一週間程経っただろうか。
私は機械遺跡での穴掘りにも、ゲームやテレビにも飽き飽きしていた。
かといって飲みに行ったりギャンブルしたりスポーツ観戦したり出来る程の余裕はない。
――そうだ、ココちゃんに頼んでみよう。
「……ねーココちゃん。なんか楽に儲けられる不思議アイテム出してよー」
「ちょっと待ってー。今ボス倒してる所だからー」
暫く待っていると、ボスに負けたのか少し不機嫌そうにココちゃんがゲームの手を止めた。そしてぶっきらぼうに何やら差し出して来る。
「はーい。儲け話見つけ機~」
「えーー! 前にこれ使った時何も見つからなくて、結局ケンスケに説教されて普通に働かされたじゃんかー!」
「もう一回使ってみるといいよ」
それだけ言い残すとココちゃんはまだゲームを再開してしまった。
――もう一回使ってみるといいよ……か。
天才魔道具職人ココちゃんのその言葉には何か意味があるような気がしたので、私はジーンズの後ろポケットに見つけ機を入れ、スコップ片手に機械遺跡へと向かう事にした。
---
機械遺跡の周辺はガラクタのゴミ山で、そこを抜けると段々畑のように地下に大穴が空いている。
日に焼けたおっさん達の人影も、まばらだが小さく見えた。
「全く……何で私みたいなうら若き乙女が……こんな重労働をしないといけないのでしょーか……あー面倒臭い」
梯子を降り、顔見知りのおっさん達と軽く挨拶しながら見つけ機のスイッチを入れる。
その途端に見つけ機がけたたましく鳴り響く。
「おいおいクリスタ……何だそれ?」
名前忘れたけど無駄にイケメンなおっさんが私の見つけ機を覗き込んだ。
「へへへ! 教えてやんねーよー!」
「何でもいいけどよお。静かにしてくれようるせーなあ」
「ごめんごめん」
適当にいなしつつ、見つけ機の反応が一番大きくなる場所を探す。
――うーん北西の隅か。ここはガラクタしか出ないから人気ない場所なんだけどなあ。
不審に思いながらも、見つけ機の電源を落として黙らせ、スコップを土に突き刺す。
そのまま2時間程掘っていたが、お宝はおろかガラクタすら出てこない。
うんざりしてそろそろ帰ろうかと思っていた矢先、スコップの先に固い物が当たった。
――これは……宝箱?
---
「今日は私の奢りでいいぜー! ヒレだろうがロースだろうがハラミだろうが掛かってこーい!」
――あー気分がいい。まるで金貨がたっぷり入った宝箱を掘り当てて一攫千金を手にしてしまった時のような最高の気分だ。
そんな訳で私はココちゃんと飲み友達のカルコを誘って高級焼き肉店に来ていた。
「高級な特濃豆乳とかマシュマロも頼んでいい?」
少し上目遣いのココちゃんに、私はドヤ顔で返す。
「もちろんお好きなように! いくらでもどうぞ!」
「やったー!」
カルコもレモンサワーで真っ赤になった顔を綻ばせ、嬉しそうに肩を抱いてくる。
「クリスちゃんどうしたのー! ヤケに気前いいじゃんかー!」
「へっへっへ! 実はなー! 機械遺跡でお宝を掘り当てちゃったんだー! じゃじゃーん!」
私が上機嫌でテーブルに金貨をばら撒くと、カルコが歓声を上げた。
「すごーい! やだもおおおおおお! いいなああああああ!」
しかし、カミココは急に青い顔で俯いて、箸を止めていた。
「あれ? どうしたココちゃん。食べないのか?」
「クリスちゃん……その金貨、不思議アイテムみたいな奴だよ……。……多分……半日したら消えちゃうと思う……」
時が止まったような静寂の中で、肉が焼ける音と匂いだけが漂っていた。
「……やべえじゃんそれ……どうしようココちゃん」
後の祭りだった。
私は既に魔導具店や酒場やカラオケや宝石店をハシゴして散々散財し尽くしている。
……薄情者のカルコの奴は、いつの間にか姿を消していた。
---
罪悪感はあったが取り敢えず金貨で支払いを済ませ、夜の町を抜けて家路に向かう。
――まずい……そろそろ半日経つ……。
私が財布を取り出すと、手に感じる重さが明らかに軽くなっている。
慌ててガマ口を開くと、あんなにぎっしり詰まっていたはずの金貨はやはり完全に消え失せてしまっていた。
――終わった。
「……やべーよココちゃん!」
都合が悪いことに、丁度閉店の時間だ。
レジの中身を確認されたら……まずい。
今時珍しく金貨で支払った私は、真っ先に疑われる事だろう。
その時、ドタバタと足音が響いて来た。 南門の方からだ。
「クリスター! てめえ騙しやがったなー! 金払えー!」
「何てことをしてくれたのですか! 絶対に詐欺で訴えます!」
見覚えがある店員達が怒号を上げながら人だかりになって追って来た。
「あーもう最悪だよ……」
「とにかく一旦家まで逃げて!」
言われた通りにスタコラサッサとココちゃんの手を引きながら走り出す。
ふと、私に少し似た赤髪の女が目についたので、店員達にそいつに意識が行くように角を曲がって攪乱し、裏路地に入り込んで隠れる。
「すごいねー! 流石クリスちゃん」
「まああんまり褒められた特技じゃないけどな……」
私は呟きながらも、追跡者の隙をついて宿屋まで一直線に向かった。
そしてそのまま階段を駆け上がり部屋に倒れるように入り込む。
「……あー酷い目に合った」
一息つく間もなく、ドアを激しく叩く音が響く。
「おいてめークリスタ! 何が釣りはいらねえだよ! ナメてんじゃねえぞ金払えや!」
「……もうバレちゃったね」
ココちゃんもいつに無く不安そうだ。
「……どうしよう。……ココちゃん」
「不思議アイテムで何とかするしかないね」
「そうだ! 不思議アイテムなら何とかなるじゃん!」
私は安堵したが、ココちゃんは俯いたままだ。
「……でも何の不思議アイテムが出るかは私にも分からない。……ちゃんと精神パワーがないといいのが出ないし」
「精神パワー?」
その時、叫び声と共に玄関の扉が揺らいだ。
……あの声は多分筋トレ用品店の店員のムキムキ男だろう。
「ピーーー!」
ピ太郎は驚いて目を覚まして、部屋の中を慌てたように飛び回っている。
「説明してる時間ないから、早く私の不思議ポーチに手を突っ込んで! そして頑張っていいの出ろってお願いして!」
「分かった!」
私はココちゃんに倣ってポーチに手を突っ込んだ。そして念じた。
――ケンスケやサラに怒られるのはもうヤダ! 借金するのももうヤダ! 牢屋ももう絶対ヤダ!
すると、手に固い感触が残った。
「やった! 一回しか出ない超レアな奴出たよ! はい、無かったことにする機~」
無かったことにする機は、黒いマイクのような見た目だった。
「今日あった事、全部無かった事にしてください!」
ココちゃんがマイクに叫ぶと、その声が大きく何度もこだまして、眩暈がするように視界が歪んだ。
暫くして歪みが収まる頃には、扉へのタックル音は止まっていた。
辺りを見回してみると、私が買って来た宝石やら筋トレグッズやら変な機械やらが袋ごと消えていた。
さっき食べて私の胃袋に入った焼き肉も消えてしまったのか、猛烈に腹が減って来た。
ただ記憶だけは元のままのようで、今日の出来事ははっきりと思い出せた。
「私、明日からは真面目に働くよ……」
「うん……頑張ってね……」
ココちゃんは疲れ果てた顔でそう呟いた。
傍に舞い降りたピ太郎を撫でながら、私は大きく息を吐いた。




