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23話 勇者アレス

 馬車は殆ど揺れもなく快適だった。

 サラは俺の隣で楽しそうに窓の外の街並みを眺めている。


 ……多分馬車に乗るのも初めてなのだろう。

 やがて馬車は荘厳とした大きな屋敷の前で止まった。


「ここってもしかして――」


 サラの言葉を遮るように馬車の横扉が開いた。


「久々ですね。ケンスケさん。トロルの討伐、お手伝いさせてください」


「おう、元気してたかアレス」


 目を丸くして驚くサラをよそに、輝く銀の鎧を身に着けた勇者アレスは、ブロンドの長髪をなびかせながら俺達の向かいの席に座った。

 アレスと会うのは魔王倒す旅から王宮に帰ってきて、そのまま別れて以来だった。


 ――しかし相変わらず腹立つ程イケメンだなこいつは。


「勇者アレスさん?!」


「どうもよろしく。勇者アレスです。えっと……」


「……サラっていいます」


「よろしくね、サラちゃん」


「はい……よろしくお願いします」


 サラは縮こまって借りてきた猫のように大人しくなってしまった。


「全く隅に置けないですねえケンスケさんも……」


「まあ……うん」


 まだ恋愛関係という感じではないのだが、面倒なので適当に流しておく。

「サラちゃんは光の魔法剣って知ってるかな? 伝説の勇者の血を引く一族だけが使える技なんだけど……」


 勇者が右手を掲げると、光が剣の形に伸びてアレスの手の中で輝きを放った。


「どう? すごいでしょ?」


「あの……申し上げにくいんですが。……私個人としてはですね。あ、もちろん侮辱する意図はないんですが。 ……魔術で剣を作るのは邪道っていうか。……はい」


 これはあれだな。いわゆる解釈違いみたいな物だろう。


「アハハハハ! まいったなーフラれちゃったよ!」


 ――この野郎、サラを口説く気だったのか? 本当に節操ない奴だな。


「……お前は王女と婚約してるんだからヤンチャは程々にしとけよ」


「あの女、顔はいいけど変態すぎて嫌なんですよねー」


「……まあ確かになあ」


 窓の景色は城門を抜け、なだらかな牧草地を映し出していた。牧草を食べる羊や、モンスターを警戒する犬型マジメカの姿も見える。

 俺はしばらく黙って景色を堪能する。


「――で、何で魔術師の格好してるんですか?」


 アレスは少し冷たい目で問いかけてきた。


「俺、本当は魔術師になりたかったんで、なったって感じかな」


「トシキさんも、あなたは魔術の才能が全くないって言ってましたよね?」


「……才能なくても人の勝手だろ」


「それはおかしいですよ。あなたは剣の才能に恵まれたのだから、人々の為に剣を振るう義務があるはずです」


 勇者の強い口調には静かな怒りが感じられた。


 ――そうだった。こいつはこういう面倒臭い所があるんだった。


「……モンスターなんて、魔王がいない間は害虫みたいなもんだ。……今回みたいな異常な事態でもない限り、俺が態々剣を振るう必要はないだろ」


「しかし、ケンスケさんが高難易度ダンジョンの秘宝を持ち帰れば、人々の生活はもっと豊かになる筈です」


 あーもう面倒臭いなあこいつ。


「……俺は俺の人生を好きに生きたいだけだ。……それに目立ちたくないんだよ。そりゃ困ってる人がいたら助けたいとは思うが、他人の為だけに生きて、本当の自分を隠して、好きな事できない人生なんて真っ平ごめんだね!」


「……あなたには失望しましたよ。ケンスケさん」

 

 それから俺はアレスと目も合わせず、サラは困惑顔で縮こまってしまった。

 馬車の中を気まずい空気が漂っていた。


 やがて、長い沈黙の後、馬車は目的地に到着してゆっくり止まった。


「あなたのような無責任な人の力は借りません。私が一人で始末してきます」


 アレスは馬車の扉を開けて山沿いの洞窟の中へと駆けて行った。

 その姿を見送ってサラはやっと口を開いた。


「あれが勇者さん……酷い人ですね……」


「まあ、悪い奴じゃないんだ。……ただ、ちと正義感が強すぎる所があってな」


 俺は一応心配になったので馬車を降りて様子を見ることにした。

 洞窟の入り口の傍を見ると、トロルの物と思われる大きな糞が、木の高さ程積もっていた。

 ……トロル一匹分にしては明らかに量が多すぎる。

 もしかしたら、アレスの手に負えないかも知れない。


「サラ、交換してくれ」


 俺はサラに杖を渡し、剣を受け取る。

 そして御者とサラに作戦を伝えると、洞窟の中に駆けて行った。


 洞窟を進んでいくと、開けた明るい空間に、何匹もの象より大きいトロルが何かを取り囲むように立っていた。

 俺は剣を逆手に持ち替え、トロル達の傍を駆け抜けて足を切り落として行く。


 土埃を上げて倒れたトロルの中心を見ると、アレスが腰を抜かして座り込んでいた。

 俺は剣を横に振ってトロルの血を払うと鞘にしまい、アレスを無言で小脇に抱えて駆け出す。


 倒れたトロルのうめき声に共鳴するように、昼寝していた無数のトロルが、耳鳴りがする程の叫び声を上げて追ってきた。足を切り落としたトロルも棍棒を杖にして追ってくる。


 立ち塞がるトロルの棍棒を躱しながら洞窟を出てそのまま走り抜け、トロルを十分引き離したことを確認し、上空に予備の杖を掲げる。


「――輝け! シャイニングフレア!」


 俺の杖から小さな火の玉が閃光弾のように打ち上がる。そして閃光弾は軽い破裂音を立てて大きく光り輝いた。

 合図を受けて、洞窟から離れるように走っていた馬車は小さな林の前で止まった。

 俺は走りながらも、馬車から降りたサラの放った火弾が、ロケットのように山なりの弾道を描いて洞窟に飛んで行くのを見上げた。


 ――着弾。


 サラの火弾は直後に大きく膨らむように爆発し、重い衝撃音の後、山肌は洞窟ごと球を描くように抉れた。

 大地と空気を震わせた後、残った山肌は赤くただれて所々黒い煙を上げていた。

 中のトロルは洞窟ごと消滅したと考えて間違いないだろう。


 ――サラの魔術はヤバすぎる。俺は改めてそう実感した。


 俺は周囲の安全を確認すると、アレスをそっと地面に降ろし、紫のローブを脱いで小便漏らしがバレないように覆ってやる。


「……ありがとうございます」


「うん」


「先ほどは……申し訳ありませんでした……」


「いや、俺も少し言い方が悪かったよ」


「私……もっと強くなります……」


「まあ、頑張れ」


 俺はアレスが悔しそうに泣いているのに気付いたが、見なかったことにした。

 その後、王宮に戻って報酬を受け取った俺とサラは、少し高い宿で一晩を明かすと再び旅立って行った。


---


 王都の北門を出た俺達は、断崖に架かる橋に向かって草原のなだらかな坂道を上っていった。

 ふと、小さな林の隅に良さそうな切り株があるのを見つけた。


「ちょっと休憩していくか」


「はい!」


 二人で隣り合って座り、干しぶどうをポリポリ食べていると、サラが尋ねてきた。


「勇者さんって、正直もっと強い人だと思ってました……。ケンスケ様よりずっと強いって言ってる人も結構いますよね?」


 俺は頭を少し掻くと、小声で言った。


「……今から言う事は誰にも話すなよ」


「はい」


 俺はゆっくりと口を開いた。


「俺が別の世界から来たって話は聞いたことあるか?」


「えっ! あれって本当だったんですか?」


 かつて冒険して来た奇想天外な地獄の三千世界の事はあまり話したくなかったので適当にごまかしておく。


「いや、それは嘘だけど、とにかくそういう伝承になってるだろ?」


「はい」


「……別の世界から来た、どこの馬の骨とも知れん奴が、簡単に魔王倒して世界の安定を守ってしまったら、ベニカ王国の権威はどうなると思う?」


「……ああ、なるほど! 勇者さんはお飾りだったってことですね」


「そういうこと。王室の縁戚なのと、光の魔法剣の使い手の一族なのは本当だけどな。……まあ、あれも見た目が派手なだけであんまり強くないし」


 サラは干しぶどうが入ったポリ袋に手を突っ込みながら少し俯いた。


「うーん……でもちょっと酷くないですか? 何もしてないのに人の功績を横取りするなんて」


「まあそう言うな。あれであいつも色々大変だし、色々頑張ってるんだよ」


「そんなもんですかねえ……」


 やがて俺とサラは立ち上がって再び歩き出した。


 一時間ほど歩くと、大きな石橋に辿り着いた。

 断崖絶壁の海峡に架かる灰色の石橋を渡っていく。空には鳥が群れを成して飛んでいるのが見えた。


 橋を渡り切って少し振り返ってみると、遥か彼方に小さくなった王都が見えた。

 そして、黒々としたアスファルトの坂を登っていく。

 やがて坂を登りきると、レキセ道はコンクリート高架橋に乗り上げる格好になった。


 山脈の合間を縫って蛇のようにレキセ道が続いている。

 俺は次なる冒険に胸を躍らせながら、サラと隣立って暫くその景色を心に刻み、やがて足を踏み出して行った。


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