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13話 デスゲーム・ダンジョン

 ――金がない。


 俺はここ最近、金に困っていた。一応スライム討伐クエストはほぼ毎日こなしているのだが、サラに支払う生活費を差し引いたら殆ど赤字だ。

 機械遺跡の発掘も最近振るわないし、貯金もあと100ガランしかないし本格的にまずい。


 サラは生活費なんか払わなくていい、と言ってくれているが流石にそれは立つ瀬がないし、悪い気がする。さて、どうしたもんか。


 そんな感じで俺が思案に暮れながら宿屋の階段を上がっていると、ふと一階のレストランに鞄を忘れている事に気付いた。俺が鞄を回収しに階段を降りていると、


「あの変態ヒモ野郎……女の子に養って貰って恥ずかしくないのかねえ」


 宿屋の女将さんの声がした。……まさか俺の事か? 俺の事なのか?


「……しかも別の女まで連れ込んでるし……最低の変態野郎だな」


 主人が答えた。

 ……どうやら俺の事を言っているらしい。

 いや、クリスタはただの保護対象なのでそういうのではないのだが。


 弁明できる自信がなかった俺は、暫く待ってから聞かなかった振りをして鞄を取りに行く事しか出来なかった。


 そうして放心状態のまま部屋に戻った俺は、机に座って考え込んでいた。


 ……しかし……変態ヒモ野郎……かあ。

 このままだと男が泣く。何とかしなくては。


 ――そうだ! 元世界の現代知識を生かせば無双できるのでは? 何かのサイトで読んだ気がする。

 ……確か洗濯板が簡単に作れる割に画期的な発明だとか書いてあった。

 しかし、風呂場に洗濯機も洗濯板も普通に置いてある。

 こたつもあるし将棋とか囲碁も……少しルール違うが一応ある。


 この世界はパッと見は中世ヨーロッパっぽいのだが、言語も殆ど日本語と変わらないし、文化もどことなく日本っぽい。

 その上、車のような乗り物やスマホこそないが、家電関係は機械遺跡から普通に手に入るし、上下水道も完備されている。

 

 ――どうも俺が現代知識無双できる余地はなさそうだ。

 

 どうしたものかとため息をつきながら何の気なしに部屋を見渡すと、サラが珍しく机に向かって鉛筆で何やら書いているのに気付いた。


「何書いてんだ?」


「あっ……これはですね」


 机に置かれた紙にはシンプルで見やすいながらも緻密な術式が書いてある。解説も簡潔で要点をしっかりまとめてある。……この感じ見たことあるな。


「もしかしてこれスライムでもわかる中級魔術シリーズ? 俺全巻持ってるんだよ! サラってあのザラブレスだったのか!」


 残念ながら俺は魔力が足りなくてどれも習得できなかったが、俺はザラブレスの大ファンだったので感激だった。


「……はい。本当はあんまり書きたくないんですけど、お金稼がないといけないんで」


 サラは少しうつむいてしまった。


「あ……ごめん」


 しまったな。サラは魔術に嫌な思い出ありそうだし、それ系でテンション上げすぎないように注意したほうがいいな。


「……そうだ! ケンスケ様も本を出したらどうですか? 戦士としての心構えとか、強くなる秘訣とか書くんです! かっこいい鎧姿で剣を掲げてキラッとさせる写真集とかもいいですね!」


「やめとく」


 そうですか、とサラは少し残念そうだが、目立つのが嫌いな俺には考えただけで吐き気がするので無理だった。

 

 ――さて、当面の金銭問題はどうするか。面倒だけど夜も機械遺跡行くしかないか。

 俺がそんなことを考えている時だった。


 突然、外から何かが崩れるような大きな物音が聞こえた。

 慌ててカーテンを開けて見ると、大通りの交差点のど真ん中のアスファルトがめくれて大穴が出来ていた。


「何ですか今の音?」


「ダンジョンだ。こんな町中に出来るとは珍しいな。よしサラ! 冒険の準備だ!」


「はい!」


 俺とサラはすぐにダンジョン攻略の準備を開始した。ダンジョン攻略は早い物勝ちだ。速攻で最深部を攻略して秘宝をゲットできれば、金欠も当面は解決するだろう。


---


 ダンジョンの地下一階はスベスベした岩でできた広い空間で、既に人でごった返していた。

 その中にはクリスタの姿もあった。


「よう! なんか変な人形落ちてんな」


 ふとクリスタが指した方を見ると、床に目玉が飛び出た悪趣味なスライムの人形がポツンと落ちていた。……キモい。


「あ! この子かわいいですねケンスケ様!」


「う……うーん……」


 いやキモいだろ、と言いかけたがやめた。サラの美的センスはちょっと変わっているかも知れない。


「しかし、こりゃ秘宝ゲットは無理っぽいなー」


 クリスタの言う通り、この人だかりでは難しそうだ。


「こんなとこにいても仕方ないしとっとと帰ろうぜー。サラちゃんも」


「……そうだねー。あ、帰りにぶどう大福食べて行かない? ケンスケ様もどうですか?」


「いいねー! 私マスカットがいいなー」


「……それは魅力的な提案ではあるが、最近金ないんだよなあ俺」


 適当にぼやきながら俺達が出口の階段に向かっていると、背後から白い光が差してきた。


 ――この光、転移魔法陣か?

 後ろを振り向くと、白シャツとスパッツ姿の女の子と、巨大な黒い大鎧のマジメカ、それに鼻たれ坊主のガキ達が現れた。


 ……ベルベ団だ。


「へっへーん! 秘宝はこの私ベルベ様率いるベルベ団がゲットしたぜー!」


 ベルベは秘宝らしき金の布をマントのように背負い、両手を腰に当てて偉そうにしていた。


 俺は羨望と嫉妬の眼差しをベルベに送った。


 ――次の瞬間、耳をつんざく不快な金属音がした。

 ……と思ったら、湧き出た紫の結晶がダンジョンの入り口を閉ざしてしまった。

 そして、


「……お前らには殺し合いをして貰うスラ!」


 床に落ちていたさっきのスライム人形がカタカタ音を立てながら喋り出した。恐らく中に遠隔拡声器でも入っているのだろう。

 ……しかしまあ何とベタな。


 俺が呆れ返っていると、冒険者のおっさん達がスライムに向かって怒号を上げだした。


「なんだとてめえ! とっととここから出しやがれ!」


「迷惑なんだよ! こんな所にダンジョン作りやがって!」


 怒号を無視して人形は続けた。


「我々はモンスターをいじめる邪悪な冒険者を抹殺する為に活動しているモンスター愛護団体、ラブラブモンスタークラブだスラ!」


 スライムの声に、怒号はより一層盛り上がるばかりだった。


「俺達がモンスター退治しないと農作物が喰い荒らされてみんな餓死するぞ!」


「そうだ! 偉そうなこと言うなら二度と飯喰うなよ!」


 ……まあ正論だな。……知らんけど。

 ……しかしあのスライムの奴、何かわざと煽ってる感じもするな。


「黙るスラ! とにかくお前らは我々が開発した人工ダンジョンから永久に出られないスラ! ケダモノらしく早く殺し合いをして我々を楽しませるスラ! 最後に残った一人だけは出してやるスラよ~!」


 ……これは……まずい。

 流れ的にそろそろ最初の犠牲者が出そうだ。


 ――面倒だが、何とかしてやるか。


 俺は大股でスライム人形に向かいながらワザとらしく大声を上げた。


「黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって! お前のようなデク人形にこの俺が倒せると思ってんのか? ゴタゴタ言ってないでとっととここから出せ!」


 少し露骨すぎる気がするが、デスゲーム物で最初に死ぬ人のムーブをしておく。


「そうだそうだー!」


「とっとと出しやがれクソスライム!」


 周囲の冒険者達も同調してくれていい感じだ。

 恐らくあの人形が爆発か何かするのだろうが、俺なら防御力はそれなりにあるので大丈夫だろう。


 ――第一犠牲者が出る前に、俺がこのふざけたゲームを終わらせてやる。


「馬鹿スラね……まずお前が死ぬスラ!」


 案の定、俺が近づいた途端に人形は閃光と共に爆発した。俺はお腹が少しヒリヒリする以外は何ともなかった。


 しかし服は無事では済まなかったようで、背中のローブが少し残った以外は全裸になってしまった。最悪だ。

 

「……………………」


 時が止まったような静寂の中で誰もが呆然としている。

 沈黙を破ったのは金の布を高く掲げたベルベの叫び声だった。


「あの変態を捕まえてお尻に『ベルベ団に負けた男』って落書きしてくれた先着一名様に、この秘宝プレゼントするぞー!」


 このクソガキ……!


「おいベルベ! こないだ夕日に染まる水平線を見つめながら友情を誓い合ったのを忘れたのかよ!」


「うるせー! それとこれとは話が別だ!」


 ……最悪だ。


「うおおおおおお! 秘宝よこせー!!」


「どけー! 秘宝は俺のもんだ!」


 秘宝に目がくらんだ冒険者達が目の色を変えて襲ってくる。俺は残ったローブで股間を隠し、ガニ股でステップを踏んでなんとか逃げ続けた。


「おっと! 私も忘れて貰ったら困るよ!」


「クリスタ!?」


 気が付いたらローブの切れ端はクリスタの手の中にあった。俺はもろ出しになってしまっていた。


 ――手癖の悪い奴め……。


「いやああああああ!!」


 サラの叫び声がダンジョンに響き渡った。

 ……サラは大丈夫なんだろうか。……以前ゴキブリが部屋に出た時以上に顔面蒼白になってる気がする。


 俺はサラが心配になりながらも逃げ続けるしか無かった。

 砂埃を上げて冒険者共が追ってくる。


「クリスタよくも裏切ったな! 一生焼き肉奢ってやらんぞ!」


「2回しか奢ってくれたことない癖に偉そうに言うな!」


「いい加減にするスラ! お前ら! 遊んでる場合じゃないスラよ!」


 俺は拡声器がむき出しになった人形の残骸を無視し、崩れ落ちて呆然としているサラの傍に行く。


「ちょっと剣借りるね、サラ」


 俺は剣を正面に掲げると、風車のようにクルクルと回転させた。


「秘儀! 金隠し剣!」


 よし!これなら剣の残像でうまいこと見えなくなっているはず。

 ついでに発生した風圧で馬鹿ベルベもアホクリスタも、有象無象の金の亡者共も吹っ飛んで倒れた。


 俺が一安心した時だった。


「……やだ……剣聖ケンスケ様は剣をそんなことに使わない!」


 サラが鬼気迫る形相でゆっくりと立ち上がる。空気が凍り付くような感覚の後、全身の鳥肌が一斉に立つのが分かった。


 ――この世界に来てここまでの恐怖を感じたのは初めてだった。


「やだああああああああ!! ケンスケ様はそんなことしないのおおおおおお!!」


 正気を失ったサラは四方八方に巨大な火の玉を乱射した。

 俺の跳ね返った寝グセを、太陽のような火の玉が掠めて焦がした。


 ……サラはそのまま気絶してしまった。

 見上げると、ダンジョンの入り口を塞いでいた結晶はサラの魔術で跡形もなく溶かされていた。

 あの結晶、本来魔術効かない材質な筈なのだが……。

 

 各々が驚きあきれて口をあんぐりと開けている隙に、俺は風に飛ばされて舞い落ちた金の布をキャッチして腰に巻き、倒れたサラをお姫様抱っこする。


「こいつは慰謝料代わりに貰っていくからな! ベルベ!」


 ダンジョンに落ちてる物は拾った人の物になるってダンジョン法に書いてあるらしいし、色々と正当防衛なので多分訴えられても勝てるはずだ。


「おい! ふざけんなケンスケ! 私の秘宝返せ!」


「待つスラ! まだゲームは終わってないスラ! ……って、何で出口が開いてるスラ!?」


 追いすがる声を置き去りにして、俺は出口への階段を8段飛ばしで駆け上がり、宿まで戻る。

 半裸の俺の姿にドン引きする宿屋の主人と目を合わせないようにしつつ、俺は階段を駆け上がりサラの部屋に何とか転がり込んだ。


 ――ちょっと嫌だが……仕方ないな。


 俺はサラをベッドに横たえると、クローゼットの奥から黒鎧を取り出して身に着ける。

 暫くして目を覚ましたサラに、俺は鎧姿で笑いかけた。


「気が付いたか?」


「……ケンスケ様!」


 サラが俺の胸に飛び込んできた。


「えぐっ……私、嫌な夢を見ちゃったんです……」


「それは辛かったね。でも大丈夫。剣聖ケンスケは変態じゃないよ」


 優しくサラの頭を撫でてやる。


「そうですよね……ひぐっ」


 色んな意味で本当はこんなことしたくないのだが、今はサラのショックを癒すのが一番だし、仕方ない。

 ふと、クリスタが申し訳なさそうに部屋に入ってきた。


「ご……ごめんよ……」


 俺はクリスタを横目で睨み付けた。


「ギャラクシーぶどうグミ買ってこい」


 クリスタはゆっくり頷くと無言で走り去っていった。

 ふとサラの顔を見ると、赤く泣きはらした瞼を閉じていた。

 ……どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ。


 俺はそっとサラをベッドに寝かせる。

 サラにとって剣聖ケンスケがそこまで大きな存在だったとは。

 全く厄介な恋のライバルだぜ。魔術師ケンスケも負けてられないな。


 ――よし勉強だ!


 俺はやる気満々で予備のローブに着替えると、机に向かって分厚い魔導書を開いた。


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