18話 旅立ち
いつものようにスライム討伐クエストをこなした俺とサラは、昼食を買いに小さなパン屋に寄っていた。
「ケンスケ様、ぶどうコッペパンありますよ」
「お、じゃあ一個貰おうかな」
俺はチーズカレーパンとぶどうコッペパンと豆乳ラテ、サラはぶどう食パンとぶどうコッペパンとぶどうジュースをチョイスした。
――しかし、サラはぶどう尽くしだな。
俺もぶどうが好きな方ではあるが流石にダブるのは嫌なので、サラのぶどう好きには勝てる気がしない。
そんなことを考えつつ会計を済ませると、店の出入口の隅でサラが手招きしてきた。
「ケンスケ様、測定器がありますよ」
サラは早速筒状の白い血圧計のような機械に手を入れている。
あれは腕を入れると体を流れる気や魔力を測定できる機械だ。俺も以前違うタイプを持っていたが、サラの部屋に居候させて貰う際に5ガランで売ってしまったな。
――久々にやってみるか。
俺がパンの入った紙袋を持ってサラの方に行くと、機械音声がサラの診断結果を淡々と読み上げる。
「最大剣気量8です」
焼きたての塩コッペパンを陳列していたおばちゃん口をあんぐり開けてサラの方を向いた。……まあ無理もないか。
「……え? そんな驚く程多かったですか?」
「おばちゃん初めて見たわよそんな低いの出す人……魔術師の人とかは大概低いけどそれでも50はあるもんだけどね……」
「……ケンスケ様もどうぞ」
「……うん」
サラは呆然と立ち尽くしている。……気の毒に。
……しかし……俺も人の心配ばかりしていられないかも知れない。
俺は切り替えスイッチを魔力量測定に合わせ、覚悟を決めて装置に腕を突っ込む。
「最大魔力量7です」
おばちゃんの口がまたあんぐり開いた。
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「……このままじゃダメだよなあ」
完全に行き詰まってしまった。薄々気付いてはいたが、実際に現実をこうも叩きつけられると流石にショックだった。
「……はい」
サラもいつになく落ち込んでいる。
暫く沈黙が流れた後、俺はいいアイディアが浮かんだ。
「そうだ、師匠の家に行って相談してみるか」
「それいいですね! お土産にぶどう大福買いましょう!」
俺の提案にサラは少し元気が出た様子だ。
――うん。やっぱり元気なサラが一番グッドだな。
ぶどうやでお土産を買った俺達は、一旦店を出て脇の鉄階段を上がった。
ジェフの家はぶどうやの二階部分にある。
チャイムを鳴らすと皮鎧を付けたジェフが顔を出した。
俺はすぐに頭を下げる。
「師匠、いつぞやはお髭を燃やしてしまいすみませんでした……」
「もう生えそろったから気にすんなって。まあ上がれや。」
こじんまりしたジェフの部屋は、ぶどう尽くしのぶどう部屋だった。
寝具も壁紙もカーペットも全てぶどう柄で埋め尽くされており、時計やテレビのような家具もぶどう型の枠が付いている。
カウンターには当然のように、果物かごに入った多種多様なぶどうや、大きなパックに入った干しぶどうや、高そうなワインの瓶がぎっしりと並べられている。
――どんだけぶどう好きなんだこのおっさん?
「すごいです師匠! 私感激しちゃいました!」
サラは部屋を見まわしながら夢見心地といった感じだった。
ジェフはその様子を見てあからさまに上機嫌だ。
「ハハハ! すごいだろ! 下着もぶどう柄だぞ!」
「すごーい! 是非見せてください!」
「おいおい! セクハラはやめろよ! ハハハハハ!」
――まさか……師匠にサラを奪われたりとかはしないよな。
……俺ももう少しぶどう力を高めた方がいいかもしれないな。
ふと、お土産をまだ渡していないことに気付く。
「師匠! これお土産です!」
「お土産にぶどう大福とは分かってるじゃねえか! じゃあ茶でも入れるから座って待ってな」
暫くすると、ジェフはティーポッドとカップを持って戻って来た。
ジェフが出してくれたお茶は少し癖があるが、後味がまろやかな変わった味だった。
……何のお茶だろう?
「うまいだろ? 野ぶどうの茎や葉を煎じたもんだ」
――お茶までぶどうかよ。
呆れつつもぶどう大福をいただいてみる。……うん。なかなか合うな。
各々がぶどう大福を食べ終えた頃、ジェフが切り出した。
「で、なんか話でもあんだろ? ……言ってみな」
「実は……」
俺はパン屋で測定器を使った時の事をかい摘んでジェフに話した。
「なるほどねー」
ジェフは椅子に深く腰掛けて髭を触った。
「まず言っておくが、気や魔力の量……いわゆる血力量がそのまま実力って訳じゃねえからな。剣術だと間合いの取り方、体重移動、駆け引きなんかも重要だし、魔術だと詠唱の正確さや速さ、判断力、杖さばきが大事だ」
ジェフは、野ぶどう茶を自分のカップにつぎ足すと続けた。
「その点、お前らの血力量以外の技術はかなりのもんだ。ただな……」
ジェフはしばらく間を置いて言った。
「……いくら何でもお前らは血力量が低すぎる。技術があっても最低限の威力や持続性がないと、実戦では大して役に立たん。気や魔力を限界まで使い込んでいけば、血力量を増やすことはできるが、それだとお前らがまともな冒険者になるより寿命でくたばっちまうのが先だろうな」
――確かに。……薄々思ってはいたが、小さな火の玉3つ出した程度で魔力が切れてたらどうにもならないよな。
しばし沈黙が流れた後、ジェフは地図を取り出して机に広げた。
「噂というか、殆ど伝説だがな。西の王都から北の海峡を抜けて、そのままレキセ道を北にずっと行った所に廃墟遺跡があるんだが、そこに異空間に繋がる扉があるって話だ。この扉に入った奴は、恐ろしく強くなって出て来るらしい。だが中には発狂しちまう奴もいる。まあこれも噂だがな。何にせよ生半可な覚悟なら行かないほうがいい」
俺とサラは目を見合わせると同時に言った。
「「行きます!」」
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思い立ったら即行動だ。
早速俺とサラは旅に必要な物資の買い出しに出かけ、魔導ランプ、携帯食料、鍋、ポケット版の魔術書、テント等を買っていった。
部屋に帰って荷造りをしているとクリスタが不思議そうに聞いて来た。
「……おいおいキャンプでもすんのかあんたら?」
「ちょっとサラと修行の旅に出て来るから。ちゃんといい子にするんだぞ」
「うるせーなー! 子ども扱いすんなよ!」
俺はソファの下の札束を取り出し、100ガロン札を20枚数えてクリスタに渡し、残りを懐にしまった。
「ほら、大事に使えよ」
「おう……ありがと」
「絶対にギャンブルはするなよ。それとピ太郎のオイルも毎日欠かすなよ。カミココの面倒もちゃんと見ること」
「あーもう分かってるって……」
ふとサラの方を見るとカミココの頭を優しくなでていた。
「カミココちゃん……一人で大丈夫?」
「うん。頑張ってね! おねえちゃん」
カミココの方を見て意識を送り込む。
(お前も変なことはするなよ)
(おっけー)
少し心配だがクリスタも週3日くらいは真面目に働いているし、カミココも特に問題は起こしてないので……まあ大丈夫だろう。
「元気でね! クリスちゃん!」
サラはクリスタをガッチリ抱きしめた。
「おう……サラちゃん……もう離れろって……恥ずいから……」
――うむ。……素晴らしい。中々に目の保養になる光景である。
俺はサラと旅立ちの準備を終えると、ソファに佇むピ太郎の銀の羽を軽く撫でた。
「じゃあなピ太郎」
「ピピ!」
「じゃあ行ってくる」
「行ってきまーす!」
「気を付けろよー」
「頑張ってねー」
サラが部屋のドアを閉めた時、脳内にカミココの声が響いた。
(二人きりになってお姉ちゃんにエロい事する気でしょ)
(ち……違うし! なわけないだろ馬鹿)
俺はその後もセクハラを繰り返す妹を適当にいなしつつ、いつものように人でごった返す大通りを見渡しながら西門へと向かった。
毎日のようにサラとスライム退治をしてきたキャベツ畑を抜け、その先のビニールハウスに覆われたぶどう畑を抜けると、大きなラント川が無数の鉄塔の立ち並ぶキン・リ山脈の麓まで続いていた。あの向こうが西の王都だ。
「頑張りましょうね! ケンスケ様」
「……ああ!」
この旅の果てに何があるのかはまだ分からないが、とにかく今を精一杯楽しもう。
俺はサラと二人きりの冒険へのワクワクを隠し切れないまま、意気揚々と歩き出した。




