19話 4つ足鉄塔の三盗賊
ゆらゆら揺れる魔導ランプの光で足元を照らしながら、俺はサラと鬱蒼と木々が生い茂るキン・リ山脈の山道を登っていた。
「ケンスケ様……まだですか?」
旅立ちからずっと歩き通しなせいか、サラは随分と疲れた様子だ。
「うーん。ここらへんにある筈なんだが」
ふとランプを掲げると、前方に赤い金属の骨組みが照らし出された。
骨組みの足元は灰色のコンクリートの土台で覆われている。
「あったぞ。4つ足鉄塔だ」
4つ足鉄塔はここキン・リ山脈のいたる所に建っている。
建てられた経緯も目的も殆ど分かっていないのだが、周辺にモンスターや虫が嫌がる何かが出ているらしく、旅人にとっては安全地帯として重宝されている。
俺は寝ていても殺気を感じ取って目覚めることはできるのだが、念のためだ。
鉄塔の傍まで行き、畳まれたテントのフックを外すと、テントは鳥の羽ばたきのような音を立てて一瞬で広がった。
「はー……疲れたー」
サラは早速テントに入り込んだ。俺も続いて入り、サラの隣で横になる。
テントは思ったよりも狭かった。
しばらく休んだ後、俺は水筒の水を2つのカップに入れ、杖をかざして魔術でぬるいお湯を作る。
サラはかばんからティーパックを取り出してお湯に入れてくれた。
ついでに携帯食料も取り出して晩飯にした。
「結構おいしいですね!」
「うん……うまいな。あんまり期待してなかったんだが」
本当においしい。
外側はカリカリだが中はしっとりしており、バターの香りと程よい甘さも飽きが来なくていい感じだ。干しぶどうのほのかな酸味もいいアクセントになっており、紅茶にもよく合う。普通におやつとして買っても良さそうだ。
晩飯と片付けを終えると、サラが言った。
「……じゃあそろそろおやすみにしましょうか?」
サラはぶどうの飾りが付いた兜を外し、ゆっくりと鎖帷子を脱ぎだした。
柔らかく膨らんだ麻の白シャツがむき出しになる。
――気のせいか、最初に会った頃より大きくなっている気がする。
俺は慌てて目をそらし、サラの反対側を向いて寝ころんだ。
「……ランプ消すぞ。……おやすみ」
「おやすみなさい……」
明かりが消えた。
テントはやはり狭い。離れていてもサラの体温がほんのり感じられる。
やがて、サラに聴こえないか心配になる程、暗闇に俺の心臓の音が早鐘のように響いて来た。
――落ち着け。状況を整理して落ち着くんだ……。
俺はサラが好きだ。それは分かってる。
一緒にスライムを倒したあの日から好きになったが、ずっと過ごしている内にどんどん好きになっていった。
――でもサラは?
そりゃあ戦士としての俺、剣聖ケンスケには憧れているのかも知れない。
――だが魔術師としての俺は?
……わからない。
絶対多分もしかしたら、サラは受け入れてくれるのかも知れない。
だが本当の俺は魔術師ケンスケだ。
本当の俺ではなく剣聖ケンスケとしてサラに受け入れられても、それはサラを騙すことになるのではないだろうか?
――やはりサラに誇れるような、剣聖ケンスケにも負けないような魔術師になるのが先だ。
何も焦ることはない。
うん、少し落ち着いて来たな。……だがまだ完全ではない。
俺はサラを起こさないようになるべく静かにテントを出た。
――その時、ピリピリと妙な気配を感じた。
囲まれている。3人だ。
俺はテントに戻ってサラを起こした。
「敵に囲まれた! 準備してくれサラ!」
「はい!」
装備を整えたサラと共に再びテントを出ると、皮鎧を着たいかにもな感じの盗賊が斧を携えて立っていた。
「へっへっへっ……金目の物と女を置いていけばお前は助けてやるぜ!」
右の方から別の盗賊の低い声がした。
「お頭! この女の子かわいい! エッチなことしていい?」
「おめえは黙ってろペギル! とにかく大人しくしろお前ら!」
鉄塔近くの安全地帯はモンスターこそ出ないが、その代わり旅人を狙った盗賊が出ることがあるのは知っていた。しかし、まさか本当に出るとは思っていなかった。
「……ケンスケ様! ここは私が!」
サラは俺の一歩前に出て剣を中段に構えた。
「ブワハハハハハハ! この男、女に守られてますよ! ダッセースね!」
左からチャラそうな男の笑い声が響く。
俺はその声を無視して頭をひねって悩んでいた。
「うーん……どうしようかサラ?」
「倒すの自体は簡単なんですけどね……」
――そう。倒すのは簡単なんだが、普通に倒すのは難しいんだよな。
でも、できれば普通に倒したいんだよな。
「ハァ? な……舐めてんのかお前ら! 黙れよ!」
前方の頭領らしき男は怒鳴りつつも俺達の実力を測りかねているのか少しキョドキョドしている。
「ケンスケ様! とりあえず行ってみます!」
「おう! 頼んだ!」
サラは中段の構えのまま頭領に近付くと、剣を振り上げ斜めに振り下ろした。
「えいっ!」
しかし斧の柄で容易く受けられる。そのままサラは弾き飛ばされて俺の近くに倒れ込んでしまった。……大丈夫だろうか
「いったぁ……」
「……おいサラに何してくれてんだお前! もう許さんぞ!」
「黙れ! 俺は何もしてないぞ! この女が勝手に弾かれただけだろ!」
杖を振り動かして赤い魔法陣を描く。
「――燃え盛る煉獄の炎で罪を償え! マキシマムファイア!」
怒りのままに直径10センチ以上はある火炎弾を放った。
全ての魔力を込めて放つことで相手を焼き尽くす俺の新必殺技、マキシマムファイアのお披露目である。
「……んぁあ?」
火の玉は頭領の皮鎧に当たると、ジュッっと軽い音を立てて消えてしまった。
……うーん。見た目が無駄に派手なだけで、どうもあまり威力はないようだ。
うわ……魔力が切れて頭が痛い。
「……やっぱこいつら雑魚だぞ! やっちまえおめえら!」
三馬鹿が向かってくる。最初に来るのは頭領だ。
振り下ろされた斧をサラが剣で受ける。
――その瞬間、残像が残らない程のスピードでサラの手に一瞬触れ、気を送ってやる。
頭領は斧ごと吹き飛ばされて木に激突した。
続いてサラがチャラ男の方に向き直ろうとしたので、さっきと同じ要領で振り返りざまに気を送って剣圧を飛ばしてやる。 チャラ男は高速回転して茂みに突っ込んだ。
最後のデカブツもサラの剣の軌道を上手いことサポートして剣の背で足払いしてやる。
デカブツはつまずいて斜面を転げ落ちた。
「……な……なんだこいつ! どうなってんだ!? 逃げるぞおめえら!」
三馬鹿はボロボロになって大慌てで逃げていった。
盗賊にとって最も重要なのは、獲物の力量を見極める目だと聞いたことがある。その目に自信が持てなくなったあいつらは盗賊として終わりだろう。
――もう悪いことはせずにまっとうな仕事に就けるといいのだが。
「ケンスケ様! ありがとうございます!」
「……何のことだ? 俺は別に何もしてないけど」
サラが大笑いしたので俺もつられて笑いながらテントに戻り、再び横になった。
「ケンスケ様……手握ってもいいですか?」
「……うん。……おやすみ」
「……おやすみなさい」
サラも気丈に振舞ってはいたが、何だかんだ怖かったのかも知れない。
俺は穏やかな気持ちでサラの柔らかな手をそっと握り返した。