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1話 サラとの出会い

 好きこそ物の上手なれと言うが、生まれ持った才能は残酷だ。


 俺は好きになった物事に限って才能がなく、早着替えとか、硬結びを解くとか、雑草を根っこから抜くといったどうでもいいことに限って才能があるという残念な体質に生まれついてしまった。


 それはこの異世界に色々あって転生してからも何ら変わりない。


 俺は、闇魔術で巧みに身を隠し、目立たずに裏方に徹しながらもさり気なく活躍して、誰にも知られずひっそりと去って行くような……そんなミステリアスでハードボイルドな魔術師の才能には全く恵まれなかった。


 その代わりに、ちょっと活躍したらマスコミがこぞって取り上げるような、変に悪目立ちする戦士の才能だけは無駄に世界レベルだ。


 そして成り行きでうっかり魔王倒したりしたら面倒な名声まで付いてしまったのだった。……俺は目立ちたくないのに。


「――ヘイ測定器、ステータスオープン」


 寝覚めの憂鬱のままそう呟くと、机の上に置かれた黒い機械がガチャガチャと音を上げだした。

 印字された紙を見てみると、見慣れた最大魔力3の文字。


 慣れているのでそこは気にならなかったが、うっかり最大剣気58372と書かれた欄を見てしまい、イラっと来た俺は紙を丸めて捨てた。

 部屋の隅には積まれた魔導書と紙屑。


「そろそろ片付けるか」


 ……何もかも嫌になる。この妙に機械文明の跡が残るこの世界も、自分の魔術の才能のなさも。

 ゴミ箱の中身を白いビニール袋に入れ、ついでに散らばった紙屑を放り込んで宿屋を出る。


 宿屋を出ると、歩道に円筒状のお掃除ロボットや、皮鎧を付けた厳つい冒険者達が行き交っていた。

 その奥のアスファルトの車道を、引っ切り無しに馬車が通り過ぎている。


 道を挟んだ大きなビルの大型ディスプレイを見上げると、コボルド大量発生のニュース。


 いつもと変わらない、宿場町アドラント大通りの街並み。


 軽くため息をつきながら、ぶどうを貪るコボルドのイメージ映像を眺めて信号が青になるのを待つ。

 そして横断歩道を渡った時、冒険者ギルドの前でおっさんが戦士姿の少女に絡んでいた。

 ――ように見えたがよく見たら少女がおっさんに絡んでいた。


 小柄な少女はジャラジャラした分厚い鎧を着込んでいるが、明らかにサイズが大き過ぎて着られてる感が半端ない。

 しかも気の流れが歪んでるし。……何で戦士になったんだろう。


「お願いします! 私も連れて行ってください! 報酬は要りませんから!」


「言っちゃ悪いけどあんた足手まといなんだよ! せめてスライムくらい一人で倒せるようになってから出直してきな!」


 なおも食い下がろうとする少女だったが、ついに羽織った黒マントを掴まれて大きな屋敷の前に放り投げられてしまった。



「いったぁ……」


 あーあ可哀そうに。

 思わず少女に一瞥を投げると目が合ってしまった。

 ――綺麗な碧い眼だ。


「ケンスケ様……?」


 ……しまった。魔術師ギルドのバアさんに掛けて貰った変装魔術の期限、昨日までだった。


「剣聖ケンスケ様ですよね?」


 少女は目を輝かせて俺を見上げている。……俺はというと困惑するばかりだ。


「えーっと……人違いじゃないかな?」


「見間違えるわけがありません! ケンスケ様の映画100回以上見ましたもん!」


 ――あの変態王、人の顔を勝手につまんない国策映画に使いやがって。

 まあロクに契約書を読まずにサインした俺も悪いのだが。


「とにかく人違いだから! じゃあね!」


 俺は少女から目をそらして踵を返した。


「待ってください!」


 背後から少女が剣の柄に手を当てる気配がした。

 ――咄嗟にターンして距離を取り、居合の構え。……しまった。つい無意識にやってしまった。


「今の体裁き! やっぱりケンスケ様だ!」


---


 俺はこれ以上嘘をつくのも面倒になったので、少女に連れられるまま小さなカフェに入っていった。


「私、サラっていいます! ケンスケ様に憧れて戦士になったんです!」


 サラは碧い目をキラキラ輝かせた。

 その様子を尻目に、俺は上の空でぶどうゼリーを口に運んでいる。


「あっそう」


 まあ可愛いのは可愛い。

 ボリューム感たっぷりのブロンドをツインテールにまとめていて、頭にはぶどうの飾りが付いたティアラのような兜を被っている。愛らしい丸っこい目尻に、碧く輝く瞳。


 見た目はかなりタイプではあるし、そういう子に憧れられるというのは本来なら嬉しいのだが、好きじゃない戦士のことで憧れられたら全く嬉しくないというか、気持ち悪い。


 オナラの音を褒められても気持ち悪いだけで嬉しくないのと同じだ。


「ケンスケ様! 魔王を倒したときのお話を聞かせてください!」


「悪いが、その話はあまりしたくないんだ……」


 俺はとっとと話を切り上げようと露骨に冷たい言い方をしたが、能天気なサラには通じていないらしい。

 ……地獄の悪目立ち生活開幕記念日の事は永久に思い出したくも無いんだ。……頼むから分かってくれ。


 しかし、俺の思いとは裏腹にサラは話題を変える気は無さそうだった。


「じゃあケンスケ様みたいな強い戦士になる秘訣を教えてください! 私もケンスケ様みたいな強い戦士になりたいんです!」


 ――何だこいつ。人の気も知らないで好き勝手言いやがって。


 俺のイライラはついに限界に達してしまった。


「お前才能ないんだよ」


「えっ?」


「お前戦士の才能ないって言ってんだよ! いくら努力しても無駄だからもう俺に関わらないでくれ!」


「そんな……酷いです……」


 サラは食べかけのぶどうゼリーを残して、涙目でカフェを出て行った。


 ――ちょっと言い過ぎた気はするが、きっとこれで良かったんだ。


 下手に褒めて、魔術師になろうと無駄な努力を繰り返してきた俺の轍を踏ませるより、不都合な現実を叩きつけてやる方が優しさってもんだろう。


 俺は陰鬱な気持ちでサラのぶどうゼリーの残りを見つめるしか無かった。


---


 次の日、レストランになっている宿屋の一階でおやつのホットケーキを食べていると、隣の席の会話が耳に入ってきた。


「ほんと、西門の辺りはモンスターが多くて稼げるよな」


「西門と言えば、最近西門の近くの草原で鎧付けた女が、スライムで訓練しようとして逆にボコボコにされてるらしいですぜ」


 恐らくサラの事だろう。


「へっ! スライムくらい素手のガキでも倒せるだろうに、才能ないなその女!」


 ターバンを付けた男と、派手な鎧を身に纏った獣人の戦士の下品な笑い声が響いた。俺は何故だかその二人に無性に腹が立った。


 ――才能ない……か。


 俺だって同じことをあの子に言ったのに、第三者が言ったら腹を立てるというのはどう考えてもおかしいし間違っている。……それは分かっている。


 しかしそれでも焦がすような苛立ちは、いくら振り払っても俺の胸の中に纏わりついて来るのだった。


 そして気付いたら俺は西門の先に足を延ばしていた。


「あっ! ……ケンスケ様?」


 サラは少し驚いたような顔で振り向いた。


「――うぐっ!」


 サラはスライムに突進攻撃され、軽く吹き飛ばされた。

 ――当たり前だ。隙だらけの変な構えでよそ見するな。


 その時、突き飛ばされたサラの体が一瞬眩い光に包まれるのが見えた。


「あれは……オートヒール?」


 上級魔導書に載っている、傷を受けた時に自動で回復できる高度な魔術だ。

 一度試しに使ってみたら失敗して、頭が割れるように痛くなり、一日中寝込んだトラウマがあるのでよく覚えている。


 しかし、あの光量と発動タイミング、相当の魔力と優れた術式がなければ無理な芸当な筈だ。


 恐らく相当腕の立つ魔術師に掛けて貰ったのだろうが、どういう訳か近くにそんな気配はない。


「ごめんなさいケンスケ様……戦士が魔術使うのはズルかなと思ったんですが、こうしないとすぐやられちゃうんです」


 サラが立ち上がり右手を天に翳すと青白い魔力の光が手から放たれ、サラの全身を包んでいく。

 その間、1秒足らず。


「詠唱速っ!」


 思わず声に出てしまった。


 ――信じられない。あんな精密で高出力の魔術の詠唱を一瞬で完成させてしまうなんて。

 しかも、魔力を集中しにくいあんな重装備で。

 俺だったら下級魔術の詠唱にも10秒は掛かるのに。


 サラは驚く俺に向かって寂しそうに笑うと再びスライムに挑んでいった。

 何度倒れても立ち上がるサラの姿を見つめる俺の胸に、段々と熱い想いが込み上げて来るのが分かった。


 そして、考えるより前に自然と声が出ていた。


「俺も手伝っていいかな?」


「……えっ?」


 俺はショルダーバッグから使い古した木の杖を取り出した


「本当は俺、魔術師になりたかったんだ」


「……はい! お願いします!」


 サラは驚いた様子だったが、笑顔で了承してくれた。


「よし! サラは剣で攻撃してくれ! 俺は魔術でサポートする!」


「はい!」


 俺の普通過ぎる指示に、サラは素直に答えてスライムに向き直った。

 ――モンスターは今まで殆ど一人で倒して来たので、正直連携にはあまり自信がなかったが、多分この感じでいい筈だ。


 俺が魔術の詠唱を開始すると、サラは緑のドロドロ……スライムの前に駆け出しながら、剣を振り上げる。


「とやー!」


 しかし、剣を振り下ろす前にサラは崩れ落ちた。

 脚にスライムの体当たり攻撃を受けてしまったようだ。


 サラが何とか立ち上がった時、やっと俺の詠唱が終わった。


「――ファイア!」


 俺はすかさず杖から魔術を放ち、火炎……と言うより小さな火の粉をスライムに放つ。

 そして着弾。


 ――やって…………ないな。


 スライムに当たった火の粉は音も煙も無く一瞬で消えてしまった。

 そしてスライムは平然としたままサラに近付いて行く。


「危ない!」


 サラの前に立ち塞がっていると、スライムが何度も体当たりして来て俺のズボンはどんどんベタベタになって行く。……後でクリーニングに出しとかないと。


「ケンスケ様!」


「大丈夫だ。一旦下がってもう一度行くぞ!」


 サラとスライムを取り囲むように立った俺は再び詠唱を開始する。


「――ファイア!」


 再び火の粉がスライムを襲った。


 ――やって……はいないが、スライムは体をくねらせて嫌そうに震えている。

 どうも効いているようだ。


「ケンスケ様……あれは一体?」


 そういや聞いたことがある。スライムは体内に小さな核が駆け巡っていて、そこが弱点だという話を。

 恐らく、偶然俺の魔術がスライムの核に当たったのだろう。

 ……後でサラに解説してやってもいいが、今はそんな悠長な事をしている場合ではないな。


「サラ! 今がチャンスだ!」


「……あ! はいっ!」


 サラはスライムに向かって思い切り剣を振り上げ、弱々しくうねるスライムへと一気に振り下ろした。


「えいっ!」


 そして、スライムは緑のドロドロを散らして潰れ、ついに動かなくなった。


「やった! 初めて倒せました!」


 草原の地平線が赤く染まる頃、俺達はハイタッチして健闘を称え合った。

 俺は夕日に照らされて赤く輝く、サラの無邪気な笑顔に、魔力切れで頭が痛いのも忘れてつい見惚れてしまう。


 ……やはりかわいい。


 疲れ果てた俺とサラはスライムの体液を水筒に入れると、木の傍に隣り合って座った。

 俺はずっと気になっていた事を聞いてみた。


「何であれだけの魔術が使えるのに戦士になったんだ?」


「だって戦士の方がカッコいいですもん!」


「私、物心ついた頃から魔術院でずっと魔術の勉強していたんですけど、先生は褒めてくれるけど全然面白くなくて……それで嫌になってた時、図書館でケンスケ様の本読んで、映画も見て……。どんな強力な魔術も剣で跳ね返しちゃうケンスケ様にずっと憧れてたんです! それで私も戦士になろうと思って、魔術院を脱走しちゃったんです」


「俺も同じだ」


 ――ああやばいちょっと涙目になってる。


「俺も本当は魔術師になりたかったんだ。ずっとすごい魔術師になるのが夢だったんだ。でもいくら勉強しても上手くいかなくて、火炎魔術とかも火の粉くらいしか出なくて、回復魔術使っても頭痛くなるだけで、全然駄目で……」


 俺はなりたい自分を諦めて、自分に嘘を付いて勝手に腐っていた。なのに、サラは笑われても、無碍にされても決して夢を諦めなかった。そんな彼女に俺は……。


「……昨日は酷いこと言って本当に悪かった」


「私の方こそ、ケンスケ様の気持ちも知らずに舞い上がっちゃってごめんなさい」


 サラは優しく返してくれた。


「俺、諦めずに一生懸命努力する君の姿、本当にすごいと思った! 応援したいんだ! もしよかったら俺に剣の稽古付けさせてくれないか?」


 ちょっと必死な感じになってしまったが、本心からの言葉だ。


「なら私もケンスケ様の魔術のお勉強お手伝いします。 これでギブアンドテイクですよね? 改めて、戦士のサラです。よろしくお願いします!」


「魔術師のケンスケだ! よろしく!」


 俺とサラはガッチリと握手した。


 もう夢を諦めない。俺は絶対、目立たずに裏方のまま世界を救えるような、サラに尊敬されるようなすごい魔術師になってやる!


 俺は固い決意を胸に、サラと赤く染まった山々に沈みゆく夕日を見つめた。


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