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14話 私立ランダ学園

 俺とサラは大通りの南門の傍にある私立ランダ学園へと足を運んでいた。

 俺の眼前にあるのが魔術科で、鏡写しのように向かい合っているのが剣術科だ。


「ケンスケ様! 入学試験頑張ってくださいね!」


「おう! サラも頑張れよ」


 ベルベから迷惑料代わりに頂いた金の布を売り払って当面の金銭問題を解決できた俺は、サラとこの学園に入学することにした。


 しかし、入学試験は筆記試験だけでなく実技試験もあり中々難しいと聞く。今の実力で入学できるかどうかは未知数というか……かなり厳しそうだ。


 ――いや、弱気になっていたらダメだな。


 俺もサラも毎日のように必死に鍛錬を積んできたんだ。絶対に合格してやる!


 そう意気込みつつ受付を済ませ、まず筆記試験の会場に向かった。


「では始めてください」


 試験官の声と共に鉛筆を手に取る。問1は複雑な魔法陣の術式からその発動効果を読み取るという問題だった。

 流石名門ランダ学園。いきなり応用問題で時間配分を崩しに来るとは。

 しかし27つ目の世界で散々使ったタイプの魔術なので、俺には簡単な問題だった。


 ――いやーあの世界はちょっときつかったな。いきなり太陽みたいな巨大な恒星の上に飛ばされて、底なしマグマの上でミサイルのように襲ってくるフレアを避け続けながら、餓死するまでひたすらこの呪文を唱えていたっけなあ。

 最も今では魔力が足りなくて使えないだろうが。


 ……おっと遠い目をしてる場合じゃなかった。

 正解は『周囲の気温を計測し、26℃以上だったら25℃にする魔術』だ。


 そんな感じで俺はサクサクと答案用紙を埋めていった。


---


「ピローン……合格です」


 俺が投票箱みたいな箱に答案用紙を入れると、すぐに無機質な機械音声が鳴り響いた。

 他の受験生も続々と結果発表を受けて行き、半分程に絞られた。

 

 ――さて、問題は次の実技試験だ。


 俺は緊張した面持ちで実技試験の行われる教室へと向かった。


 扉を開けると、その教室は四方八方を紫の反魔結晶で覆われていた。

 こないだ俺が裸にされたダンジョンの入り口を塞いでいた物と同じ材質だろう。


 ――えーっと。まずこのプロテクターを付けてください。……か。


 俺は貼り紙に書かれた通り、ヘッドギアと剣道の鎧のようなプロテクターを付ける。

 説明によるとこの防具は魔術が命中する度に威力に応じて段々赤くなって行き、やがて点滅する仕組みになっているらしい。

 

 そして相手の防具を点滅させるか、降参させた方が勝ちとなるそうだ。


 一応ハンデとして試験官の方の防具は点滅し易いように調整してあるそうだが、それ以外は手加減なしのガチンコバトル、と書いてあった。


 暫く深呼吸しながら待っていると、俺と同じ装備の髭面のおっさんが部屋に入ってきた。


「……あれ? もしかして師匠!?」


「ケンスケじゃねえか! 久しぶりだなー」


 試験官は以前俺に魔術を、サラに剣術を教えてくれていたジェフだった。


「何で試験官を?」


「ボーナスが出るからな。いつもは実戦学の講師やってんだ。実戦学を教えるのには剣術も魔術もこなせる俺が持って来いって訳よ」


 確かにジェフのような戦士と魔術師両方の立場に立てる人の観点は貴重だ。

 実際、戦士と魔術師が相互理解を欠いていて連携が取れずに全滅したり、喧嘩になってしまいそのままパーティ解散してしまったりという話はよく聞く。


「あと解呪学も得意なんでたまに教えてるな。……おっと、もう時間か……積もる話もあるが次が押してるんでな」


 ジェフと向かい合って立つ。



「そろそろ始めるか。来い! お前の成長を見せて見ろ!」


「押忍!」


 ――俺だって努力して来たんだ! 何としても師匠を超えて見せる!


「――行くぞ! ファイアボール!」


 先手を取ったのはジェフだった。サッカーボール大の火の玉が俺のヘッドギアめがけて容赦なく飛んでくる。

 俺は左後退ステップでかわして飛び上がり、続いて放たれた2つも壁を蹴ってのアクロバティックな宙返りで避けた。


「やるじゃねえか! だがいつまで持つかな?」


 ジェフは間髪入れずに火の弾幕を作り出す。時折ホーミングする電撃弾や、範囲の広い氷魔術を織り交ぜて緩急を付けて来る辺りは流石だ。


 しかし俺にとってはジェフの攻撃を避けるのは容易かった。

 本来魔術師は攻撃を避けるのではなく、魔法結界や物理結界を出して防御するのが普通なので、このやり方は魔術師らしくない気がするが、まあ今回は仕方ないだろう。

 ……そもそも俺が結界を出しても紙みたいな奴しか出ないから意味ないし。


 そんな感じで10分程攻撃を避け続けていると、ジェフは魔力が減ってきたのか息も絶え絶えになっていた。


「はぁ……はぁ……流石に……はぁ……疲れたんじゃ……ないか?」


「いえ大丈夫です。そろそろこちらから行かせて貰います!」


 さて、師匠に俺の特訓と研究の成果である究極新必殺技を見せる時が来たようだ。


 魔術で放つ魔弾のコアは僅かだが、質量を持っている。

 これを利用し、魔術自体の威力ではなく連射される魔弾の質量で敵に物理的損傷を与える!

 更に魔弾を硬質化させつつ先端を尖らせ、回転を加えることで威力も命中も数倍にアップ!


 それがこの――


「ファイアマシンガン改!」


 カンカンカン、と軽い音を立てて魔石が床に転がる。一応命中はしたらしい。


 しかし、ジェフの防具の胸部分は、ちょっとだけ淡く光ったと思ったらすぐに元に戻ってしまった。


 ――ダメだ、威力が足りないか。


 まあ空き瓶に撃っても少し傷が付く程度の威力しかないしな。


「……前よりは少しは強くなったな」


 ジェフの生暖かい目線には流石に少し悲しくなったが、すぐに次の作戦に移った。


「まだまだこんなもんじゃありませんよ!」


 俺はジェフの周りを全速力で回転した。

 ジェフから見たら俺の残像に四方を囲まれた形になっているはずだ。

 そのまま少しずつ距離を縮めながら詠唱を開始する。

 ジェフは少し焦って魔術をあてずっぽうに連発しているが、当然俺には当たらない。


「――ファイア!」


 俺の残像のうちの一つが杖先から小さな蛍火を出してジェフの髭に押し当てた。

 どうも俺の魔術の威力では防具にダメージを蓄積して普通に勝つのは難しいようだし、何とかヘッドギアからはみ出た髭に引火しまくって、火傷させて降参させるしかない。


「うわっち!」


 続けて別の残像がヘッドギアからはみ出たジェフの髭を燃やす。


「ひいっ!」


 ジェフはたまらず部屋の隅に後退したが、大してダメージはなさそうだ。

 ……しかも最悪な事に頭が割れるように痛い。もう魔力が尽きたのか。


「師匠……これ以上続けたら火傷しちゃいますよ! 降参してください!」


 しかし、俺のハッタリもジェフには効かなかった。


「若造が思いあがるんじゃねえよ! 奥の手はまだまだこれからだ!」


 ジェフは何やら長ったらしい魔術を詠唱し出した。


「ウォール!」


 ……突如床から大量の土壁が生えてきて教室の殆どを埋めてしまった。


「どうだ! これでもう逃げ場はねぇぞ?」


 ジェフが勝ち誇ったようにニタニタ笑いを浮かべながら近づいて来る。

 俺は頭を高速回転させて、なんとか打開策を考えた。

 その時、


「――うおっ!」


 突然ジェフが足を滑らせて前につんのめって倒れた。

 どうやらファイアマシンガン改の弾丸で足を滑らせたらしい。

 すかさず俺はジェフの髭に杖先を突き付けた。


「師匠! 降参してください!」


 俺はまたもダメ元のハッタリをかまして見せた。

 しかし、意外なことにジェフは両手を上げて降参のポーズをとった。

 ――どういう事だ?


「参った! ……参ったから髭はやめてくれ! 毎日手入れしてんだよ!」


 ジェフは情けない顔で懇願するように言った。


 ――あ……そういうことだったか。……後で菓子折り持って謝りに行こう。


「すみません師匠……。そんなにお髭が大事とは知らなくて」


「……まあ気にすんな! 髭ならまた生えて来るさ」


 ジェフは立ち上がり、手を差し出してきた。


「お前の勝ちだ! ……強くなったな!」


「ありがとうございます!」


 俺はジェフの手を強く握り返した。

 かなり卑怯な手を使ったのと、運が良かったお陰で勝てた感じではあったが、それでも俺は嬉しかった。


---


「はい。ケンスケ様ですね。合格おめでとうございます」


 試験に無事合格した俺は受付で学生証を発行してもらう事になった。この学生証は個人の識別票としてだけでなく、各種ロックを解除する鍵にもなっているらしい。

 四角い白い台の上に手を当てて魔力を送り込む。


「エラー381: 登録に必要な魔力が足りません」


 機械音声が淡々とエラーを読み上げた。

 おかしい。ジェフの試験で減った魔力はもう回復しているはずだ。俺はもう一度台に手を当て魔力を送る。今度は全力だ!


「エラー381: 登録に必要な魔力が足りません」


 俺は魔力の使い過ぎでジンジン痛くなった頭を抱えた。

 その後、魔力が回復してから別の機械で試してもダメだった。


「前例がない事ですが……規定により学園への入学は許可出来かねます」


「そ……そんな」


 ……俺は不合格ということにされてしまった。

 俯きながら魔術科の門を出ると、ちょうど剣術科の門から出てきたサラと目が合った。


「試験には受かったけど、登録に必要な魔力が足りませんとか言われちゃってさ……」


「私もダメでした。魔法剣は使っても良かったので試験には受かったんですが、制服の鎧を着たら全然動けなくて……」


「まあ、気にせず俺達なりに頑張ろう。身の丈に合った努力するのが一番だしな!」


「はい!」


 俺とサラは顔を合わせて苦笑いすると、いつもの宿屋に帰っていった。


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