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外伝 サラの過去

 ――私は分厚い魔導書を閉じて、鉄格子の付いた窓に映る青い月を見上げた。


 物心ついた時から私はこの魔術院で暮らしてきた。

 毎日、つまらない授業を受けて魔術書を丸暗記させられたり、紙にゴチャゴチャした魔法陣を描かされたりするだけのつまらない毎日。白い仮面を付けた先生達は私の魔法陣を見て驚いたり褒めたりしていたけど、全く嬉しくなかった。


 それに同じ年代の子たちとも中々なじめず、友達もできなかった。

 そんな私の唯一の楽しみは図書館で剣聖ケンスケの冒険譚を読むことだった。


どんな強力な魔術も剣一つで跳ね返し、巨大なドラゴンにも怯むことなく立ち向かっていく彼の姿に私は心惹かれていた。


 私がケンスケ様の冒険譚をうっとりと読み終えて本を閉じた時だった。


「あなたもケンスケ様のファン?」


 たまたま傍を通った同じゼミのリサちゃんの声に、私は笑顔で答えた。

 

「うん! カッコいいよねケンスケ様!」


 私とリサちゃんは意気投合してすぐ友達になり、毎日図書館で会うようになった。


 そんなある日、リサちゃんは図書館を見渡して他に誰もいないことを確認すると、私に耳打ちしてきた。

 

「噂で聞いたんだけど、いつもカギがかかってる302教室で映画が見られるらしいよ!」


「本当!? もしかしたらケンスケ様の映画もあるかも!」


---


 その日の深夜に私達は計画を実行に移した。

 私とリサちゃんは手筈通り302教室の前で落ち合った。

 リサちゃんは楽しそうだ。

 

「なんだかドキドキするね!」


「うん!」


 302教室の鍵は開錠魔術で簡単に外れた。


「すごい! 私が何回やっても開かなかったのに!」


「しーっ! バレちゃうよ!」


 小声で注意してゆっくりと引き戸を開けると、無数のディスクが並べられた棚と、映写装置らしき物が目に入った。

 入り口側の壁には垂れ幕のようなスクリーンがぶら下がっている。どれも知識はあったが実際に見たのは初めてだった。

 

「あったよ!」


 リサちゃんは「伝説の勇者アレスと剣聖ケンスケ」と書いてある映画のディスクを見つけると、映写装置にセットしてくれた。

 装置が小さな音を立ててディスクを読み込むと、早速スクリーンに映画が映し出された。

 

 映画の主人公はケンスケ様ではなく、勇者アレスだった。

 リサちゃんはケンスケ様が登場するまで容赦なく早送りしていく。

 やがて黒い大きな鎧を身にまとい、長い剣を肩に掛けた青年が、干しぶどうをつまみながら勇者の危機に登場した。


「ケンスケ様だ!」


 私が歓喜の声を上げると、リサちゃんはすぐに早送りを止めた。


「やっぱりカッコいいねー!」


 本の挿絵とは少し違ったが、あの大鎧は間違いなくケンスケ様だ。私達は感無量で手を握り合った。

 そしてケンスケ様が剣を抜くと、ドラゴンは一瞬で両断された。私達はスクリーンに釘付けになっていた。

 

 しかしその後、ケンスケ様と勇者達は魔王の配下に囲まれて捕まってしまった。

 慌てる勇者達だったが、ケンスケ様は全く動じていない。

 捕まったのは魔王城の中枢に入り込む為のケンスケ様の作戦だったのだ。


「――これで閉じ込めているつもりなのか?」


 ケンスケ様は隠し持っていた剣でいとも容易く檻を剣で切り裂いて壊し、助け出した仲間と共に魔王のいる玉座へと駆け出していった。

 私の胸がより一層高鳴っていく。


「そっか、閉じ込められても別に逃げてもいいんだ」


 ――何でこんな簡単な事に今まで気付かなかったんだろう。


 私は窓側の壁に手を向けて風魔術を放った。

 窓側の壁は音もなく裂かれ、彼方に吹き飛ばされていく。


 キャンバスのように切り取られた満天の星空に、半月がぼんやり輝いていた。

 

「リサちゃんも来る?」


「――うん!」


 月明りで青く光る魔法結界を手の平からいくつも出して足場にし、リサちゃんの手を取りながら、私は夜空を駆け足で渡っていった。


 門の近くで結界を出す高度を下げていき、階段のようにして門の先へと駆け降りる。

 そのままの勢いで灰色のコンクリートの道を走って行く。

 

 夜の心地よい風に私とリサちゃんの笑い声が響いた。

 森へと続く三叉路で息を切らして立ち止まった私達は、標識の前に座り込んで休んだ。

 暫くすると、リサちゃんは三叉路の右手の川沿いの道を指差した。

 

「私はこっちね。カポラ村の母さんに会えたらいいな」


 私は三叉路の左手の荒野へと続く道を指さした。


「私はこっち。ケンスケ様ってぶどう好きみたいだし、もしかしたらぶどうが特産のアドラント大通りに住んでるかなって。私もケンスケ様みたいなカッコいい戦士になって、一緒に冒険できたらいいなー」


「そっか……ケンスケ様と会えたらいいね」


「……うん」


 リサちゃんが私の手を握ってきた。


「サラちゃん……また絶対会おうね!」


 私もリサちゃんの手を握り返す。


「うん! ずっと友達だよ!」


 やがてゆっくりと立ち上がった私達は、それぞれの道へ向かって歩き出した。


 それからリサちゃんとは一度も会えていない。

 ――リサちゃんは今何をしているのだろう。今の私を見たらどう思うのだろうか。

 今でも時々、そんなことを考える。


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