外伝 ケンスケの過去
チャイムの音が流れて昼休みが始まった。
俺は弁当を掻き込むと、いつものようにオリジナル魔術の解説がびっしり書かれたノートを開いて、空想に耽ったり気の向くままに書き足したりしていた。
ロクに友達がいない俺にとって、この高校生活で唯一心が安らぐ時間だ。
「――おい! 石川の奴、変なの書いてるぞ!」
突然の声で俺の意識は現実世界に引き戻されてしまった。
……名前忘れたけど確か剣道部の奴だ。……厄介な奴に絡まれてしまったな。
「だせえ! 中二病だろこれ!」
「ルナティックハルマゲドンフレアって何だよ! ウケるー!」
チンピラ共までぞろぞろと近寄って来た。……最悪だ。
覚悟を決めた……と言うより全てを諦めた俺の前に影が立ちはだかった。
「やめろよ……お前ら」
少し無口で友達は少ないが、クラスで何となく一目置かれている……確か杉田だ。
「チッ白けたな。つまんねー奴だ」
剣道部は杉田に軽くガン付けると、チンピラを引き連れてドカドカと教室を出て行った。
俺はほっと胸を撫で下ろす。
「ありがとう。助かったよ杉田」
「そのノート、もし良かったら見せてくれない?」
俺は少し恥ずかしかったが、思い切って杉田にノートを差し出した。杉田は目を細めて神妙な面持ちでページをめくっている。
「へー……すごいじゃん」
俺は照れ臭くなって頭を掻いた。
「もしかして、お前マジエンやってる?」
ふと杉田がそう聞いて来た。
「……わかるのか?」
確かに俺の魔術ノートは、少し古い格ゲーのマジックエンパイアーズ……略してマジエンから影響を受けていたのだが、まさか見抜かれるとは。こいつ相当やり込んでいるな。
「明日の土曜一緒にマジエンやろうぜ!」
「いいぜ!」
俺は快くオーケーした。
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杉田の部屋は思ったよりゴチャついていた。旧世代のゲーム機にはマジエンのカセットが刺さっている。
杉田がゲームの電源ボタンを入れながら言った。
「早速やろうぜ」
「おう」
対戦をしながら、杉田が何気なく尋ねて来た。
「石川はさあ、やっぱ魔術とか好きなの?」
俺は少し間をおいて答えた。
「父さんがさあ……7歳くらいの時に死んじゃったんだけど、泣き虫だった俺をあやす時、指から火とか、水出したりとかしててさ。その時俺ガキだから、本当に父さんが魔術師だと思っててさ。今考えたらライターとか水鉄砲でそれっぽく見せてただけなんだろうけど」
俺はマキアの必殺技のダークネスサンダーストームで、杉田のガノッサにトドメを刺しながら続けた。
「でも今でも父さんが本当に魔術師だったんじゃないかって心のどこかで思ってて……。今でもちょっと憧れてる所あってさ。まあ変な話だよな……」
「……そうだったのか」
リザルト画面でマキアが嬉しそうに手を振っている。
おやつに持ってきたぶどうグミを二人で食べると、お互いキャラを変えずにすぐに次の対戦を始めた。
――あ、しまった。
調子に乗って大技を連発していたら、うっかり決定的な隙を晒してしまった。
杉田は淡々と永久コンボを俺のマキアに放ちながら、呟くように言った。
「……俺の場合はただの現実逃避なんだと思う。特段これといった不満はないんだけど、何となくこの世界って居心地が悪くてさ。どこか別の世界とか魔術とか、そういうのに憧れてるんだ」
「まあそれもわかるよ」
「……うん」
俺は油断している杉田に不敵な笑みを放った。
「……それに、魔術は目立たない所に熱い駆け引きがあるしな。こんな感じで!」
俺はオプションファイアを移動させて永久コンボを中断させる。
しかし、杉田に動揺は無かった。
「……残念だったな。読んでたぜ」
難なくガードされ、そのまま近接コンボで止めを刺される。
俺はリザルト画面で杉田のガノッサが、杖をクルクル振り回してポーズを決める姿を見つめながら、軽く笑みを浮かべながら、鼻から少し息を吐いたのだった。
それから杉田とは毎週のように一緒にマジエンをした。高校を卒業してからは疎遠になってしまったが、それでも1年に一度くらいは遊んでいた。
……その後俺は紆余曲折ありつつこの世界にやって来って訳だ。
――杉田が今の俺の姿を見たらどう思うだろうか?
今でも時々、そんなことを考える。