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16話 すごいつえ

「……早く起きてよー! お兄ちゃん!」


 カミココが俺に馬乗りになってペチペチと頬を叩いてきた。

 ――はぁ……やっぱり夢じゃなかったか。


 どうやら世界が改変されて、俺を散々弄んだ挙句魔術の才能を奪ったこいつが妹という事になってしまったらしい。


 俺はカミココを無言で持ち上げてどけた。そして即着替えると、奴に思念を送った。


(ちょっと話がある)


(はーい!)


 相変わらず憎らしくも無邪気なカミココの声が頭に響く。

 俺はカミココの白ワンピの裾を、静かな怒りを込めて引っ張りつつ、サラに声を掛けた。


「……ちょっとカミココと出かけて来る」


「はいケンスケ様! いってらっしゃい」


 俺はカミココを連れて行きつけのカフェに向かう。

 カミココは憎らしい程無邪気な笑顔で大人しく付いて来た。


「おじさんこんにちは!」


「いらっしゃい! 今日も元気だね! ココちゃん!」


 どうやらマスターまでカミココを見知っているようだ。


「グレープジュース2つ頼む」


「あいよ!」


 空いているテーブル席に座って注文すると、早速俺はカミココに問い詰めた。


「……何でお前がここにいる?」


「何でって……楽しそうだったから」


 ……埒があかない。質問を変えよう。


「そもそもお前は一体何なんだ? 目的は?」


「わかんない。気付いたらあの青い場所にいた。やることないから色んな世界に行ったり、新しい世界作ったり、迷い込んできた人を飛ばしたりしてた」


 ……どうやら俺以外にも被害者がいたようだ。


「そうだよ」


「ナチュラルに人の心を読むな」


(ごめーん)


「脳内に直接語り掛けるのもなるべくやめろ! なんかムズムズするんだよ」


「はいはーい」


 俺がため息をついているとマスターがやってきた。


「はいグレープジュース2つね。いつも元気なカミココちゃんにはぶどうゼリーもサービスだ!」


 マスターはいつになく上機嫌だ。意外と子供好きなのかも知れない。


「ありがとうおじさん!」


 そのあどけない笑顔を一瞬可愛いと思いかけてしまったが、こいつは色々とヤバい奴だ。……騙されるな俺。

 不信感をより一層強めた俺は、マスターが渡してきたぶどうゼリーを嬉しそうに頬張るカミココを睨み付ける。


「で? 何で俺の妹なんだ?」


「――お兄ちゃんが好きだから」


「はぁ?」


 俺は耳を疑ったが、俺を見つめ返すカミココの黄色い目は冗談を言っている感じには見えなかった。


「いろんな人があの青い場所に来たけど、みんな5回くらいで魂が疲れて消えちゃったの。でもお兄ちゃんは全然消えないから楽しくなって、それでお兄ちゃん好きになって、面白いからいじめたくなって、それでいろんな酷いことしてごめんね」


 内容が際どくなってきたので俺は声のボリュームを少し下げた。


「まあ好きだからちょっかいを出したくなるというのは分からんでもないが。お前の場合は明らかに度が過ぎている。猛省しろ。それと、俺はサラ一筋だし、ロリコンじゃないのでお前の好意は受け取れない。以上」


「知ってるし別にいい。キモいから好かれたくないし。ただお兄ちゃんを好きな自分が好きなだけ。恋に恋してるみたいな状態」


「……ああそうですか」


 こいつは色々と滅茶苦茶すぎて突っ込みどころが追い付かない。

 とにかく今は情報を整理するのが先だ。


「多分1000回以上は奇想天外な世界に飛ばされたと思うが、この世界の俺の魂は大丈夫なのか?」


「魂が消耗するのは死んだ後だから大丈夫。でも次死んだら転生できないのはほんと。私も多分次死んだら消えちゃう」


 カミココは俺に背中を向けると、ワンピースの後ろをめくりあげた。羽の付け根の素肌に数字の0らしき痣があった。


「別の世界に行ったら1から100くらいこの数字が減るよ。これが0になったら青い場所に戻れなくなるの」


「……一応女の子なんだから人前でそういうことはするな」


「わかったー」


 そういえば俺にも背中に変な痣があった気がする。後で確認しておくか。


「まあ大体事情は分かった。俺はあまり根に持つタイプではないので、正直に言ったことに免じて今後の行い次第では、お前の今までの鬼畜の所業を許してやる余地がないこともない」


 俺はなるべく威圧感を出そうと腕組みをして続けた。


「だが、俺は今までもこの世界で何だかんだやってきた。ちょっとファンタジー色が薄い気がするが、別にこの世界も嫌いという訳ではない。サラもクリスタもピ太郎も好きだ。クリスタとピ太郎は恋愛的な意味はないからそこは誤解するなよ」


「はーい」


「とにかく、お前がこれ以上好き勝手にこの世界を改変したり、俺の仲間に危害を加えたりすることは絶対に許さん。わかったな?」


「大丈夫。青い場所じゃないと殆ど力なくなっちゃうし。お兄ちゃんと脳内で会話できるのと、ポーチから1日1回ランダムに不思議アイテム出せるだけ」


 カミココの白いワンピースの腰ひもを見ると、確かに白いウエストポーチがついていた。

 俺はそのポーチに少し興味が沸いた。


「今日は何が出たんだ? 見せてみろよ」


「エロリコン」


「……エロい意味じゃない」


 カミココはポーチから先端に赤い水晶が付いた小さな杖を取り出し、机に置いた。


「すごいつえだよ」


---


「おーいサラ! 見てて!」


 部屋に戻った俺は「すごいつえ」を掲げてサラに声を掛けた。


「アルティメットファイアー!」


 俺が杖を前に突き出すと杖先の赤い結晶が輝き、赤い光が螺旋を描くように迸った。

 同時に取って付けたような爆発音のSEがバーンと流れる。


 ――まあ、ただのホログラムで威力は全くない。


「わ……わあ…すごいですケンスケ様」


 サラは苦笑いで拍手している。


「あのさあ……ガキじゃないんだから」


 クリスタは露骨な呆れ顔だ。

 俺は急に恥ずかしくなったので、用事をでっちあげて逃げるように人通りのないエアコンの室外機が並ぶ路地裏に向かい、そこで時を忘れて「すごいつえ」で遊び続けた。


「ハルマゲドンフレア! インビジブルサンダーストーム!」


 ただの現実逃避なのは分かっているが、最近色々あって大変だったしたまにはこういう休息も必要だろう。


 ――しかし、カミココの奴も案外いい所あるじゃないか。週一くらいはこうやってストレス解消しよう。


 そう思った矢先に「すごいつえ」が何やら輝いているのに気付いた。


「言うの忘れてたけど、不思議アイテムは出して半日で消えちゃうよ」


 背後からカミココの声がした。


 「すごいつえ」はそのまま徐々に透明になって消えてしまった。


「すごいつええええええ!!」


 膝を曲げて倒れこんだ俺の肩にカミココが優しく手を置てきた。


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