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21話 魔術師ケンスケの事件簿(後編)

「あら、私ですか?」


 俺に指差されたテイジーに動じた様子はなかった。


「テイジーさん。あなたは不死者でしょう?」


 一瞬テイジーの表情が曇った。やはりか。


「俺は最初スージーちゃんを疑っていました。猫用ドアから入り込み、何かのはずみで花瓶を倒してガットさんを殺害してしまったのではないかと」


 女主人は今にも怒鳴り出しそうな顔つきになったが、サラがなんとかなだめてくれた。


「――だがその可能性は低いでしょう。猫のヒゲは感覚器官なので、何かに当たるのは嫌がります。あの猫用ドアはヒゲの長いスージーちゃんには小さすぎるのです」


「そうよそうよ! あんたわかってるわねぇ! よかったねースージーちゃん!」


 おばちゃんは安心した様子でスージーちゃんを撫でている。


「……話を戻しましょう。テイジーさん。あなたは不死者の復活ポイントとなる依り代を猫用ドアからガットさんの部屋に投げ入れました。そして人気のない場所に行き、自ら命を絶って消滅しました」


 俺の荒唐無稽な推理に一同は唖然としている。


「その後、あなたは依り代から復活し、まんまとガットさんの部屋に入り込みました。そして、花瓶で寝ているガットさんの頭を殴りつけて殺害したのです」


 テイジーはついに俺から目をそらした。


「犯行を終え、猫用ドアから依り代を向かいの脱衣所へと投げ込んだあなたは、魔術を自分に放ち、再び自ら命を絶って消滅しました。そして脱衣所の依り代から復活したあなたは、籠に入っていた浴衣を着て、露天風呂を経由して外に出てロッジに入りなおし、騒ぎを聴きつけた風を装って現場に何食わぬ顔でやって来たのです」


 俺はもう一度真っ直ぐテイジーを指さして言った。


「この犯行が可能なのは容疑者の中でただ一人……魔術師テイジーさん。あなただけなのです!」


 テイジーの表情には明らかに焦りが見えた。


「あ……ありえません! 不死魔術なんてただのオカルトです……」


「いえ、不死魔術は存在します。俺も実際に不死者と会ったことがあるので間違いありません」


 サラはテイジーに少し詰め寄った。


「脈拍を確認させてください。不死者になった人は脈拍がないと聞いたことがあります」


「くっ……」


 テイジーは崩れ落ちてさめざめと泣き出してしまった。


「あの人が悪いんです! ……あの人が私を裏切るから!」


 サラが静かな口調で尋ねた。


「……何があったんですか?」


「永遠の愛を誓い合った私とガットは、5年前に二人で必死の覚悟で魔術院に入り込んで、不死魔術の秘法を盗み出したんです……なのに!」


 テイジーはにわかに鬼のような形相になって指輪を赤い絨毯に投げ捨てた。

 恐らくあれが依り代だろう。


「……彼は直前になって『永遠の命が怖い』なんて言い出したんです! 私が不死者になった後にですよ!」


 ……それはちょっと酷いな。


「そのままガットと別れた後も、彼と熱い夜を過ごしたこのロッジだけは忘れられなかったんです。フラフラとこの宿屋にやってきた私は、偶然ガットを見つけて……」


「ガットさんを殺害し、ついでに未解決の事件を起こしてロッジの悪評をばらまき、廃業に追いやることで全ての過去を清算しようとしたんですね」


 俺の言葉に主人のおばちゃんは迷惑そうに顔をしかめた。


「……はい。でももういいんです。ガットが愛してくれないなら生きていても仕方ないんです」


 彼女は杖を絨毯に転がった指輪に向けると、何やら詠唱を始めた。


 ――死ぬ気かこの人。


「おーみなさんお揃いで! どうなさったんですか?」


 俺は場違いに能天気な声の主を見るとビックリ仰天した。

 そこには死んだはずのガットが浴衣姿で立っていた。


「いやー先ほど何となく目が覚めたら、何故か頭が血だらけになってましてね。風呂でさっぱりしてきました。何だったんですかねーハハハハ……」


 テイジーは杖をカランと取り落とした。


「……ガット!」


「……テイジーか?」


 二人は駆け寄って見つめ合った。


「遅くなってすまなかった。……でもやっとお前を永遠に愛する覚悟が出来たんだ」


「ガット……ごめんなさい……私あなたを……」


「いいんだ……全部俺が悪いんだ……」


 ガットは転がっている指輪を拾うと、テイジーの薬指にそっと差し込んだ。

 そして二人は人目もはばからずに熱く抱き合った。


 ……なるほど。ガットはテイジーと別れた後で結局不死者になり、テイジーとヨリを戻そうとこの思い出のロッジで待っていたんだろう。


 それをただの偶然と思ったテイジーに殺されたが、依り代の指輪を身に着けたままだったので、気付かないままその場で復活し、さっきまで呑気に眠りこけていたということだろう。


 ――やれやれ。はた迷惑なカップルだな。でもまあ、幸せそうで何よりだ。

 そのままなし崩し的にお開きになり、俺はサラと部屋に戻って冷めに冷めた焼きビーフンを食べた。


 翌日、ロッジを出た俺とサラは山道を降っていた。

 やがて、足元は岩がちになり、木々が途切れて視界が開けてきた。


「あっ! あれが王都ですかね?」


「ああ。久々だなあ」


 見下ろすと一面の深緑の麦畑の奥に王都ベニカが見えた。

 豪華絢爛な宮殿を中心に、幾何学模様のような白い石造りの街並みが、円形の巨大な城壁と堀に囲まれている。


 王都の北には断崖絶壁に挟まれた海峡があり、海峡の向こう側には、コンクリートの高架に支えられた黒いアスファルトのレキセ道が、山の切れ目を縫うように走っている。

 王都の南には、西奥の山から流れ出た川を集めた大運河が、南のベニカ海へと真っ直ぐ注いでいる。


「綺麗ですねー」


「いい景色だなー」


 しばらく二人で隣立って景色を堪能する。

 ふと、サラと目が合った。


「――ケンスケ様、永遠の命ってどう思いますか?」


 サラの碧い瞳に見つめられた俺は、思わずドキッとして目を逸らし、景色に向き直る。


「……個人的には、命に限りがあるからこそ人生は楽しいと思っているかな。……まあ人それぞれだけどな」


「私もそう思います。でもあの二人見ていたらちょっと羨ましいなって思っちゃいました」


「まあな……」


 俺はキザなセリフの一つでも言おうかと思ったが、やめておいた。


「じゃあそろそろ行くか!」


「……はい!」


 俺とサラは再びゆっくりと山道を降っていった。


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