25話 むっつり戦士ミザキ
レキセ道の左端を歩きながら、道沿いの谷に生えている山ぶどうを摘まんでみる。
かなり酸っぱいが独特な渋みと、栄養が凝縮されていそうな濃い味わいが癖になる。
「サラ、山ぶどううまいぞ。食べてみる?」
小さな房をちぎってサラに差し出す。
「へー。これが山ぶどうですか。 んー! おいしいですね!」
「一杯なってるし、ちょっと多めに貰ってくか」
「いいですね! おやつに食べましょう!」
俺は歩きながら、山ぶどうの小さな粒を房からちぎって空のペットボトルに入れていった。
サラも同じように粒をちぎって俺に手渡してくれた。
――その時、谷の方から妙な気配を感じた。
殺気……ではない。
モンスターでもないようだが、離れすぎているせいか詳細は感じ取れない。
ただ、視線のような気配は感じる。
「どうしたんですかケンスケ様?」
「……いや、何でもない」
気配は消えていた。俺は気のせいだと思う事にして、グネグネ曲がりくねった谷道をサラと進んでいった。
そのまま暫く谷沿いの道を進んでいると、俺の腰くらいの背丈の直立する豚のような化け物共が一斉に谷から降りてきた。
「何ですかこれ? 初めて見ました」
サラは気味悪そうな顔でモンスターを見ながら尋ねてきた。
「スネガだ。オークより小さいが、スライムよりは強いから気を付けろ!」
――5匹、いや6匹か。
「サラ! 7番戦術だ! 同時に行くぞ!」
「はい!」
サラは手筈通りスナガに囲まれないように、剣を構えてじりじりと距離を取った。
俺は杖を構えてそれぞれのスネガに向け、赤い小さな魔法陣を描いていく。
6つの魔法陣は俺の眼前の空間に横並びに広がった。
「――惑え! イリュージョンマシンガン!」
魔法陣から一斉に放たれた赤い光がスネガに降り注ぐ。
見た目が派手なだけで威力はマシュマロを投げつける程度しかないのだが、それでもスネガ達は驚いた様子で防御態勢を取った。
「ええーい!」
その隙を逃さずサラが剣を振り下ろ……したが、避けられて空振ってしまった。
よろめいて倒れたサラを、スネガ達が取り囲もうとしている。
……万事休すだ。
俺が普通にスネガ達を倒すのを諦めて、サラから剣を借りようとした時、スネガが唐突に崩れ落ちた。
――横切りで一閃だ。
サラのそばに立った黒マントの男は、刀のような武器を鞘にしまった。
「……サラ、怪我はないか?」
「あっ……はい! 大丈夫です。ありがとうございます」
こいつは確か山奥のロッジで会った覗き戦士のミザキだ。
そして、ミザキは冷たい目を俺に向けてきた。
「……お前にサラの傍にいる資格はない」
「は?」
「俺が助けなければサラは死んでいた。お前は最低の男だ」
――正論だ。……ぐうの音も出ない程の。
確かにサラに何かあっても、剣を使えばサラは助けられる。
だが俺は魔術師だ。
魔術師ケンスケは、サラが危機に陥っても、剣聖ケンスケに頼ることしかできない。
……そんなの男として最低じゃないか。
落ち込む俺を他所に、ミザキはサラの手を掴んで立たせていた。
そして、そのまま両手でサラの手を包み込み、
「――サラ、お前が好きだ」
ミザキは低い声でしっかりとそう言った。
俺とサラがあまりのことに呆然としていると、ミザキの顔がどんどん赤面していくのが分かった。
やがてミザキは道の傍の谷を飛び跳ねて登って行き、消えてしまった。
俺は呆然自失して顔を落としたまま、レキセ道を再び歩き出した。
「気にしなくていいですよ。ケンスケ様」
「いや、あいつの言うことも一理あるよ。……俺は魔術師なんだから」
「でも……」
サラは少し寂しそうな表情で口ごもった。
俺は気持ちが晴れないまま、サラと夕日の落ちるパーキングエリアへの側道を歩いていった。
出店の受付で宿代の14ガランを払って商業施設に向かう。
「――俺と決闘しろ」
商業施設の自動ドアが開くと、その先にミザキが待ち構えていた。
「……わかった」
俺はミザキを真っすぐ睨みつけた。
そして無言のまま村を出てレキセ道へと戻る道を進んでいく。
「やめてくださいケンスケ様! こんなことして何になるんですか!」
「俺は誰にも知られず片手で魔王倒せるくらい強い魔術師になるんだ。こんなキザ野郎に負けてられるか!」
実際、こいつの戦士としての実力はたいしたことはない。せいぜいDランク冒険者といった所だろう。
「あーもう……。止めないけど無理はしないでくださいね」
「わかってる」
ミザキは俺から20メートル程離れた場所に立った。
俺はゆっくり杖を構えて、ミザキへと向けた。
――瞬間、ミザキの黒マントが翻った。
刀を低く構えてこちらに向かってくる。
「――マキシマムファイア!」
俺は全魔力を杖先に集中させ、ミザキへと放った。
……が、バックステップで容易く躱されてしまった。
魔力が切れた。頭が響くように痛む。
「今のが貴様の全力か?」
――その時、ミザキの頬を俺のマキシマムファイアが掠めた。
「何!?」
俺はもう一度、魔力水の瓶を取り出して胃に流し込む。
本来魔力水は、飲んでも回復する魔力は微々たる物で実用性はないのだが、元々魔力が少ない俺にとっては魔力をほぼ全快できるチートアイテムだ。
「――マキシマムファイア!」
魔弾は刀に弾かれた。
魔力水の飲みすぎで吐きそうになるのを堪えながら、内ポケットから次の瓶を取り出す。
ミザキが一気に距離を詰めて来る。
――望む所だ。この距離なら直撃を狙える。
「ウウォオエエエッ!」
――しまった。これファイアウォール用の油だ。
気付いた時には何もかもが遅かった。
妙に冷静な心持ちのまま、俺の体内から杖先の魔法陣へと、僅かに残ったなけなしの魔力が容赦なく絞り出されていくのが分かった。
そして灼けるような頭の痛みで俺の意識は途切れた。
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「ケンスケ様……! 大丈夫ですか?」
気付くと俺はサラの膝の上に頭を預けて仰向けで寝そべっていた。
「ああ。大丈夫だ」
波のように襲ってくる頭痛に耐えながら起き上がる。
商業施設の窓の外は、もう暗くなっていた。
見渡してもミザキの姿はどこにもない。
「ごめんなさい私ちょっと怒っちゃって……。ケンスケ様が剣聖ケンスケ様だってこと、あの人に言っちゃいました……」
「そうか……」
まあちゃんと言わないと延々ストーカーしてきそうだし仕方ないだろう。
「俺の方こそごめんな。ついムキになっちゃって」
「本当ですよ! 人に何言われても気にしちゃだめです!」
サラは優しい笑みを浮かべてくれた。
「私はケンスケ様が頑張ってること、知ってますからね!」
「ありがとう……サラ」
俺は少し泣きそうになるのを堪えながら、倒れるように眠りについた。
次の日、頭痛は殆ど治っていたが、サラに心配されたので大事を取って施設でもう一泊することにした。
その甲斐あってか夜になる頃には頭痛も完全に回復していた。
サラを起こさないように外に出て、軽く魔力を集中させる練習をしてみる。
「……貴様が剣聖ケンスケだったとはな」
「ミザキ……」
ミザキは腕を組んで、駐車場の壊れたトタン小屋に背中を預けていた。
「「――俺の負けだ」」
俺とミザキが言ったのはほぼ同時だった。
それでも俺は負けを譲らなかった。
「いいや、俺の負けだ。俺は魔術師ケンスケだからな」
「いや、負けたのは俺だ。俺の今の剣術では剣聖ケンスケには到底及ばない。それに……」
ミザキは月に照らされてぼんやり光る夜空をじっと見上げた。
「倒れたお前に駆け寄ったサラは、本当に心配そうにしていた。……サラがお前に憧れているのも分かった。――だが、俺は負けない。……俺は貴様を、剣聖ケンスケを絶対に超えてみせる」
「……じゃあ俺も剣聖ケンスケより強い魔術師になってやるよ!」
「なら、俺はその魔術師ケンスケより強い戦士になるだけだ……」
俺はミザキへと右手を突き出した。ミザキも強く握り返してくる。
「ミザキ、今度は負けないからな!」
「……こっちのセリフだ」
ミザキと不敵な笑みを浮かべ合う。
……何か……悪くないな……こういうのも。
「では……さらばだ」
「おう。じゃあな」
ふと、ミザキが振り返って、何やらもじもじしながら聞いて来た。
「……お前、サラとエッチなことはしたのか?」
月明りでもハッキリ分かる程ミザキの顔は真っ赤だ。
「別にしてない」
昨日のロッカーでのラッキースケベのことは言わないでおいた。
「……そうか」
そう言い残すとミザキの陰は隠れるように消えた。
――それにしても……剣聖ケンスケに加えて厄介なライバルが出来てしまったな。
可愛すぎるから当たり前ではあるが、サラは結構モテるみたいだし、俺もうかうかしてられない。
よし、気を取り直して練習の再開だ!
「――ファイアマシンガン!」
赤い魔弾が月に照らされて、流れ星のように夜空を流れて行った。




